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ゆーかいはん 作者:マロニエ

第3回   誘拐(3)
ピンポーン
 通報から一時間後、家のインターホンがなった。モニターつきのインターホンでモニターには宅配便の制服を着た男が映っていた。
「どちら様でしょうか?」
「宅配便です。印鑑をお願いいたします」
「はい……」
 はるかが印鑑を持ってドアを開けると、何人もの宅配便の制服を着た男が荷物を持って家の中に入ってきた。
「えっ?」
「お静かに」
 男の一人がはるかを黙らせた後、警察手帳を見せて警官だということを伝えた。
「失礼します」
 警官達は居間の中に入ると、ダンボールの中に入っていた機材を取り出してすぐに準備を始めた。
「ご主人様ですね。私、警視庁捜査一課の桂木と申します」
 見た所五十代くらいの男だった。なかなか貫禄のある男であると直哉も張るかも思った。
「宮園です……この度は……」
 互いに握手を交わしてソファに座った。
「それで、犯人からの要求とは何なのですか?」
「誘拐犯からは自分の出す条件を飲めとだけ……」
「警察を呼ぶことも犯人からの条件だと通報の際に仰ったようですが、それは本当ですか?」
「はい。誘拐犯は周りに誘拐が起きたことを気づかせないようにと言って、私達に警察を呼ぶように言ったのです」
「誘拐してわざわざ警察を……」
 桂木はしばし考え込んだが、そんな桂木に二人は言った。
「あの……娘は無事に帰ってきますよね?」
「ご安心を。我々が必ず犯人を捕まえて娘さんを無事に保護いたします。ですので、我々に協力してください。お願いします」
 桂木は二人に強く言った。言葉の言い方の強さでその伝えようとする意思の力も変わってきて、強く言えば言うほど相手に安心感やその逆に不安感を植え付けることができるものだ。
「それで、犯人が出してきた条件は警察を呼ぶことのほかに何かありますか?」
「誘拐のことを誰にも気づかせないようにと私達に言いました。私達に出してきた条件はそれで最後と言っていました。あとは警察に条件を出すと……」
「警察に?」
「はい。また、電話をかけるといっていました」
「なるほど……」
 桂木は宮園夫妻との会話をそこで止めて、準備をしている部下の方を見た。直弥とはるかもそれにつられて、準備をしている刑事達を見た。
「どうだ? 準備は出来たか?」
「はい」
 固定電話の側に色々な機材が取り付けられていた。会話を録音するための装置、会話を直接聞くための装置などがあった。
「あとは犯人からの電話を待つだけです。落ち着いてください」
 桂木は宮園夫妻をなだめてから窓際に立ってじっと外を見つめていた。壁に囲まれているため、外からは中の様子は見えない。したがって、外から中の様子の変化がわからないので犯人の条件に見事に沿うものだった。
 慌しくなっている家の中で、桂木は一人考えていた。
――何故、犯人は誘拐したことを警察に通報するように仕向けたのか?――
 通常、誘拐というのはその事実を警察には決して知られないようにして、犯人と被害者の間で取引を行おうとするものなのだ。それをわざわざ警察に知らせるなどよほどの自信がないと行えるものではない。
 それに、犯人が出す条件もその意図がはっきりと掴めなかった。誰にも誘拐の事実を知らせるなというのはわかる。
 だが、その二つの条件を出しただけで他に金や物質を要求していないうちに警察を呼べと言った。ただの営利誘拐ではないと思うが、犯人の狙いが全く理解できないでいた。
 そして、警察が着てから二時間ぐらい経ったとき
トゥルルルル……
 部屋中に緊張が走った。部屋の静寂を乱すのは電話のコール音だけだった。
「逆探知お願いします」
 刑事の一人が備え付けた電話から逆探知をするように言った。その部屋にいる全員の表情が強張って、緊迫感に満ちていた。
「ご主人、電話に出てください」
 桂木が促すと、直哉は恐る恐る受話器を取って話しかけた。
「もしもし……」
「どうやら、警察を呼んでくださったようですね?」
 誘拐犯は満足したような声で最初にそう言った。
「ちゃ、ちゃんと条件どおり周辺の住民に気づかれないように警察を呼びました」
「ご苦労様です。それでは、ちょっと警察の方に代わっていただけませんか?」
 誘拐犯の要求はその場にいる刑事全員が聞いていた。その中で、桂木が代表として犯人と対話することになった。
「警視庁捜査一課の桂木だ」
「どうも初めまして。この度はご迷惑をおかけいたします」
「なかなかご丁寧なご挨拶だな。誘拐をしている人間とは思えないよ」
「それはどうも。残念ですけど長々とお話ししている時間はありませんの。早速ですけど今度は警察に条件を出させていただきます」
「ほう……今度は我々に条件か。言ってみたまえ」
「まずは時計を見てください」
 桂木は壁にかかっている時計を見た。時刻は現在午後十一時四十五分だった。
「多少のずれはあるでしょうが、私の時計では午後十一時四十五分を指しています」
「こっちも同じ時刻だ」
「それはよかった。同じ時間を共有している方がより正確になりますからね」
「どういう意味だ?」
「実は、これから私と警察でゲームをしようと思っているんです」
「ゲーム……だと?」
 桂木は相手が自分の一番嫌いなタイプであることを確信した。犯罪をゲームのように考える人間は、ここ数年の間に増えてきて桂木自身もそういう相手を逮捕したり取調べを行ったりしているが、何度会っても腹立たしくなった。
「そうです。私に勝ったら絵美ちゃんは無事にご両親の元にお返しすることをお約束しましょう。但し、負けたら……命はありません」
「人の命をかけたゲームか……」
「そういうことです。どうです? やってみますか?」
 口調は優しいがこれは脅迫に他ならなかった。桂木が断れば、子供は無条件で殺すということを誘拐犯は言っているのだ。
「やるという選択肢しか用意していないのだろ?」
「まあ、そう思いたいのならそう思ってくださって結構です」
 犯人が状況を楽しんでいるのと反対に、桂木の表情はどんどん険しくなっていった。
「で、ゲームのルールっていうのは何だ?」
「乗り気ですね。そうこられると嬉しいですよ」
「いいからルールを教えてくれ!」
 桂木が怒鳴ると犯人は少し沈黙した。
「いやあ……今の大声には驚かされました。思わず耳を塞いでしまいましたよ」
「くっ……!」
「それではゲームのルールをご説明いたしましょう。今、時刻は午後十一時五十分ですね?」
「ああ……」
「ゲーム開始は明日の金曜日午前零時から四日後の月曜日の午後七時まで。それまでに私を誰だか当てられればそちらの勝ちです。チャンスは計八回。毎日、午前七時と午後七時の二回だけこちらにお電話いたします。その八回の間で私の名前を見事に言い当てることができればそちらの勝ちです」
「四日で勝負をつけるという意味か……。もし、こちらが負けたらどうなるんだ?」
「命がありません、とそれだけ言わせていただきましょう」
「そんな!」
 はるかが犯人の言葉を聞いて、桂木から受話器をひったくって犯人と話をしようとした。
「お、落ち着いてください!」
 その場にいた刑事が総がかりではるかを抑えて今から連れ出していった。その間もはるかは必死の抵抗をして、連れ出すのに一苦労していた。
「すまない。少しトラブルが起きた」
「いえいえ。子供をそこまで強く思っていると知れてかえってよかったと思っていますよ」
「親がどれだけ子供のことを思っているのかわかったなら、子供を返してやってはくれないか?」
「残念ですけどそうはいきません。それより、ルール説明の続きをしましょう。基本的なルールはさっき言ったとおりです。それとは別に絶対に守っていただく条件があります」
「その条件とは何だ?」
「まずは誘拐のことを絶対に周辺住民に気づかせないこと。それとゲームが終わる四日後まで何があっても絶対に公開捜査にしないこと。これがその条件です」
「わかった……。その条件を飲めばゲームをやっている間は子供の無事が保障されるんだな」
「勿論です。それでは、また午前七時にお電話いたします」
「待て! 子供が無事なのか声を聞かせてくれ!」
「もう一度時計をご覧になったらいかがです? 子供がこんな時間まで起きているはずないでしょう。とりあえず、大事なゲストですから丁重に扱っているとだけお約束しておきましょう。それでは」
「おい、待て……!」
 しかし、電話はそこで切れてしまった。桂木はしばらく受話器を睨んで、受話器を戻した。
「逆探知、駄目でした」
 部下の言葉を聞いて、桂木は大きくため息を吐いた。時計を見ると、時刻は午前零時一分前、ゲームの開始が刻一刻と迫っていた。
「これから四日が犯人と勝負か……」
 そして、時計の針は午前零時を回った。
 四日間のゲームがここに始まった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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