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私の瞳とひとみ 作者:シグタク

最終回  
 この会社での最後の週は飲み会三昧となった。まず会社の班内での、俺にとって始めてで最後となる飲み会。前々から決まっていた事だが、社員さんが忙しくてなかなか実現しなかったのだ。当初は近藤さんと飲める事だけで楽しみでしょうがなかったが、今になって振られた後の俺としては、純粋に会社の仲間と色んな話が出来た事がすごく楽しかった。同い年の同僚も居るし、班長も相変わらず韓流スターに似ているし。
 この時感じた事、近藤さんはやはりみんなから頼られている存在であるという事。そしてみんなに優しい女性だっていう事。同僚は前に飲んだ時に酔い潰れて、近藤さんが自宅まで車で送ってくれたみたい。しかも自宅は遠いのに。

『いいなぁ。2人で深夜のドライブか。小谷さんのバイクタンデムといい、みんな羨ましいなぁ』

 もちろんみんな近藤さんには彼氏が居るって事は知っていた。何かやはり4ヶ月そこらの俺とは、付き合いの深さが全く違うんだなって事を実感したのだ。
 解雇前日の金曜の夜は、小谷さんは明日お休みなので再び最後に飲み明かした。ちゃんと告白して振られた事もきちんと伝えておいたよ。振られたっていう事で、この日は小谷さんがおごってくれました。

 会社最終日の土曜。ついにこの会社とも本当にお別れになってしまう。もう彼女とは会えなくなってしまうのだ。でも、会わない方が気が楽になるのかなぁ。そんな事を考えつつ会社に出勤した。
 上に上がるといつものようにみんながデータ整理をしている。今日は彼女も出勤の日で、交代で休みの予定だった小谷さんも、人が足りないという事で出勤していた。小谷さん、昨日は遅くまでありがとう。隣では当たり前のように彼女がデータ整理をしたいた。毎度の事だが俺には月2回のチャンスしかない訳で、みんなで一緒に掃除したりミューティングしたりできる貴重な時間。しかも最後の最後に彼女の出勤日と重なるなんて、神様も粋な事してくれるよ。さてと、間違えないようにきちんとデータを整理しなければ。最後にミスなんてしたら格好がつかないからなぁ。
 掃除を終えてのミューティング。部長から俺が今日で最後だという事がみんなに告げられた。そして班のミューティング。

「最後にミスをしないように頑張ります」

 それだけ伝えて重いバックを肩に下げ、会社を後にする。他の班の社員の人からは声を掛けて貰えた。

「今日で最後だね、頑張ってよ?」

 帰りはみんなバラバラなんで、この時点で最後になってしまう人も居たのだ。
 
 東京駅の房総方面への地下ホームへ行くと、11時発の特急電車が待機していた。やっぱり土曜は平日と違って出張に出るスーツ姿のサラリーより、旅行に出かける観光客や団体客で賑わっている。さて、座席も確保した事だし俺はMDでも聞きながら車窓を見て、1人もの想いにふけるかな。そういえばこの仕事に就いたのは3月の初めで、まだ寒くてスーツの上にはコートを着ていた。それからしばらくすると本格的な春にを迎え、至る場所の車窓から満開の桜が拝めたなぁ。車内は暖かい南房総に向かう団体客達でおじさんやおばさんの笑い声が絶えず聞こえてきて、俺は眠りに就く事が出来なかったっけ。負浦の病院までの道中では山林の中を歩いているとうぐいすが綺麗な音色を響かせ鳴いていて、辺りにこだまして春の到来を知らせてくれていた。それから考えると、もう今は暑い夏である。車内は一変してサーフボードを抱えた若者や釣りやゴルフを楽しむ人などで賑わうようになった。それと電車は何度か止まったし、乗り遅れて鈍行で行く羽目にもなったし、寝過ごしたりもした。よくもまぁ毎日この特急電車に乗って片道百キロ以上も移動していたものだ。でも、せっかくこんな素晴らしい土地に来ていたのにスケジュール的にギリギリに設定してあるから、1回も観光なんて出来なかったよなぁ。海なんか電車の車窓からちょっと見えたのと、寝過ごしてタクシーで戻った海岸沿いの道を走った時に見えただけだ。そしてこのでかくて危しいボックス。持ち歩いているといろいろ誤解されたっけ。

「ふふ・・・」

 思い出して思わず吹き出してしまった。
 各病院では最後にミスをしないように慎重に作業をし、お世話になった旨の挨拶をする。小網の医院のかわいい看護士さん達とも今日でお別れだ。

『電話番号くらい聞いておけば良かったか?』

 ・・・いや!駄目でしょう! 俺は振られたけど、まだ近藤さん一筋なんだ。どうせ俺の性格じゃそんな軽いこと出来ないだろうし、近藤さんに関しては本当に真剣だったんで出来ただけの事なんだから。
 さぁ、あとはこの検体を無事に会社へ持ち帰るだけだ。定刻通りの電車に乗り、東京まで最後の約50分の旅。その間俺はシートの机を開いてボールペンと紙を取り出し、最後に近藤さんへのメッセージを書いていた。本当に今日でお別れになってしまう訳で、一度振られてはいるものの最後に何かしておきたかった。今まで私の勝手なわがままに付き合ってくれたお礼の手紙とでも言うのだろうか。時間もいつもの電車なのでこのまま行けば16時には帰社できるし、土曜だからその時間は検体室で彼女が1人で作業しているはずなので、渡せるチャンスは十分にある。電車の揺れに悩まされながらもペンを滑らせていった。書きたい事は山程あるがそんなに長文にしても大変だろうし、なるべくコンパクトに文章をまとめて書いていく。

『思い出が蘇ってくるよ・・・』

 近藤さんと過ごした時間は本当にわずかだったが、それでも俺の脳裏には深く刻まれているから。

「ふぅー」

 東京駅に到着し、これで房総特急ともしばらくお別れだ。何か毎日乗っていたからこの電車や路線には愛着が沸いてきてしまっていたよ。
 地下ホームから乗り換えの為の地下鉄への連絡通路。この長い500メートル以上の通路を、この重い検体ボックスを持って何度急いで歩いて行った事だろう。

『良く頑張ったよ・・・俺・・・』

 目は異常、収入はままならない、クビの宣告と状況としては最悪だったのに、いったいどこから近藤さんにアプローチする自信が生まれたのだろうか。まさにこれこそ恋愛マジックなのかも知れないね。

 16時。帰社すると予想通り彼女が1人、検体室で作業をしている。最後にチャンスを与えてくれた神に感謝したい。

「お疲れ様です!!」

「お疲れ様」

 しかし、いざこうやって自分が振った男と2人きりになって、彼女はどう思っているのだろうか。あれから2人きりになったのは初めてだし、実際やはり気まずいとか思っているのかな。とにかく俺は彼女にさっき書いた手紙を差し出した。

「近藤さん、今まで俺のわがままに付き合ってくれたんで、最後にお礼の手紙を書きましたんで後で読んでもらえませんか?」

「えっ!? ・・・お礼だなんて、・・・そんな」

「お願いします。受け取って下さい。・・・もう近藤さんを困らせるような事は書いてないですから」

「・・・うん」

 彼女はうなずいて紙を受け取りポケットの中へしまった。

「電車の中で書いたんでちょっと字が汚いかも知れないけど」

 お互い少し笑顔がこぼれた。そして一足先に作業を終えて上に上がろうとした間際、最後にこう伝えておいた。

「近藤さんには勝手な事ばかり言って本当迷惑かけっぱなしでしたね。すみませんでした。」

 すると彼女はいつものように笑顔で優しくこう言ってくれた。

「そんなぁ・・・、ふふ、迷惑だなんて全然思ってないからね?」

「・・・、ありがとう」

 これが2人きりでの最後の会話になった。

 上に上がり、最後の日報を書く。何だかんだいって班のみんなはほとんど帰って来てくれていて、小谷さんももちろん居た。全ての仕事を終えると、社員の方達に挨拶回りをし、中ノ沢さんにもお世話になったお礼を言う。いつもは面白い事ばかり言って楽しませてくれたお姉さん? だが、最後は真面目に話を聞いてくれていた。正直、中ノ沢さんの方が自然に喋れていたんだよ。なんか面倒見がいいっていうか・・・。仕事の成り行きで携帯の番号も交換したし、「遊びに行く時は誘うからね?」何て冗談交じりに言われていた。まだ独身みたいだし、中ノ沢さんもすごくいいと思っていた。でもやっぱり偉い役職に就いている人なんで、俺とは立場が違うから・・・。解雇が決まった時、上の人に言ってくれていたあの言葉はとても嬉しかったです。
 最後に班のみんな1人1人に挨拶をしてまわった。

「班長、いろいろ迷惑をお掛けしました。いろいろ相談に載って頂いてありがとうございます」

 すると例のごとく、あの韓流スターのような素敵な笑顔を見せて冷静に語る班長。

「ふふ、俺なんてそれぐらいの事位しか出来なかったからさ。早くオペを受けて今の状況を一刻も早く変える事。会社の事なんて考えず、まずは自分の体の事を最優先に考えるんだよ?」

『・・・やっぱ似ている』

 バイトの同僚は同じ歳の人が多くてビックリだった。

「この前の飲みは楽しかったですよ」

 そして小谷さん。

「いろいろ付き合って頂いてありがとうございます。今度また2人で飲みに行きましょう。俺がおごりますから」

 最後に近藤さん。きちんと目を見て言葉を伝えた。

「いろいろお世話になりました。これからも頑張って下さい」

「こちらこそありがとう」

 ・・・やっぱり近藤さんはいい。2人で居た時の俺の不器用さを知っているのにもかかわらず、みんなの前では何事も起こっていない様に普段通りに接してくれた。俺は心の中でこう言い残し、会社を後にしたのだった。

『とびきりの素敵な恋をしたと思う。こんな今の俺の目でも・・・、瞳でも・・・、ひとみさんを見る目は間違っていなかったんだ・・・』

 例の彼女に告白した公園のベンチに座る。夕方になっても外は暑くてジメジメしているが、俺の心の中は告白した後のあの時のように全てがスッキリした感じだった。携帯を手に取り、友達に電話をかける。

「おう!! 今日で会社終わったよ。・・・土曜だし、飲みに行こう」

 俺の物語は終わった・・・。


『近藤 ひとみさんへ     2004年7月3日

いきなり手紙なんて申し訳ないです。
今まで俺はあなたに勝手なお願いばかり言ってきて迷惑かけたんで、そのお礼としてこの手紙を書いてみましたのでどうか最後まで読んで下さい。

この間はありがとうございました。
良い返事は貰えなかったものの、最後にあなたを目の前にして口できちんと全部伝えられたんで、やっと胸がスッキリしましたよ。
今回の近藤さんに対しては本当にこの3ヶ月間は悩んで悩んで考えっぱなしだったから。

あの時はひと目惚れって聞いてビックリしていましたが、遊びとかふざけてとかではなくて本当にそうだったんで。
近藤さんの姿や雰囲気、そして優しさや真面目さ。
初めて会った時にビッと感じたんですが、こんな事は初めてだったんで俺自身もビックリしているくらいです。
それから俺の不器用なアプローチが始まった訳なんですが、少しずつあなたを知っていく内にこんな緑内障の使えない俺の目でもあなたを見る目は間違っていなかったんだなと実感して、近藤さんに恋をして最後に告白も出来て本当に良かったと思っています。

あなただけじゃない。
会社の人達もこんな中途半端な存在の俺に普通に接してくれた。
クビが決まった時なんか、データ管理の人とかが何とか俺が辞めないようにと、上の人に相談とかしてくれていたらしい。
普段はきついとこ突いてくる受付のお姉さん? だけど、やっぱり頼りがいのある上司なんだなぁと感じたし、班長も毎回俺の相談を真剣になって聞いてくれた。
この前は俺にとってここでの最初で最後の飲み会になりましたが、相変わらず酒は飲めなかったけどすごく楽しかった。
基本的におじさんは役員の数人だけで、まわりの社員もバイトもみんな若いからね。
どの仕事も同じだけど特にこういった医療関係に従事している人っていうのは、やっぱり人の役に立ちたいと強く思っている人達ばかりだから、こういった素晴らしい方々が集まっているんだろうね。

俺は一応は次の就職決まりましたんで、それまでに目の方の治療に専念していきます。
本当は近藤さんとバイク仲間としてツーリングにでも行きたかったですが、今のこんな目じゃちょっと厳しいかな。
一度近藤さんのライダー姿を拝見したかったものです。
ホームページもまだ見て頂けてないですよね?
最初はなんか俺のことを少しでも知ってもらいたいという思いであせらせてしまいましたが、今は本当暇な時にでも見て頂けたらいいです。
そうすれば俺がパソコンだけいじっているオタク野郎みたいなんて思わなくなりますから。
乗っているバイクやツーリング記録、目指している夢の事や俺がこの会社に入った動機でもある過去に体験した病気のことなんかが載っていますから。
本当に今年になってパソコン始めたばっかりの初心者で、頑張って苦労して作っているんですからオタクと間違えないで下さいね?

話は変わりますが、こないだ少しの間後ろ髪結っていましたよね?
その時言えなかったのですが、なんかすごく可愛かったですよ?
似合ってました。

最後になりますが、私はここで起きた短いけど充実した出来事はこの先決して忘れはしません。
特に近藤さんの事に関しては、本当に本当に辛かった部分もありましたが、あなたと過ごせたわずかな時間は夢のようであり、今となっては貴重な体験をしたなぁと感じています。
今回の事で、俺もこれでまた少し大人になったような感じがします。
今でも正直近藤さんの事は好きですが、今のあなたには大切な人がいる。
だから俺もこれ以上はどうする事も出来ないし、あなたがいつか振り向いてくれるのを待っている事しか出来ません。
だからこの時期この時間に、不器用だが自分にこんな熱い思いを寄せていた男がいたなっていう事を覚えていて欲しいです。
せめて名前位だけは。

電車の中で書いたので乱文乱筆失礼しました。
最後まで読んでいただいてありがとう。
終わりに俺の近藤さんへの不器用なメッセージを送ります。

どうか、幸せになって下さい・・・。
                          西田 拓郎より』

                                  

 ひとまずこれできりのいい所? になったが、俺はこの先これで全てが終わらない事を期待している。俺の物語の第2弾。連絡先は残してきた訳だし、知らぬ間にHPなんか見てくれているかも知れない。同じ趣味を持っているのだから、いつかツーリングの出先で偶然再会するかも知れない。あれから半年以上経ったけど、ゴールデンウィークに出掛けた神社の恋愛成就の鈴は、未だに大事にお財布の中に入れて持ち歩いているから・・・。

「チリーン、チリーン・・・」

 この素晴らしい音色と共に、いつか来るであろう明るい未来に向けて歩いている。


おわり

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Novel Editor by BS CGI Rental
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