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コケティッシュな微笑み 作者:晶子

第5回   5
 今私は、凌ちゃんのことがたまらなく好きで、余裕を失っていた。
 どうしようもなく好きで、いてもたってもいられない。
 会いたくて、会いたくて仕方ない。
 陰の女でいいなんて、そんな余裕なかった。
 命がけで愛したい、愛されたい、愛し合いたい・・・。
 昨夜、私たちは、凌ちゃんの先輩だという人と4人でドライブに行った。
 私が免許取りたてだと言うと、その先輩が「運転してみなよ」と言い、私の運転する車でのドライブだった。
 先輩は助手席で、後部座席では、凌ちゃんと由美子がコワイコワイと叫びながら抱き合っていた。
「何でそんなこと言うの〜。大丈夫だって〜」
 無邪気さを装いながら、私はバックミラーで凌ちゃんの姿を追っては、そんな2人の姿にため息をついた。
 その先輩は、私のことを少し気に入ってくれてたみたいで、彼氏はいるの?とか、休日は何してるの?とかいろいろ話し掛けられたけれども、私は凌ちゃんのことしか見えてなくて、ただただうっとおしかった。
 帰りは、先輩に送ってもらって、凌ちゃんと由美子はまた私の家に泊まることになった。
 2人に背を向けて眠っていると、背後で口づけを交わしている気配が感じられ、私は胸をギュッと掴まれるような思いにとらわれて、さっき起こった一瞬の幸せな出来事に悩まされて、眠れぬ夜を過ごした。
 布団を敷いて、さぁ寝ようという体勢になった時、由美子が思い出したように「あたし化粧落としてくる」と言って、洗面所に行った。
 ドアがバタンと閉まると、突然背後から凌ちゃんに抱しめられた。
「うわっ、びっくりした」
 心の準備もなく、とっさにそう言うと、
「冗談だよ、冗談」
 それっきり、凌ちゃんは私から離れてしまった。
 私が眠ったと思っているのか、それともお構いなしに自分の本能に従っているのか、大胆にも喘ぐように凌ちゃんの名前を呼びつづける由美子のささやき声を聞きながら、さっきの凌ちゃんの罪な行動がとてもせつなくて、たまらなかった。
 朝、私は学校に行かなくてはならなくて、1人早く起きた。
 2人はぐっすり眠っていて、私は学校に行くギリギリの時間まで凌ちゃんの寝顔を正座しながらボーッと見ていた。
 ジーンと胸が痛くて、寂しかった。
 授業中も、思い出すのは凌ちゃんのことばかり。
 凌ちゃんの腕の筋肉や、胸元のホクロ、まぶたの二重加減や鼻の高さ、爪の形、そして、由美子と抱き合って眠っていたあの姿を思い出してせつなくなってため息をついた。
 今頃、2人はまだ抱き合ってぐっすり眠っているのだろうか。
 考えるといてもたってもいられなくて胸が苦しかった。
 学校から帰ると、案の定2人はいなくて、少し期待していただけに、心にぽっかりあいた穴は大きくて、どうしようもなく寂しいと思う気持ちをどうすることも出来ず、薄暗い部屋の中でせつなさをもてあました。
 どうして私はこんなに凌ちゃんのことを好きになってしまったのだろう。
 会うたびに好きになって、そして、とてもとてもせつなくなってゆく・・・。
 この日の夜も2人は泊まりに来て、次の日も私は2人を残して学校に行って・・・。
 2人が何をしているのかと思うと、いてもたってもいられなくて、休み時間のたびに電話をして、2人の様子を確かめた。
 今日こそ凌ちゃんがまだいるかもしれないと思って急いで家に帰ると、凌ちゃんが1人でいて、テレビを見ていた。
 私はとてもうれしくて、せつなくて、言葉が出なかった。
 2人とも沈黙で、テレビの画面をボーっと見ていると、凌ちゃんがボソッとつぶやいた。
「俺、由美ちゃんに言われるんだ」
「なにを?」
「こないだ、あたしが帰った後、真由美とHしたんでしょうって」
 由美子にばれる事を怯えるような、私との行為を後悔しているような、そんな凌ちゃんの態度がとても悲しかった。
 しばらくして、由美子が帰ってきて、また泊まって、次の日の朝、由美子は学校前に家に帰ると言って、朝早く出て、凌ちゃんだけが残った。
 めずらしく、私たちのバタバタする物音に目を覚ました凌ちゃんは、ものすごく寝ぼけた顔で、目をこすりながら「腹減った」と言った。
 私が、パンを焼いて、コーヒーを入れると、凌ちゃんはあっというまに食べ終わって、また「眠て〜」と言って、布団に潜り込んだ。
 私は、そんな凌ちゃんの隣に座ってボーっとしていると、凌ちゃんに手を引っ張られて、布団に連れ込まれ、しばらく抱き合っていた。
 私が、心地良いぬくもりの幸福感に浸っていると、凌ちゃんの手が私の太腿に触れてきた。
「私、もうすぐ学校なんだけど」
「やろうよ、俺、たまってるんだ」
「じゃあ、私は、欲求不満のはけ口なの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど・・・」
「お互い気持ちいいからいいじゃん」
 そう言うと、凌ちゃんはさらに激しく愛撫しはじめた。
 私は、行為そのものが好きなのではなく、ただ抱き合っているだけでも満足なのに、その性欲の塊のような、私もそれを望んでいると決めつけるような凌ちゃんのセリフにはいささか傷ついたけれども、そのぬくもりを求めていたことは事実で、私は凌ちゃんの求めに応じた。
 しだいに2人の興奮も高まって、私は好きで好きでたまらなくて、凌ちゃんの首にしがみついて、いつも由美子がするように、夢中になって彼の名前を呼んだ。
 だけど、その時だった。
 私が、しまった・・・と思った瞬間は。
 凌ちゃんは、夢から覚めたみたいにピタッと動きを止めて、言った。
「俺のこと、好きにならないでね。俺には由美ちゃんがいるから・・・」
 客観的に見ると、なんて最低な男だろう。
 けれども、人からバカだと言われようが、なんと言われようが、一度動き出してしまった恋心は、冷めることはなく、ただ彼の言葉にショックを受け、激しく後悔するだけだった。
 そしてそのまま、この日を境にバッタリと2人は遊びに来なくなり、私たちは、疎遠になった。
 凌ちゃんにとって私とのことは、ほんのお遊びだったのだ。
 少しでも気に入ってくれていたわけでもなくて、ホントの欲求のはけ口。
 彼は、私の気持ちに気づいて、由美子との仲に怯え、私の前から姿を消した。
 今ならわかる・・・。
 あの時はもう少し、私も遊びだと思わせなければならなかったのだ。
 あなたが私の虜になるまで・・・。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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