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ゆーかいはん 作者:マロニエ

第12回   名前(2)
「おやおや、いつもより受話器を取るのが随分早いですね。もう逆探知は諦めましたか?」
「ああ。携帯電話でも使われていたらわかりっこないからな」
「おやおや」
 昨日の動揺したことなどまるでなかったかのように、犯人はいつもどおり余裕たっぷりの声で桂木と話していた。
「さてと、約束どおり子供の声を聞かせてもらおうか」
「ええ。いいですよ」
 一瞬の沈黙、その間に桂木は昨日のように喧嘩になる前に拡声モードにして絵美の声が二人に聞こえるようにした。
「パパ、ママ」
「絵美!」
 二人はすぐに電話機のスピーカーの一番傍に行った。
「絵美、大丈夫か?」
「うん。パパ、ママ。昨日はとっても楽しかったんだよ。昔、パパとママと三人で一緒に遊んだあの遊園地へ行ってきたんだよ」
「ゆ、遊園地?」
「うん。このお姉ちゃんと色々な乗り物に乗ったり、ゲームセンターでゲームしたりしたんだよ」
「絵美、何処にいるんだ? 絵美!」
「おっと」
 すると、突然絵美から犯人の声に代わりその質問を聞かれないようにした。
「何度も言うようですが、ルールを守っていただけないようならば命の保証はしませんよ」
 桂木は拡声モードからまた受話器での通話に戻した。
「遊園地か……何処までもふざけたことをしてくれるな」
「ふふふ。まあ閉じ込めっぱなしじゃ可哀想ですから」
「その度胸の凄さは認めてやるが、あんまり俺達を甘く見るな」
「これでチャンスは残り三回。早くしないと時間なんてあっという間に過ぎてしまいますよ」
「……絶対にお前の顔を白日の下に曝け出させてやる」
 かすかに受話器から犯人が笑ったのが聞こえた。それはまるで子供が仕掛けた些細な嘘を微笑ましく思っているかのような笑いだった。無邪気そのもののような笑いだった。
「では、また七時に」
 犯人との電話はそこで途切れ、桂木は受話器を置くとすぐに宮園夫妻に問い詰めた。
「三人で行った遊園地って何処ですか!」
「ええっと……」
 直哉とはるかはすぐにそれを思い出すことができず、問い詰められながら必死でそれを思い出そうとしていた。
「思い出してください。犯人とお嬢さんの会話から2人で遊園地に言ったことは間違いない。上手くすれば、奴の姿が防犯カメラか何かに残っている可能性もあるんです」
 二人は必死で思い出そうと何度も唸りながら頭を働かせた。
「あっ!」
 すると、直哉が先に思い出したようで声を上げた。桂木を含め他の刑事は直哉に詰め寄った。
「思い出しましたか」
「もしかしたらなんですけど……あの子が小学一年生のときに入学のお祝いとして家族で一緒に行った遊園地があるんです」
「そう言えば、あの子は最近いつも家族でお出かけしたいと言っていました」
 直哉の言葉につられてはるかもそのことを思い出して、そのことを口にした。
「その遊園地の名前わかりますね?」
「えっと……何だったかな?」
「ワンダーランドです」
 直哉はすぐにその名前が出てこなかったが、はるかはすぐにその名前を口にすることができた。
「あの子、いつもその名前を口にしていましたから」
「わかりました。では、早速そこへ捜査員を向かわせてみます。それではまた後で」
 桂木は唯をつれてすぐさま車に乗って携帯電話で島津に遊園地のことを伝えた。島津は遊園地のことを聞くとすぐに捜査員を向かわせると言い、桂木は電話を切り車を走らせた。
「これから柊未冬の家へ?」
「そうだ。奴は既に柊未冬を殺している可能性が高い。恐らく、柊未冬は事件以外にも何らかの形で犯人と係わり合いを持っていたはずだ。それを見つけ出す」
「わかりました」
 車はすぐに柊未冬のアパートに到着し、予め連絡をいれておいたアパートの管理人が二人の到着を柊未冬の部屋の前で待っていた。
「お待たせしました」
「これが柊さんの部屋の鍵です。外で待っていますので終わったら返してください」
「わかりました」
 二人は管理人から鍵を受け取って柊未冬の部屋の鍵を開けた。ドアを開こうとすると、ポストに溜まっていた新聞などがどさっと音を立てて落ちた。
「暗いな……」
「電気のスイッチは何処でしょうか?」
 暗い部屋で唯は手探りでスイッチを探そうとしたが、桂木は部屋の奥へと入っていってカーテンを開いて日の光を部屋の中に入れた。
「うわ……」
 唯は思わず絶句してしまった。桂木にいたっては声すら出なくなった。
「筋金入りですね……」
「俺には理解できん」
 二人は部屋中の壁にびっしりと貼り付けてある写真を見てそう呟いた。写真に映っているのは全て小学生ぐらいの男の子で私服や体操服姿など様々なものがあった。どれもこれも視線が全く違う方向を向いているので盗撮であることはすぐにわかった。
「よくもまあ、こんなに溜め込んだものだ」
「これじゃあ学校側から文句を言われるのもしょうがないですね」
「全く……」
 桂木はどうにもこうにも理解できない話だったので、頭を掻きながら押入れを開けてみた。
 すると、中からどさっと何かが落ちてきて、押入れの中にはビデオテープがたくさん入っていた。
「何だ?」
 桂木は落ちてきたものを拾い上げた。桂木が拾い上げたそれは男物の下着だった。それもサイズからして子供のものだった。
「……」
「こんなものまで……」
 桂木は忌々しそうにそれを床に叩きつけた。床に落ちた下着から目を離して押入れの中に積み上げられているビデオテープに目を移した。
「これもあんまりいいものではなさそうだな……」
「……見ますか?」
「……気は進まないがな」
 桂木は適当にその中に一本を手にとってビデオデッキの中に入れた。画面に映し出されたのはやはりあの小学校に通っている男の子の姿だった。体育でドッヂボールをしているときのものだった。
「やれやれ……」
「画面に女の子が入らないようにして男の子だけを集中して映していますね」
「はあ……」
 桂木はビデオを止めた。そのまま一度部屋の外へ出て大きくため息をついた。
「これからどうしますか?」
「決まっているだろ? ここを中心に柊未冬の最近の状況を聞き込みだ。遊園地に行った連中が戻ってくるまではそれしかできまい」
「そうですね」
 桂木は再び柊未冬の部屋に鍵をかけて辺りの聞き込みを開始した。聞き込みといっても柊未冬に関することは誰に聞いても悪い噂しか聞かなかった。それに捜査上で既にわかっていることがほとんどだった。
 あちこちで聞き込みをしている時、さすがに警察がこのあたり一帯をうろついていると言うことで色々な噂が飛び交っていた。柊未冬の事を聞きまわっていると言うことで彼女のことについての噂がほとんどだった。
「色々な噂が飛び交っているようですね」
「しかも、その中で柊未冬は既に悪者扱いだ。日ごろの行いの悪さが伺える」
 トゥルルルル……
 すると、桂木の携帯電話が鳴り出した。桂木は懐からそれを取り出して電話に出た。
「もしもし」
「桂木さん。俺です」
「テツか。どうした?」
「交友関係から柊未冬のことで聞き込みをしていたんですけど、彼女の友人が妙なことを言っていたのを思い出したんです」
「妙なこと? それ以前によく友人なんてものを見つけ出したな」
「まあ、趣味が同じだったようで……」
 桂木には電話の向こうで苦笑いを浮かべている相田の姿がすぐに浮かんできた。
「それで妙なことって何だ?」
「一度だけ言っていたことがあるそうです。あいつの秘密を掴んだって」
「あいつの秘密?」
「それはもう、鬼の首を取ったかのような笑みを浮かべていたそうです」
「鬼の首を取ったかのような……か」
「一応、報告いれておいたほうがいいと思って電話しました」
「わかった。ありがとう」
 桂木は礼を述べて相田からの電話を切った。
「秘密って何のことでしょうか?」
「さあな」
「あれ?」
 その時、唯はふと思い出したことがあった。
「どうした?」
「そう言えば……桂木さんって携帯電話使えないんじゃなかったでしたっけ?」
「通話ぐらいなら俺でも一応は出来る。他の機能は全く使いこなせてはいないけどな」
「へえ……」
「一応、ポケベルも持っているが携帯のほうが何かと便利だからな。通話さえできれば他の機能はどうでもいい」
「なるほど」
「万が一の場合も考えて、全く使えないじゃ困るからな」
「じゃあ、今度メールしますからアドレス教えてくださいよ」
「……」
 唯がメールの話題を出した途端、桂木は黙り込んでしまった。
「もしかして……メールのやり方わからないんですか?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ電話番号を教えておきますから」
 唯は自分の携帯電話を出して電話番号を画面に出した。
「登録の仕方……わかりませんよね?」
 唯が尋ねると桂木はすぐに首を縦に振った。
「ちょっと貸してください」
 桂木から携帯電話を受け取ると、それがまるで自分の携帯電話であるかのようにすぐに自分の携帯電話の番号を登録してしまった。
「自分の携帯電話と違うのによくわかるな?」
「登録の仕方は大体、どの携帯電話でもほとんど同じですから。適当にいじってみればすぐにわかりますよ」
「へえ……。俺なんて全然わからないけどな」
「説明書は読まなかったんですか?」
「あんな分厚いもの、読む気にもなれなかったよ」
「まあ」
 桂木の言葉を聞いて唯は少し笑顔を浮かべた。今まで刑事としての桂木しか見てこられなかったので、本当の意味での桂木と言う人間を見た最初の瞬間だった。
「さて、そろそろ遊園地に行った連中が戻ってきたという報告が来てもいい頃だと思うんだが……」
 トゥルルルル……
「帰ってきたようだな」
 再び携帯電話の受信ボタンを押してみたが、そこから声が全く聞こえてこなかった。
「ん?」
「メールじゃないんですか? ひょっとして」
 唯が桂木の携帯電話を見ると受信メール有りの文字があった。手馴れた手つきで桂木の携帯電話を使いそのメールを見た。
「帰って来い。課長からですね」
「電話をかけて一言で済むものをわざわざ……」
「わざわざ電話をかけるのが面倒だからメールなんですよ。記録にも残りますし、文面もたった一言ですし」
「そんなものか?」
「そんなもんですよ。とりあえず、戻りましょう」
「ああ」
 二人は急いで車へ戻り、そのまま何処へもよらずに真っ直ぐに警視庁へと戻った。駐車場に車を停めると駆け足で捜査一課へと戻っていった。やはり、唯の足の方がずっと速いので桂木は置いていかれる形となった。桂木が捜査一課についたのは唯がついてから一分近く経ってからだった。
「遅かったな」
 唯の足の速さを知らない島津は遅れてきた桂木に対してあっさりとそう言い放った。桂木はそんな島津を恨めしく思ったが、そのことをひとまず忘れて息を整えた。
「ところで、わざわざメールで用件を伝えないでくださいよ。メールの見方がわからないんですから」
「せっかく若い奴をパートナーにつけてやったんだ。色々と教えてもらえよ。俺達より若い世代の方が色々と物を知っているよ」
 島津はそう言って軽く笑った。桂木は余計に苛立って頭を掻き毟った。
「さて、桂木も戻ってきたことだし。そろそろ始めるか。二人とも、会議室へ来てくれ」
「はい」
「わかりました」
 二人は島津の後について会議室へ向かった。会議室の中には既に他の刑事も集まっていて二人の到着を待っていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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