タイミングよく、その週の週末に、北岡君から連絡がきて、私たちは、ジェイムスで会うことになった。 「何かあったの?」 2人のカクテルが揃って、一息ついたとき、さりげなく北岡君がそう言った。 「え?どうして?」 「今週は、やけにあっさり会ってくれたから、何かあったんじゃないのかと思って」 「さすが、鋭いのね」 私は、少しため息をついて、肩をすくめた。 「ちょっとあの人とケンカしちゃったの」 私は、こないだの内容をかいつまんで説明した。 「そっか・・・、たまにはわがままになってもいいんじゃないの?もっと言ってやればよかったのに。といってもできないか。君の場合は」 「そうなの、もっと言いたかったんだけど、どうしても言えなかったの。それを言ってしまったらおしまいのような気がして」 「勇気を出せとか、ああしたら、こうしたらとか言うのは簡単だけど、なかなかできるもんじゃないよね。自分がそうしようと思ってやったことなら後々の覚悟も出来てるわけだし、言い訳もできるけど、自分の意志とは別のことをして、それが相手の人に受け入れてもらえなかったら、それこそ大変な後悔だよね」 「そうなのよ。さすが、ナルホドと思うようなことを言ってくれるわね」 「ま、ね。でもこれじゃなんの解決にもならないけど」 「ううん、聞いてもらえただけでもすっきりした。ありがとう」 「いいえ、どういたしまして。でも、それにしても、君の彼氏がわからないよ。ずるいんだか、不器用なんだか。口先だけでも別れたとか、君が一番とか言ってみればいいのに。おっと、失礼」 「それが、男の心理?」 北岡君のわざとらしいい口調に、こみ上げる笑いをこらえながら、聞いてみた」 「俺の本音。もうひとつ付け加えるならば、君をこんな目にあわせたりなんかしない」 「うわ、キザ」 「やっぱり?」 「うん、サイアクー」 「ひどいなぁ」 私たちは、顔を見合わせてクスクス笑った。 「ま、でも俺はいつでも君を待っているから、そいつと別れたら、俺と付き合おう」 「はいはい、その時はよろしくお願いします」 私は、凌ちゃんに対する苦しい気持ちから解放されて、穏やかな気持ちになって笑っていた。 この人とつきあったらどうなるんだろう。 この人を好きになれたら、どんなにいいだろう。 この人と付き合ったら、幸せになれるのだろうか。 凌ちゃんを忘れて、この苦しみから解放される? でも、私にはわかっている。 この場でだけ、この苦しみから解放されても、私の心は必ず凌ちゃんに戻ってしまう。 私が求めているのは、凌ちゃんの愛情だけなのだから。 凌ちゃんの愛を得るために、私はこの北岡君を利用しているんじゃないかという気分になってきて、私は急に落ち込んできた。 「どうしたの」 急に黙り込んだ私に、北岡君は心配そうに尋ねた。 「ごめん、私、なんだか急にブルーになってきちゃった」 「なんで?」 「言ったら、北岡君に怒られるから、言わない」 「怒らないから、言っていいよ」 「言わない」 「その彼氏と俺と、ふたまたかけよっかなって考えてた?」 私は、その勘の鋭さに、驚くとくというよりも、おかしくなってぷっと吹きだした。 「近いけど、ハズレ」 「かけてもいいよ」 「えっ?」 「ふたまた」 「何言ってんの」 「俺だって、どうせ好きな人いるんだし、俺達とりあえず付き合ってみて、それでうまくいって、お互いが今の相手を忘れられたらいいんじゃない?」 私はなんと言ったらいいのかわからなくて、目の前のグラスをジッと見つめていた。 「それとも、そうまでして、忘れたくない?絶対に略奪したい?」 リャクダツシタイ・・・?穏やかな低い声が耳に響いて、胸がズキンとした。 「それは・・・」 何か言い返そうとする、声が震えた。 「ごめん、ごめん。ちょっと言いすぎた」 北岡君は、私の背中に手を回して、ポンポンと軽く叩くと、グイッと私の肩を抱き寄せた。 そのさりげない優しい仕草にドキンと胸が高鳴り、私の心を少しだけ揺さぶった。 「こんなに好きなのに、その人とうまくいかないからって、今現われた目の前の人を好きになろうとしている自分に戸惑うんでしょ」 抱き寄せられたまま、耳元で囁かれて、私はあまりにも心の的を得たことを言われて、驚いて北岡君を見た。 「俺もよくそう思うよ」 北岡君は少し伏し目がちにそう言って、ニヒルに微笑んで、 「同じ胸の痛み」 そう言って、親指を立てて、キザっぽくウインクした。
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