翌日、午前七時。警視庁捜査一課には刑事全員が詰めかけ、桂木の携帯電話に入ってくる笹田の電話を待った。 「まだかかってきませんね」 「待つしかない」 いつもなら時間きっかりにかかってくる電話がかかってこないので、桂木も少し動揺していた。 ジリリリリリ…… 着信音にしてある黒電話の音が鳴り、捜査一課の面子に緊張が走った。桂木は受信ボタンを押して電話に出た。 「もしもし」 「おはようございます」 昨日と同じく本来の声で笹田は電話に出た。 「さて、さっさとゲームをしようか」 「乗り気ですね。そうだからこそ、貴方を選んだんですから」 「後悔しているんじゃないのか? 俺を選んだのは人選ミスだったと」 「とんでもない。貴方は私が望んでいる以上のことをやってのけた。人選は完璧でしたよ」 それは強がりなどではなく笹田の本心だと桂木は思った。その理由は、今の声があのゲームをしていた頃と全く変わらない余裕に満ちた声だったからだ。 「で、どうすればいいんだ?」 「とりあえず、貴方とパートナーの二人だけで車を走らせてください。約束を守らない場合、命の保証はしないということをお忘れなく」 笹田はそれだけ言うとすぐに電話を切ってしまった。桂木は島津の顔を見て、島津が頷いたのを確認するとすぐに車へと走った。唯も桂木について一緒に車に乗り込み、唯の運転で車が発進した。 車を適当に走らせ始めてから五分後、再び犯人からの電話が入ってきた。 「もしもし」 「どうも。では、これからの指示をします。まず、念のためにパートナーの声を聞かせてください」 桂木は携帯電話を唯の耳元近くに持っていき、犯人と会話させた。 「私が桂木さんのパートナーよ」 「なるほど。どうやらちゃんと二人で来ているようですね。わかりました、もう一度桂木さんに代わってください」 唯が桂木に向かって頷くと、桂木は再び電話を耳に当てた。 「それで次は?」 「宮園家やあの小学校の近くに今は潰れた大きなデパートがあるのを知っていますか?」 「デパート?」 「潰れはしましたが、今でもその建物とその看板だけは残っているんですよ。そこでお待ちしています」 犯人の電話はそこで切れて、桂木はすぐに地図を広げてあの小学校から近くにあるデパートを捜した。デパート自体は既に廃業しているので、地図上にもデパートと表記されてはいないが、デパートがやっていたと思われる場所を考え、その土地の広さを想像して場所をいくつかに絞り込んだ。 「そのまま真っ直ぐ行け」 「はい」 唯は桂木の指示通りに車を走らせた。あちこちを色々と回りながら、唯はふと桂木に質問してみた。 「桂木さん、一ついいですか?」 「何だ?」 「笹田は何を考えているのでしょうか?」 「ん?」 「ただ場所を捜させるだけにわざわざ七時と時間を指定して、こんなに面倒なことをする必要があるとは思えないのですが……」 「さあな。それより、次の角を右だ」 「はい」 車はそのデパートを捜してあちこちを走り回った。 「ん?」 すると、自分達の目的の場所に何台もの工事車両が入っていくのが見えた。 「まさか……! 急げ!」 「はい!」 桂木は唯を急かして急いでそこへ入った。中には工事の関係者がいっぱいいて、鉄の玉をぶら下げたクレーン車まであった。 「おい!」 桂木は車から降りるとすぐに工事責任者と思われる男に詰め寄った。 「な、何ですか!」 桂木は警察手帳を見せて自分の身分を証明すると、その男に言った。 「何だ? これは」 「何って……これからここの解体工事をするんです。ちゃんと許可は申請してありますよ」 すると、再び桂木の携帯電話が鳴り、桂木はすぐにそれに出た。 「どうやら間に合ったようですね」 「わざわざ場所を捜させたのはこういうことか!」 「面白いでしょう? 正に生死を賭けたゲームですから」 笹田はこの状況を心のそこから楽しんでいるようにさえ桂木には思えた。テレビゲームをやっているかのような感覚、それに近いようなものを桂木は笹田から感じていた。 「ここの屋上でお待ちしていますよ」 笹田はそう言って電話を切った。桂木は携帯電話を懐にしまい、工事責任者に言った。 「工事はしばらく中断しろ」 「な、何故ですか!」 さすがに突然の言葉にその工事責任者も納得がいかずに桂木に詰め寄った。 「この中に女の子がいるんだ」 「だ、だが、工事をする前に全ての場所を確認したはずだ。声もかけたが誰も返事はなかったぞ」 「とにかく、中に子供がいるのは間違いないんだ。俺達が子供を連れ出すまで工事は中止しろ!」 桂木の鬼気迫る迫力に工事責任者も何も言えなくなって、すぐに現場の作業員達に工事の一時中断を宣言した。 「中へ入るぞ」 「はい」 桂木は唯と共に建物の中に入った。まだ工事が始まっていなかったため、建物そのものは無傷で中も昔のデパートの面影を少し残していた。 「まるで迷路ですね」 「屋上を目指せばいいんだ。奴はそこにいると言ったんだからな」 すると、再び犯人から電話がかかってきた。桂木は電話を取った。 「そのまま、屋上へ来られてもつまらないので余興を用意しました」 「余興だと?」 「ええ。ちょっとしたクイズですよ」 「正解すると何かもらえるとでも言うのか?」 「そうですね。正解すると絵美ちゃんがもれなく……というところですか」 「何?」 「それでは問題です。無機質な人間がいっぱい集まる場所は何処でしょうか?」 「無機質な人間だと……?」 「急いだほうがいいですよ。早くしないと、絵美ちゃんも退屈してしまいますからね。それに、生きたまま助けたいのなら……」 「何だと!」 「ではまた」 「おい!」 桂木が問い詰めようとしたが、笹田は電話を切ってしまい桂木は忌々しそうに電話を見た。 「制限時間つきですか……」 「とことんルールを無視してくれやがって!」 桂木は怒りのあまりに少し怒鳴り声になったが、それをなだめたのは唯だった。 「落ち着いてください。そんなに熱くなったら解けるものも解けなくなってしまいます」 「……すまない」 桂木は唯の言葉で少し冷静さを取り戻して、大人しくなった。 「それに、この問題はそんなに難しくはないですよ」 「何?」 「えっと……」 唯はあたりをきょろきょろ見回して何かを探した。 「あった」 唯がそれを見つけて走り出すと、桂木もそれについていった。 唯が見つけたものはデパート時代の名残だった案内図だった。 「五階ですね」 「そういうことか……」 桂木もすぐにその答えがわかった。だが、答えがわかって嬉しいと思う気持ちはなく、ただ呆れることしかできなかった。 「じゃあ行きましょうか」 「ああ」 二人は階段を駆け上がって五階を目指した。五階にたどり着いてみると、まだその当時の面影を残しているものがいっぱい散乱していた。 「やれやれ……あんなくだらない問題で時間を稼げるとでも思ったのだろうか?」 「まあ、無機質な人間がマネキンなんて発想は誰でも出来るものですけどね」 桂木と唯はあちこちにちらばっているマネキン人形を見てそんなことを言いあった。 「とにかく、被害者を捜すぞ」 「わかりました」 二人は手分けしてあちこちを捜した。大きな荷物はほとんど片付けられているが、マネキン人形などの細かいものが辺りに散乱しているため、それらの下も捜さなければならなくなったので面倒だった。 「いたか?」 「まだです!」 元々がデパートだったため、室内も広いのでお互いに大声で確認しあった。 「くそっ!」 なかなか宮園絵美が見つからないので、桂木も苛立ってきた時だった。 「桂木さん!」 「いたか!」 桂木はすぐに唯のところへ走っていった。唯は桂木の声に返事をせずにその場に立ち尽くしていた。 「どうした?」 桂木は唯の後ろから覗き込んだ。そこで、桂木もそれを見た。 「柊未冬か……」 そこには既に腐敗が始まっていた柊未冬の死体が転がっていた。心臓にナイフが刺さったままで、死んだ当事のままの姿で発見された。 「やはり、笹田は本当に柊を殺していましたね」 「わざわざご丁寧に死に化粧までしてやがる」 柊未冬の顔は綺麗に化粧が施されていた。これも恐らくは笹田がやったものだと二人とも思った。 「ここに死体を隠していたんですね」 「多分な。外にいた連中は生きている人間を捜して声をかけたわけだから、死んだ人間には気づかなかったようだな」 桂木は柊未冬に対して合掌をしてわずかな時間だったが黙祷を捧げた。 「とりあえず柊未冬は後回しだ。先に被害者を捜せ」 「わかりました」 桂木はすぐさま宮園絵美探しを再開した。唯も柊未冬の遺体を視界の端に入れながらだったが、宮園絵美探しを再開した。 「ん?」 その時、桂木は確かに見た。自分のいる場所から少し距離があるがそこで何かが動いたのを。 「そこか!」 桂木はすぐにそこへ駆け寄り、そこにあるマネキンを全てどかした。 「いた! いたぞ!」 桂木の声で唯もすぐにその場所へ駆けつけた。 宮園絵美は抱きかかえられているにもかかわらず眠り続けていた。 「茜沢。お前は被害者を連れて病院へ行け。俺は笹田を逮捕する」 「で、でも、一人では」 「大丈夫だ」 桂木はそう言って懐から拳銃を出した。拳銃を見た瞬間、唯は思わず固唾を呑んだ。 「か、桂木さん……」 「ま、いざという時もあるからな。お前は被害者を病院へ連れて行け。それと、外にいる連中に工事はしばらく警察の手が入るから中止しろと伝えて来い。その他の報告も全て任せたぞ」 桂木はそれを言って拳銃を片手に階段を駆け上った。唯は桂木が階段を駆け上ると、すぐに宮園絵美を抱えて一階に向かって降りていった。 階をどんどん上がっていくごとに桂木の緊張感もどんどん増していった。自分の吐息がまるで部屋中に響き渡っているような静寂が辺りを包み込んでいた。 「ここか……」 そして、桂木は屋上へと扉手前までやって来た。ドアノブを掴む手に思わず力が入った。 桂木は自分の心を落ち着けるためにその場で小さく深呼吸を何度か繰り返した。何度かそれを繰り返すうちに気持ちも落ち着き、覚悟も決まった。 「よし……!」 桂木は意を決して、そのドアを開けて一気に踏み込んで銃を構えた。 桂木が見据えている先にいるのは一人の女……いや、女の姿をした笹田だった。
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