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私の生きる、、、 作者:ァキラ

第3回   未練。











 死んじゃった。

 この言葉が今一番合っているかも知れない。

 交通事故。葬式の帰りだったからだろう。紺色の制服で斜線ギリギリを歩いていたんだから、「殺してください」といているようにしか見えなかったかもしれない。

私はぼんやりとした頭をぴくっと動かし、無理に眠い目を開ける。そしてまず手を確認。そして髪の毛。服装。足。むくっと起き上がり、地面を見る。

 ――――地面がない。

 いや、あるにはあるのだが、自分は地べたには触れていなかった。浮いている。しゃがんで手で触れようとしても、コンクリートには届かない。こんなにコンクリートがこんなに尊いものだったなんて。

「コンクリより自分の命を尊いと思えよ」

 急に真横から声がし、びくっと体が震える。すばやく振り返ると、そこには―――

「・・・ツルミ」

 あの鶴見だった。ついさっき葬式の主だった――。

「なんで―――」

「なんでって。死んだんだ」

「いや、だから何で―――」

「おまえも死んだ」

「―――」

 私も死んだ。・・・そっか。さっき自分だってそう思ったじゃん。死んじゃったって。ああ、馬鹿だ。馬鹿すぎる。

鶴見ミナトを見、そして再度自分を見た。さっきとは違い、自分の体が透けているのがはっきり見えた。透明度50。

「死んだか・・・」

「おまえはなんで死んだんだ」

「急に後ろからブレーキ音聞こえて、そのまんま」

「ふぅん」

 なんとも奇妙な会話だった。なんだか馬鹿らしくなってくる。

「・・・同じ学校。おまえみたいなやつ、いたっけ」

「いた。ついでに言うと同じクラスだよ。そして死ぬ前はあんたの葬式に行ってた」

「葬式・・・」

 なにやら寂しげに空をみる。ってなんで私は学校の屋上にいるんだ。

「屋上・・・」

「ここに迎えに来るらしい」

「何が」

「―――天使か悪魔。川流れてくるかもな」

「・・・三途の川でスカ」

「デスネ・・・」

 じゃあここはあの世の入り口なのか。こんな近いところにあったんだなぁ。

「いつ来るの」

「知るか」

「・・・」

「名前は?」

 ぼーっと月でも見ていたら何もかもどうでもよくなって「マヒロ。タバタ真央」と警戒も何もせず、名を名乗った。

「夛葉田。変な苗字」

「うるさい」

 ここら変では珍しいかもしれない。だけどこいつにそんなこと言われる筋合いはない。

「はぁ」と鶴見は溜め息をつくと隣にしゃがみこんだ。こいつも制服。交通事故。一緒だなぁ。

 まじまじと見ていると、なんだか別人のように見えてくる。あんなに目立ってうるさかったヤツなのに。どこか寂しげで。どこか―――

「――帰りたい?」

 私の口からは自然にそんな言葉が出ていた。その言葉と聞き、鶴見は私のほうを向きじっと私を見ると、口を開く。

「おまえは?」

「別に」

「そうか」

 鶴見はそういって向きなおそうとする。

「ちょっと待ってよ!質問の回答になってないわよ!」

「別にいいじゃんか!そんなこと!」

 カッとなった鶴見を見ると、次に出てくる言葉をなくした。

 目が腫れていた。

 赤く。

 涙目といってもいい。

 私は目をそらし、唇をかみ締める。ああ、聞くんじゃなかった。ものすごく言葉が詰まる。

 真っ暗の中、月と星がきれいに光っている。空を見上げたのは久しぶりかもしれない。すごく近く、そして遠かった。

「――――帰りたいに決まってるだろ」

 少ししてそんな言葉が聞こえた。

「――帰りたくないなんてあるもんか。オレたちまだ高校生だろ。せっかく生まれたのに、働きもしないで遊びもしないで何もしないで終わっちまうんだ」

 鶴見の方を見たけど鶴見は向かなかった。悲しい目。寂しそうな目。虚ろな目。みんな生きていたころ見ていないものだった。でも、それは親しくない私だからかな?

「・・・私は別に帰りたいなんて」

 そう言って立ち上がり、屋上を囲む手すりに手を置いた。

「私は帰りたいなんて思わない」

「なんで」

「だってそこまでするほどの価値はない。私の人生。起きてパン食べて学校行って帰ってフロ入って寝る。そんな人生に価値なんてない」

「ある。その寝て起きてガッコ行くことが、人の歴史になるんだ。価値は十分ある」

「ない、そんなの。こんな私の人生なんて歴史にすら刻まれない。だってちっぽけだと思わない?一瞬で死んじゃったんだよ、私たち」

「・・・」

「それに私はあんたの記憶にすらない。ホントに生きてたわけ?私って」

「っ・・・・・・」

 笑みを浮かべながら叫ぶ。叫んでいるのに鶴見だけしか届かない、密室の中のようだった。響かない。私の存在なんてもう見捨てたように。

「私はここ居ちゃだめなんだよ。別の人間なんだよ。神様はいじわるなんだよ。私たちを地上に降ろしたのに、こうやって死なせるんだよ?17歳ぐらいになってみんな死んで逝っちゃったりしてさ・・・もう私たちには価値も何もないんだよ・・・」

 そう。価値もない。神様も人を選ぶのか。自分の生きることを少し振り返ってみると、苛ついてきて、目じりがカッ熱くなる。

 鶴見は黙っていた口を開いた。

「オレは・・・未練ばっかで、やっぱりまだ死にたくない。タバコも堂々と吸いたいし、バイクとか車だって乗りたい。サッカー選手だってガキみたいに夢見てたんだ。それに、おまえに――・・・」

 そこまで言って、急に黙り込んだ。なんだ。私に何か文句でもあったのか。まあ死んじゃったし、今何言われても反抗しようとか、そいうい気が全くわかない。生きることに執念もわかない。はあ。私、やっぱり死にたかったのかな。

「・・・文句はどんどん言って。今何言われても、恨みとかもわかないし」

「・・・別に、そんなことじゃねぇよ」

「じゃあ何さ。あんたの言葉が未練で逝けないわよ」

「・・・・・・ゴメン。やっぱりダメなんだ」

「は?」

 そこまで言って、鶴見は急に私の肩を掴んだ。死んでも感覚はある。ぐらんと世界がゆれる。

「本当にごめん。オレ、とっくにおまえが戻れるって知ってたんだ」

「は?何言ってんの?」

「だけど・・・淋しかったんだ。一人で逝くのが。だからこのまま黙ってて、一緒にあの世に逝こうとか思っちまった。・・・ホントにすまん」

「なっ・・・何言ってんのさ?私だって死んで・・・」

「――おまえはまだ死んだわけじゃないんだ」

「!?」

 鶴見の突然な言葉に私は驚きを隠せなかった。

私は死んでいない。それも驚いたけど、一番驚いたことは。

 ・・・・・・・・――――淋しい。

あの一番騒がしかった鶴見海斗が、目を腫らしていて、赤くなっていて、しかも「淋しい」と言っている。

 鶴見は・・・こんな素顔だったのか。

やっぱり何も知らなかった。私だけ見ていないんじゃない。鶴見は誰にもこの今の姿を見せたことはなかっただろう。学校では、着いた早々騒がしく、クラスを盛り上げる。そしてゲラゲラと笑う。それは楽しそうに笑っていて・・・今の鶴見とは別の鶴見みたいだ。何で?死んだから?

 ・・・淋しい、なんて・・・。

一緒に逝きたかった。淋しかったから。でも、言った。

「わ・・・私は死んでない?・・・って」

「――だから、」

 鶴見は俯く。

「よく見ろよ・・・。オレにはもう足がない」

「え・・・」

 ゆっくりと地面と見る。

 自分の足と。

 鶴見の見えない足。

 私の体は一瞬でこわばった。

 鶴見は私と違う。

 鶴見はもう―――

「・・・おまえにも、人生あるもんな。すまん、オレ一人で逝く」

「な・・・なんで私だけが帰るの?同じ交通事故だったんだから、鶴見だって戻れるはず―――」

「言っただろ・・・。もう無理なんだって」

「嫌だ!戻っても何にも無い!つまらないよっ。淋しいんでしょ?私も一緒に――」

「ダメだ」

 鶴見が・・・――――消えてゆく。

「おまえはまだ生きられるんだ。うれしいと思えよ。ぃや・・・うれしいと思わなきゃダメなんだ。自分のためにも。待ってるやつのためにもさ」

「待ってるやつなんて・・・―――いない。私はあんたみたいに人気者じゃない。親とも喧嘩してる。この世界には何にも、」

「馬鹿言うなよ。おまえを待ってないヤツが一人もいないわけないだろ」

「馬鹿じゃない!あげる・・・。私の命あげる。あんたのほうがみんなも待ってる。サッカーもできるじゃん。タバコも酒も・・・」

「オレがもらったとしても!!」

 鶴見の握力が強まった。消えそうで消えない鶴見の手。

「・・・オレの未練がもっと残っちまう・・・」

「み・・・れん?」

 鶴見は深呼吸した。そして。



「・・・・・・好きなんだ」

「―――・・・ぇ」

「前から・・・。オレ、知ってた。だから・・・初めにおまえがここに来たとき、本当に嬉しかった。おまえが一緒にいれば、逝けると思った。だけど、ダメなんだ・・・。間違ってた。オレは――」

 さらにさらにと光を放って消えていくのがわかる。

「――おまえにオレの分も生きてほしいんだ―――」

 ――――――――――何も聞こえなくなった。


 最後に、

いつもの元気な笑顔が見えたような気がした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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