私たちはそれから、たびたび会うようになった。 私は自分の中で、3回連絡がくるまでは、私のほうから絶対に連絡はしないと決めていた。 3回連絡がくるまでに、1ヶ月とちょっとの期間がかかった。 約2週間というサイクルをめどに、凌ちゃんから 「久しぶり、元気?今日暇?」 とためらいがちに連絡が来て、私はものすごくうれしい気持ちを押さえて、さっぱりとあっさりと誘いに応じた。 3回目という数字を数えに数え、待ちに待って、私は受身の態勢をやめ、それからどんどん自分から連絡するようになった。
凌ちゃんの携帯を鳴らした。 あいにくの留守番電話にがっかりしながら何も言わずに切ると、しばらくしてから着信ありの私の番号を見て、電話がかかってきた。 「俺、どうした?」 お互い慣れ親しんだ関係であるかのように、凌ちゃんは私が受話器を取ると、名前を告げずに俺という。 私にはそれがとてもうれしい。 「仕事終わった?夕食まだだったらうちに食べに来ない?」 「あっ、行く行く。今、丁度終わって帰るところだったから、このままそっちに向うよ」 「ホント?だったら待ってる」 電話を切ると、私はドキドキしてきて、いてもたってもいられなくなってきた。 皿の並べ方や、調味料の配列にまで気を配り、立ったり座ったり、落ち着きなくウロウロソワソワしていると、チャイムが鳴った。 「こんばんわ。おじゃましま〜す」 凌ちゃんはそう言いながら入ってきて、袋一杯のビールを差し出した。 「うわっ、何それ。そんなにたくさん買ってきたの?」 「うん、真由美、飲むだろ」 「家じゃ飲まないよ」 「大丈夫、大丈夫。おっ、うまそ〜」 凌ちゃんはさっそくテーブルの前に座り込んだ。 「もう食べる?」 「うん、俺、腹ペコペコ」 私が箸を渡すと、いただきますと軽く手を合わせて、食べ始めた。 「うまい!うまいよこれ、いやぁうれしいなぁ。俺、女の人の手料理って初めてなんだよね」 凌ちゃんの喜んだ顔が嬉しい。 私は、返ってくる言葉に予想はついていたけれども、あえて知らないふりして聞いてみた。 「由美子だって、作ってくれるでしょ」 「由美ちゃん、全然料理出来ないんだよ」 「ホントに?でも少しくらいならできるんじゃない?」 「う〜ん、でも、まだ食べたことないなぁ」 「へぇ、知らなかった」 このことは本当に知らなかった。 私はそのことが妙に嬉しくて嬉しくて仕方なかった。 「じゃ、凌ちゃん、いつでも好きな時に、食べにおいでよ」 「うん、もう、毎日でもくるよ」 「あはは、ウソばっか」 「いや、ホントホント」 「じゃあ、毎晩食べに来て、用意しとくから」 「うん、よろしくね」 弾む会話のテンポにのせて、冗談っぽく本音を語る。 でも、凌ちゃんは全然気づかない。 凌ちゃんは、ビールに酔って、赤い顔をしながら、おしゃべりになる。 私はその屈託のない凌ちゃんにホッとしながら、少し寂しくなったり、嬉しくなったりした。 凌ちゃんと一緒にいながら、無邪気なフリをしながら、私はいろんなことを考える。 私といながら、どんな気持ちでくつろいでいるのだろう。 私は時間を気にしながら、あなたがいつ帰ると言い出すのだろうと、時間を忘れてくれているのだろうかと、退屈じゃないだろうかと不安になる。 あなたは私のことを少しでも好きでいてくれてここにいるの? 私は、あなたが好きで好きでたまらない。 あなたの声や笑顔が私だけに向けられているこの時間を失いたくない。 あなたに帰ってほしくない。 あなたとずっと一緒にいたい。 凌ちゃんに笑いかけている私は、別なところでものすごい情熱に溺れかけようとしていた。 うれしいはずの感情が、凌ちゃんを好きという、せつなくどうしようもなくもどかしい思いにすりかわって、何ともいえない苦しい感情が波のように押し寄せてくる。 好きよ、好きよ、好きよ・・・。 平常心を取り戻そうとすればするほど、感情はせつなさへと流れてゆく。 ここで好きと言って甘えられたら、どんなにいいだろう。 相手の気持ちなど考えずに、好きと言って抱しめられたら。 だけど、今の私には、それは出来ない。 凌ちゃんを失うのが怖い。 突然凌ちゃんの携帯が鳴った。 私は、ハッとして、現実に引き戻された。 凌ちゃんは、携帯を見て少し表情を硬くして、遠くを見た。 「出ないの?」 鳴りっぱなしのまま携帯をテーブルの上に置くので、そう聞くと、「いいんだ」と答えた。 「誰?」 私がわざとさっぱりとした口調で問い掛けると、少し迷ってから「由美ちゃん」と言った。 答えに少しだけ予想はついていた。 凌ちゃんは気にするふうでもなく、普通に話しだしだので、私もそのまま「いいの?」とも聞かずに話を続けた。 10分くらいして、また携帯が鳴った。 凌ちゃんが少し考え込むような顔をしたので、私が「由美子?」と聞くと「うん」とそっけなくうなづいた。 「出てみたら?すぐかけ直してくるってことは、急用じゃないの?」 「ん・・・」 考えるようにうなづいて、ためらいがちに電話を取った。 凌ちゃんはこそこそするふうでもなく、私の目の前で話し始めた。 「もしもし、俺。何?」 慣れあっているせいだろうか、凌ちゃんの声がぶっきらぼうに聞こえる。 話を聞かないように、他に気を紛らせるふりをしながら、嫉妬という思いに悩まされた。 「真由美、ごめん。急用が出来た」 「あ、うん」 なんだったの?とき聞きたい気持ちをグッとこらえる。 「由美ちゃんに頼まれてたことすっかり忘れてた。今から行かなきゃならないから、今日はもう帰るよ」 凌ちゃんは、少し急ぐふうで、そのまま立ち上がって玄関先へと向った。 「メシ、うまかったよ。サンキュ。また食わしてくれな」 靴を履き、振り向きざまにそう言って、ニコッと笑った。 その笑顔にドキッとしながら 「うん、いつでも食べに来て」 そう言うと、ドアに手をかけようとしていた凌ちゃんが思い出したように振り返って、私を見てニヤリと笑いながら、顎を突き出して、自分の頬を指差した。 私はわざとしょうがないなぁというようないたずらっぽい笑みを浮かべて、ほっぺに軽くチュッとキスした。 凌ちゃんはもう一度ニコッと笑うと「じゃ」と言って帰っていった。
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