いつもここに来ると思い出す・・・。 この辺に住んでるらしいあの人のこと。 一度だけ偶然に会ったことがあって、それ以来気にしないフリをしてても気にしてる自分がいる。 よく立ち読みしてるというコンビニの入口近くの本棚に自然と目がいく。 そんな偶然そうそうあるもんじゃないと思っていても、赤のフェアレディーZ・・・、駐車場に無意識に視線さまよわす。 男の人の集団・・・、ついついなにげないフリして・・・偶然が起こった。 若い男の子達の集団の後ろに、忘れかけていたあの人の顔、赤のフェアレディーZ。 私は思わず目を見開いて彼をジッと見た。 ああ、あなたは変わっていないね・・・。 ずっと会っていなくてぼんやりとした輪郭しか思い出せなくなっていたけど、あなたはあの時のまま・・・、そして私はあなたを忘れていない。 彼は私に気づかず、車のドアをバタンと閉めて、うつむいたまま煙草に火をつけた。 顔にかかる前髪を払いのけながら上を向いて煙を吐いて、そのまま真っ直ぐ私の立っている入口まで歩いてこようとして、そして私に気がついた。 少しだけ驚いた顔をして、それから少しとまどった表情をして、ほんの少し微笑を浮かべて軽く頭を下げた。 私もあまりの戸惑いにどんな顔をしていいのかわからず曖昧に微笑んで会釈する。 本当は喉から手が出るくらい、この再会を待ち望んでいたけれども、ただただどうしてこんな所で会ったんだろうって感情だけが伝わるように必死に自分の気持ちを隠した。 「お久しぶり、どうしたの、1人?」 「うん、暇つぶしに雑誌立ち読みに来たところ。俺んちこの辺だから」 知ってるわ。あなたがよくここに立ち読みに来ること。 ここはレジから離れてて、立ち読みしやすいんだってことも知ってる。 私の友達で、あなたの彼女である由美子に聞いてね。 「真由美は?」 ドキッとする。 変わってないね、その呼び方。 胸がギュウってしめつけられるよ。 私の胸のときめきはあの頃とちっとも変わってない。 「私は友達の家からの帰りだけど、おなかすいたから何か買って帰ろうと思って寄ったの」 よくありがちなウソ。 友達の家からは別な帰り道があったけど、万が一のカケをしに遠回りしてここに寄ったのよ。 「今日は由美子は一緒じゃないの?」 「違うよ」 「そうなんだ、めずらしいね」 さりげなく返事したフリして、実はものすごくホッとしてる。 いつも一緒だと思ってた由美子が傍にいないことがこんなにもうれしい。 「ねぇ、暇だったら、ドライブ連れてってよ。久々に会ったんだし、話でもしよっ」 私、男の人の誘い方上手くなったでしょう。 あなたのことずっと好きだったけど、いろいろ遊んだりもした。 そのうちに男の人に対する接し方なんかも自然に身についちゃって、いつのまにか、今度あなたに会うことがあったらこうしようってずっとずっと考えてた。 昔のままの君だったら、すぐにOKしてくれるはずだよね。 それともあなたは変わってしまった? 私は少し不安になりながら、それでも悪女風にコケティッシュにニッと笑って、もう一度「行こっ」と彼の腕をとった。 「いいよ」 彼は相変わらずの意味ありげな野性的な笑みを浮かべて、OKしてくれた。 「やったぁ」 私は、うれしい〜、ドライブだーって無邪気に喜んでるフリをして、車に乗り込んだ。 「ホントに久しぶりだね」 「そうだね」 「私、由美子とも全然連絡とってないんだけど、まだ続いてるの?」 「一応ね」 「そうなんだ、長いよね。もう2年以上でしょ?」 「そうだよ、長いよね」 「うんうん、確か付き合い始めの頃は、3人でよく遊んだよね」 「そうだね、あの頃俺達、真由美んちに入りびたってたもんね」 「そうそう、ホント懐かしいなぁ。あの頃の凌ちゃんたち、異常にラブラブだったけど、今でもそうなの?」 「う〜ん、2年も経つとそうでもないよ」 「そうかもね、マンネリしちゃってる?」 「そんな感じかな」 「でも、冷めてはいないんでしょ?」 「まぁね、でもお互いあんたがいるせいで遊べないとは言い合ってるけどね」 「昔は凌ちゃん、遊んでたじゃない。もうすっかり落ち着いちゃったの?」 「失礼な、遊んでなんかいませんよ。今じゃすっかり落ち着いてマス・・・」 「なんか矛盾してる」 「そう?」 「してるしてる。ね、凌ちゃん、浮気したくなったら私としようね」 「真由美とですか?」 「そうそう」 「しますか、俺もそろそろ由美ちゃんに飽きてきたしね」 「でしょ?マンネリ防止」 私は、冗談っぽく冗談っぽく切り出した。 心の奥底ではこれは本音だったけれども、絶対に悟られないように、あくまでも冗談のフリをして軽く接した。 軽い会話を交しながら、車は星のたくさん見えるだだっ広い港に着いた。 「うわぁ、懐かしい、凌ちゃんここ来たことあるよね?覚えてる?」 「覚えてるよ。あの時は確か俺の友達も一緒だったんだよね」 「そうそう、凌ちゃんに紹介してもらったんだけど、私気にいらなくて・・・」 「真由美は面食いだからねー」 「あは、どんなに紹介してもらってもダメで、みんなに理想下げろって怒られたっけ」 そう・・・、私は凌ちゃんが好きだったから、誰を紹介されてもいまいちのめりこめなかった。 凌ちゃんに紹介してもらった人と4人で遊んでても、凌ちゃんと由美子が仲良くしてるのを見るとうらやましくて、私の恋の理想はこの 2人にあるような気がして、紹介してくれたこの人じゃダメだと思って、私は楽しいフリしていつもため息ついてた。 知らなかったでしょう?私のこんな気持ち。 凌ちゃんは覚えているの?私たちが初めて会った日のこと。 あなたはあの頃とても遊び人で、私はそんなあなたがうれしかった。 だけど、あの時まだ純情だった私は、まだ男というものを知らなかった私は、ひとつ間違いを犯してしまったの。 あの時の私の立場ってのは、あなたのこと好きだって思わせちゃいけなかったんだよね。 そのせいで交流が途絶えてからの2年間、私はずっとずっとあなたにとらわれて生きてきて、ずっとずっと好きだと思ったままだった。 だからもし、やり直せるのなら、少しは成長した私があなたと接する時、あの時のような間違いを犯したりはしない。 そして、徐々にとりこにしてゆくの・・・。 狂おしいほど大好きなあなた・・・。 私はあなたを由美子から奪おうなんてことはこれっぽっちも思ってなんかいない。 ただただ、あなたの愛情を少し分けて欲しいだけ。 港で少しの沈黙のあとに私の髪に指を絡ませ口づけをしてきた昔とちっとも変わらない凌ちゃんに涙ぐみながら、私は2年前のことを思い出していた。
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