「真由美、あたし」 電話を取ると、その声は由美子だった。 「うん、久しぶり、どうしたの?」 「どうしたのじゃないわよ〜。真由美、北岡君とつきあってるんだって?」 「えっ、誰に聞いたの?」 「北岡君よ」 「ああ・・・」 私は凌ちゃんからではなかったことに、ホッとした。 「なんでもっと早く教えてくれないのよ、水臭いじゃない」 あの日、北岡君とつきあおうと決めてから、一ヶ月くらいが過ぎていた。 「ごめん、ごめん、ついつい言いそびれちゃって」 「どうせ、付き合い始めなんだから、お互いのことに夢中で、あたし達に報告どころじゃなかったんでしょ」 あたしたち・・・。 由美子のセリフは、いつもいつも些細なことでも、私の心にひっかかる。 私はそんな、普通なら見逃してしまいそうな小さなことにとらわれて、胸が痛んだ。 「ま、それはそれでいいとして、北岡君にはもう言ってあるんだけど、今度の土曜日、2人を祝う会を開かない?4人で飲みに行こうよ」 「えーっ、いいよ。そんな祝うだなんて」 「いいじゃない、約束だったでしょう。真由美に彼氏が出来たら、4人でダブルデートしようって。ね、決まりね。北岡君にはもうOKもらってるんだから」 「凌ちゃんにも?」 「もちろんよ。じゃ、土曜日よ。よろしくね。忘れないでよ」 由美子は用件だけ言うと、私の返事も聞かずに電話を切った。 私は正直迷っていた。 凌ちゃんに会いたくないわけじゃない。 でも、こんな形では会いたくなかった。 凌ちゃん以外の人の彼氏として・・・、凌ちゃんに会いたくはなかった。 私はすぐに、北岡君に電話して、土曜日の話が本当なのか尋ねてみた。 「うん、俺もね、あまりにも由美子ちゃんが押し切るもんだから、ついうんって言っちゃったんだけど。別に祝ってくれる気持ちはうれしいし、断る理由もなかったんだけど・・・。何?真由美ちゃんは行きたくないの?」 「そんなことはないけど、なんだか照れ臭くって」 北岡君と話しながら、行きたくない理由を言えないことに気づいてしまった。 「それはあるよね。やめとく?」 「ううん、行くわ」 それと同時に、断る理由もないことに気づいた。 私は、諦めて、行く決心をした。 土曜日、私は途中で北岡君と待ち合わせて、いつものジェイムスに行った。 店に着くと、2人はもう来ていて、4人がけの丸テーブルに座っていた。 凌ちゃんは入口に背を向けていて、私たちを見つけた由美子がこっちこっちと大きく手を振った。 振り向いた凌ちゃんと目が合う。 あの日以来の、久しぶりの再会だった。 向き合って座っていた凌ちゃんに、由美子がこっちと言って、自分の隣になるように座らせ、私と凌ちゃんが向き合う形になった。 「久しぶり・・・」 凌ちゃんが、まぶしそうに目を細めて私を見て、小声でつぶやいた。 私は、軽く微笑んでうなづいた。 慈しむような、優しげな微笑みがせつなくて、心がザワザワと揺らいだ。 「じゃ、真由美と北岡君の交際を祝して、カンパーイ」 みんなの飲み物がそろうと、一人だけテンションの高い由美子が音頭をとった。 「でも、よかったね、真由美。私も凌ちゃんの友達と真由美が付き合って、こんなふうに遊べるかと思うと、すっごくうれしいの。これから先が楽しみね。ね、どっちから付き合おうってことになったの?北岡君は、真由美のどこが気に入った?」 由美子は一人ではしゃいでいて、私が引き気味になっているのを敏感に察したのか、それらの質問にはほとんど北岡君が答えてくれて、由美子の相手をしてくれた。 私は相槌を打ちながら、凌ちゃんが時折さみしそうに微笑むのを、目の端でとらえていた。 凌ちゃんはいつもよりおとなしかったけれども、穏やかながらも、北岡君の言葉には時々反応して、つっかかったりした。 実際、何も知らない北岡君は、由美子に聞かれるがままに、当り障りのない範囲で質問に答え、時にのろけ、冗談っぽくクサイセリフを言ったりして、由美子はその内容にいちいち反応して、キャーキャー騒いでいた。 北岡君の話を聞いていると、いかに私たちがうまくいっていて、いかに北岡君が私に夢中かということが感じられて、それを決定づけるかのように、北岡君は私にとても気を使ってくれて、とても優しかった。 「真由美ちゃんも何か頼めば?」 私のグラスが空になったのを見て、北岡君がそう言った。 「真由美ちゃん?おまえ、真由美ちゃんって呼んでんの?」 「そうだよ」 「なんか気持ちわりー」 「聞きなれてないからだろ。だってそう呼ぶしかないだろう。いきなりお前みたいに呼び捨てになんかできないよ」 「すりゃいいじゃん」 「そのうちね。もう少し仲良くなったら、自然にそうなるんじゃないの、ね」 北岡君が私に向って、相槌を求めた。 私は凌ちゃんの反応を気にしながら、とりあえず、笑ってうなづいた。 その時の、少し目を細めて、遠いものを見るように微笑んだ凌ちゃんの顔がとてもせつなくて、胸が痛んだ。
|
|