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探求同盟 −未来編− 桐夜輝の日常 作者:光夜

第8回   8
 翌日、僕は朝一で職員室へ向かった。大河内先生に会うためだ。
 「おはようございます」
 「ああ、おはよう。それで、初日はどうだったかな・・・・」
 「ええ、昼休みにちょっとした問題が、ご存知とは思いますが僕は城ヶ岬と敵対することになりました。それと、砂野君がいじめられていました。たぶん暴力も行われていると思います」
 「そんな・・・・」
 「落ち着いてください。砂野君は僕と友達になりましたので、僕が守ります。城ヶ岬は自分を教室内の統率者だと思い込んでますね。確かにバックに大物がいるんじゃ、教師陣も強くはいえないんでしょう?」
 「面目ない、まさにその通りなんだ・・・・。そうか、やはり城ヶ岬か、彼のバックは大きすぎてとても私の手では・・・・」
 「そうですね、大人のルールでは縛りが多すぎます。ですが、これは子供の問題でもあるので、子供が手に余るおもちゃを持ち続けているだけでもあるんです。その手から、おもちゃを取り上げてあげればいいんですよ」
 「・・・・出来るのかい」
 「やるんですよ。大丈夫です、後ろに頼ってばかりの狐の殺し方は、心得ていますから」
 「すまない」
 「いいえ、それじゃあ失礼します」
 僕は踵を返して職員室を出る。おっと、思い出したことがある。僕は先生にもう一度振り向いた。
 「教室に来たとき、アルコール臭くても気にしないでくださいね」
 「アルコール?どうしてだい?」
 「掃除のためですよ。油汚れには最適です」
 そういって、僕は一礼して職員室を出た。
 教室への廊下を歩く、いや、本当に気持ちのいい朝だよ。普通に入学したら、僕は本当にここで三年間を過ごすかもしれないね。そんな与太話を考えながら、一年生の廊下の置くまで移動する。そしてまたあの電化製品が動いている感覚、昨日と同じようにあの機械があった。ま、どうでもいいか。
 「おはよう」
 と、中へ入って挨拶をする。教室は、始業前の賑わいを見せ、クラスメイトたちは楽しそうに談笑していた。けれど、誰一人として僕を見るものはいない。ふと教室の奥に視線をやると、城ヶ岬が小さく笑っていた。
 なるほど、言うことを聞かないと無視するって言うことにしたわけだ。小さいね。さて、じゃあ無駄な行動はとらず席へつこう。自分の机を目の前にしてまた停止、本当にここが自分の席だろうかと思える光景があった。
 帰れ、死ね、出て行け、生きてる価値ない、バカ、アホ、色とりどり、太さ細さまちまちで、机の表面をそんな言葉で埋め尽くされていた。いやぁ、どこまで行ってもどこの学校でもやることは同じなんだと、笑ってしまいそうになる。
 「あー、まあ、そうだよね」
 僕は周囲を見渡すが、当然僕に視線を向けている人間はいない。うんうん、心で笑っているんだろうね、小さい人間たちだ。仕方がない、と僕はカバンを開けてタオルとボトルを取り出した。
 無水エタノール。一リットル八百円というお値段で、大抵の汚れはこれで落ちる。タオルに染み込ませて軽く机を二往復、三往復。あっという間に以前の表情を取り戻した。そのとき、再び教室の空気が揺らいだ。
 「ああ、おはよう砂野君」
 「あ、うん・・・・お、おはよう」
 遠慮がちな挨拶、教室の入り口からここまで来るまでにも周囲の状態に怯えながら砂野君はやってきた。
 「君も机を拭くといいよ。あの落書き、だいぶ前からでしょ?」
 彼の机を見れば、既に原色豊かに彩られていた。乾き具合から見て落とす手段が無く放置していたのだろう。
 「・・・・お酒臭い」
 「エタノールだよ。汚れはこれが良く落ちるんだ、潔癖症になったつもりでやってみれば」
 はい、とタオルを手渡すと砂野君はそれを受け取り自分の机を拭く。どれだけ乾いていてもエタノールはその汚れを綺麗に消し去った。
 「わぁ、すごいね、これ」
 これだけ見事にふき取れるとは思わなかった砂野君は、素直に感動していた。その笑顔はとてもいいものだった。
 「よしよし、いい笑顔だね。そうやって笑っているほうがいいよ、君だけじゃなくて他のみんなもね。無駄に腹の探りあいしたって無意味だよ。本気で殺しにこなきゃ、人は死なないんだからさ」
 「う、うん?まあ、そう、なのかな・・・・」
 砂野君からタオルを返してもらって僕は席に着くと、それに習って砂野君も自分の席に座った。というか、だね。
 「いまさらだけど、君って隣の席だったんだね。気づかなかった」
 「え、あ・・・・あははは」
 とりあえず朝はこのくらいかな、城ヶ岬が忌々しそうに睨んでいたのは気になったけれど、逆に僕は無視した。始業のチャイムが鳴り、先生がやってきた。
 「おはようございます、今日も一日がんばってください。・・・・ん?」
 と、教壇に立った先生は何かに気づいたの、一瞬だけ鼻をひくつかせた。まあ、無水エタノールを使ったから気化した匂いが漂っているのだろう。確かに、ちょっと匂うね。
 「先生ぇ、お酒臭いです」
 と、城ヶ岬の取り巻きが挙手して発言した。今度は、何をしようって言うんだ。
「桐夜君がさっき小さいボトルで何か飲んでました。もしかすると酒かもしれませんから調べてください。みんなも見たよな」
城ヶ岬が言った。すると、そこかしこからそうだそうだと城ヶ岬と口裏を合わせる発言が飛んでくる。
先生は困ったように僕を見るが、とりあえずジェスチャーでなんでもないと伝えた。
「ああ、掃除をしていたんだな。桐夜は掃除好きだと聞いていたし、まああまり勘違いされないようにな」
「はい、すみません」
先生はなんでもないようにアドリブを利かせてスルーしてくれた。城ヶ岬はそんな馬鹿なと声を殺して驚いていた。そしてまた忌々しそうに僕を睨んだ。
無駄だよ、君を更生させるための僕なんだから。そもそも、権力や財力という物量で挑むのは、正しく利用できる人間だけが成功を収められるんだ。豊臣秀吉のようにね、勢いと虚勢で勝てるのなら、世の中に理性は要らないよ。
 「それでは授業を始めます」
 そして『何事もなく』授業は開始された。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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