■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

罪と罰 作者:マロニエ

第1回   消された容疑者(1)
 その日、一体の死体が発見された。発見場所は地元ではデートスポットとして有名な自然公園だった。死体が発見された場所は規定のルートを大きく外れていて、ルートを歩いている人間からは全く見えない場所だった。
 死体の発見者は新宿の同じ会社に勤める男女だった。どうしてあんな場所にいたのかと聞くと口篭ってしまうが大方の理由は推測できた。この公園はそういう場所としても大人の間では人気が高いともっぱらの評判で、覗きなどの被害が後を絶たないことでも俺たちの間では有名だった。
「桂木さん、死体の身元割れました」
 茜沢が死体と睨めっこしていた桂木に向かって言った。しかし、桂木は視線を死体から移すことなく、茜沢の報告に耳だけ傾けた。
「被害者の遺留品の中から免許証が発見されました。名前は樋口勝、住所は東京都……」
 茜沢の報告を聞きながら桂木は大きく肩を落とした。更に大きくため息をつくと樋口の死体にブルーのシートをかけた。
「こう言っては何ですが、やっぱりあの樋口でしたね」
「ああ。もう少しというところまで来ていたのに、よ」
 桂木は苦笑しながら茜沢にそう言った。
「で、今更だけどあのカップル以外に目撃者はいないのか?」
「今のところ、他の目撃情報は寄せられておりません」
「捜し出せ。殺される現場を見ていなくても、声ぐらいを聞いている連中がいる可能性もある。他の奴らにもそう伝えろ」
「わかりました」
 茜沢は返事をするとすぐに現場にいる捜査員にそれを伝えにいった。桂木は頭を掻きながら死体から離れていった。
 捜査二課に何て言い訳するかな、普段は事件のことしか考えない桂木が珍しく体裁を気にすることを考えていた。実際、樋口は捜査二課がずっとマークしてきたある事件の重要参考人だった。桂木は捜査二課の友人から樋口のことは聞いていたので、死体を見たときにすぐに彼だと気づくことが出来た。
「色々と荒れそうだな、今回の事件」
 桂木は捜査会議で起こるであろう様々な対立を想像してみたが、考えれば考えるほど頭が痛くなったのでそれをやめることにした。
「桂木さん」
 すると、今度は相田が桂木の元へと駆け寄ってきた。
「どうした?」
「捜査二課の連中が……」
 相田が指差す方向を見ると、確かに捜査二課の面々が顔を並べていた。それも、決していい表情をしているわけではない。
「やれやれ、捜査会議で一悶着……と考えていたんだが考えが甘かったようだな」
「どうします?」
「俺が相手をする。お前らは周辺の聞き込みを行え」
「わかりました」
 桂木は相田にそう言うと、向こうで待っている捜査二課の元へと向かった。
「やっぱりお出ましですか」
「当たり前だ。こっちが十年も追い続けてきた犯人を殺されたとあって黙っていられると思うか?」
 桂木に話しているのは彼と同期の刑事で、現在は捜査二課課長を務めている佐川一郎警視だった。桂木が警部なので階級は一つ上の刑事である。
「で、死因は何だ?」
「詳しいことは司法解剖待ちだが、恐らくは鋭利な刃物による刺し傷が致命傷だろう。心臓の位置にズドンだからな」
「そうか……」
「とりあえず、この事件はこっちに回されることになるだろうな」
 桂木がそう言うと捜査二課の面々の顔色が明らかな変化を見せた。
「おいおい、俺たちを締め出そうって言うのか? こっちは十年もこの事件を追いかけているんだぞ」
「それを決めるのは俺じゃないが、お前だってこの事件にそっちが関われるかどうかはわかるだろ?」
 佐川は桂木にそう言われると何も言い返せなかった。事件が起こる前ならこの事件は捜査二課の事件として扱うことが出来たが、起こったばかりの殺人事件は捜査一課に回されることは常識であり、自分たちがそれに関われるかどうかと訊かれたら自信のある返答は出来なかった。何故なら、捜査二課は迷宮入りした事件を主に扱う部署であり、その容疑者が殺されたとなれば捜査一課が警察の威信にかけて全力で捜査に当たることになり、捜査二課にお鉢が回ってくるなんて事はないからだ。またこの事件が迷宮入りにならない限りは。
 とにかく、今わかっていることは捜査二課がこの事件に関わることはまず無理だし、下手をすれば十年かけて集めてきた情報を全て捜査一課に持っていかれて、自分たちはお払い箱という扱いだって可能性が低いわけではない。
「こっちだって十年も追い続けてきた意地がある。簡単には引かないぜ」
「どうするつもりだよ? まさか刑事部長に直訴するつもりじゃないだろうな?」
 桂木がそう言うと、佐川は返答をしなかった。
「馬鹿な真似はよせよ。直訴なんてしたらお前の今後に関わってくるぞ」
「たいしたことないさ。前の事件でお前が犯人におちょくられたことに比べれば、な」
 人の口に戸は立てられない、とはよく言ったものである。前の誘拐事件のときに桂木が犯した失態は警視庁では有名な話になっていた。有名になった原因は演じた失態ではなく、それだけの失態を演じたにも関わらずお咎め無しという結果に周りは驚かされたのだ。
「言ってくれるな。だが、俺のときとお前の直訴では状況が違いすぎる」
「何とかして見せるさ。追い続けた十年を無駄にする気はない」
「無駄になった十五年間だって今までに何度もあっただろうが。何故、この事件にそこまでこだわる?」
 十五年間、これは殺人事件の時効までの期間だった。無論、容疑者が特定されていて、それが海外に出ていたりすれば海外に出ていた期間だけ時効は延びるが、容疑者が特定されていなければ十五年で時効は成立してしまうのだ。
「別にこの事件に限ったわけじゃない。俺たちは常に自分たちが扱った事件は全力で取り組むことにしている、それだけだ」
 佐川はそう言うと一緒にいた刑事たちを連れて現場を去っていった。桂木はその後姿を見送ると、自分も現場周辺の聞き込みへと出かけていった。

次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections