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私の瞳とひとみ 作者:シグタク

第4回  
 彼女と会えた水曜日はまさかの出来事だった。水曜の俺のコースはいつもより1時間早い11時半出社だが、この時間に会社に行っても外廻りの人達はみんなもう出た後である。そのまま会社の敷地に入った時、そのまさかの出来事が起こったのだ。

「あれ? 何で営業車がこんなにまだ止まってんの?」

 駐車場には20台ほどの営業車が止まっているが、いつもならこの時間はみんな仕事で出ちゃっていて、せいぜい1〜2台の予備の車しか残ってないはずなのに。それがまだほとんどの車が置きっ放し。

「・・・、もしかして今日会社休みとか?・・・」

 でもそれなら入り口の玄関は閉まってるはず。だんだん不安になりながらも2階の事務室へ上がって行くと、その光景を見ておもわず頭が混乱した俺。

「急いでー! 医院さんには遅れの電話入れておくから!」

 そんな声が聞こえて事務室に入ると、みんな居て慌てるようにまだ机に向かってデータ整理をしているではないか。

「はぁ!? どうなってんの?」

この状況はおかしい。俺はタイムカードを押して、しばらく状況を把握出来なくて立ちすくむ。するとこの状況にビックリしていた俺に、社員の人がこの事情を詳しく説明してくれた。

「西田君、みんな居るからビックリしたでしょう? 実はね、朝いつも検査データを届けに来る業者さんが遅れちゃってね、今さっきデータが届いたばかりなんだよ」

「えっ!? そんなことあるんですか?」

「うん、たまにね・・・。まぁしょうがないよ。西田君は周りを気にしないで自分の仕事やってくれればいいからね?」

「・・・は、・・・はぁ」

 まさかの飛んだハプニングである。しかしこんなに遅れちゃ、これから廻るみんなは大変だろうね。こんな状況だから、自分の席に向かうと当然隣には彼女の姿が。

「ラ、ラッキー!!」

 他のみんなにとっては最悪の状況だが、俺にとっては思いもよらない幸運が訪れたものである。連休挟んで約2週間ぶりにこうしてやっと会えたのだから。そして席に近づくと、こんな大変な状況にもかかわらず何と彼女のほうから笑いながら言葉を掛けて来てくれたのだ。

「おはよう!! もう大変だよぉ〜。私達今日はお昼休み抜きになるね」

「俺もビックリですよ〜。下は大量に車止まったままだし、上に行くとみんな居るし。下手すりゃ今日会社休みかと思っちゃいましたよ」

「ふふふ」

 にっこり微笑んだ彼女。そこで俺は座る間際に何気なくこう伝える。

「こないだはありがとうございました。あんな所で長々とすみません」

「そんなぁー、謝ることないじゃん」

 再び笑顔でこう言ってくれたのだった。

『よかったー、どうやら今後も大丈夫そうだな』

 久しぶりにホッとした瞬間である。しかし本当に思いもよらない事が起こるもので、これはもしかして早速お参りの効果が表れたのだろうか? とにかく本当にラッキーだった。

 それからは出来ればなるべく彼女と顔を会わせたいという気持ちで一杯になっていた。今のままだと、確実に会えるのは月2回の彼女が出社する土曜と、平日は時間のちょっとしたズレで運が良ければ週1回会うかどうかだった。ちょっと少なすぎだよ。で、いつもより1時間早い水曜日はというと、唯一この曜日だけは彼女より早く帰社出来るのが分かったので、そのまま仕事が終わっていても彼女が帰って来るのを待っている事が出来る訳だ。

「しかしなぁ、わざとらしく待つっていうのも何か気が引けるんだよなぁ。やる事終わってるのに何で帰らないんだ? って感じで、周りの目も気になるし」

 さすがはA型。ここまで難しく考えてしまうなんて。なるべく自然な感じになるように、会社の帰社時間をわざと少し遅らせてみながら18時半過ぎに帰社し、時間を稼ぐためにトロトロと作業をしたり、他に何かやる事を見つけて仕事をしているフリをする。中ノ沢さんには、

「あれ? 西田君いつもより少し遅いんじゃない?」

 そう突っ込まれてしまうのだが。彼女に会いたいが為に、こんなわざとらしい事をしていたんだよ。そして、月火木金の日もお互いの帰社時間は近い訳だから、何とかして少しでも早く帰社出来る方法を考えていたんだ。滅多に見ることのない時刻表の本を見ながら、

「んー、・・・帰りの電車を早くするなんてのは絶対に無理だな。何せ本数が少ないし、特急の前の普通電車に乗ったって、どうせ東京に着くのは特急の方が速い訳だし。何より小網の医院さんの集配がそんな早くに終わるなんて事はほとんどないだろう」

 実は、小網の医院では検体の数が多くて捌くのに時間がかかるし、後から新たな検体が出るので電車の時間だっていうのにギリギリまで待たされることが多かった。もちろんそれでいつもの帰りの電車に乗り遅れてしまうって事もしばしば。乗り遅れるとロスが大きく、帰りの時間は30分以上も遅くなってしまうのだ。そうなるともう彼女は居る訳がないので、電車に乗り遅れた時点でその日はあきらめがついてしまうのだった。まぁ、小網の医院の看護婦さん達はかわいいから許せちゃうんだけどね。
 そんな訳で、小網の医院の集配が遅れずにいつもの帰りの特急に乗れた時の事を条件に俺は考え抜いた末、少しでも早く帰社出来るある方法を考えたんだよ。名付けてフライングスタート作戦!!



 どういう事かというと、まず帰りの電車はこれ以上早くは出来ない訳だから、とにかく東京駅までは今までと一緒の時間になってしまう。そこで注目したのが東京駅に着いてから会社に帰社するまでの時間だ。いつもは東京駅から会社までは2回の乗換え時間を含めて40分程かかっていたのだが、ここを頑張る事により10分以上短縮出来るのだ。たかだか10分とあなどるなかれ、この短縮により俺の帰社時間はほぼ確実に彼女と一緒に出来る。いつもは俺が検体整理している間に彼女は上で日報を書いていて、俺が上に上がった時にはすでに帰宅してしまっている状態。しかし短縮すれば検体整理の時間も彼女と一緒だし、上で隣同士日報を書きながらお喋り出来たりするよね。さて、問題は短縮をどう頑張るかなのだが、その答えは東京駅の地下ホームから地下鉄乗換えの時間にあった。
 小網からの帰りの電車。車内は夕方の帰宅時間でいつも海浜幕張から自由席に立ち客が出るほど混みあっていて、その状況は終点の東京駅まで続いていた。東京駅に着くとその客達がいっせいに降車し始めるのだが、特急なので扉が1つの車両に1台しかないんでみんなが一気になだれ込む為に降車渋滞が起きていた。それが面倒だった俺はいつも最後にしてたんで、ホームに降りるまで5分くらいはかかっていただろうか。降りたら今度は地下鉄乗換えまでの移動時間。長いエスカレーターを何本も昇り、改札を1回出てからの長い長い地下鉄への連絡通路。地下のホームから乗換えの地下鉄ホームまでエスカレーターも合わせると700メートル位歩かなければならず、おまけにそこを重い検体ボックスを背負いながら。いつもダラダラと歩いていたよ。そんな感じで地下鉄に乗換え、2つ先の駅で再び乗り換えになるのだが、ダイヤの設定上ここで8分程待つ事になるのだ。ここまで挙げた以上の3つの事を何とかクリアすれば、簡単に時間が短縮されるって事。
 まずは降車だが、これはホームに到着する5分位前からすでに降りる準備をしないといけない。まだ電車は走行中だが席を立ち、空いていうちにデッキへ移動してなるべくエスカレーターの手前に止まる扉の前に待機して一番に車両から降りる。降りたらエレベーターを駈け昇って一気にクリアし、長い長い連絡通路をなるべく急ぎ足で歩く。ここがこの作戦で一番きつい所であり、ボックスを持ちながらだとかなり息があがって辛いが、そこは根性と愛情で乗り切ってしまい、そうする事によって1〜2本早い地下鉄に乗り換えることが出来るわけなのだ。おまけにこの次の乗り換えでもいつもなら10分待っているところが、接続が良くなってすぐ来る電車に乗れるようになるんだよ。そう、通常はこの電車が行った10分後の次の列車に乗っていたんだ。これにより帰社時間は19時になるので、彼女と終わる時間が大体合ってくるという訳。
 ここで肝になるのは長い長い連絡通路。ここをいかに速く移動するかが重要で、本当に懸命に急がなければ間に合わなかった。ちょっと躊躇して楽してしまうと、簡単に乗り遅れていつもの時間に帰る羽目になるのだ。

「はぁはぁはぁ、そ、そんなぁー、せっかく苦労して歩いてきたのにー」

 かなり強引な作戦になるが、方法なんてこれくらいしかなかったんだよ。それと作戦名の事だけど、これはすべては車内のスタートから始まるわけで、まだ電車が走っている最中に一応スタートしているからフライングしているんじゃないかって感じで名付けだんだよ。くだらねぇー。
 それからというもの、今までよりは顔を会わせる機会が多くなっていったさ。だからいろんなチャンスも作る事が出来たんだ。
 
 ある日の火曜日、この作戦を使って再びうまく誘い出すことが出来た。久し振りにまた彼女と隣に並んで座る事が出来たわけで、改めて見るとやっぱり近藤さんはいい。彼女の何気ない雰囲気に本当にメロメロになっていた俺であった。幸い上には社員の人が数人しかおらず、離れた所で黙々と仕事をしているので誘うには絶好のチャンス!!

「西田君今日は早いね?」

「ええ、そうなんですよ」

 彼女は俺のコースのスケジュールなんか興味ないだろうし、俺の帰社時間なんてのも調べているはずなんてないので知っている訳がない。

『とにかくいいぞ!! このまま会話の自然な流れから誘っちゃえ!!』

 しかしどうしても周りの社員の人が気になってしまい、この場で直接誘うっていうのはやりにくかった。今日はメモなんてのも用意していないし。

『どうしよう・・・』

 この時すでに俺はやる事が無くなっていて、机に座って何とかごまかしている状態。すぐ終わるはずの彼女は何故かなかなか帰ろうとせず、そのまま班長さんと2人で仕事のお喋りを始める始末。さすがに間が持たなかった俺は、一足先にタイムカードを押してその場を後にした。

『くそー、タイミング悪すぎ』

 下に下りて玄関にある自販機の前で、ドリンクを飲みながらしばらく考える。

「このままここで待っていればいいのか? でも・・・、これじゃあなんか待ち伏せているみたいで・・・」

 ストーカーみたいで嫌だ。しかしせっかくここまで待ったのだからと思い、決心して今日は必ず一緒に帰ると決めた俺。
 上でお疲れ様を言ってから、この場で15分程待っただろうか。この間は続々と他のバイトの人が帰社して整理室へと流れていき、何もせずにずっとここで待っているのもだんだん辛くなってきた。

「カツン、カツン」

 すると階段の上から女性の履くような靴の音が。何気なく目線を向けると、彼女がバックを持って帰宅する姿だった。

「ああ、どうも、お疲れ様です!!」

 さっき帰ったはずの私の姿を見た彼女はちょっとビックリした様子。

「あれっ!? えっ!? もしかして待っててくれたの?」

「え、ええ、まぁそうです」

 待ち伏せ作戦成功!!

「あの、今日駅まで一緒にいいですか?」

「あっごめん!! 今日はこれから用事あって急いでるんだ。この前みたいに時間ないよ?」

「ええ、駅まででいいですから」

 待っていた俺を彼女はどう思ったのだろうか。やっぱりストーカーみたいで気味が悪いなんて思ってしまっただろうか。そんな事を考えながら2人で駅へと歩き出す。
 さて、駅までは歩いてわずか3分で着いてしまう。この時は少しでも俺の事を分かって貰えるようにと、趣味で作った自分のHPを見て貰おうと思ってURLを教えようと考えていた。ページには自分のプロフィールや趣味の事などいろいろ載せているので、自己紹介にはとても好都合だろう。掲示板もあるので、もしかしたらここでやり取りも出来るかも知れないし。

「近藤さんてネットとかやります?」

「あー、家にパソコンはあって、ちゃんとインターネットつなげてあるけど、私はあんまりやった事はないなぁ。詳しくないし」

 ラッキー!! 実はこのパソコンの話もレッドとの作戦だったので、持ってないなんて言われたらもうこの作戦も失敗に終わっていたよ。まさにいちかばちかで言ってみた甲斐があったね。

「俺、実は最近パソコンやり始めまして、初心者でも簡単に作れる自分のHP作ってみたんですよ。プロフィールとか趣味とかのページを作ったり、あとは俺自分で物語やイラスト描いて載せているんですけど、良かったら見てもらいたいなぁなんて思って」

「へぇー、すごいね!? 絵も描いたり出来るんだ?」

 良かった。どうやら少し興味を持ってくれたみたいだ。

「夢があっていいね? どんなお話書いているの?」

「まだ少ししか書いていないんだけど、俺が過去に体験したノンフィクションとかを時折イラストを混ぜて書いています」

「そうなんだ。私パソコンあまり分からないけど、じゃあ今度見てみるよ」

 そんな会話をしながら駅の改札前へ。

「じゃあこのURLにアクセスしてみて下さい」

 そう言ってメモを渡した。

「今度飲みに行きましょうよ? 喫茶店とかでもいいですし、暇な日とかありますか?」
 
 ついでに誘ってみる。こないだはいきなりだったので、前もって予約しておけば成功する確率も高くなるんじゃないかな?

「私はいつでも暇だよ?」

『おおー!!』

 今日こそは確実に約束してもらえると思っていた。しかしこの時の俺の提案はいきなり2人じゃ嫌だろうから、この近くに勤務している俺の友人と一緒にどうですか? という事だった。その友人とはもちろんレッド田上の事。彼にも俺の悩みの種である彼女を見て貰いたかったし、レッドも見てみたいと言っていた。しかし気使った思いとは裏腹に、結果は何とも曖昧な感じに・・・。

「えっ!? 私全然知らない友達と?」

 ちょっと微妙な表情になる彼女。やばい、やっぱりまずかったか。

「いつにします? 金曜の夜とか、土曜終わった後とかどうですか?」

「・・・、ごめん、その日はちょっと用事あって」

『げっ!! さっきと反応が違うじゃんか。いつでも暇だよって言ってたのに・・・』

 しつこくするのもあれだし、結局はきちんと決まらないままになる。すると彼女の携帯が鳴り出した。

「あっ、もしもし、・・・ええ、これから向かいますので」

 どうやら本当に用事があるらしい。・・・良かった。嫌がって急いでいたフリをしていた訳じゃなかったんだ。

「あっ!? ごめんね? 待たせちゃって」

 何だかんだ言ってここで10分くらい話しただろうか。

「じゃあ今度お願いしますよ?」

「うん・・・、考えておくから。お疲れ様」

「お疲れ様です」

 またうまい具合に交わされちゃったかなぁ。断ってもなるべく相手を傷付けないようにっていう感じがひしひしと伝わってきて、優しさとさすが年上の大人の女性だなぁっていうのを感じた。
 その後、帰宅した俺は部屋で寝転がってボーッと考えていた。

「ちゃんと見てくれるかなぁ」

 もうページのアクセス記録が気になってしょうがない。が、しかし彼女がアクセスしたかどうかは、それを見ただけでは分からないのであった。そしてこの時ふと重大な事に気付く。

「あれっ!? ・・・もしかして今日近藤さんに教えたURL、一部間違えて教えたんじゃないか?」

 自分のHPを見てそう思う。

「やばいっ!! 絶対そうだよー。あー、何でー? せっかく無理して渡したのにー」

 彼女に教えたURLは何となく記憶していたものをその場でメモに書いてあげたので、よーく調べてみるとやっぱり一部間違えたみたい。まったく何やってんだか。まぁ間違えたURLがアダルトサイトかなんかにつながる訳でもないので焦る必要はなかったが、俺としてはページを見て貰いたくてしょうがなかったから、こうなるととにかく早く正確なやつを教えたい。でも、またいつ会えるか分からないんで渡す機会がなかなか見つからない。昨日の今日でまたって訳にはいかないのだ。

「どうすればいいんだー」

 これでまたその事で頭が一杯で、今夜もゆっくり眠るには至らなかった。

 翌日の水曜日。今日は俺のほうが確実に早く仕事が終わってしまう日だから、そのまま待っていれば教えることは出来る。しかし昨日誘ってさすがに今日もってのもちょっとなぁと感じた俺。間を空けてまた渡せる機会は作れるだろう。しかしこの時はどうしても早く教えておきたかった。分かりません? この気持ち。何とかして思い付いたのは、これまたメモに書いて机の上に置いておく事だったのだ。正直勝手にこんな事されたら迷惑だろうなって事は分かっている。でも、すぐ教えるにはこれしかなかったんだよ。
 先に帰社してメモを彼女の机に置いたのだが、なんかこんな事勝手にやっている自分に少し罪悪感を感じ、ドキドキしながらの行動だった。もちろん他の人に気付かれないようにうまくカモフラージュして置いた。こんな事バレたら彼女に迷惑がかかるかも知れないから。メモにはURLの他に、ついでに携帯のメアドと番号を書いておいた。返事が貰える可能性は低いかも知れないけど、もしかしたらって事で。まぁ、捨てられる可能性もあるかも知れないが。そして後にこの行動が自分自身を苦しめる結果になるとは・・・。
 
 それからはまたパソコンの画面とにらめっこ状態。

「見てくれてんのかなぁー? だとしたら掲示板に何かメッセージ書いてほしいなぁ」

 アクセス記録にある無数のURLを見て、近藤さんのを予想してみる。それからページには私書箱もあり、これはメッセージを他の人に見られないようになっていて、こちらも毎日要チェック。そして、おっ!? メッセージ来てるじゃんと思って確認してみると、レッドから応援のメールだったりして嬉しいやら紛らわしいやら。

『ヒトミさんじゃなくて悪かったな。どうだ? ページ見てもらえたか?』

「・・・、何だー、レッドかよー」

 携帯の方は案の定何も応答はなかった。

 数日後。掲示板などの書き込みは無かったが、ページは見ている可能性はあるかも知れない。あれからまだ顔会わせてないから分かんないし、こうなったら直接本人に聞いてみるしかない。
 ある日の夜、いつも通りの時間に帰社して検体整理中に2階の事務室へコピーしに上がった時、彼女が帰宅しようと準備している場面に遭遇した。またまたお久し振りですなぁ。私はコピー中、機械の横を通って帰宅する彼女に聞いてみた。

「近藤さん、見てくれましたか?」

 するといつも笑顔で答えてくれていた彼女は、無表情のまま言った。

「・・・机のメモは見たよ」

「あっ、そうなんだ・・・」

 そして彼女はそのままタイムカードを押して事務室を出ていった。何だか非常にそっけない返答に感じてしまった俺。

「やべー、やっぱりあんな勝手なことしたから怒っているのかなぁ?」

 自分で少し罪悪感を感じながらの行動だったので、そう勝手に思っても不思議ではない。とにかくメモは確実に見て貰えたが、今の時点でページはまだ見て貰えてない事は分かった。さてどうする。でも、俺としてはこのまま待つしか方法はないよな。
 しかしそれから1週間。すれ違いに顔は合わせたが、ページの事について彼女からは何にも言って来なかった。

「駄目だぁ、やっぱりあの勝手な行為は迷惑だったんだ」

 彼女に嫌われたと思った。自分の行動は行き過ぎてしまったのだろうか。こんな日々が数日続いて、後に決心した。

「謝ろう」

 とにかくそうと決まれば早く伝えたかった。自分のHPの日記を使って、自分の今の思いを伝えてみた。しかし、本当にこういう状況になると冷静さを失ってしまうって事がはっきりと分かった。普通はこんな方法なんか絶対取らないだろうに。

『バイト先の同僚の女性へ

あなたしか居ないから多分分かると思います。
とにかく見てくれてありがとう。
この前勝手にあなたの机の上にメモを置いてしまいましたよね。私はあなたの迷惑を考えずに、自分で先走って勝手な事をしてしまいました。完全にいい迷惑でしたよね。すみませんでした。
もう二度とこんな勝手な事はしませんから』

 これでもしかしたら何か反応が来るかも知れないって事を期待していた。
 
 数日後の夜遅く、たまたま出られなかった携帯に着信履歴が残っていた。見ると見た事も聞いたことも無い始めての番号だったのだ。間違い電話かも知れないけど、その時はある事に期待をする事しか出来なかった俺である。

「まさか・・・」

 あの日記の内容を見て、近藤さんから連絡が来たんじゃないかと期待していたのだ。これが待ちに待ってとても知りたかった近藤さんの携帯の番号なのか? もうこの番号の着信履歴が気になってどうしようもなく、心臓をバクバク震わせながら、恐る恐るその番号でリダイヤルしてみた。 

「プルルルル・・・」

可愛いあの近藤さんの声が出るんだろ?

『はい、もしもし』

『あ、あ、近藤さんですか? 西田です』

『そうだよ、私だよ』

『かけてきてくれたんですね?』

『HPの日記を見たんだけど、私そんな・・・、全然怒ってなんてないからね?』

 ・・・、こうなるはずだったんだよなぁ。しかし現実は・・・。

「はい、もしもし」

 残念ながら、この時点ですぐに近藤さんではないと分かった。だって完全に男の声なんだもん。会社の同い年の先輩で、研修をずっと一緒に付き添って頂いた人でした。そういえば今夜会社で先輩に番号教えておいたんだ。それで俺はまだ電話帳に登録していなかったのと、先輩は間違ってダイヤル押しちゃった、ようするに間違い電話したんで、このような期待外れな事になってしまった訳だ。

「はは、ごめんごめん、間違いだから。また明日ね」

「いえいえ、了解しました。お疲れ様です」

 きーたーいーしーてーたーのーにー。

「ガクッ」

 普通こんなタイミングでありえないよ。神様は俺をおちょくって遊んでいるのだろうか? 真剣になっていたのに考えると腹立たしいが、とにかく人生そう簡単に甘くはいかないって事か・・・。

 それからももちろんページにはコメント等来なかった訳で、またいつか顔を会わせるであろう時に直接本人に口で伝えるしかなかった。
 ある夜、例のフライングスタート作戦がうまく使えた時、久しぶりに事務室で隣同士机に座った。自分としては勝手にあんな事をしたのだから少し気まずかった雰囲気で、帰り際に一言声を掛ける事くらいしか出来なかったのだ。

「近藤さん」

「ん? 何?」

「俺、近藤さんの迷惑も考えずに勝手な事したみたいですみませんでした。もう二度とあんな事はしませんから」

 そう伝えると、彼女は無表情でこう言った。

「何で謝るの?」

 そう言って洗面所に手を洗いに行ってしまった。なんかこうは言ってくれているけど、無表情で言われるのはどうも気持ちが分からなくて気にかかる。まぁとにかくちゃんと謝ることは出来たんで、すぐにその場を後にして帰宅した。階段で洗面所に居た彼女とすれ違いにお疲れの挨拶をしたのだが、いつもどうり返事は返って来たよ。

「お疲れ様」

やっぱり俺が勝手にそう思い込んでいるだけなのだろうか?

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Novel Editor by BS CGI Rental
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