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私の瞳とひとみ 作者:シグタク

第3回  
 家に帰っても考える事は彼女の事ばかり。部屋で寝っころがって天井を見ながらぼんやりと考えている日々が続いた。この時はまだ友達とか誰にも話していなく、ずっと一人で悩みこんでいたんだ。

「あいつの助けでも借りるかな」

 こう気持ちが苦しいと無性に人恋しくなって、とにかく今の俺の状態を誰かに話したくなった。こんな時は些細な事でも誰かに聞いて貰えるだけで心が少し楽になるって事を実感したよ。

「おおー、レッドか?」

「おう、どうしたよ?」

「ちょっとこれから帰り家寄るからさぁ」

「構わんぜっ!! いつでも来てくれよ」

 彼の名はレッド田上(たうえ)。俺の最寄駅の1つ手前の駅近くのアパートで1人暮らししている。だから会社帰りにこうやって気軽に? 寄れるのだ。レッドとは彼の愛称で、何でも赤色が好きなので部屋の中は真っ赤かだからその名が付いた。自分でも気に入っているようだ。そして俺と共通の趣味であるバイク仲間でもあった。

「どうよー、新しい仕事は」

「んー、ぼちぼちだよ」

 6畳と4畳半の2部屋を持つレッドのアパートだが、何故か狭い方にテレビや机等の生活空間を持ち、広い方は物置と飼っているペットのウサギの小屋が置いてある。人の家だからどう使おうと自由だけどね。まぁ、案外俺も狭い方を主に使うのを選ぶのが好きかも知れない。そんな事を考えながら部屋に入り、いつも始めにメスウサギの「おねえ」に挨拶をして遊んでみるのだが、おねえは鳴きながら小刻みに前足で檻を叩いて威嚇してくる。

「ブブッ!! ブッ!!」

「うおっ!? 怖え!!」

 何とも凶暴な奴だ。

「はははっ、いつもそうだな。よく家に遊びに来る野良猫にもすぐ逃げられるし、君は動物に嫌われているよなぁ?」

 ・・・そうかも。会社の猫にも嫌われているみたいだし。別に俺、動物は嫌いじゃないんだけど、アレルギー持っているのを悟られているのかもな。しかしウサギって変な声。
 4畳半の部屋に入ると、今度は突然俺の視界に部屋をうろつくネコの姿が映ってきた。

「ニャー ニャ−」

「おいおい、君の所はネコも飼っていたっけか?」

「いや、最近外で見かけるようになって、しまいには勝手に上がりこんで来るようになったんだよ」

 随分と賑やかな。





「まぁこれでも飲んでくれ」

「ズズズ、ゴクッ、はぁー、うまっ!!」

 狭い方の部屋へ入って座り込み、缶コーヒーを啜りながら会話を始めた。

「どうしたよ? 何か変わった事でもあったの?」

「いやー、なー、そのー、どうなんだろうかー?」

「何だそりゃ? ・・・もしかして女だろ?」

 さすが鋭い奴。俺が分かりやすいだけか? とにかく俺は今の会社で起きている全ての出来事を話した。もちろん自分の目の事も。

「そんな状況だからさ、なかなかアプローチのきっかけが掴めないんだよなぁ。時間的にも合わなくなったんだし」

「むむー。・・・しかしなぁ、まぁ俺だったら今頃はモノにしていると思うけどな」

 一服しながら余裕の表情を見せるレッド。

「何言ってんだよ。言葉ではうまく伝えられないが、本当に条件が厳しすぎるんだって」

 必死に理解してもらおうとやけになっていた俺。

「とにかく何とかしてアプローチしないとね。会社終わったら、駅まで一緒に帰ったりすればいいんじゃない? 別に会社の同僚と一緒に帰ろうが、全くおかしくはないと思うが」

「でも・・・、やっぱりみんなの居る所じゃ誘い辛いよ」

 今の俺や会社での状況を思い出すと弱気になってしまう。

「しかしさぁ、君もそこまで考えちゃうって事は、やっぱりその彼女に本気で恋をしているんだな」

「そうだよ。真剣だよ」

 俺のこんな悩んでいる姿なんか、レッドも初めて見ただろう。

「・・・口で誘いにくいなら、紙にメモ書いて渡せばいいんじゃない?」

 メモか・・・。
 いろいろ2人で考えた挙句、とりあえずメモっていう事で落ち着いた。後は渡すタイミングだ。周りは相変わらずウサギとネコが五月蝿いが、こんな感じで遅くまで動物2匹と一緒に狭い部屋の中で作戦を練っていたんだよ。そしてこれからも何度も。





 数日後、作戦実行の為に、あらかじめ帰りの電車の中でメモを書いておいた。メモ用紙は周りに目立たないように小さく切り取り、すぐに理解して貰えるように文章を短くまとめて。そんな神経質な細かさはともかく、とにかく一緒に帰って会話がしたいんだ。
 会社に戻ると同じ班の机には偶然にも俺と彼女だけで、少し離れた所に班長さんが座って仕事をしていた。これだったらやりやすいかも。そんな状況でまずは何気ない会話から始め、周りの状況に注意しながら渡すタイミングを見計らう。そろそろだなと思った時、俺はポケットに手を突っ込んでいつでも瞬時にメモを取り出せる体勢を取っていた。周囲から見ると、何かぎこちなくて笑えてしまう格好をしていたかも知れないが、頑張れ! 俺! 

 そして・・・。

『今しかない!!』

 隙を見て書いたメモを渡した。小声でこう伝える。

「すみません、ちょっとこれ読んで下さい」

「えっ!? 私に?」

 そう言って不思議そうにメモを読んだ彼女。

『ちょっとお話したい事っていうか、相談があるので駅まで一緒に帰りませんか?』

 この時の俺はそりゃもう心臓バクバクもんだったよ。何せいきなりのことだから、失敗する可能性の方が高いと思っていたから。断られたらどうしよう? しかしそんな心配とは裏腹に彼女はあっさりとOKしてくれた。

「うん、いいよ? もう仕事終わった?」

『よっしゃー!! やったー!! 』

 どうやら周りにも気付かれていないみたいだし、近藤さんへのアプローチ作戦、メモ作戦は大成功である。レッドよ、やったぜ!! 
 2人で同時にタイムカードを押し、同時に下へと下りて行く。駅までは歩いてわずか3分もかからないが、途中のガード下の真っ暗な公園のような場所で立ち話しをした。こうして彼女と2人きりでお話している事がとても信じられず、何だか夢のようである。最初は仕事の事を中心にお喋りしていたが、何と彼女が俺より1つ年上だと知った時は驚きを隠せなかった。しかし歳の事を話すより手っ取り早く切り替えて、今日の最終目的は彼女のメアドや、出来たら番号を聞き出す事だった。いきなり番号は無理だとしても、今時メアド位なら期待出来るかなと思っていた。とにかく普段は顔を合わせる時間がないんで、メールで気軽に連絡を取り合えたらなぁ。そうすれば今日みたいに誘うにしても、こんな苦労する事なく出来ると思っていたから。

「近藤さん、良かったらメアドとか教えて貰えませんか? 俺、これからも近藤さんともっとお話したいんです。・・・ほら、今のコースだと全然会う事も出来ないから」

「・・・、私メールとかってあんまりしないんだよ。友達とかとも全然しないし、会って話しした方が楽しいから。もし西田君がメール入れて来てくれたとしても返事返さないかもよ?」

 がーん!! ・・・これって遠まわしに断られているんだよなぁ。やっぱり今日が初めてだったし、いきなり聞き出すのはまずかったのか?

「いや、別にそんな頻繁にメールしようって訳じゃないですから。でも、メールのやり取りしないなんて珍しいですね? 俺なんか男友達でもしょっちゅうメール交換していますけど・・・」

「うん、でも・・・、ごめん・・・」

 これ以上は俺もしつこいとは思われたくないので、メールの件はこれであきらめた。あーあ、失敗した。この短い期間で、これからどうやって進展していけばいいんだろう? やっぱり所詮今の俺には難しいことなのだろうか。しかし彼女はこう言ってくれた。

「会ってお話するならいつでもいいからね?」

 でも、その会う時間がなかなかないんだよ。まぁ、とにかく話するのは構わないと言ってくれているようなので、ここで終わらせてはいけないよな。

「それだったらこんな所でいつまでも立ち話ししてるより、どこかお店にでも入りませんか?」

「なんだー、それだったら最初からそう言ってくれれば良かったのに・・・。でも、今日はもう遅いし、明日も仕事あるからまたにしようよ?」

 確かに会社を出たのは20時過ぎ。もうここで30分以上も立ち話ししているのだ。

「・・・分かりました。じゃあ近藤さんてお酒飲めます? 俺は飲めないけど付き合いならいつも行きますんで今度飲みに行きましょう」

「へー、西田君てお酒ダメなんだ? 私は少しならいけるよ? そういえば明後日の連休中に会社が川原でバーべキュウ開くみたいだけど、西田君も行くの?」

 そう。5月のゴールデンウィーク初日にそんなことが開かれるらしい。彼女は出席するみたいだが、あいにく俺は出席するつもりはなっかた。なんかこう会社とか、団体での行事には苦手意識があってね。

「その日はちょっと用事があるんですよ」

 そんな感じでごまかした。

「えー? なんだ残念、ちょうどいろいろお話できるいい機会なのに」

 確かにチャンスだし、彼女も出席するってことを知って行きたくなったが、もうどうしようもない。
 一緒に駅に向かうと、バイトの同僚の1人と鉢合わせした。こんな所で一緒に帰宅しているのを見られると、一瞬俺が近藤さんにアプローチをかけている事が会社の人にバレるかもなんて思ったが、まぁ別に会社の同僚と一緒に帰る事なんておかしいことないか。あんまり難しく考えないようにしなきゃな。彼女と同僚とは方向が逆なので、改札に入っての別れ際。

「じゃあまた今度ね?」

 最後に彼女がこう言ってその日はお別れした。また今度ねっていう事は、今後は期待して良いのだろうか。とにかく今日は最初が成功しただけで、その後はほとんどが失敗に終わってしまった感じ。帰りの電車の中では心がちょっとブルーになっていた俺。

『今日初めて誘って、いきなりメアド聞いたりで軽い男と思われたかなぁ』

 新宿から私鉄に乗り換えて自宅まで鈍行での1時間。いつもなら眠りに就いているが、彼女は俺の事どう思ったか、そして今日は断られた事が気になってしょうがない。

「ふぅー」

 ため息をつきながらの長い長い1時間であった。

 翌日、今日は土曜なので朝からの出勤である。昨日はあれからまたレッドの所に行って話を聞いてもらってたんで、帰宅したのは夜中の2時くらいだったろうか、完全に寝不足である。眠い目を擦りながら時計を見てみると・・・。

「!? やばっ!!」

針は9時半を示していた。始業は9時45分からで、自宅からは1時間はかかるので完全に遅刻である。普段遅刻なんてしない俺がどうしちまったんだろうか。やっぱり昨日の夢のような出来事で、ちょっと頭が浮かれすぎてしまったのだろうか。とにかくこの急ぎにもかかわらず、いつもの通りにまずは目覚めの一服をしてから行動をし始めた。

「はぁー・・・、うめー・・・」

 マイペースというか、完全にニコチン中毒だよ・・・。
 会社に、遅れるという旨の電話をする。電話はもちろん中ノ沢さんが受けるので、見事に突っこまれてしまう。

「あれー? 西田君どうしたのかなぁ?」

「あ、姉さんすみません!! 班長によろしくお願いします」

 それから飯も食わずに、すぐさま駅に向かって電車に乗り込んだ。今日はせっかくの土曜日で、隣の席には彼女が座っていて、みんなと掃除やミューティングが出来たのに・・・。まぁ、昨日あんだけ夢のような思いをしたのだから、連荘なんて贅沢ってもの。
 出社して上に上がると、彼女とまず顔を合わせた。しかし今は話している余裕なんか無い訳で挨拶だけ済ませて準備に取り掛かったのだが、その時の彼女は何か少し笑っていたような・・・。恥をさらけ出してしまったもんだ。結局この日は1時間後の特急に乗り、この後全ての行動が1時間ズレてしまった。全く明日から連休に入るっていうのに、あまり気持ちのいい入り方が出来なかった俺である。そう、明日からはゴールデンウィーク!! 他のみんなは浮かれていたが、彼女はきちんと休みに入る前に、仕事で使っている自分の車をきちんと洗車していた。居残っていてくれたおかげで、帰宅する時に彼女に挨拶が出来た。連休に入れば確実に顔は会わせられないのだから。本当は明日、例のバーベキュウがあるが、俺は出席しないからどうにもならないし。まぁ、本音を言えば、彼女とどこかに遊びに行きたかったなぁ・・・。昨日の今日で無理な話か。
 そういう事で今夜はこれから中学の時からの友人、フクちゃんと飲む予定。何せ明日からは楽しい楽しい連休に入るのだから、こんな日は羽を伸ばさなきゃ。友達は偶然にもウチの会社の近くに勤めていたし、路線も一緒なんで近くで待ち合わせして一緒に帰り、その後は地元でたらふく飲んだり食ったりした。そしてその時は途中からレッドも呼んだ。フクちゃんとレッドは学生の頃のバイト先で同じだったのだ。レッドは全てを知っている訳で、話題は自然と俺の始まったばかりの恋物語になってしまったんだよ。

「ひとみさんてどんな感じだよ? 見てみたいなぁ。」

 レッドが言った。

「君は絵が得意なんだからさ、ちょっとここに描いてみてよ」

 フクちゃんはおもむろにポケットからペンを取り出して俺に渡してきた。

 んな無茶なー、いきなりそんなの描けるわけがない。酒も弱いからコップ半分も飲んでいない内に酔っていて、ペンを持つ手は震えているし。

「よっ!! タクちゃん頑張れっ!!」

 2人から責められては俺の負けだ。仕方なく描いてみるのだが、んー、どうもいまいち。丁度注文したお酒を持ってきたバイトの姉ちゃんにその絵を見られたのか、微妙に笑われていたような・・・。

「こんな感じかな?」

「おっ!? どれどれ?」

 2人は興味深そうに絵画鑑賞。

「あんま当てになる訳ないが、しかし・・・こんなにスリムなのか? しかも俺等より年上には見えないけどなぁ」

「なんか天使みたい。やり過ぎじゃない?」

 文句をブーたれてくるが、俺にはまさしく彼女が天使に見えるんだよっ!!

「今度さぁ、飲みにでも誘ってみろよ。いきなり2人だと彼女も不安だろうから、俺等も呼んで友達と一緒にっていう事で。そうすればきっかけが作れるじゃないか?」

「お前等が一緒の方が不安がると思うけど。・・・まぁ、うまくいったらな」 

「とにかくこれから頑張れよ」

 今夜は弱いくせして結構飲んでしまった俺。何だか家路までの歩きはとても気持ちが良くて、久しぶりに気分が晴れたような気がしたのであった。

 ゴールデンウィーク。昨日は久しぶりに友達と飲んだわけだが、酒の飲めない俺だから2日酔いでぐったりなんてしているはずがない。今年は4連休になるのだが、特に何処へ行く予定なんてのもなし。初日は会社の人達は川原でバーべキュウで、しかも俺の家の最寄の川原でやっているのだ。

『彼女も行くって言ってたっけか? ・・・昨日友達に言われた通り、やっぱり俺も行けば良かったかなぁ。今さらもう遅いか・・・』

 休み中もずっと彼女の事を考えっぱなしで、いつもなら嬉しいはずの4連休も今回はただ毎日が苦しいだけ。ユニーはバイクでツーリングに行ったようで、現地らしき場所からメールが届いた。

『おー!! 俺は今、日本の中心に立っているぞー!!』

 昨日は飲んだっていうのに、全くどこまで行ったんだか。連休を楽しんでいて羨ましい限りだねぇ。そんな時、かなりハマッていたのが恋愛占いである。昔からこういうのはあまり信じない性質だが、こういう時にやってみると何故だか良い結果が連発して、気分だけでも幸せな気持ちに浸っていたのだ。主にインターネットや携帯のコンテンツでやっていたのだが、出来るのは姓名判断の相性占いや自分の運勢を調べる事くらい。だってまだ彼女の誕生日とか詳しい事は知らないもんなぁ。それで特に結果が良かったのが、携帯のコンテンツでやった名前の相性占い。お互いのフルネームを入力すれば、1回10円かかるが結構詳しく結果が出てくるのだ。

「俺と近藤さんの相性は90パーセント!?・・・マジかよ」

 こんな結果が出てくると、当たるわけもないのに嬉しくてしょうがない俺だった。あとは掲示板で恋愛の事について、いろいろみんなが書き込みをしているページを鑑賞してみたり。

「ほぉー、やっぱり他の人達も苦しんでいるんだなぁ」

 ついつい気になってしまうのが職場恋愛の話題で、問題はやっぱり真実を伝えた後の相手の反応だ。うまくいけば何にも問題ないのだがこの世の中そんな甘くはなく、失敗した後に関してはいろいろと問題が出てくるようだ。実際その掲示板には、失敗して会社でその人と会いづらくなってしまったという相談が多数載せられていた。社会人じゃ会いづらくなったからって簡単に会社辞める訳にもいかないしね。そんな事を考えながら3日間が過ぎていった。
 しかしつまらない。何かしていないとどうしても彼女の事が頭から離れない。別の意味でこんなに辛い連休は初めてである。そんな中、連休最終日の4日目にやっと外へ出てみたんだ。目的は恋愛成就の神社へお参りしに行く事。そういえば今年の元旦は風邪をひいてたんで初詣も行ってなかった俺だが、何かと理由付けて毎年行ってなかったっけか? この神社も実はネットで全部調べたもので、全国にはこういった恋愛に効くという神社が沢山あって、実際にお参りした人達が願いが叶ったと書き込みをしているのを見た。

「こうなったら俺も神頼みするかなぁ」

 どうせ家に居ても暇だし、最終日くらいちょっと出てみるかなって感じで。場所は都内にある恋愛成就では有名な某神社へ。ただ、行ってお賽銭入れてお願いしてくるだけだと思ってたけど、どうやらその正しいお参りの仕方があるらしいのだ。これも事前にきちんと調べてメモ書きして出発。

「何々? まずはとにかく1人で行くべし?」

 これはまぁ最初からそのつもりだけど・・・。朝から雨が降っていて、午後に出発して電車に揺られて約1時間。迷うことなく無事に某神社に到着したのだが、境内は予想以上に小じんまりとしていた。ネットにも載っている有名な所だから、もっと大きいかと思っていたんでちょっと拍子抜け。しかし俺と同じ参拝客はこんな天気にもかかわらずボチボチと来ていて、みんな1人で黙々とお願いしていた。女性ばかりで男1人で来ている奴なんて誰もいなかったので、ちょっと恥ずかしかったかなぁ。

「さてと・・・、まずは水でお清めしないと・・・」

 ネットに書いてあった通りに儀式を進めていくのだが、参道には警備員が立っていて男1人で参拝している俺をジッと見てくる。

『そんなにジロジロ見るなっての!! 男1人は珍しいのかねぇ?』

 道の両側にはすごい量の絵馬の数で、やっぱりそれだけの人が参拝に来ているんだなと実感。本堂の前に立ち、早速お賽銭を15円投げ込んだ。なぜ15円かというと、「じゅう」ぶんな「ごえん」がありますようにと言葉をかけているからで、参拝をする時はいつもこの金額にしている。

「チャリーン」

 お賽銭を入れ、ふと前を見ると賽銭箱の後ろに立て札が立っていてこのように書いてあった。

『二拝二拍手一拝

1.深いお辞儀(拝)を二回繰り返す。 [二拝]
2.次に両手を胸の高さで合わせ、右手を少し手前に引き、肩幅程度に両手を開いて拍手を二回打つ。 [二拍手]
3.そのあとに両手をきちんと合わせながら心を込めて祈る。
4.両手をおろし、最後にもう一度深いお辞儀(拝)をする。 [一拝] 』

 きちんと真面目にその通りにして祈る。

『お願いします! 近藤さんと縁がありますように! ×3回』

 最後にきちんとお辞儀をして参拝を終了したのだが、こんなに真剣に願い事をしたのは初めてかもしれない。
 本堂のすぐ横ではお守りやらお札が売っている。調べによるとこれが結構効き目があるようで、せっかくなんで俺も買って帰る事に。種類はたくさんあって、縁結びやら恋愛成就やら恋おみくじやら、デザインもそれとなく可愛い物ばかりである。俺はとにかく今の恋が身を結ぶのが目的なので、恋愛成就の鈴のお守りを1つ買った。鳴らしてみると、これがまたいい音色を奏でるんだよ。

「さてと・・・、とにかくやる事はやったし、あとは寄り道せずにこのまま帰るだけか」

 願いが叶う期間は早い人は1〜2ヶ月とかで叶ったり、縁結びのお願いをして2年とか経ってからいきなり彼氏が出来たとか、または叶わなかったり人それぞれである。願いが叶うか叶わないかはともかく、とりあえず気休めにはなった。お守りは常に財布の中に入れて、肌身離さず持っていたよ。

 連休明けの木曜日。休み明けの仕事はみんなダルイと思うが、俺は5日ぶりに彼女に会えるので楽しくてしょうがない。仕事に行くのが待ち遠しいなんて、自分が本当に好きな仕事をやっているとか、仕事が生きがいの人とか、職場にこういった楽しみがあるとかしか考えられないよね。俺はバイトの身だけど、近藤さんの事もそうだが毎日電車に乗って出かけるのも嫌いではないので本当に楽しくてしょうがない。しかしだ。この思いとは裏腹に彼女の顔を見る事は出来なかった。
 木曜は、彼女はいつもより1時間早く仕事が終わってしまう事に初めて今日気がついた。下の検体整理室にはそれぞれのコースの定時の帰社時間が書いてあるノートがあり、タイムカードとは別に帰社して検体を整理し終えた時間を毎日記入するのだが、彼女のコースの時間を見てみると木曜だけ早い。という事は俺は定時だから木曜は絶対に会わないって事だ。ちなみに水曜は俺のほうが早く、待っていれば確実に会うのは可能なのだが・・・。これから先、このノートの彼女の時間欄が気になってしょうがなくなり、周りの人にばれないようにチラッと横目で毎日観察していく俺であった。
 それからはブルー。結論から言うと、次の週の水曜まで彼女と顔を会わすことは出来なかったのだ。連休前のあの日、翌日は確かに会ったが帰るときに挨拶しただけだし、2人で帰った日から数えるともう2週間近くなってしまう。いきなりメアドや電話番号なんて聞いたもんだから、その後の彼女の反応が気になってしまってしょうがない。連休前の挨拶の時は別に普通のように思えたが、後々考えるとやっぱり軽い男に思われてしまったのではないかと心配になってしまうのだ。

『気になる、気になる、気になる・・・』

 電車の中でも家でもずっと彼女の事を考えっぱなしだ。おかげでろくに飯も喉を通らず、夜も眠れなくて睡眠不足が続いた。まぁ、これは今回に限った事じゃなく、この先も約1ヶ月以上は続く事になるなんて・・・。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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