■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

私の瞳とひとみ 作者:シグタク

第1回  
※この物語に出てくる事業団体、登場人物名及び地名等はフィクションです。

「今の俺はあなたも知っている通り最悪な状況ですよ。でもね・・・、ちゃんと就職活動しているし、自信を持っていることもある。そして夢も・・・。俺の目は・・・、俺の瞳はこんなだけど、目の前に居る「ひとみ」は、ものすごく輝いて見えるんだよ? ・・・だから同情だけは絶対にしないでほしい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「好きです・・・」 


 2004年の2月中旬、俺こと西田 拓郎(にしだ たくろう)はアルバイトとしてある会社に入った。歳は今年の8月で27歳のもういい年になる訳で、いつまでもフリーターなんかやっていてはまずいと思っていた。一応夢とかやりたい事があって、絵や物語を作って食っていけたらなぁなんて思っているのだが、やっぱり現実的には厳しいものである。この会社で1年程アルバイトとしてやっていけばその後は正社員として登用されるチャンスがあるので、とにかく1年間は頑張ろうと思っていた。
 仕事は病院や医院さんをまわって検査物等を回収し、後日その検査結果をフィードバックするというもの。それぞれ各自車で決まったコースを担当し、1日に2〜30件程まわるのだ。アルバイトでも営業のような感じなのでスーツ姿で、名刺なんかも用意してもらった。
 最初ははっきり言ってまったく訳が分からない。生化、血糖、血算、血沈、凝固?・・・それに普段は聞き慣れない無数の検査項目。

「何の事やら・・・、こんなんでやっていけるのか?」

 検査物といえば一般的に血液検査を思い浮かべるが、他にも種類の多い事多い事。喀痰や皮膚、尿、便等、採取されるものは沢山あるし、極めつけはホルマリン漬けの瓶に入った、患者さんから摘出された細胞や臓器の一部なんてものも回収してくる。こういうのは見るだけで駄目な人は駄目だろうし、血さえも見るのだって嫌な人も結構居るはずだ。幸い俺は全然大丈夫なのである。何せ幼い頃は病弱だったもので、何度もこんな検査を受けていた張本人なのだからね。だからこういう医療関係に就いて、俺なんかでも何か役に立って恩返しが出来ればなぁなんて考えていたんだ。それでもさすがにホルマリン漬けの瓶の中身にはあんまり直視したくはないけど。
 出社は9時45分からと比較的遅く、ここからデータ整理や社内清掃、ミューティングをして11時くらいまでにはみんな各コースに向けて車を走らせ会社を後にする。ちなみにデータ整理とは検査結果のデータが記載されている報告書を病院ごと、または個人ごとに分けて整理し、その日に結果として病院に配っていく。そのコースにもよるがデータが莫大な量になる為に、新人はこの作業でかなり時間がかかってしまう。しかも記載されている文字等も細かく、1枚1枚確認しての作業。他の会社でも同様だが、特に医療関係にミスなんて許されない。検査を受けた患者さんが早くこの結果を待っている訳だし、他の病院に誤配なんてとんでもない。だから患者さんの名前はすべてカタカナで記入され、1文字違ってももう一度新しくデータを入力してもらわなければならないのだ。
 そんな中、俺にはバイトで唯一他の班に1人だけ居るある女性が目に入っていた。最初は「あー、女性も居るんだなぁ」って感じだけだったけど、それで目立っているからってわけではなかったが、何故か少しだが気になり始めた。まだ話した訳じゃないし、顔もよく見ていないのに・・・。そして入社から2週間が経ち、研修期間を終えてそろそろ1人立ちしようとしていたある時、これからの俺の運命を左右する出来事が起こった。そして、その出来事とは俺の身にとっては大変な事なんだが、その事がきっかけになり思いもよらないかった物語が生まれようとしていた。1人の人間に対して、こんなに切ない感情を抱いてしまうなんて。こんなに悩んだり苦しんだりしながらも、彼女に対しては特別な勇気を持って接する事の出来る力を持っていたなんて・・・。まさに俺の不器用な物語がここから始まった。
 
 ある日、朝から会社の年1回の健康診断を受ける為、顧客先である病院へと向かい検査を受けに行った。ウチの会社は検体の検査会社の訳で、採取された我々の検体も会社が検査して結果を出してくれるのだ。もちろん無料で。検査項目もかなり詳しく調べてくれるので、これでいつでも事前に病気が分かるかな?
病院に行くと検査着を着用して数々の検査をこなしていった。
土曜日ということで他の会社の人達も健康診断を受けに来ていて、みんなして同じ色の検査着を着て待合室でおとなしく順番を待っている光景を目の前にすると、そこには何だかただならぬ異様な雰囲気が流れていて緊張感いっぱいだった。こんなに詳しく調べられると、どこかしらか悪い箇所が見つかって再検査だの即入院だのになったら嫌だよなぁ。まぁ我々のような仕事をしている人間も、たまにはこうやって逆の患者さんの立場になって結果をドキドキしながら待つ心境になるのもいい機会かも知れない。
 無事に採血やらレントゲンやら尿検査等を終え、この時点では異常は見つからなかった俺だったが、この後何とも思いもよらぬ所でつまずいてしまった。その検査の名は視力検査。元々俺は視力は悪く、メガネをかけていなければ車の運転も出来ない。最近になって視力が悪くなったなぁと感じて、この会社に入る前に新しいメガネを作って万全の体勢でこの仕事に就いていたはずだった。新しいメガネは前のよりも5段階程強くしたのだが、これ以上強くしてしまうと逆に強すぎて空間がゆがんでしまう。この状態で一応は車の運転は出来るレベルに達していた。
 早速新しいメガネで視力検査を受けてみる。まだ換えたばっかりだし、この時は絶対に大丈夫だと思っていた。

「はい、じゃあこれは?」

「えっ!?・・・」

「んー、じゃあ次は?」

「・・・」

「メガネかけててもダメですか?」

「・・・え、ええ」

 ・・・見えない。前に見えていた所が見えない。左は大して変わらなかったが、問題は右目である。

『おいおい? 何で見えないんだよ?』

 換えたはずのメガネでも、右目だけに関していえば全く前のメガネの時と状況は変わっていなかった。そればかりか、心なしか前より見えないような感じが・・・。新しく作った時はちゃんと見えていたのに、たかだか1ヶ月の間でここまで視力が落ちてしまうものなのだろうか?別に勉強のしすぎだとかは絶対ないし、ゲームなんかも最近は全然やっていないし、こんなに視力が落ちてしまう理由が見つからないのだ。そういえば研修中で助手席に乗っていた時に、昼間はまだ問題ないのだが夜になると周りの歩行者や標識なんかがすごく見難かった。仕事は結構遅い時間まで走るんで、こんなんで車の運転なんかしてていいのだろうか?
 数日後、検査結果が届いた。もちろんプライベートな事なので、個人の検査結果に対して会社は深く追求してはこないし、見ていなくて知らないかも。血液等に異常は見られなかったが、やっぱり視力の所には再検査したほうが良いという旨が記載されていた。

『どうしよう?』

 俺の右目は単純に視力が落ちただけなのではなく、何か病気にでもなってしまったのだろうか? そうじゃなければこんな短期間でこんなに視力は落ちないはず。ちょっとただ事じゃないと悟った俺は、お休みの日にメガネを作った時以来の眼科へ再び行く事を決意した。
 早速、最寄の駅前にある小さな眼科へ。ここの先生は女医で結構お年がいっている先生だが、その分経験とか信頼性なんかを考えると安心できるだろう。

「んー、ちょっと眼圧が高いですね」

「・・・眼圧?」

 目の中には血液のかわりとなって栄養を運ぶ、房水と呼ばれている液体が流れているらしく、目の形状はこの房水の圧力によって保たれ、これを眼圧と呼ぶようだ。で、この眼圧は時間や季節によって多少は変動するようだが、正常な人の目は一定の値を保っているらしい。これからこの眼圧という言葉が、私の未来だけでなく今後の未来をも変えてしまうほどのキーワードになっていくのだ。

「視力が悪くなっているのは軽い白内障があるせいですね。目の中にあるレンズがちょっと曇りがかかっていて、それが原因で少し見えにくくなっているんですよ」

「白内障?・・・ですか?」

「ええ。これはその曇ったレンズを取り替えれば少しは視力は回復すると思いますし、手術自体も30分もあれば簡単に終わって入院の必要もないんですよ?・・・ただ、あなたの場合は他に気になる事があって・・・」

「えっ!? ・・・な、何ですか?」

「・・・この眼圧が異常に高い状態を考えると、緑内障の可能性もあるかもしれませ
ん。はっきり言って、白内障よりもこの緑内障の方が厄介で、下手すると視野を失って失明する可能性もあるんだよ?とにかく白内障はまだ軽いからすぐに手術なんてする必要はないので、緑内障の方を何とかしないといけませんね」

 ・・・し、視野を失うかも? ・・・失明するかも? いきなりの事で頭が混乱してしまった俺。とてもじゃないが、そんな事になるなんてどうしても信じられないよ。ていうか、何でいきなり白内障だの緑内障だのになってしまったのか、原因がまったく分からない。すると戸惑っている俺に先生はこう話した。

「あなた過去に何かステロイドとかって使った事ありますか?」

 ステロイド。効き目は強力だが、同時に副作用も伴ってしまう薬だ。実は私は幼い頃から喘息の持病を持ち、病院の入退院を繰り返していた。そして小学2年の春、普通の学校に通うことが出来ず、病院と学校が一緒になった施設へ6年生の卒業まで5年間入院するほどひどかったのだ。私は発作を起こしてひどくなった時に、確かにステロイドの注射を何回かしてもらった。喘息だけではない。アトピー性皮膚炎の薬にも副腎皮質ホルモン剤と書かれ、その横には丸に劇と文字が。これもステロイドなので、アトピーに関しては今現在も使い続けている。

「・・・はい、確かに喘息やアトピーの治療で使っていました」

「そう・・・、あのね、普通緑内障は中高年の人がなるのが多いんですよ。あなたはまだ若いんで、まだ確実に立証されている訳ではありませんがそうなるとステロイドの副作用が考えられますね。この副作用はすぐに出てくるものではなく、何年後かに突然こうして起こる事があるんですよ。でも・・・当時の先生達はあなたの症状を見て使わざるをえなかったのでしょうね」

 ええ、確かにあの頃の俺の喘息はひどかった。通常の注射や吸入、点滴をしてもしばらくは治まらなかった。そして先生はどうしようもなくステロイドを注射したのだろう。しばらくすると症状が落ち着いたのを覚えていて、子供ながらにすごい薬があるものだと感動していが、しかし先生や看護婦さん達は、この薬は強い薬だから何度もすることは出来ないんだよと言っていたのも同時に覚えている。・・・、やっぱりこれは現実なんだな。昔から目だけは見えなくなりたくないなと思っていたが、まだ大袈裟だがこうして危機を迎えている事は確実なんだ。

「ひとまずここじゃあ設備が整っていないので、これからちゃんとした眼科を紹介しますのでそこに通ってみて下さい。今度も女の先生だけど、私より全然若いし腕もいいからね?」

「は、はぁ・・・」

 正直若い女医さんだろうが、今は全く嬉しくない俺であった。
 俺は当時薬を使った先生達を決して恨んだりはしていないよ?一生懸命になって治療や指導してくれたおかげで喘息が怖くなくなったし、大人になったらほとんど治ってこうして普通に学校出て働いていけているんだから。感謝の気持ちで一杯なんです。とにかく今は現実を良く見て、この緑内障を何とかしなければ。
 
 それからすぐに紹介された眼科へと足を運んだ。確かにまだ若い女医さんで看護師さん達も若い、まさに女人天国の医院であった。しかし今の俺にはそんな事考えている余裕はない。
 診擦の前に一通りの検査をし、この時初めて視野検査なるものもした。人間の目は真ん中の一点に集中して見ていても、そのままの状態で上下左右ある程度の範囲までは見えている。しかし緑内障で視野が欠けてくると、ある一部分が欠けて見えなくなってしまい、症状が進行するとやがては全部が欠けて最終的に失明に至るらしいのだ。この病気の怖いところは症状が自分では全く気付かない事だ。別に眼圧が上がっても痛くもならないし、知らず知らずに眼圧が上がったままの状態で症状が進行していって、気付いた時にはかなりの視野が欠けてしまうなんて事もあるらしい。私は幸い初期の状態で分かったので大袈裟にはならなかったが、それでも実際検査をしてみると右目の左下、ようするに鼻の横が見えるはずの部分が見えていなかったのだ。左目は異常なく見えたので、やはり右目がおかしい事には間違いなかったのである。
・・・ショックだ。もう、一度失われた視野は治療しても二度と復活はしないのだから。
 
 それからしばらくした仕事が終わったある日の夜、主任に俺の今の目の状況を伝える為に時間を頂いた。このままではいつ事故を起こすかもしれないし、とにかく今後はどうあれ今の俺の状況を話しておかなければ。

「西田君どうしたの?」

「実は・・・、こないだ会社で受けた健康診断で、視力が悪かったんです。今のメガネをかけた状態で、本当なら車の運転は出来ないレベルに達していました。このメガネはここの会社に入る前に新しく用意したもので、前のメガネよりも5段階ほど強さをアップして、車の運転も問題ないようにしたんです。ですがこの1ヶ月で視力がまた元に戻ったような感じで、今まで研修で同乗していた車も、特に夜は周りの通行人や標識などがすごく見にくくなっていたんですよ」

 それを聞いた主任が口を開く。

「んー、それはちょっと危ないなぁ。そういえば西田君はもうすぐ研修期間が終わって1人立ちするはずなんだよね? 今度はずっと1人で運転だし、暗くなってからも走るからその状態ではちょっと厳しいね。確かに事故を起こしてからでは遅いし・・・。でもメガネをもっと強いやつに換えるのはダメなのかな?」

 そしてついにこの時に軽い白内障や緑内障を持っている事を話さなければならなくなった。クビを覚悟の上で・・・。

「・・・単に視力が悪いだけでしたらその手もあります。しかし私の場合、1ヶ月やそこらで急激に視力が落ちてしまったのです。どう考えてもおかしいと思ったので、再びメガネを作った時の眼科に行ってみました。・・・診断結果は軽い白内障と緑内障でした」

 それを聞いた主任は少しビックリしていた。

「えっ!? ・・・白内障は知っているけど、緑内障って結構厄介なやつなんじゃないか?」

「そうみたいです。眼圧という目の圧力が異常に高くなり、それが原因で視神経にダメージを与えるらしく、そのまま放っておくと視野が狭くなって最後には失明してしまうみたいです。でも、普段は痛みなどの症状が全く出ない病気なので私も眼科に行くまでは気付きませんでした」

「・・・そうか、で、どちらの目なんだ? それとも両目か? 今の所は視野とかは大丈夫なのか?」

「いえ、右目だけです。幸い私は正常な左目が利き目のようで、普段はほとんど左目で見ている感じなんですよ。それでももともと左目も視力は悪いんですが・・・。視野の方はこないだ眼科に行ったときに初めて受けてみました。やはり右目の左下の視界、つまり鼻の横の部分の見える箇所が少しですが欠けてきていました。左は正常です。今は眼圧を抑える目薬を何本もして様子を見ている状態です」

 全てを話した後、さすがに困ったような表情を見せる主任。そりゃそうだろう。明日からやっと少しは使い物になるって言うのに、いきなりこんな状況を話してくるなんて。そして俺はそのままうつむいている事しか出来なかった。

「・・・分かりました。でも、せっかくこの会社に入ってくれたのだから、我々としてもこのまま終わりにしてほしくは無いんだよ。この先の事についてみんなと相談してみるから」

「分かりました。ありがとうございます」

 全てを吐き出した時、俺の心は少し楽になっていた。ひとまずこのまま先輩と同行して助手席に座り、道を覚えるのは後回しにして集配の中身を覚える事に重視した。
 
 約束の最後の研修を終えた日の夜、主任に呼ばれる。

「西田君この前の件なんだけどね・・・」

 ついに来たか。やっぱりクビになるんだろうか。でも、もうその覚悟は出来ていた。

「会社のみんなと話し合ってみたよ。本来なら明日から一人で頑張ってもらうはずだったよね。でも今の西田君の目の状態だと、会社としてもそのまま仕事に就いてもらうのはちょっと厳しい。で、内勤も人は一杯だし、そう簡単に検査技師の仕事なんて出来ないと思うし」

『駄目か・・・』

 無職の2文字が頭に浮かんだ。

「だが、せっかく何かの縁で入社してもらったんだし、仕事もだんだん分かってきたと思うんで、今辞めてもらうのも会社としては惜しいんだ。だからみんなと相談した結果、外回りで他の仕事を用意してみたんだ」

『えっ!? クビは免れたのか?』

 思いもよらぬ主任の発言に驚きを隠せなかった。

「外回りと言っても車で走るのではなく、検体ボックスを持って、毎日電車で集配してもらうんだ。・・・行き先は千葉県」

『電車かぁ。なるほど、それならただ目的地まで乗っているだけだもんな』

 千葉なら東京から4〜50分くらいで着くはずだ。こんな仕事もあったんだなぁと、この時初めて知らされたよ。が、しかし、その後の主任の言葉を聞いてビックリである。俺が考えていた千葉は船橋や幕張メッセで有名な幕張、千葉市あたりの都内に近い千葉の事。しかし千葉県はでかい。地図を見れば分かるが、俺が住んでいる神奈川に比べたら、面積は2倍程あるだろうか。縦長に南の方は半島になっていて海に囲まれていて、千葉市から南の先端まで行けばかなりの時間がかかる事だろう。そっちの方なんて全く考えていなかったのだ。

「集配する医院さんは1日2件。小網(こあみ)っていう所知っているかな? あとは負浦(まけうら)っていう場所」

「は、はぁ、・・・何となく分かります」

 小網はまだしも、負浦は半島の南の方。冬でも比較的暖かいのと、やっぱり海の観光地っていうイメージがあるし、距離にして東京から150キロ近くはあると思う。

『そんな所へ毎日電車で行くのか? 毎日?』

「距離的に遠いし、時間の都合上、毎回特急電車に乗ってもらうんだ。今まで社員が交替で行っていたんだが、西田君の今の状況を見て専属でやってもらおうと思っているんだが。・・・どうかな?」

「・・・・・・」

 これって毎日出張に出ているって感じだよ。ど、どうしようか?

「ただし、やるには条件というか承諾してほしいことがあるんだが・・・」

「!?」

 主任は少し難しい顔をして資料を見ながら説明を開始した。

「まず・・・、お昼に出社して帰りはみんなと同じ時間だから、今までより拘束時間が短くなって給料が減ってしまう事。そして・・・、肝に命じていてほしいのが、このコースはいつ廃止になるか分からなくて一応まだ確定してないのだが、6月いっぱいまでで撤退するかも知れないんだ」

『何っ!? ・・・4ヶ月くらいしかないじゃん』

「ウチはこのコースを長いことやってきたんだけど、やはり距離的に遠いのがネックになっていてね。近々社長が交代することもあって、新しい体制になった時にこのコースが存続されるかは今の所分からないんだよ。お客様からは続けてほしいと言って頂いているんだけど・・・」

 んー、やはりこういった医療関係の検査会社といえど、ビジネスの世界なんだなぁと実感した。この時代、採算が少ないような事をいつまでも続けていくのは厳しいのだろう。出されたお茶を啜りながら社会について考えてしまう。

「どう? それでもやってもらえるかな?」

 ・・・・・・、もう俺の結論はすでに出ていたよ。

「私は・・・この会社にせっかく入社出来たのですし、こんなハプニングがあったせいで会社に迷惑をかけてしまったので、私に出来る事がある限りは最後までやろうと思っています」

 もう覚悟を決めていた。結局辞めたって眼の治療は続けていかなければならないし、これからどうなるか分からないし、だから他の仕事に就いても状況は変わらないと思う。それに毎日出張とはいえ、出かけるのは嫌いじゃないからね。

「そうか、やってもらえるか」

 主任は笑顔になった。

「はい!! よろしくお願いします!!」

 とにかく今は通院して治療しながら、最後までやっていかなければ。また社員の方と同行し、2日間の研修が始まった。

次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections