裁判
彼は絶大な権力を得て、この地球を自分の手に治めようと幾度となく戦争を繰り返していた。強力な兵器を使ってあらゆる土地を破壊し尽くし、やがて世界は彼の物になる。しかし人類滅亡とはいかなかったものの、地球へのダメージは大きかった。彼は後のことを考えずに世界征服の野望だけしか眼中になかったので、それは必死に、無茶苦茶に熱くなってしまっていたのだ。 そんな彼を裁く者はもう地球上にはいないが、しかし天には神がこの状況をはっきりと観察していた。この物語は神による神殿裁判所での彼の裁判からはじまる。
激しい戦争に打ち勝ち、権力を手に入れてうかれていた私は、突然何者かによってこのわけの分からない世界に連れて行かれた。必死に抵抗したのだが、世界を手に入れた私でもまったく歯が立たなかった。 奴等は奇妙なマントのようなものを頭から全身に被っていて、容姿が全く分からない。ただ、我々の世界の人間ではないということは抵抗してみて分かっていた。
「これからお前を神の神殿にて裁判にかける」
マントの奴等はそう言い放ち、なんと私を強引に担いで天へ昇っていくではないか。
「神殿で裁判だー?」
私はこの時はまだ、今のとんでもない状況が把握しきれてはいなかった。そして、これから起こることを・・・。 黄色く輝く光に向かってどこまでも空を昇っていくと、突然目の前に巨大な建物が。
「神の力によって裁きを受ける神殿裁判所だ」
マントで表情は分からないが、軽くニヤッと笑われた感じでそう言われた。
「て、天にこんな世界が存在するなんて、神の力・・・」
建物の中の法廷らしき部屋へ入ると、また別のマントを被った奴等が高いところに3人座っている。位置的にどうやら裁判官らしい。その後ろには美しい羽織を被った女性が祈りを奉げている巨大な肖像が飾ってある。
無理矢理被告席らしき椅子へ腰掛けさせられ、裁判が開廷。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、お前等はいったい何者なんだ、ここはどこだ!!」
私はそう言って立ち上がろうとした瞬間、体の自由が利かなくなってしまった。
「話だけは出来るようにしてやるからおとなしくしているんだ」
私がこんな状態のまま、いきなり裁判は始まる。
「重罪人よ、ようこそ神の世界へ。これからお前の犯した重い罪に対しての裁判を始めるわけだが・・・、なんで突然こんなところに連れて来られたのかは分かってはおるな?」
「さぁな、ともかく早く俺をこんな訳の分からん所から国に帰してくれ!!これからやることが山ほどあるんだぞ。神だかなんだか謳っているお前達のおままごとに付き合っているほど暇じゃないんだよ!!」
こんな屈辱的な言葉を掛けたにもかかわらず、マントの奴等は冷静沈着だった。
「お前はとんでもない罪を犯した。自分の利益の為だけに大地を破壊し、もう少しで地球を消滅させるところだった。長い長い年月をかけて作られた地球を・・・」
「だからこそ、神によるこの神殿裁判所に連れて来られたわけだ。お前は神の力によって裁きを受けなければならない」
はっきりいって私が犯した罪の重さは我々人間界でいう死刑にも値しないようだ。もちろん罪を犯したなんて意識はなく、多数の金と犠牲をかけて世界を手に入れたこの時の自分はそんな実感まるでなかった。
「我々の神は偉大である。人間が考えている常識をはるかに超えたことが可能になるのだ。被告人よ、死刑より重い刑なんてお前に想像できるか?」
死刑より、死ぬことより重い刑・・・いったい何のことやらか。 どちらにしろせっかく世界を手に入れたのに死刑になって死ぬのもごめんだな。神だかなんだか謳っている貴様等の思い通りにはなるまいと、心の中で密かに復讐を考えていた。 しばらくしてマントの奴等は法廷の後ろに飾ってある女性の肖像に向かって祈り始めたではないか。
「女神よ、あの重罪人の判決の御指示を・・・」
私はビックリ!!
「そんな女が神なのか?・・・ふっ、貴様等はやっぱりイカサマ野郎だな」
が、その瞬間肖像がピカッと凄まじく光出し、女のつぶっていた目が開きはじめたではないか。なんとも綺麗な瞳をした女性で、今度は口を開きだす。
「時空の刑に処すります」と、透明感のある透き通った声を放った。
そしてそれだけ発したあと、光は止んで元通りの肖像に戻ってしまい、私はぼーぜんとその光景を見ていることしか出来なかった。 祈りを終えたマントの裁判長が、
「判決は下りた。お前を今から時空刑に処する」
「じ、時空刑?」
「そうだ、今から約1億年前の地球に行き、そこから現代まで1億年間生きるんだ」
「・・・・・・」
「ほう、ずいぶん冷静にいられるな。まぁ1億年生きろといわれても人間界でそんなに長生きするものは存在しないから、あまりピンとこないだろうがな」
「そんなことできるわけがないだろう。だいいち俺はただの人間だ!!そのうち寿命が来るし、死のうと思えば自分で今この場ですぐに自殺できるんだ。はっきりいってそんな刑は意味がないな」
こんな意味がわからない刑なんて、私にはとてもじゃないが考えられない。
「ふっふっふっ、大丈夫だ。すべては神のお力のおかげ。さっきも申したが神に常識、非常識なことは存在せぬのだ。お前は必ず1億年生きなければならない。そして絶対に死ぬことなんてのもありえないし、許されぬこと」
「そしてお前にこの刑を与える意味だが、すべてはこれから実際に1億年生きるお前次第の話だ。私はお前のような重罪を犯した者にはとても素晴らしい刑だと確信しておる」
「ちなみに一億年生きるに当たって他にもいろいろな疑問が出てくるだろう。これから時空の間にて時空トンネルに送り込まれるわけだが、その中の世界は一億年として、我々の世界を一日と設定した。食わなくても飢えるほど腹は減らぬし、寿命は迎えることもない。分かったかな?」
はっきりいって私は今の状況を、長い戦いで疲労していた時に見た悪夢かと思った。だいたい一億年生きるのにいろんな都合が良すぎるんだよ。
「こ、こんな悪夢早く覚めてくれーー!!」
神殿での裁判は終了し、すぐに刑の執行へ。 これは本当に夢なんであろうか。
超時空の間。なにやらだだっ広く薄暗くて不気味な感じだ。 前方には大地が引き裂かれたように穴がぽっかりと大きく口を開け、穴の上には幅の狭い小さな橋のようなものが架かっているのだが、終点は穴の中央で行き止まり。その中央部分は橋から円形の土台のようなものに換わっていて、どうやら時空刑の執行者はここで立って刑を執行されるようだ。 穴は真っ暗で底が見えなく、所々にうにゃうにゃした時計の針が散らばっていて、いわゆるタイムトンネルになっている。まさに神の力でしか考えられない異次元空間なのだ。
しかし訳も分からずに、逮捕されたように神の世界に連れて来られて、裁判をしてあっという間に判決が決まってしまう。もちろんこちらには弁護士なんてものは居るわけがないし、拘留期間や控訴なんてのもまったくなく、ここではいきなり裁判で確定した刑を執行されてしまうわけだ。しかも人間の世界では考えられない、死刑より厳しい非常識的な刑を。 まったくどうなってんのか無茶苦茶である。 「時間だ、被告人を時空刑台へ」
2人のマント野郎が私の両腕を掴んで橋の先の中央の土台へと誘導し、そこへ1人で立つと再び体の自由が利かなくなってしまう。誘導した2人のマント達が穴の上から戻ると、中央の土台だけを残して橋が崩れ去っていき、私の立っている土台だけが時空の穴の上に宙に浮いている状態になった。 私はまだ27歳。この数値的には短い27年間でさえいろんなことがあった。人間の寿命なんて100年も生きれば大往生だが、それを100万回繰り返さなければ1億という数字には達しないので、まさに気の遠くなるようなはなしである。 「準備は整ったようだな。地球の歴史を自分で直に感じて、お前がどれだけひどいことをしてきたのかが分かることだろう。もう後戻りは出来ない。覚悟するのだ」
「く、くそーいったいなんなんだよー!!こんなことだったら死刑になって死んだほうがマシじゃないかー!!」
マントの裁判長は指を差し出した。
「チッチッチッ、お前に死刑などクソ甘すぎるのだ。ちなみに1億年前の世界のことについて教えてやろう。学生の頃に歴史の勉強で習ったとは思うが、もちろん人間はおろか哺乳類なんてものはまだ存在していない。大地は恐竜がうごめく爬虫類の世界なのだ。また自然災害も人類が未だかつて体験したことのない大規模なことが起こる」
「お前の仲間、人間が生まれてくるのは刑期も終わる頃だ。それだけ人間の歴史はまだ浅いってことよ。せいぜい凶暴な恐竜達としばらく仲良くすることだな。しばらくといってもお前にとってはとんでもない長さになるがな。だが、どんなことがあっても決してお前は死んだりは出来ないから安心しろ。それは実際に向こうで生活していれば自然に分かることだ」
「くっくっくっ、明日待っているぞ」
体が自由の利かない私は懸命に唸ったが、もうどうにもならなかった。
「時空刑!!執行!!」
裁判長の声と共に、女神のパワーが炸裂した。私が立っていた穴の宙に浮いている土台が端のほうから徐々に消えていくではないか。と、思った瞬間一気に土台は消え去り、私は時空の穴へとまっさかさまに落ちていったのだ。
「うぎゃーーーーーーーーーーー!!!」
こうして私は1億年前に送り込まれてしまったのだった。
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