平日の夜、凌ちゃんがまたうちにやってきた。 北岡君のよさに惹かれ始めてはいても、私の魂は、凌ちゃんに惹かれてやまなくて、目の前にいるこの人を、心から愛しいと思わずにはいられなかった。 体中がこの人を求めて、体中から、好きという感情があふれ出して、北岡君という他の異性がいる分、2人を比べてしまって、その上で、この人しかいない、私にはこの人だ、愛してる愛してる愛してるという気持ちでいっぱいになった。 けれども、私の態度はいつになく冷静で、このまま力いっぱい抱しめたいという気持ちを必死に押さえるのに精一杯で、ビールを片手にソファーに座る凌ちゃんの横に少し肩をくっつけて、座るのがやっとだった。 「由美ちゃんから、真由美と北岡はうまくいってるって聞いたけど」 一気に飲み干したビールの缶をもてあそびながら、凌ちゃんは小さくつぶやいて、私はこの、夢見る2人だけの愛の世界から目が覚めて、由美ちゃんという響きと、北岡という響きに嫌な気持ちになって、体をこわばらせた。 「うまくいってるわけないじゃないの」 「でも、あれから、また会ったんだろう」 「そうよ、だって、断る理由なんてないもの」 「俺は、会ってほしくないって言ったのに」 こないだと同じだ。 私はとっさにそう思った。 それと同時に、こないだ北岡君に言われた、もっとわがままになってもいいんじゃないのという言葉を思い出した。 いっそのこと思いをぶつけてしまったら、少しは何かが変わる? 「凌ちゃん、私、もう昼間以外は凌ちゃんとは会わないことにする」 私は、うつむいたまま、小さくそうつぶやいていた。 そんな私を、凌ちゃんは驚いた目で見つめた。 「どうしたんだよ、真由美はそんなこと言う女じゃなかったじゃないか」 その言葉に、私の何かが反応した。 「勝手に私を、都合のいい女にしないでよ」 「そんなつもりで言ったんじゃないよ」 「いいこと教えてあげましょうか、女がこんなこと言い出すのは、新しい男が出来て、今の男と別れたいか、今の男に夢中になって、相手を独り占めしたいかのどっちかなのよ」 「真由美はどっちなんだ?」 「どっちだと思う?」 「男が出来たのか・・・、まさか、北岡・・・」 「それが都合がいいって言ってるの」 私は強い口調でそう言って、凌ちゃんをキッと見た。 「凌ちゃんは私のこと何にもわかってくれない。もう私は凌ちゃんを失ってもいい。これ以上自分の心に嘘はつきたくないの。これ以上クールにしていられないの。凌ちゃんが好きなのよ」 私は、叫ぶようにそう言って、凌ちゃんに背を向けて、唇を噛んだ。 もう終わりかもしれない・・・。 こんなに重い私を、凌ちゃんはまたうとましく思うかもしれない。 凌ちゃんの後悔している顔を見るのが怖くて、振り向くことができなかった。 振り向かなくても、凌ちゃんの困っている様子が、背中越しにわかる。 少し冷静になって、私はすでに後悔していた。 絶対に言うまいと思っていた自分の気持ちを、とうとう打ち明けてしまった。 由美子と凌ちゃんがつきあっているうちは、私に勝ち目はないと、あれほどわかっていたはずなのに。 何も言えなくなっている、凌ちゃんの沈黙がつらかった。 何も言わなくていい、今日はこのまま帰って、私を一人にして・・・そう言おうとしたその時、私は背後から、ふわりと抱しめられた。 「ありがとう、真由美・・・。真由美の本当の気持ちが聞けて、うれしいよ。俺はずっと真由美の気持ちがわからなくて、どうしていいかわからなかった。俺だけがどんどん好きになっていくような気がして、とてもつらかった。俺も真由美のことが好きだよ」 凌ちゃんの腕の力が強まって、痛いくらいに抱しめられた。 「俺は、ずっとこうやって、真由美と一緒にいたいくらい、真由美が好きだ」 「じゃあ、帰らないでって言ったら?」 「帰らないよ」 「ずっとそばにいて、私だけを見つめてって言ったら?」 「真由美だけを見るよ」 「嘘っ」 私は、思わず、凌ちゃんの腕を振りほどいた。 「真由美・・・?」 「じゃあ、由美子はどうするの?別れるの?」 「由美ちゃんは・・・」 凌ちゃんは、困ったようにつぶやいて、言葉をつまらせた。 「私は、由美子の次に愛されたって、全然うれしくなんかない。由美子の次に愛されるくらいなら、あなたの愛なんていらない。それくらい私は凌ちゃんのことが好きって言ったら?それでも凌ちゃんは私のことを好きだって言ってくれる?」 私の剣幕に驚いて、何も言えないでいる凌ちゃんが哀しかった。 やっぱり、私の愛のほうが重い。 「困らせてゴメン、驚いたでしょう。これが私のホントの気持ち。会った時からそうだったのよ。凌ちゃんも少しは気づいていたと思うけど。でも、私もはじめは遊びでもよかったの。由美子の次でも。でも、気が付いたら、とてつもなく好きになっちゃってた。不倫と同じよ。初めは束縛する気なんかなくても、一緒にいるうちに、自分が一番になりたくなるの。私も凌ちゃんの一番になりたかった」 凌ちゃんの、うつむいてじっと私の言うことを聞いている姿にそっとため息をついて言った。 「やっぱり、今日は帰って」 「真由美・・・」 「今日はこれ以上一緒にいられない。一人になって考えたい」 私は、凌ちゃんの胸を押した。 ためらうように後ずさりして、玄関へ向う。 私はその後についていって、凌ちゃんを見た。 「落ち着いたら連絡するかもしれないし、しないかもしれない。とりあえずはさようなら」 私がそう言うと、凌ちゃんは何か言いたそうに2、3度まばたきをして、そのまま帰って行った。 私はもう、どうにでもなれという投げやりな気持ちと、とうとう言ってしまったという後悔の念に悩まされて、しばらくボーッとしていたけれども、ハッとして、思い出したように北岡君に電話をかけていた。 「もしもし、北岡君?」 私の声にすぐ反応して、北岡君は明るい声で私の名を呼んだ。 「真由美ちゃん?驚いたよ、君から電話がくるなんて」 「うん・・・」 「どうしたの、元気ないね。何かあった?」 「今、あの人が来てたんだけど、売り言葉に買い言葉で思い切り好きだって言葉ぶつけたら、困った顔されちゃった。やっぱり私達の恋は私のうぬぼれでしかなかったのかな・・・」 私がつぶやくようにそう言うと、電話の向こうで、いたわるような軽いため息が聞こえた。 「男ってのは、突然の変化にとても弱いんだよ。きっと彼は、突然のことに驚いてるだけだよ。一人になってもう一度君の言ったことを思い出して、今頃自分の態度を後悔してるころだと思うよ」 北岡君の静かでおだやかな優しい声が、私の心を少し楽にしてくれた。 「ありがとう、だいぶ落ち着いた」 「そう、よかった。ま、元気だしてよ。ところで、今言うのもなんだけど、今週末飲みに行かない?パーッと憂さ晴らしでもしよっか」 「うん・・・」 北岡君の心遣いがうれしくて、あっさりOKしていた。 「じゃ、また連絡するから、真由美ちゃんも何かあったら、また電話して」 「うん、ありがとう。じゃまた。おやすみなさい」
|
|