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まほうの時間 作者:晶子

第2回   2
 私は電話の前で迷っていた。
 昨日は俊一朗さまとランチを食べてドライブして、とても楽しかった。
 信じられないくらい普通に話せてうれしかった。
 だけど、昨日の今日で電話をかけてもよいものだろうか・・・。
 連続だと、うっとおしがられて冷たくされるんじゃないだろうか・・・。
 私はいろんなことを思い悩んだ。
 どのくらい私は自問自答を繰り返して悩んでいただろう。
 私は思い切って、電話してみることにした。
「はい」
 その出方で相手がすぐに俊一朗さまだとわかる。
「もしもし、松嶋ですけど」
「うん、俺」
 親しげな応対に安心した。
「すみません、突然電話なんかして。昨日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「いえいえ、こちらこそ。俺もね、もうすぐしたら電話しようと思ってたの。ごめんね、そっちからかけさせちゃって」
「えっ、そんな・・・。でもよかった。私、電話するのすごく迷ったんです。昨日会ったばかりなのに、今日電話なんかしたらしつこいと思われて迷惑がられるかなって」
「何言ってんの。そんなこと思わなくていいの。付き合ってるんだから、あたりまえのことなんだよ」
 私はまたもや受話器を握りしめて心の中で感嘆した。
 ああ、なんてスゴイことを言われてるのだろう・・・、信じられなさすぎる・・・。
 私達は昨日のこととか、たわいのない話をした。
「そうだ、水曜日は花見に行こうか。ちょうど桜の季節だし、どっか穴場のところに夜桜を見に行こう」
「わっ!ホントですか?すごく行きたい!」
 昨日ドライブしながら、水曜日は仕事が早く終わる日だと話したことを覚えていてくれたのだ。
「写真撮ろうね」
「夜桜はお化けが出るよ」
「ウソだ〜」
「ホントだって、怖いんだよ〜」
 俊一朗さまはわざと怖い声を出して、私を驚かせた。
「じゃあ、やめます」
「冗談だけど。でも夜桜はなんかありそうだよね」
「なんだか私もそう思えてきました・・・。見に行くのも怖くなってきちゃった」
「大丈夫、俺がついてるから」
「そうでした。俊一朗さまがついていれば他に怖いものなんて何もないです」
「大げさだよ」
 そう言って、俊一朗さまは笑った。
「明日は俺から電話するからね」
 しばらくたわいのない話をしてから、切り際に俊一朗さまが言った。
「はい、じゃあ、待ってます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 電話を切った後、私の心はとてもおだやかで落ち着いていた。


 昨日は8時に俊一朗さまから電話がかかってきた。
「明日、松嶋が帰ってきたら電話して。そしたら迎えに行くから」と言われて電話を切った。
 今日は一日中ソワソワしながら仕事をしていた。
 7時に終わって、職場から「今終わりました」と電話を入れると、「30分で行くからね」と言われて、私は急いで家に帰って服を着替えた。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
 私はドキドキしながら車に乗り込んだ。
「穴場の夜景ってどこですか」
「近くだよ」
「近く?」
「そう、その辺ってカンジのところ」
「紫原の道路沿いの桜とか?」
「うーん、ちょっと違うけど、似たようなものかな。まぁ穴場というよりは近場というカンジ。着いたらなーんだここかってがっかりするかもね」
「まさか、そんなことは絶対にないです。俊一朗さまが連れてってくださるところなら、たとえ桜の木が1本しかなくても満足します」
「桜の木はたくさんあるし、多分キレイだとは思うよ」
 俊一朗さまはおかしそうにそう言った。
「ちょっと歩くけどいい?」
 俊一朗さまは市立病院の近くに車を止めて、私達は歩き出した。
「この辺、懐かしいんじゃないですか?」
「うん、懐かしいね」
 歩道橋の階段をゆっくり上りながら、二人で遠くの景色を見た。
 階段を下りて、甲突川が見えたところで、私はうれしくなって俊一朗さまを見た。
「もしかして穴場の夜桜ってここのこと?」
 俊一朗さまは笑ってうなづいた。
「ちょっと手抜き?」
「とんでもない。すっごく今幸せな気分です。すっかり忘れてたけど、この場所も私の夢のひとつだったんです」
 俊一朗さまは何のこと?というような顔をして私を見た。
「学生の頃はこの道を彼氏と歩くのが夢だったんです。学生の頃って車がないから、こういう道をぶらぶら歩いてデートするじゃないですか。卒業して車で遊ぶことを覚えていつのまにか忘れてたけど、この道私大好きだったんです。ここを俊一朗さまと歩けるなんて夢見たい。すっごく幸せ!」
 私は興奮して言った。
 俊一朗さまはニコニコしながら私の話を聞いている。
 2人で歩調を合わせて、時折立ち止まって桜を見上げて楽しくおしゃべりしながら川沿いのつきあたりまで歩いた。
「今度は土曜日に遊びに行こうか、どこか行きたいところある?」
「飲みに行きたい。居酒屋とショットバー」
「いいね」
「ホント?やったぁ」
「じゃあ、居酒屋は松嶋の担当、ショットバーは俺の担当で、行くところを決めておくこと。いい?」
「はい、わかりました」
 私たちは駐車場まで歩いて戻って、家まで送ってもらった。
「今日はありがとうございました。帰り気をつけてくださいね」
「いえいえ。じゃおやすみ。明日も電話するよ」
「はい、おやすみなさい」
 角を曲がって、見えなくなるまで俊一朗さまの車を見送った。



「どこに行くか決めた?」
 土曜日7時に俊一朗さまが迎えにきてくれて、車を走らせながらそう聞かれた。
「屋台村はどうですか?」
 私は自信がなくて少し小声でうかがうように言ってみた。
「いいんじゃない?」
 俊一朗さまが笑顔であっさりいいといってくれたので私は安心して、胸をホッとなでおろした。
 実は屋台村に決まるまでに、たくさんの店で悩んだ。
 おしゃれな洋風居酒屋にするか、和食の居酒屋にするか。
 おいいしいところでいえば、「コパンコパン」とか「鴨葱酒飯店」を思いついたけど、なんとなくおしゃれなところよりも、騒々しくて活気のあるところに行ってみたかった。
 人が大勢いて、その中で私と俊一朗さまと肩を並べて座ってビールを飲む。
 なんか粋がよくて楽しそうに思えた。
「何処に座る?」
「Hamayasu」
 私たちはオムレツの店のところに座った。
 たくさん食べて、たくさん飲んで、たくさんおしゃべりした。
「そろそろ2次会に行きましょう」
 私がそう言って、屋台村を出た。
 少し歩いて、天文館から少し離れた「BB13Bar」というところに着いた。
 おしゃれなショットバーで、私たちはカウンターに座った。
「久しぶりだね、元気してた?」
 マスターが俊一朗さまに話し掛けた。
「ここね、兄貴のよく来るお店なんだ」
 マスターに笑ってうなづきながら、私にそう説明してくれた。
「マスターこの子、俺の彼女」
「へぇ、そうなんだ」
 マスターは驚いたようにそう言った。
 私も驚いて、俊一朗さまを見た。
 俊一朗さまはおだやかな笑顔で私を見ている。
 私はとてもうれしかったけど、信じられない気持ちで一杯だった。
 一ヵ月間のお芝居のような私たちの関係を他人に普通に話してしまっていいのだろうか。
 その言葉を真に受けて、素直に喜んでいいのだろうか。
 私はあまりにもうれしくて有頂天になりそうな心を抑えるために、少し冗談っぽく切り返すことにした。
「前の彼女と違います?」
 いたずらっぽく上目づかいにマスターにそう言って、俊一朗さまを見ると、
「そんなこと言わないの」
 俊一朗さまは一瞬のうちに私の葛藤を悟ったかのようにコラというような目で私を見て、そして笑った。
 私も笑って2人でカクテルを注文した。
「俊一朗さま、明日も遊べますか?」
「もちろん、明日は高千穂牧場に行くんでしょ」
「えっ、ホントに?」
「こないだ言ってたじゃん。行きたいって」
「行きたいです、連れてってくれるんですか?うれしい!私、お弁当作ってきてもいいですか?」
「うん。楽しみだね」
「腕振るいますから、楽しみにしててくださいね」
「じゃあ明日は朝早く出発して、一日中遊ぼう」
 俊一朗さまはすこしだけ赤い顔をして子供みたいに笑って言った。


 日曜日、私は8時に起きた。
 俊一朗さまは10時に迎えに来ることになっている。
 私は悪戦苦闘してお弁当を作った。
 10時になって慌てて出かけると、車のなかで俊一朗さまが笑っていた。
「間に合った?」
「なんとか」
 俊一朗さまが家を出るときに電話がきて、その時私はあせっていて、準備がまだ出来ていなかった。
 時間遅らせようかと言われてとんでもないと断って、急いでようやく間に合った。
「髪の毛はねてるよ」
「えっ」
 私が慌てて手をやると、
「ウソウソ」
 笑いながらそう言った。
 今日は気持ちのいいくらい晴れの日だ。
 高千穂牧場に着いて、駐車場に車を止めて歩きながら、とても心がウキウキした。
 すぐにソフトクリームを買って、芝生の上に座って食べた。
 俊一朗さまが腹減ったと言って、お弁当も食べた。
 おいしいと言ってたくさん誉めてくれて、とてもうれしかった。
 そのあと、神話の里公園と、まほろばの里に寄って帰った。
「今度は土曜日ですね」
「うん、でもその前に、水曜日くらいにご飯食べに行こうか」
「ホント?やった〜」
「今度の土曜日はどこに行きたいの?」
「カラオケ」
 俊一朗さまはOKOKというように何度もうなづいて笑った。


 土曜日は少し早めに天文館で待ち合わせした。
 少し暗くなるまでアーケード街を歩き回って、いろんなところをブラブラとあてもなく見てまわった。
「ここ、昔よく来てたジーンズ屋さんですよね」
 ある一角の2階の窓を指差して私がそう言うと
「なんで知ってるの?」
 驚いたように俊一朗さまがそう言った。
「だって昔、ここに入っていくところ見たことあるもん。その時ね、俊一朗さまのこと離れたところからずっと追跡してたの。店員と仲良く話してるところも見てたんですよ」
「そんなことしてたの?」
「はい、いつも見かけたときは追っかけしてました」
「コワイ奴」
「うわっ、ひっど〜い」
 私がぶつ真似をすると、俊一朗さまはあははと笑いながら身をかわした。
「カラオケはどこに行く?」
「ビッグエコー」
 私たちは浮き足たってアーケード内の方のビッグエコーに行った。
「私、俊一朗さまに歌って欲しい曲がたくさんあるんですけど」
「何?」
「まず、長淵剛の歌でしょ、それから夜明けのブレスと、抱きしめたいと、いとしのエリーと離したくはない・・・」
「そんなにあるの?」
「長渕剛は私の昔からの夢だったんです。ずっと前、カラオケの18番はなんですかって聞いた時、俊一朗さまが長淵剛って言って、じゃあ、今度激愛歌ってくださいねって言ったら、激愛としょっぱい三日月の夜は練習中って言ったんですよ」
「俺、そんなこと言った?」
「うん、乾杯は歌えるって言ったよ。歌ってくださいね」
「いいよ」
「私にリクエストありますか?中山美穂?」
「なんで中山美穂なの?」
「だって昔、好きだって言ってましたよね」
「昔はね」
「今は違うんですか?」
「嫌いじゃないけど、昔ほど好きでもない」
「えっ、そうなんですか?」
「それに、それって一体何年前の話?」
「6年」
「それって、あきらかに時効じゃない?」
 俊一朗さまはあきれたように笑ってそう言った。
「そうだね・・・、俺からのリクエストは・・・」
 私が口を尖らせていると、笑いながら真剣に考えてくれた。
「うれしいたのしい大好きと、未来予想図と、雪のクリスマスと・・・」
 俊一朗さまはありったけの恋の歌をリクエストしてくれた。
 私はその選曲がとてもうれしかった。
 交代で歌いあって、その曲の歌詞をしみじみと聴いてとても幸せだった。
 涙がでそうになるくらい幸せな夜だった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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