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コケティッシュな微笑み 作者:晶子

第14回   14
 昔、由美子がしてくれた話を思い出す。
 付き合っている人たちによくする、ありきたりな質問。
「ね、由美子は何て呼ばれてるの?」
「由美ちゃん」
「じゃ、由美子は彼のことなんて呼んでるの?」
「凌ちゃん」
 そう言ってから、由美子は次の言葉を続けた。
「ホントは凌ちゃん、ちゃん付けで呼ばれれるの嫌みたいで、凌人って呼べってずっと言われてたんだけど、私、凌ちゃんって言うほうが呼びやすくて、ずっとそう呼んでるの。凌ちゃんホントにその呼び方嫌みたいなんだけど、私がそれでも呼んでるから、諦めたみたい」
 愛されてる余裕。
 愛されているから通るわがまま。
 私はその時、どんなに由美子をうらやましいと思ったか。
 好きだから、名前の呼び方なんてどうでもいい。
 好きだから、どんな名前で呼ばれてもいい。
 愛されているから、こうしてくれよという彼氏の頼みをいとも簡単に拒否して、自分の思いをつき通す。
 愛されているから、自分の好きなように呼んで、彼は仕方ないなぁと笑って受け入れる。
 こんな些細なノロケ話にどれだけつらい思いをしたことか。
 そして、私のしたことは、嫌がってるらしい彼に向って、何も知らないという顔で、凌ちゃんと呼ぶことだった。
 わざとそう呼んで、彼に不愉快な思いをさせて、そうすることによって、彼の中へ私の存在を植え付けようとしていた。
 もちろん凌ちゃんは私に、ちゃん付けで呼ぶなとは言わなかったし、凌人と呼んでとも言わなかったけれども、それがどんなに淋しくて、もの悲しかったことか・・・。
 凌ちゃんと呼ぶたびに、由美子の話が私の頭の片隅にこびりついて離れなくて、凌ちゃんにとって私はただの、彼女の友達というどうにもならない関係にとてもつらい思いをしていた。
 凌ちゃんを、凌人と呼ぶこと。
 凌ちゃんを、凌人と呼べること。
 頭の片隅に押しやられていた凌ちゃんへの特別な感情が蘇って、彼との関係の展開の大きさにビックリしていた。
「呼んでくれる?」
 いたずらっぽく、訴えるような目で私を見て言う。
 そこには彼特有の冗談のような軽さが混じっていて、
「いいよ」
 私は心がスッと軽くなって、意味ありげにニヤッと笑いながら返事した。
 凌ちゃんも同じくニヤリと笑い返す。
 私たちは口に出さなくても、お互いの心を神経質に探り合って、相手の中の自分の存在を探り当てようとしていた。
もちろん、ある種の期待はしていたけれども、私は凌ちゃんの心は掴めなかったし、彼もまた、私の心の奥には辿り着けない。
 それゆえに、私たちは腫れ物にでも触るように、ゆっくりと相手の気持ちを手さぐりで捜し求め、突き放し、永遠に終わらないゲームのように密接していた。
 凌ちゃんの隣に座って、肩にもたれてみる。
 凌ちゃんは、すかさず私にキスをする。
 私に電流が走る。
 彼はそれに敏感に反応し、もっと濃厚な口づけを交わす。
 そして彼は、私の頬を両手で挟み、口づけをしたままゆっくりと私の体を押し倒した。
 私たちは、完全に心を開いていないから、お互いに相手に自分を売り込もうと必死に努力し、自分の最大限の魅力を相手に伝えようと必死になる。
 彼は彼の持つテクニックで私を魅了しようとしたし、私も私なりの最高の奉仕を彼のために駆使した。
 それは私達がひとつにならなくても、ただのキスや抱擁で十分感じることや与えることが出来た。
「今日泊まってく?」
「真由美さえよければ」
 私たちはベッドルームに行った。
「好きだ、真由美」
 首筋に体中に唇を這わせながら、狂ったように私を求め、囁く。
「私もよ・・・」
 こんな時私は、少し自分を押さえて、少し冷静な声で答える。
 その代わり、体は激しく反応し、凌ちゃんを力いっぱい抱しめる。
 彼は気づくかもしれないし、気づかないかもしれない。
 言葉の冷たさは嘘で、本当は狂おしいほど、あなたを愛しているということを。
 言葉の冷たさは本当で、私の激しさをただの性欲の強い女だと思っているかもしれない。
 でも、私にはどっちでもよかった。
 どっちにとっても、運命はなるようになるのだ。
 気づいて欲しい、気づいてあなたもこっちに来て欲しい、そんな思いが募る一方で、こうやって曖昧でもいいから、来るはずのないあなたをずっとつなぎとめておきたい。
 そのためになら、どんなに性欲の強い、ただのSEXフレンドだと思われてもよいと思っていた。
 どう取るかは、あなたの自由。
 どう取られても、私のこの幸福な一瞬に後悔はしない。
 あなたが今、ここにいさえすればいい。
 不確かな愛情でも、あなたが私のものに、私があなたのものになる。
 その瞬間が存在する、ただそれだけでいい。
 あなたがあなたの意思で、私を抱しめ、あなたなりの愛情を注いでくれる。
 それ以上に何を望むというの?
 この幸せな腕枕に、何以上の期待をのせるというのだろう・・・。
「ねぇ、凌ちゃん」
 彼の胸に顔をうずめながら、つぶやいてみた。
「凌人」
 すかさず彼が訂正する。
「どうして、凌人って、呼ばれたいの?」
「そっちの方がかっこいいから」
「そうかなぁ、凌ちゃんでもいいと思うけど」
「ダメ、俺も真由美を呼び捨てにしてるし、だから真由美も俺のこと呼び捨てにすれば、ちょうど釣り合いがとれていいんじゃない?」
「真由美と凌人、由美ちゃんと凌ちゃん?」
「そういうこと」
「くっだらなーい」
「悪かったね」
 私たちは笑いあった。
 私が凌ちゃんを、凌人と自然に呼べるようになるのはいつだろう。
「凌人、だぁいすき」
 私は冗談っぽくそう言って、凌ちゃんに抱きついた。
「俺もだよ」
 凌ちゃんも私を抱しめ、軽く頬にキスをする。
 そして、私たちの甘い快楽の夜がまた始まった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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