「桂木さん」 「ん?」 すると、コンビニの袋を手に提げた唯が桂木のすぐ傍にいた。 「さっきから考え事をしていたので邪魔をしちゃ悪いかと思って声をかけなかったんですけど、とりあえずお弁当を買ってきましたので一緒にどうですか?」 気づいてみれば、お昼にファーストフードで昼食を取ってから今まで何も食べていなかったことを思い出した。 「じゃあ、これを貰おう」 桂木は幕の内弁当を取り、その場で食べ始めた。唯も空いている椅子を借りて桂木と一緒に買ってきたお弁当を食べ始めた。 「それにしても、犯人は何が目的で宮園絵美を誘拐したのでしょうか?」 「さあな? 少なくとも金が目的ではないことは確かだ。金が目的ならばこんなまどろっこしいことは絶対にせず、要求を告げる時点で金の話題をする」 「誘拐する場合って金銭以外に他にどんな目的があるものなんですか?」 「まあ、それこそ人それぞれってところだな。犯罪グループが仲間の解放を警察に要求する場合や、どこかの社長の家族を誘拐して社長を無理やり辞任させるなど目的によって要求も違ってくる」 「じゃあ、要求のない誘拐というのは?」 「それも色々とある。誘拐はその手段であって、本当の目的は外国のシンジケートなどに誘拐した人物を売り渡して金を得ると言うこともあれば、自分の特殊な性癖による欲求を満たすために誘拐をするケースもある」 「特殊な性癖?」 「ロリータコンプレックスのような類のものだ。時々あるだろ? 幼い子供を誘拐した奴が可愛いから連れ去ったって供述している事件、あれもそう言う類のものだ。まあ、コンプレックスの度合いによってその言葉の意味合いも大きく変わってくるだろうけどな」 「なるほど」 「だが、今回の事件はそのいずれにも当てはまらない。極めて特殊な事件だ」 「桂木さんは犯人がどんな女だと思いますか?」 「……わからない。犯人が何を考えて行動しているのかさっぱり見えてこない」 桂木はそのまましばらく黙り込んでしまった。唯はそんな桂木を見て、慌てて今日のことを忘れさせるかのように言葉を続けた。 「そ、それより今日のことはひとまず後回しにして、あとでアンケートを見ましょうよ。何か事件解決の手がかりがあるかもしれませんよ」 「……そうだな」 桂木はさっきよりも落胆した声で返事をした。唯にもそれが桂木の自信の喪失だということがはっきりとわかった。 「それにしても、犯人が出したルールが本当に厄介ですね。あれのせいで捜査範囲がかなり縮小されていますから」 「まあ、よく考えれば誘拐事件操作の大原則に従っているんだがな」 「大原則?」 「誘拐事件と言うのは原則的に周りに知られてはならないとされているんだ。周りに知られて噂でも立ったら、犯人も必要以上に警戒してしまうから人質救出もより困難になるからだ」 「確かにそうですけど、捜査がやりにくいと言うのも確かですね」 「まあな。ルールは絶対に誘拐事件のことを周りに知られてはならないだからな」 「それにいちいち午前と午後七時に桂木さんがいなくちゃいけないというのも面倒ですね」 「ルールを決めるのは犯人だ。俺達はただそのルールを守るしかない、人質の命を守るために」 そこまで言って、桂木はあることに気づいた。それは当然のように浮かぶ疑問であったが、その答えを得るにはどうすればいいか……それを考えた時、桂木の中に一つの答えのようなものが見えた。 「そうか……」 「どうかしましたか?」 「いや、一つだけ光明が見えたってところだな」 「て、手がかりでもあったのですか!?」 桂木の言葉に唯は思わず眼前まで詰め寄って問い詰めた。 「さっきの奴との会話の内容を覚えているか?」 「は、はい。まあ、あんまりいい内容じゃなかったですけど」 「奴がこう言ったのを覚えているか? ルールを守っているのならそれでいいと言っていたことを……」 「ええ。でも、それが何か?」 「ルールを守っているかどうかを奴はどうやって確認しているんだ?」 「えっ?」 「奴が出してきたルールは周りに事件のことを一切知られないようにするということだ。だったら、奴はどうやってそれを知っていると思う?」 「新聞やニュースなどで知っているのでは?」 「元々、誘拐事件は極秘捜査だから一般に公開することはよほどの事態にならない限りはない。だから、メディアで知ることなどできるはずがない。ならば、どうやって俺達がルールを守っていると知ることができるんだ?」 「あっ!」 「つまりはそういうことだ。奴が俺達の動向を知るためには近くにいなければならない」 「じゃあ、犯人は私達の近くにいると言うことですか!?」 「明日から徹底的にあの家の周りを調べるぞ。いいな?」 「は、はい!」 何の収穫もないと思われた一日目がこうしてたった一つの手がかりを見つけることができて、二人の中に影を落としていた暗闇が少しだけ晴れた。
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