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私の瞳とひとみ 作者:シグタク

第5回  
 さて、あれから眼科の方は1週ごとに通院している。診察はいつも機械を通して顔を接近して先生と目の前で向かい合って眼球を診察されるので、綺麗な女医さんだから恥ずかしくてしょうがない。

「はい、右見て下さい。・・・、下見て下さい」

下だと丁度先生の胸をジロッと見ている感じになる。

「左見て下さい。・・・、じゃあ正面見て下さい。・・・、もうちょっと右、・・・そう、先生の目を見つめててね」

「トローン」

 まずい、このままではアダルトな大人の女性の魅力に引き込まれてしまう。いけないいけない。男って本当に馬鹿だな。 
 しかし、どうも目の状況は思っていたより良くならなくて、眼圧を下げる目薬を処方されたのだが、通院する回数を重ねていくうちに本数が増えていった。ようするに最初の弱いのが効かなくなって、強い薬がプラスされていくのを繰り返していたんだ。
 しかしこの目薬を何本も点すっていうのも嫌だ。顔の穴達はそれぞれつながっているわけで、目から入れた薬が後になって口の中に少量漏れてきて、いつも非常に苦い思いをしなくてはならなかった。点すとその後しばらくは目がしみたりして痛いのや、視界が霞んでしまうのもあったし。

「んー、あんまり眼圧下がらないですねー。点眼した直前は少しでも下がっていると思いますが、時間が経つとすぐに上がってきちゃいますね」

 正直、まだ自分自身が緑内障で失明の可能性があるって事の実感が沸かなく、症状も普段は分からないしで危機感を全く持っていなかったのだ。通院して目薬をしていればその内治まるだろう。そんな安易な考えでいたんだよ。しかし、症状は進行していく。何度も視野検査をするに連れて徐々にだが右目の視野が欠けてきているのだ。本来なら恋などしている場合ではないし、仕事だって今のままでは確実に終わりが来てしまうのだし。
 手術。そろそろ真剣に考えなければならない時が来たようだ。

「大学病院に紹介状を出しますから、これからはそこできちんとした治療を続けた方がいいでしょう。手術を考えるべきです」

 どうやらここの医院さんにも手に負えなくなってきてしまったようだ。先生に書いて頂いた紹介状の宛先を見ると、偶然にも地元の自宅近くのいつも通っている大学病院だった。アレルギー外来は今でも月1で通っているからね。
 しかし今の俺の周りは難しい問題が多すぎる。はっきり言って他人の検査検体を運んで少しでも医療に貢献出来る暇があったら、まず自分の事をどうにかしてからにしろよって感じなのだろうか。目の事もそうだし近藤さんの事もそうで、とにかく毎日毎日悩み事やら考え事やらで参ってきてしまっていた俺。仕事が終わって帰宅した時や休みの日、自分の部屋に閉じこもって考え事ばかりしていた。御飯もほとんど喉を通らない始末だし。本音を言うと目の事だけでもかなり参るはずだが、今の俺だとやっぱり1番は彼女の事になってしまうのであった。

6月に入っても心境は何も変わらない。相変わらず毎日彼女の事で頭が一杯で辛い日々を送っている。あれ以来何故か顔が会わせ辛くなり、自分から少し遠ざけていたかも知れない。また、彼女も季節的に仕事が一段落してきたのか帰宅時間が早くなり、俺の定時に帰る時間にはすでに姿は見えなくなっていた。寝不足や飯が喉を通らないせいか次第に体はげっそり痩せ細くなってきていて、特に顔を見ると分かりやすいようで会社の人達からは口々に言われる。

「西田君、何か随分痩せたんじゃないか?」

 中ノ沢さんは何とも痛い所を・・・。

「入って来た頃より頼りなくなっちゃったんじゃない?」

 笑いながら何とかごまかしていた俺だが、心の中では真剣に考えていた。

『やばいな、きちんと生活しなけりゃなぁ。・・・もう、すべて諦めようか』

 弱気になってしまってきた。もともと今の俺の状態はボロボロで、目は異常、収入はままならない、いつ解雇されるか分からないと無茶苦茶。やっぱり目の事は辛い。ちゃんと毎回通院しているし目薬もしているが、思うように良くならない。この目のせいで、いつ廃止になるかも知れないコースにまわり、廃止が決まると同時に俺は解雇される。時間も短いし、みんなよりも貰える給料も少ない。かといって今辞めて他に行ったって、どちらにしろ今後長期入院が必要になるかも知れないのだから、内緒になんて出来ないし条件は今と同じになるだろう。
 7月まで。最初からそうなるかも知れない事を了解してやっている訳で、そんな短い間に彼女と知り合って深い仲になる事なんて最初から無理だったんだよなぁ。
 ・・・・・・。でも・・・、考えてみると今のこの状況にならなければ、ここまで彼女に真剣になる事は無かっただろうし、いろいろなチャンスも巡って来なかっただろう。隣の席に移ったからこそ、異常な俺の目の中の瞳は輝き出したんじゃないか?

 土曜日、帰社するといつものように整理室で彼女が1人で作業していた。

『とにかく今日は普通に会話しよう』

 俺の勝手な思い込みであれ以来彼女から少し避け気味にするというアホなことをしていた訳で、これからはとにかく自然に接していこうと思っていた。しかし本当に勝手な思い込みだったのだろうか?
本当に怒らせてはいないのだろうか? いざとなると彼女の反応がどうなのか? 緊張してしょうがない。

『普通に・・・、自然に・・・』

 密室の中2人、しばらく無言で作業をしていたので、それが何とも言えない微妙な空気をかもし出していたのも手伝って、意を決して声を掛けてみる。

「近藤さんて最初俺の事年上だと思ってましたよね? 少し老けて見えるし、バリバリに敬語使ってもらってましたもんね?」

「・・・フフ、そんな事ないよ。だって最初はみんなそうなっちゃうでしょ?」

 シカトされたらどうしようかと思っていが、笑って答えてくれたよ。

「俺は近藤さんの事年下かと思っていましたからねぇ。みんなと会話する内に年上だと知ってビックリです」

「あ、そうそう。私よく言われるんだよ? 何でだろうね?」

「そうなんですか。俺の目が悪いからそう見えたのかななんて思ったりもしてたんですが」

 それを聞いた彼女は苦笑いした。

「ふーん、そうかもねー?」

「ははっ、じょ、冗談です」

 何だ、いい感じじゃないですか。この調子でどんどんいっちゃいますか。

「近藤さんは休みの日とか何して過ごしているんですか?」

「そうだなぁー、別に家に居る事が多いかなぁ」

「インドア派なんですか?」

「んー、どうなんだろう。・・・じゃあ西田君は何しているの?」

 どうせ西田君もそうでしょ? ってな感じで、張り合うかのように俺にも質問してくる。そんな彼女もまた可愛いなぁなんて、俺は作業をしながら嬉しそうに答えた。

「俺、前からバイクに乗るのが好きで、晴れた日なんかはいろんな所にツーリング行ったりしています。でも今はスクーターしか持っていないし、目もこんなだから行けてないんですけどね」

 バイクでツーリング。それを聞いた彼女は、何故だか今までとうって変わって興味深そうに話を続けた。

「へぇー、バイク乗っているんだぁ? 私ずっと家でパソコンいじっている人かと思ってたよ」

「は、はは・・・、それじゃまるでパソコンオタクみたいじゃないですか。前も言いましたけど、パソコンはこの間始めたばかりの初心者なんですからね?」

 どうやらHPやら、イラストやら、物語なんかで、暗いインドア派のイメージを持たれていたようだ。イラストなんて、もしかしたらマニアが好むようなアニメの美少女でも描いているのかと思われているのだろうか? マニアの人には申し訳ないが、俺としてはあんまりそうは思われたくないんだけど・・・。

「どの辺とか走りに行くの? 奥多摩とか行く?」

「ええ、やっぱ関東周辺が多いですね。箱根とか、富士山とか。奥多摩なんて、もう何度行った事か」

 そしてこれから彼女は思わぬ事を口にした。レッドと話している時、もしそうだったらいいよなぁなんて会話していたのだが、女性だし彼女はスリムな体なんで絶対あり得ないと思っていたのに。

「バイクは中型? 何乗ってたの?」

「えっ!? でも・・・」

 興味無い人がそんな事聞いて来る訳無いし、例え言われても何の事だかさっぱり分からないだろう。・・・、ま、まさか・・・。

「近藤さんも普段バイクとか乗っているんですか?」

「うん、乗ってるよ」

 車の免許持っているし、原チャリくらいなら乗っていてもおかしくはないよな・・・。

「実は私も大きいの乗ってるんだ。よくツーリングとか行ってるよ?」

「えっ!?」

 とんでもない偶然である。

「・・・、もしかして大型乗りだったりして?」

「うん、そうだよ。教習所で取ったんだけど、今ナナハン乗っているんだ」

 ナ、ナナハン!? このスリムな体で・・・。ていうか免許負けてるし。年上だからまだ許せるか?

「恐れ入りました」

「いえいえ」

「まぁ、あとは俺、昔はチャリも乗ってて、中学の卒業旅行で伊豆に5泊6日でツーリング行きましたよ」

「へぇー!? 伊豆!? すごいね? 私も最近自転車も考えているんだよね。いい運動になるし」

 何だかんだ言って近藤さんもアウトドア派じゃないか。最初の反応を思い出すと、女性がバイクに、しかもナナハンに乗っているなんて言うのはいい辛いのかな? ともかく俺としても変な誤解をされていたんで、それが見事に晴れてくれて良かったよ。 
 しかしビックリした。噂していた事が事実になり、趣味まで自分と合っているんだから。これで俺がどれだけ彼女に乗めり込んでいたっていうのが分かったんじゃないかな? 近藤さんは俺にとってまさしく理想の人っていうか、紛れも無い運命の人だった。これ以上の人なんて考えられなかったんだよ。
 まぁだからといって一緒にツーリング行こうだの進展した話しはしなかったが、その日は何故かウキウキ気分で帰宅したのであった。こんな気分は久しぶりである。レッドよ!! 真面だったぜ?

 久し振りに嬉しい事が起こったが、それからすぐに現実の世界へと戻された。朝、部長に呼ばれて会議室へと入る。もうこの時点で、時期的にも俺はある程度予想がついていたよ。

「ごめんな、急に呼び出してしまって」

「いえいえ」

 部長は真剣な顔つきで語り始めた。

「あんまり言いにくい事なんだけど、・・・来月、7月に負浦のコースが廃止される事がこの間の会議で確実に決まったんだよ」

『や、やっぱり・・・、ついにその日が来たか・・・』

「西田君はきちんとやって来てくれたんで会社は助かったし、だから君の今後の事についてもみんなで話し合ったんだ。ほら、中ノ沢とかが何とか西田君が続けていけるようにと願い込んでいて、みんな君の真面目さを買ってくれているんだよ」

「!! ・・・嬉しいです。ありがとうございます」

 しかしやはり現実は厳しかった。

「でも、正直今の内勤は一杯なんだ。どうしてもみんなの案は受け入れられなかったんだよ。・・・すまん」

 この時の部長は本当に申し訳なさそうな顔をしていたよ。

「とんでもないです。元々私がこんな中途半端な存在になってしまったのに、ぎりぎりまで続けさせて頂けた事に感謝しています。おかげさまである程度は余裕が出来てきたんで、これから目の治療の方に専念出来ます」

「そうか・・・、もし手術して運転に支障をきたさないまでに回復したら、いつでも戻って来てくれていいんだからな? 基本的な業務内容を知っている西田君なら大歓迎だよ」

「はい、ありがとうございます」

 心の中ではもうここに戻るなんて事は考えてはいなかった。ていうか、戻る事は出来ないだろう。俺にとって緑内障はこれから一生付き合っていかなければならない病気。手術を受けても進行を抑える事出来るが、完全に完治はしない慢性の病気っていう事を知っていたからだ。もう毎日車に乗る運転の仕事はしない方がいいだろう。
 とにかくこれで近藤さんとも、もう1ヶ月もしない内にお別れになってしまう。そうと決まれば後は絶対に思いを伝えてから去るのみ。俺は勇気を振り絞って、最後の挑戦へと歩み始めたのだった。

 ある夜の帰宅途中の新宿駅。混雑した人混みの中を掻き分けながら歩いていると、後ろから突然肩を叩かれた。

「西田さん!!」

「えっ!?・・・お? ああー、どうもー」

 同じ班でバイトの小谷(こたに)さんだった。小谷さんは俺より3つ若いが、この仕事は3年続けている年下の先輩だ。今風のかっこいい兄さんだが、性格は真面目そうだしいろいろ気を使ってくれるいい人なんだ。昼間に俺が出社した時に、彼のコースは丁度その時間に一度帰社してくるので、会ううちに話するようになっていった。そして彼が近藤さんの逆隣の人で、いつも仲良くお喋りしている光景を目にしていた。

「あれっ!? 小谷さんて新宿経由なんですか?」

「ええ、ここからまた乗換えなんですよ」

 お聞きの通り、後輩の俺にも敬語を使ってくれるいい人。

「はは、小谷さんいい加減俺に敬語なんて使わないで下さいよ。先輩なんですから」

「いえいえ、やっぱり西田さんは年上の人なんで」

 せっかくなんで俺はそんな彼をこれから飯にでも誘ってみた。今の会社の人とこうやって付き合いするのは初めてだったし、小谷さんのこともいろいろ聞きたかった。あと、せっかくだからついでに近藤さんの事も少し聞いてみようか。2人は同僚として長い付き合いみたいだし、仲も良さそうだから。小谷さんはもちろんOKを出すが、近藤さんの時もこんな簡単にいかないものかねぇ?
 結局飯を食いに行くはずが、地下にあるお洒落な居酒屋に飲みに行く。俺はお酒は弱いんだけどね。

「カチャーン」 

「乾ぱーい、お疲れ様です」

「西田さんのコースはいいナース居ますか?」

「ええ、まさにナース天国の医院がありますよ」

「いいっすねー、行ってみたいですよー」

 やっぱりお互い男で、病院まわっているもんだからこんなくだらない話題が自然と出て来ちゃうものなんだな。

「社員の〇〇さんなんか結婚してるじゃないですか? 奥さんはお客でまわっていた医院さんのナースだそうですよ?」

「へー!? そうだったんですかー」

「実は俺もお客の医院の女性と付き合ってた事ありましてね。ナースじゃなくて受付のお姉さんだったんですが、別れた今でも仕事でまわってますんで会っちゃうんです。かなり気まずいですよ」

「ははは、何だかんだ言って小谷さんはやっぱ若いねぇ。やる事やってるんですね?」

「ええ、まぁ。・・・なーんて」

 それから小谷さんの話を聞いてると、会社の仲間とは結構遊びに行っているそうだ。普段はみんな帰宅時間もバラバラだし忙しいしで、そんな事しているようには見えなかったので以外だった。社員さん達と夏に海に行ったり、彼も仲の良い電話受けの中ノ沢さん達とも飲みに行ったりしているらしい。

「そういえば小谷さんお昼に帰社してくると、いつも中ノ沢さんの所で飯食べてますよね?」

「ええ。俺北海道から上京して来てまして、ずっと一人暮らししてるんですよ。で、仕事中もいつも一人じゃないですか? だからこういう時くらいしかまともに会話出来ないんですよ」

「へー!? 北海道出身だったんですかぁ」

「いつも会話に付き合ってくれるお姉さん? には感謝してますよ。・・・ほら、中ノ沢さんてバイトが失敗とかした時に結構痛い所付いて来る時あるじゃないですかぁ? はっきり言う人だから、正直バイトの中ではあんまり良いと思ってない人も居るかも知れません。でも俺は好きですよ?」

「えっ!?」

「あっ? 西田さん、好きって変な意味じゃないですからね? 先輩としてですから」

「そうですかぁー。・・・でも俺も中ノ沢さん好きですよ? 仕事柄あの人とは色々接点があるんで仲良くして貰ってますが、確かに言う時ははっきり言いますけどすごく優しい面を持っているのも知っていますから」

「ですよねー?」

 そろそろお互い酔いがまわってきたか。俺なんかは弱いから一杯も飲んでいないのに顔が真っ赤になっていた。

「西田さんは休みは何してるんですか?」

「うーん、最近始めたインターネットですかね。それとは逆に、単車に乗ってツーリングなんかもしてますよ。今は目がこれだから行けてないですけど」

「西田さんも単車乗りなんですか。俺も持ってまして、会社の人達も乗ってる人結構多いですよ?」

「へぇー、そりゃ楽しそうですね?」

「ビックリなのが、同じ班の近藤さんて女性居るじゃないですか? あんな細身の体でナナハン乗ってるんですよ?」

「ははっ、話したことあるんで聞きましたよ。確かにあれで大型乗りなんてビックリですよね?」

「前に一緒にツーリング行った事ありましてね。帰りに俺のバイクが故障しちゃいまして、近藤さんの後ろに乗っけてもらって帰ったことがありますよ。あの時はさすがに少し恥ずかしかったですよ」

『!? タ、タンデム? うらやましいー』

 この時ちょっと小谷さんに聞いてみた。

「何か小谷さんと近藤さんて仲いいじゃないですか? 正直どうなんですか?」

「ははっ、そんなんじゃないですよ。たまたま仕事柄接点があるんで、話しするようになっただけです。ほら、土曜なんかは俺と近藤さんのコースが1つにドッキングされちゃうんで、それで1週おきに交替で出てるんですよ」

 なるほど。これで彼女が土曜は月2回しか出てこない理由が分かった。そしてこの時やっぱり自分と彼女の付き合いの短さっていうのが身にしみて良く分かった気がした。所詮4〜5ヶ月でどうにでもなるような事じゃないんだと。わざとらしく変なことしなくたって自然になっていくものなのに、期限付きの今の状態に悔やんでも悔やみ切れない。そして顔を赤くしながらこんな事を考えてしまっていた。

『小谷さんに全部話してみようか』

 この人なら言っても大丈夫だと感じていた。本来なら会社の人に相談するのが一番だが、そうすると全部知られてしまう事となってしまう。正直、やっぱり彼女のことを詳しく聞きたくて前から相談しようか迷っていたし。だが、内緒にしてくれとお願いしつつ、あっという間に社内に知れ渡るかもなぁ。

「チョビ・・・、ゴクッ」

「はぁー」

 すでに生ビール3杯目で酔い始めてきた小谷さんを横目に、俺はやっとの事で1杯のチュウハイを飲み終え、頭を抱えながら静かに語り出した。

「小谷さん、実はですね・・・」

「何ですか?」

「さっきの・・・近藤さんの事なんですけどね・・・」

「ええ」

「実は・・・前からちょっといいなぁなんて思っていまして・・・。いろいろ誘ってみたりしてるんですよ」

 本当は真剣に好きになったが適当だが、この時はああは言っていたけど小谷さんと近藤さんとの関係にまだ少し疑いを持っていたので、こうやって軽く言ってみたんだ。

「まだ好きかどうかは分からないけど、なんかやっぱり雰囲気からいいなぁと思ってます」

 あー、ついに会社の人に言ってしまったかー。

「・・・・・・・・・・・・・」

 何か今までと様子が変わって黙り込んでしまった小谷さん。・・・もしかして・・・やっぱり。

「西田さん、俺は近藤さんとはもう長いですけど、西田さんの目は狂ってはいませんよ? 確かに近藤さんはいい女性です。なんか育ちがいいっていうか、きちんと常識的な事をわきまえているし。ウチの班のバイトの中では一番年上になるんで、みんなに面倒見がいいし。客先の病院とかの評判もいいみたいですよ」

 小谷さんは少し赤い顔をしてたけど、真剣になってそう話してくれた。
 どうやらやはりあの性格の近藤さんはいろんな所でモテているようだ。いきなり入ってきた俺なんかが、どうやったって立ち入る隙は無いのかな? 
 
 何時間位話し込んだだろうか。明日は朝一から出勤なので、そろそろ締めにしなくては。ともかく会社の人と話が出来て良かった。小谷さんだが、俺は彼と近藤さんの事についてはまだ少し疑ってはいる。本当に2人が付き合っているのであれば、もう素直に諦めようと思っていたよ。

 告白。意識し始めてからのこの3ヶ月、どれだけ俺は苦しい思いをして来たのだろうか。普通に見ればたかが3ヶ月だが、今の俺にはとてつもなく長いようで本当に毎日毎日彼女の事で胸が苦しんだ。だから最後に言いたい事をはっきり伝えてとにかく早く楽になりたかった。だがどうやって告白しようか? これ以上誘ったりするのも迷惑そうな感じがして戸惑っていた俺。当初は手紙に書いて、最後の日に再び机に置いていくというのも考えた。 しかし・・・。

「もうこんな事は絶対にしないから」

 前にホームページのアドレスや携帯番号を書いたメモを勝手に置いてしまった時、そう言って彼女に謝った。

「何で謝るの?」

 なんて彼女は言ったけれど、後で迷惑だったんじゃないかと思っていた俺は2度としないと伝えておいた。自分でそう言ったからには同じ事は繰り返したくないし、何か格好が悪い。置いていったとしてもきちんと読んでくれるか分からないし。

「ん〜、どうしようか」

 そんなこんなで解雇宣告から1週間が経ってしまった。残りはもう3週間しかないのだ。

 会社帰りにいつものレッド田上の家へお邪魔。

「おう、いつもの缶コーヒー買ってきたから相談にのってくれよ」

「ホームページの日記見てみると、相変わらず苦しんでいるねぇ?」

 いつもの4.5畳の部屋の中で男2人、ゴロンと横になって会話をする。ここに来ると言いたい事をバンバン吐き出せるので心が落ち着くし、レッドも親身になって悩みを聞いてくれるのでとてもありがたい。こんな友人を持った俺は幸せである。

「はぁ〜、告白したいんだがな〜、きちんと伝えるとなると2人きりになる為の誘うチャンスがなかなか無いんだよなぁ〜。あれからなんか誘いにくいし、だから手紙書いて渡す事も考えているんだが・・・」

 そう言うと、レッドはおもむろにタバコに点火してこう言った。

「そうか〜、手紙ねぇ〜。ふ〜。それは本当に最終手段に使った方がいいんじゃない? あと3週間あるんだろ? まだ告白できるチャンスが訪れる可能性はあるんだから。文で伝えるより口で言った方がきちんと思いが伝わるだろうし。だから手紙ならチャンスが無かった時の為の最後の日に、彼女に渡せばいいんじゃないの? 例え見てくれる可能性が無かったとしても、何にも言わずに終わるよりは可能性はゼロではないんだからな」

「最終・・・手段・・・か」

「まぁ俺なら、もうとっくのとうにモノにしてるけどさ。考えるより行動だから」

 まったくB型はうらやましいものである。

「例え失敗してもさぁ、友達としてやっていけないの? そしたら一緒にツーリングとか行けるじゃん」

「確かに一緒に行ってみたいよなぁ。でも彼女のはナナハンだから俺等付いていけないかもよ?」

そんな光景を思い浮かべると、おもわず2人して吹き出してしまった。
 
 出来れば口で直接伝えたい。俺もチャンスが作れればそう思っている。しかしこの後もそういったチャンスはすぐには訪れなかった。それであせったのか、その時に手紙の文はすでに完成していたのだ。しかも今まですべての思いを込め、便箋6枚にも及ぶ長文が。心はだんだんと手紙に。

「机に置いておかないで、直接本人に渡しちゃえばいいんだ」

 そんな感じで弱気になっていた俺だった。しかしその時は偶然のチャンスが重なり突然に訪れる。そう・・・、前もってこの日と決めていたわけでもなく、本当に勢いで。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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