数日後、凌ちゃんから電話がかかってきた。 「真由美、由美ちゃんにまたあの話持ち出したの?」 「あの話って?」 「男紹介の件」 「ああ、うん。だってこないだ由美子から電話がきて、話すことないからその話で盛り上がっちゃった」 「まったく・・・、おかげで俺は来週末、かわいそうな友人一人調達するはめになったんだからな」 「えっ、本当に連れてくるの?」 「そうだよ、由美ちゃんに無理やり押し切られちゃったよ。どうして協力してあげないの、3人で遊んだ仲じゃない、冷たいのね凌ちゃんって、だって」 「あはは」 「あははじゃないよ、まったく。で、どうすんの?真由美は会うの?」 「もちろんよ。おもしろそうじゃないの」 「俺は会わせたくないけどね」 「仕方ないでしょ。せっかくの由美子の好意、無駄にできないもんねー。で、どこに行くの?」 「ドライブ」 「またぁ?それだけは勘弁して。もっと大人になろうよ。飲みに行こ。地下のバーでゆっくりグラスを傾けながら語り合おうよ」 そうして私たちは、来週の土曜日、4人で飲みに行くことになった。
当日、私はものすごくはりきってオシャレした。 凌ちゃんの友達に気に入られるために。 凌ちゃんに惚れ直させるために。 そして、由美子に負けないように・・・。 だけど、待ち合わせ場所に着いた時から、すでに私の心は沈んでいた。 どこで待ち合わせをしてきたのか、それとも凌ちゃんが迎えに行ったのか、向こうの方から肩を並べて歩いてくる2人と、待ち合わせ場所に手持ち無沙汰で立っている、知らない男の人。 「こんにちわ、はじめまして」 こんな他人行儀なあいさつを交わす私達と、全ての人たちを知っている、余裕のある仲のよい2人。 なぜこんなところに来てしまったのだろう。 私の心はすでに後悔し始めていた。 隠れてため息をついて、みんなの後ろから少し遅れ気味に歩いて、地下の「ジェイムズ」という名のショットバーに着いた。 凌ちゃんの連れてきた友達は、紹介にしてはめずらしく、まともな人だった。 例えば、こんな形で知り合わなければ、私は絶対につきあっていたはずと思えるような人だった。 だけど、こんなあやふやな2人より、長い年月を経て、落ち着いている2人の姿がまたもやとてもうらやましくて、私の心は沈んでいた。 カウンターに4人、1列に並んで座って、お互いのカップルが互いに向き合う形に少し体をずらして座っていて、当然、凌ちゃんは、私に軽く背を向けていた。 「本当に彼氏いないの?」 その人・・・、北岡君と言う人が、そう尋ねてきて、私は気持ちを引き戻されて、少し戸惑いながら頷いた。 「もしかして君、不倫してる?」 「えっ?」 「君って、不倫体質だよね。いろいろと思い悩むタイプでしょ。でもいろいろ考えてる割にはそれを表に出さないから、周りの人は気づかなくて、明るくて悩みなんかないと思っちゃうんだよね」 私は驚いて、彼の顔を見た。 「あ、気悪くした?ごめんごめん、初対面なのにこんなこと言っちゃって」 「スルドイのね」 私は、軽く首を振ってから、そう付け加えた。 「俺も彼女いないんだけど、俺の場合も訳ありで、女の人に夢中になれないの」 「なにか心に傷を抱えてるの?ナイーブなんだ」 「そう言うと、聞こえがいいけどね」 彼はそう言って、肩をすくめた。 私も無言で笑って、カクテルを半分くらい飲みほした。 「残念ながら、一瞬ドキッとしたけど、不倫はしてないわ。でも、それ以外のことは全部当たってるような気がする。でも、あなたモテるでしょう。私みたいな女は、あなたみたいに観察眼が鋭くて、自分のことわかってくれる人にコロッといっちゃうものなのよ」 「俺みたいな男も、君みたいな謎めいた女性には夢中になってしまうんだよ」 「俺の場合は、例外だけど・・・でしょ」 「君もね」 私達は、お互いに顔を見合わせて、クスリと笑った。
「そろそろ出ようか」 隣の2人に声をかけられて、私達はそこを出た。 「このあと2人で飲み直さない?」 北岡君が、私の横に立って、耳元でそう言った。 さっきのバーで、私は彼に、散々性格分析をされて、それが全て当たっていて、その中に 「君って誘えないタイプの女性だよね。何か頑ななものを持っていて、軽々しく何かをいえない雰囲気があるよね」 と言われたばかりだったので、思い出しながら 「私がOKするはずないと思いながら誘ってるの?」 そう言うと 「そ、ダメもとでぶつかってる」 北岡君は片目をつぶって、意味ありげに笑った。 私も笑いながら、少し離れたところにいる凌ちゃんを盗み見た。 「本当は行っても構わないんだけど、今夜はやめときます。次は絶対にお供しますので、気軽に声をかけてくださいね」 私がわざと丁寧にそう言うと 「わかりました」 彼もわざと神妙な顔をして、大袈裟にうなづいた。 「このあとどうする?」 凌ちゃんが私達のところに来て、そう言った。 「私は帰りま〜す」 私は手を上げて、少し酔ったふりをしてそう言った。 「え〜っ、真由美、もう帰っちゃうの?」 由美子が不満そうに、口を尖らせた。 「俺、送っていくよ」 北岡君が、そう言って、私の手を取った。 「北岡、お前、送り狼になるなよ」 凌ちゃんがそう言うと 「バーカ、なるわけないだろ。おまえじゃないんだから」 北岡君は、後ろを振り向いて、鼻に皺を寄せて、イーッとした。 「あ、北岡君、それどーいう意味?」 由美子が、ヒドイ人の彼氏に向って・・・と言いた気に口を尖らせて、北岡君を咎めた。 私はそれを見て落ち込んで、うつむいたまま「じゃね」と背を向けて歩き出した。 タクシー乗り場で見送ってくれた北岡君にお礼を言って、タクシーに乗り込んでから、私は深いため息をついて、目を閉じた。 こんなにも凌ちゃんを好きだと思う気持ちを、どこにぶつけたらいいのだろう。 こんなに愛しているのに・・・。 こんなに愛していても、こんなに凌ちゃんと親しくしていても、凌ちゃんは遠い。 私がどんなに格好良く振舞っていても、私がどんなに注目を浴びても、由美子にはかなわない。 それが悔しくて、悔しくて、切なくて、苦しくて、両腕をギュッと抱しめながら、唇を噛んで涙をこらえた。
部屋に着くと、私は真っ先に冷蔵庫に向った。 ドアを開けたまま、ビールを1本一気に飲んで、残りのビールを全部、テーブルの上に並べた。 凌ちゃんはあのあとどうしたのだろう。 由美子と2人、どこに行ったのだろう。 堂々と、夜の街を歩き、何を語り合っているのだろう。 そんなことを思い巡らせては、やりきれない気持ちになって、片っ端からビールのプルを引いて、一気に飲みほした。 私は、私と凌ちゃんの関係のもろさを思い知らされて、とても悔しかった。 普段どんなに凌ちゃんから甘い言葉を囁かれても、私には安心感というものがない。 彼女である由美子が目の前に現れると、全てが嘘になってゆく。 全てが彼女中心に動き出し、凌ちゃんまでもが、彼女の前で回り出す。 もしも今、凌ちゃんの前に私と由美子が立っていたら、迷わず彼は、由美子を選んで歩き出すだろう。 そういう関係なのだ、私たちは。 私は、勢いに任せて最後の一本を飲み終えると、次のお酒を求めてフラフラと立ちあがった。 その時、けたたましく玄関のチャイムが鳴り響いた。 フラフラする足取りでドアを開けると、慌てた様子の凌ちゃんが立っていた。 私が驚いて言葉を失っていると、凌ちゃんはホッとしたようにため息をついて、私に抱きついた。 酔ってバランスを失って倒れそうになる私の体をグッとつかまえて、凌ちゃんは私の髪に顔をうずめた。 「よかった、真由美、帰ってきてて」 凌ちゃんの心臓の鼓動が聞こえる。 「俺、北岡と真由美がどうにかなってると思うと、いてもたってもいられなくなって、由美ちゃんをすぐに送ってとんできた」 凌ちゃんの深い深い安堵のため息を聞きながら、私は全身の力が抜けていくのを感じた。 急に酔いが回って、スルスルと腕の中をすり抜けて、床の上に座り込んだ。 「真由美、どうしたの?こんなにお酒飲んで」 奥の部屋に散乱しているビールの空き缶を見て驚いて、私を抱き起こした。 「なんでもない、冷蔵庫の整理」 「何でもないって、いくらなんでも飲みすぎだよ」 「だって、酔わないんだもの。どのくらい飲んだら酔うのかと思って・・・」 私は自分の気持ちを悟られないように強がりを言った。 こんなに苦しい気持ちを凌ちゃんに気づかれたくなかった。 「今日はめずらしくほろ酔い気分だったから、もっと酔ってみようと思ったんだけど、ビールじゃ酔わないね。むきになって飲んでたら、こんなになっちゃった」 私はフラフラしながら、凌ちゃんにしなだれかかった。 「全く、真由美は・・・。俺なんかお前のこと考えて、ずっとイライラしてたんだぞ」 「なんで?」 わかってるくせに、うれしいくせにそれを隠して問いかける。 「なんでって・・・、真由美と北岡はずっと楽しそうにしてるし、一緒に帰っちゃうし、俺はどうしようかと思ったよ」 「やきもちやいてくれたの?」 「そうだよ」 私がからかうようにそう言うと、凌ちゃんはふくれっつらで、そう答えた。 「ね、どうして、北岡君を呼んだの?」 「あいつが一番女に興味なさそうだったから。でも、後悔してる。超やばいって思ったもん。あいつ、絶対真由美に惚れたよ」 「まさか」 「いや、絶対そうだ。真由美の魅力を計算に入れなかったのは、俺のミスだったね」 「あはは、私って、そんなにイイ女?」 「そ、だから、誰にも渡したくない」 そう言って、ギュッと抱しめられた。 自然と唇と唇が重なる。 酔っている私には、半分しびれたような自分の唇が、弾力をもって凌ちゃんの唇にあたるのを心地よく感じた。 「真由美はどうなの?あいつのこと気に入った?」 「少しね」 「ダメ、絶対に許さない」 凌ちゃんは、私の腰に回した手に力を入れた。 私は嬉しい気持ちを隠して、余裕ありげに微笑んで、彼にキスした。 「大丈夫、凌ちゃんの方が、もっと上」 その言葉で火がついたように、凌ちゃんは激しく私を求めた。 「真由美は誰にも渡さない。真由美は俺だけのもの。愛してる、愛してる、愛してる・・・」 私は、さっきまでの苦しい気持ちと、今の嬉しい気持ちの切り替えに戸惑いながら、複雑な思いで凌ちゃんの声を聞いていた。 その言葉を、素直に信じていいの? 本当に私のことを愛してくれてるの? でも、今はこれでいい・・・。 このままの関係でもいい・・・。 2人の仲を見せつけられて、諦めていたはずのあなたがここにいる。 それだけで幸せだと思おう。 私は凌ちゃんの腕の中に見を沈めて、そっと瞳を閉じた。
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