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コケティッシュな微笑み 作者:晶子

第13回   13
「真由美、俺だけど」
 電話を取ると、凌ちゃんの声がした。
「今から来てもいいかな?」
「え?今から?今どこにいるの?」
 突然のことにドキドキしながらそう尋ねると、凌ちゃんは職場からと言った。
「来てもいいけど・・・。あっ、何か食べた?」
「ううん、まだだけど」
「じゃあ、どこか行く?」
「いや、真由美の手料理が食べたいな。ダメ?」
「ダメじゃないけど・・・。だったら何か作って待ってる」
「やった、さんきゅ。じゃ、今からすぐに行くから」
 そう言って、電話は切れた。
 2週間ぶりの凌ちゃんからの電話だった。
 ここのところ私は、凌ちゃんに立ち向かう勇気をなくしていた。
 交流はあっても、どんどん自分の思いが高まっていって、どうしようもなくなっていた。
 凌ちゃんが少しだけ私のことに興味を持ち始めていることが感じられても、私の思いは凌ちゃんの倍以上のものすごいスピードで高まっていて、バランスがとれなくなっていた。
 昔の延長上で好きなのか、あの頃とは違った意味で好きなのか、わからなくなってきていた。
 けれども私は、とにかく凌ちゃんのことをたまらなく愛しいと思い始めていた。
 もしも私たちが付き合っていれば何ともない感情。
 もし私が凌ちゃんを誘って断られた時のことを思うと、私からはどうしても連絡することができなかった。
 私が連絡する時は、ある種のどんなたわいのないことでも、用件や言い訳が必要だったし、もしも断られたら、その時はきっとくだらない空想で思い悩むことが予想されていたからだ。
 ピンポーン、ドアのチャイムが鳴り、凌ちゃんがまた袋いっぱいのビールを掲げてやってきた。
「もうちょっとで出来るから、座ってて待ってて」
 私は台所に立ちながら、なんだかままごとをしているような気分になった。
 いつもいつも空想していたから、それが現実になってもいまひとつしっくりこなくて、不思議な気分になり、自分の行動の全てがお芝居のように思える。
「なんかいいよなぁ、こういうの」
 背後で凌ちゃんの声がした。
「え?なにが?」
「なんか俺、こういうの憧れだったんだ」
 1本目のビールを飲みながら、すでに赤い顔をしながらしみじみとつぶやく。
 私はその一言が妙にうれしくて、笑顔で答えながら、料理をテーブルに並べた。
 すぐに食べ始めた凌ちゃんは、間髪入れずにうまいうまいと繰り返し
「やっぱ真由美は料理うまいよなー」
 と言ってくれて、私はとてもうれしかった。
 凌ちゃんはあっというまに食べ終わって、またビールをたくさん飲んでおしゃべりになった。
「俺、由美ちゃんのことも好きだけど、真由美のことも好きだよ。これって勝手かなぁ」
 突然話の途中で、凌ちゃんが言った。
 私はビックリしたけど、平然を装って
「勝手よ、勝手だけど許してあげる。凌ちゃんのこと嫌いじゃないから」
 そう切り返した。
 冗談なのか本気なのかつかめなくて、とりあえず冗談っぽく余裕を見せて答えを返したけれども、心の奥で何かが反応して、凌ちゃんのこと好きだからとは言えなかった。
「じゃあさ、新しいことしてみない?」
 私の迷いには全然気づかないふうで、凌ちゃんは次の言葉を続けた。
「真由美はこれから、俺のことを凌人と呼ぶこと」
「え?なんで?」
「真由美のこと好きだから」
 なんのためらいもなくそう言う。
 酔っていたから、真剣なのかそうでないのかつかめなくて、とまどいながら
「あはは、私って特別になったの?」
 動揺を悟られまいと、冗談っぽく、いたずらっぽく言ってみた。
「そーいうこと」
 意味ありげにまっすぐ私の目を見て微笑む凌ちゃんの視線から思わず目をそらした。
 この時私は異常なほど興奮して、胸がドキドキ高鳴るのを押さえられずにいた。
 凌ちゃんが凌人と呼んでくれという、これは私の中ではとても重要なことのひとつだった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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