■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ゆーかいはん 作者:マロニエ

第16回   ゆーかいはん(3)
「お待ちしてました」
「今日は平日だぞ。学校サボっていいのかい? 先生」
 拳銃を構えながら桂木も軽口を叩いた。桂木に拳銃を向けられていても、笹田は全く動じずに桂木をしっかりと見据えていた。
「いいんですよ。私がいなくても学校は充分回りますから」
「せっかく俺達が作ったアンケートで好きな先生に数多くの生徒から名前を上げられていたのに」
「今の子供は私や貴方が思っている以上に逞しいですよ。私なんてすぐに忘れ去るか或いはあの事件の犯人が担任だったと逆に自慢するかもしれませんよ」
 笹田は桂木に背を向けてそのまま前へと歩き出した。桂木もそれに合わせて前へと歩み寄った。
「正直、こんなことをやったなんて未だに信じられませんよ」
「お前は間違いなく、今回の誘拐事件の犯人だ。おまけに前代未聞のことを次々と行い、警察を惑わせた」
「私の人生なんて他人から見れば何の変哲も無い一般的なものなんですよ。でも、私生活になればそんな人生なんて全く他人のもののように思えてしまうんですよ」
「どういう意味だ?」
 桂木が訊ねると、笹田は桂木に向き直って言った。
「恐らく、私の経歴は調べたと思いますけど私は両親を交通事故で失って、あの女に引き取られて育てられました。あの女は娘だった母をとても可愛がっていました」
「ほう……」
「でも、娘を可愛がったからといって孫を可愛がるとは限らないんですよ」
 桂木は何も言わずに笹田の独白を静かに聞いた。笹田は桂木から目を離して遠くを見て言った。
「あの女は娘だった母が交通事故で死んだことにショックを受けました。それまでに何度か私はあの女に会っていましたが、母が死んで以来、あの女はすっかり変わってしまいました」
「変わった?」
「母が死んだ後、あの女はまるで人が変わったかのように冷たくなりました。それでいて、外面はいいですから外ではいい関係を築いているかのように振舞うんですよ。丁度、宮園一家みたいにね」
「だから、宮園絵美を標的に選んだのか?」
 桂木が訊ねると、笹田は何も語らずに静かに頷いた。
「あの子からずっと相談を受けていたんですよ。その時点では別にこんなことをしようなどとは思わなかったんですよ」
「それが芹沢トメの死で今回の計画を思いついた……」
「ええ。そう言えば、まだ聞いていませんでしたね」
 笹田は思い出したように桂木に訊ねた。
「どうして、私が犯人だと?」
「簡単だ。柊未冬と関係があり、尚且つ宮園絵美と関係のある人物、それらを考えれば学校関係者であるということはすぐに想像がつく」
「だが、それだけでは私だと断定することは出来ないでしょう」
「そうだ。だが、一日目と二日目の夜にお前は宮園絵美と電話をさせなかった。つまり、電話をさせられる状況じゃなかったということだ」
「それで?」
「お前は俺達の様子を近くで見ていた。つまりはあの近所に住んでいる人間を教師から探し出し、一日目と二日目の夜に外出をしているアリバイを持つ人物を探せばよかった」
「なるほど。それなら私ほどはっきりとしたアリバイを持っている人間はいないでしょうからね」
 笹田は軽く笑った。
「お前はその両方の夜に警察への事情聴取で呼ばれていた。警察に向かう途中で携帯電話からでもかけていたんだろう。それじゃ電話をさせることなど不可能だ。それに柊未冬に殴られた時に所轄の警察に提出した被害届けをお前は取り下げた。それらを考えればお前が犯人である可能性は高いというわけだ」
 笹田は桂木の話を聞いて、また小さく笑みを浮かべた。
「やはり貴方は私が思っていたとおりの人でした」
「そりゃあ光栄だ」
「さてと、そろそろ話のネタも尽きてきた頃ですかな?」
「いや、一つだけ教えてもらいたいことがある」
 桂木の言葉に笹田は再び桂木の目をしっかり見据えた。
「何でしょう?」
「何で女装なんかしたんだ?」
「ああ、あれですか」
 笹田はまるでそれが些細なことのように言った。
「私はあの女に母の身代わりをさせられていたんですよ。あの女は私を女の子として育てようとした。私も家では男の格好は絶対に許されず、女の格好しか出来ませんでした」
「それがあの家にあった服の数々ってわけか」
「そういうことです。だから、あの時の女装は全てを決別する意味で行った最後の女装ですよ」
「決別……?」
「思えば、今回の事件は本当に私の力だけでやってのけたのか未だに信じられませんよ。まあ、舞台のラストシーンで今更そんなことを言ってもしょうがないですね」
「ラストシーン……まさか!」
「幕を上げたのが私なら幕を下ろすのも私です! そして、この舞台は私の勝利で終わるんですよ!」
 笹田はそう言って屋上から地上に向かって飛び降りた。桂木はそれを止めようとしたが間に合わずに笹田が落下していくのを見ているしかなかった。
「私の勝利……か」
 桂木は懐に銃をしまい、飛び降り自殺で大騒ぎになっている下の事態を収拾するために屋上から降りていった。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections