ピンポーン、チャイムが鳴った。 私はドアを開けて、息をのんだ。 さっき別れたはずの、凌ちゃんが立っていた。 「どうしたの?」 「今、由美ちゃんを送ってきたところ。帰りながらまた、真由美に会いたくなって戻ってきた。入っていいかな」 「どうぞ」 私は、信じられない気持ちでいっぱいだった。 3人で家路へ向う時、私は当然のように3人の中で一番先に降ろされた。 2人はつきあってるのだもの、仕方ないと、少しせつなくなりながら、自分を慰めながら車を降りて、2人を乗せて走り去る車を見つめていたばかりなのに・・・。 ああ、凌ちゃん、私のこのうれしさがわかる? 「あのあと、どこにも行かなかったの?」 「どこにもって、行くとこなんかないよ」 「ちょっとドライブするとか、泊まりに行くとか、いろいろあるでしょう」 私が冗談交じりに、皮肉っぽく言うと、 「行かないよ、行く気なんかこれっぽっちもなかったよ」 少し、ムッとしたように口を尖らせた。 「ほんとかしら」 「ホントだって、俺はね、真由美とずーっと一緒にいたかったの」 「ふーん」 「ふーんって、素直に喜べよ」 「うれしいわよ」 私は、嬉しさの動揺を悟られまいと、すぐに凌ちゃんに背を向けて、冷蔵庫に向った。 「ハイ、ビール。飲むでしょ」 ビールを渡して、ソファーに座って、2人同時にプルを引く。 「やっぱ、これって、落ち着くよ。すっげーいい気分」 凌ちゃんがとても上機嫌にそう言ったので、私はホントかしらというような目で凌ちゃんを上目使いに見て、意地悪げに笑ってみた。 「意地っ張りで、クールな真由美に乾杯」 「なにそれ」 私は思わず、吹き出した。 めずらしく、勘がいいんじゃない。 私は意味ありげに笑って、凌ちゃんを軽く肘でつついた。 「真由美、本当に、誰か紹介して欲しいの?」 凌ちゃんが思い出したようにそう言った。 「してほしいわよ」 「どうして?俺がいるのに?」 「あら、あなたは由美子の彼氏でしょう」 私は少し意地悪くそう言った。 凌ちゃんは、困ったような、怒ったような、少し淋しそうな複雑な表情をして、目を伏せた。 私は少し、言い過ぎたかなと思って、話題を変えた。 「凌ちゃん、気をつけないと、あんな親しげな態度じゃ由美子に変に思われるわよ」 今日のお昼の出来事だ。 私たちは久々に再会したという設定になっているにもかかわらず、凌ちゃんの私に対する親しげな態度は、実際とてもひやひやさせられるものだった。 「俺は、バレてもいいと思ってるよ」 凌ちゃんは、さっきの威勢で、気が大きくなっているのか、キッと顔を上げて、強い口調でそう言った。 「何言ってるのよ、私は困るわ。絶対に嫌よ」 私が驚いて、慌ててそう言うと 「どうして?俺の気持ちはこんなに真由美に向っているのに、どうして君はそんなにクールなの?」 真剣な瞳で、真っ直ぐに見つめられた。 「クールじゃないわよ。私の心の中は、あなたへの恋の炎でメラメラよ」 私は、凌ちゃんの強いまなざしに戸惑いながら、言葉をかわすように冗談っぽく切り返した。 凌ちゃんは、あきれたように軽くため息をつく。 私は、そんな凌ちゃんの態度がわからなくて、ドキドキしながら、もっとあおってみたくなった。 「私も、カモフラージュのために、彼氏でも作っちゃおうかなー」 「それは絶対にダメだよ」 「どうして?いいじゃない、別に」 「ダメ、真由美を他の男に渡すなんて、冗談じゃない」 「カモフラージュよ。由美子にばれないための」 「だめだ、絶対に許さない」 「どうしてよ、勝手な人ね、自分には彼女がいるくせに、私にはダメだなんて」 「真由美は、俺のこと好きじゃないの?」 「好きよ」 「だったらどうして、他の男の話なんか持ち出すんだよ」 「だって、あなたはズルイんだもの」 「どうズルイの?」 「言わなくちゃわかんないの?」 「ああ、わからないね、どーせ俺は鈍感な男ですから」 凌ちゃんの語気が荒くなった。 「どうして、凌ちゃんが怒るのよ」 「真由美が彼氏を作るなんて言うからだよ」 「じゃあ、私は彼氏を作っちゃいけないの?」 「ああ、だめだ」 「どうしてよ」 「真由美には、俺がいるじゃないか。なのにどうして、他の男と付き合う必要があるの?」 じゃあ、由美子と別れてよ。 私はこの言葉をぐっと飲み込んだ。 私か由美子か、どっちか一人にしてよ。 どっちかを選んでよ。 私は、心の中でそう叫んでいた。 こんなにも好きなのに、私は一人であなた一人を愛しているのに、あなたは愛を2分割にしている。 私は、あなたの全ての愛が欲しい。 私一人だけを愛して欲しい。 だけど、こんなことは愚かな女の言うことだと思って、黙っていた。 長い沈黙が流れる。 「ごめん」 凌ちゃんが先にそう言った。 「ごめん、俺って、勝手な男だよね」 「私こそ、ごめん。飲みなおそう」 私がビールを渡すと、凌ちゃんは軽くうなづいて、乾杯の仕草をした。 一気に半分くらいを飲み干して、凌ちゃんは少しうつむき加減にぽつりぽつりと語り出した。 「俺は勝手な男だけど、真由美のこと本当に好きだから。誰よりも大切に思っているから。愛しているから・・・」 私は横から凌ちゃんに抱きついた。 「私も凌ちゃんのこと好きよ。とても大切に思ってる。ものすごく愛してる」 「真由美・・・」 私はギュッと手を握りしめられた。 今は、このままでもいい。 こんなあやふやな関係でも、凌ちゃんがこう思ってくれるだけでいい。 私はそう心の中でつぶやいて、目を閉じた。
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