■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ゆーかいはん 作者:マロニエ

第6回   挑発(3)
「お待たせいたしました」
 小学校へ行くとすべてのアンケートの回収が既に終わっていた。さすがに全校生徒分となると四百枚以上あるので、目を通すだけでも苦労しそうになる。
「すいませんが、迎えが来るまでアンケートに目を通したいので教室をお借りしていいですか?」
「ええ。構いませんよ。どうぞ、お使いください」
 桂木は唯と一緒にアンケートを会議室に運んで、車が来るまでそこでアンケートに目を通すことにした。
「さすがに数が多いですね」
「しょうがない。それより、これを持って急いで宮園邸戻るぞ。もうすぐ七時だ。犯人からの電話もあるだろう」
 桂木は適当にアンケートに目を通していった。アンケートは真面目に書いてあるのもあれば不真面目に書いてあるものもあって、桂木が期待しているような結果にはなっていなかった。
「やれやれ。ただのアンケートだと思って適当なことを書いているのが多いな」
「しょうがないですよ。相手は小学生なんですから。本当に怪しいかどうかなんてわからないでしょう」
「まあ、共通した意見もあるからそれを調べて調査をしてみる……」
 桂木はパラパラと見ていたアンケートのある一枚を見て思わずそれをじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
 唯の質問に答える前に桂木は席を立ち、職員室へ戻った。職員室に入るときょろきょろと辺りを見渡して、手近にいた教師に話しかけた。
「すいません。ちょっと、出席簿を貸していただけませんか?」
「えっ? 出席簿を……ですか?」
「ええ。欠席している生徒に後で私達から親御さんに連絡いたしますので」
「ああ、そうですか。わかりました」
 教師はすぐに全クラス分の出席簿を持って、桂木の前に置いた。桂木はすぐに出席簿に目を通した。
「一体、どうしたんですか?」
 桂木は何も言わずに唯にその出席簿を手渡した。
「この出席簿がどうし……」
 唯も思わず言葉を失ってしまった。
「これって……」
「どういうつもりだ……?」
 すると、職員室のドアが開いて数人の刑事が入ってきた。
「桂木さん、お迎えに上がりました」
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いや……何でもない。このまま例の所へ向かってくれ」
「わかりました」
「茜沢、お前も手伝ってやれ」
「はい」
 数人でアンケートを車のトランクに詰め込ませて、桂木は校長に学校の協力に感謝して車に乗り込んだ。
「桂木さん……あれは一体どういうことなんでしょうか?」
「さあな……犯人に直接訊いてみたらわかるだろう」
 表情には出さないものの、桂木は苛立っていた、傍にいて一緒に話している唯にはそれがわかっていた。
 車が到着するとすぐに桂木は家の中に入って中で待機していた刑事達に異常の有無を尋ねて電話の前で待った。
「あ、あの……刑事さん……」
 すると、直哉は既に帰宅していて桂木の帰りを待っていたようだった。その表情からどれだけ心配していたかは想像するのに難くはない。
「て、手がかりは掴めましたか?」
「……ええ。手がかりと言うか何と言うべきかわかりませんけど」
 時計を見ると七時前だった。桂木も電話の前で犯人からの電話を待ち、刑事達の表情にも緊張感が漲ってきた。
トゥルルルル……。
 電話の着信音が静かな部屋に鳴り響いた。すぐに逆探知を始め、確認をとってから桂木が電話に出た。
「もしもし」
「相変わらず逆探知ですか、どうせ無駄ですよ。こっちもこのゲームには文字通り全てを賭けていますからね。そんなことで捕まるようなヘマはしません」
 電話先の犯人は相変わらず余裕のある声で桂木に話していた。
「さて、私の名前はわかりましたか?」
「残念だが、まだわからない」
「そうですか」
「何のつもりだ?」
 桂木にはその言葉を聞いて、電話の向こうにいる犯人がにんまりと笑ったような気がした。
「さて、何のことでしょう?」
「とぼけるな」
「ふふふ。面白かったでしょう?」
「ああ。あんなことは俺が刑事になって生まれて初めてのことだよ。まさか、誘拐した子供を何事もなかったかのように学校に通わせているなんてな」
 その言葉を聞いて、周りの刑事達も宮園絵美の両親も驚きを隠せなかった。それはさっきまでの桂木や唯と同じ表情をしていた。
「ふふふ。私は結構自信あったんですよ? まさか、誘拐した人間をいつもどおり学校に通わせてやる犯人なんて普通はいないですからね」
「ああ。こんな真似をされたのは生まれて初めてだ」
「とりあえず、今日は私の勝ちですね」
「悔しいがそのようだな。それより、子供は無事だろうな?」
「勿論。何度も言うようですがあの子は大切なゲストです。ルールさえ守っていただければそれでいいんです。ルールはきちんと守ってくださっているのですからそれでいいじゃないですか」
「そうだな……。子供の声が聞きたい」
「申し訳ありませんが、今はまだ食事の最中です。明日の朝、声を聞かせると言うことでよろしいでしょうか?」
「……わかった」
「それでは明日の午前七時にまたかけます」
 電話を切るかのような台詞を言った後、犯人は何かを思い出したかのように桂木に向かって話しかけてきた。
「そうそう。明日は小学校も会社も土曜日でお休みですね。ご両親にもいい休日を、と伝えてください」
 犯人は最後にそれだけを言って電話を切った。逆探知の結果を聞いた刑事は首を横に振った。今回も逆探知は失敗に終わっていた。
「一体……一体、警察は何をやっていたんですか!!」
 電話が終わると直哉は堰を切ったように怒鳴りたてた。無論、桂木にも唯にもその理由もその正当性もわかっているので何も言い返せなかった。
「娘が学校に行っていたのなら保護するには絶好の機会だったじゃないですか! それをみすみすまた犯人に連れて行かれて……あなた達は本当に娘を助け出す気はあるのですか!?」
「お怒りは……ごもっともです。この一件は全て我々のミスでした。それは弁解のしようもありません」
「桂木さん……」
「ですが、必ずお嬢さんは助け出しますので、どうかご協力ください。お願いします!」
 桂木はその場に膝をついて土下座をして宮園夫妻に謝罪した。周りは何も言えずに、そんな桂木の様子をただ見ているしかなかった。宮園夫妻も桂木の謝罪に対しては何も言わずにそれ以上責任を追及しては来なかった。
「茜沢……」
「は、はい」
「何としてもあの犯人を捕まえるぞ。絶対に……だ」
「はい」
 桂木の体は小刻みに震えていた。言葉に力がこもり、異様な迫力が今の桂木にはあった。周りの誰もが、桂木の震えは例えようもない怒りから来ているものだと言うことを察していた……。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections