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探求同盟 −未来編− 桐夜輝の日常 作者:光夜

第34回   34
 「おはよー」
 陽気な声で、僕は教室に入って挨拶を振りまいた。当然返事はなし、でも変わりに教室内は騒然となった。僕はクラスメイト五人を引き連れて教室に入ってきたからだ。その光景は当然、教室でふんぞり返っていた城ヶ岬の目にも飛び込み、彼は苛立った顔をして僕を向かえた。
 「桐夜、てめぇ」
 「佐々木君、弱いね。暴力が大嫌いな僕だけど、しつこいのも嫌いなんだ。嫌いな暴力で大人しくさせたから、今は自分が嫌いだよ」
 「・・・・」
 僕の言葉に城ヶ岬は黙って観察する目を向けてきた。その後ろの奴ら、何だ。城ヶ岬は聞いてきた。
 「城ヶ岬君さ、一度まともに話してもらえないかな。なんだって君はこうやってクラスでのさばって王様ごっこをしているのさ。このクラスを支配したからって、学校全部を支配できるとは、到底思えないよ」
 「言うじゃねぇか。俺が不可能だってか」
 「不可能だよ。君にはこの狭いクラスですら心を許してる人間がいないんだ。そして今まで権力とお金と暴力で黙らせてる。君自身、なにも指し示していないし、支配する器も能力も無い。現に、僕の反撃なんて考えてなかったから佐々木君をよこしたんでしょ?今頃体育館の裏でフラフラしてるんじゃないかな」
 「だがヒトラーはそれで国を制した。俺だけじゃない、俺の親父もそれで多くの勝利を獲得した。俺のやり方は、何も間違っていない」
 城ヶ岬は立ち上がって僕に顔を近づけてきた。その形相は、気の弱い人間なら目をそらしてしまいそうな物だった。僕はため息をついた。
 「大人の場合と子供の場合でだいぶ支配の意味は違うし、そして君は間違いだらけ。それが証拠に、後ろの五人は君から離反するって。ほら、目に見える証拠でここにある。本当の指導者なら、こんなことにはならないよ。それとも、離反者は制裁して人数に数えないようにするかい?」
 「てめぇ・・・・」
 僕は五人に戻るように伝えた。肩身は狭いかもしれないけれど、戦うって言うのはこういうことを言うんだ。僕は城ヶ岬に今までいえなかったことを口にした。
 「僕ね、最初から思っていたんだけど、君の事は脅威ともなんとも思っていないんだ。親の七光りでふんぞり返ってるだけのお坊ちゃん、その程度の存在さ、今の君となんて友達にもなりたくないし、話をする価値もない。無視してもいいんだけれど、その分他の人がかわいそうだから、僕は仕方がなく君の相手をしてあげているんだ。子供の相手って言うのは、疲れるよ、本当にさ」
 くすり、と最後に笑って反応を待たずに席に戻った。周囲の冷え切った雰囲気はとても日常の物ではない。逆らうことも出来ない人間だとしても、それは罪ではないけれど、何もしないのも良くない。僕は点火剤程度になればそれでいい。
 「おはよー」
 と、そんな一触即発の空気の中に挨拶が飛び込んできた。真の声だ。今日は遅かったねぇ、とかそんなことを考えながら振り返って、僕も、周囲も再びざわついた。そこには真だけれど真じゃない人がいた。
 ショートの髪を分けるように髪留めをし、薄化粧を顔に施し、女生徒用の制服に身を包んだ人間が、砂野 真という女生徒の姿があった。
 「おはよう、輝君」
 「お、はよう・・・・。男装、止めたの?」
 正直、城ヶ岬のことなんて忘れてしまうほどの衝撃だった。僕は声を詰まらせながら聞いた。
 「うん、輝君ががんばっているのに自分だけ見てるのがなんだか申し訳なくて、せめて嘘ついてるのだけは止めようって思って、がんばってみたの。変、じゃないかな・・・?」
 恐る恐る、真は僕に聞いてきた。変?変って言葉が変さ、などと混乱した思考で僕は真を凝視した。すごく、いい。
 「男の子への憧れは、どうしたの?」
 「気持ちの問題だもの。ボクは結局、見た目に任せて誤魔化してたんだ、だからいつまでたっても変わらないから、自分と向き合わないと何も変えられないと思うの」
 それは、間違っていない。でも、これだけのことをするのにはかなりの勇気がいるはずなのに、真は無理―――――してるね。見れば、額からはうっすらと汗をかいてるし、ほんの僅かに肩も増えていた。そして、縋るような目つき。ああ、がんばってる、真は今までに無いほど、がんばっている。
 「そっか、自分から決めたのなら間違いじゃないよ。真は、がんばってる。うん、よく似合ってるよ、可愛い。やっぱり女の子はこうじゃないと」
 「あ、うん、ありがと・・・・」
 うつむいて、恥ずかしそうにする。すこし、落ち着いてくれたかな。
 「なに、砂野って女だったのかよ・・・・」
 「ありえねぇ」
 「でも、けっこう」
 「ばか、城ヶ岬に聞こえるっ」
 周囲はこの投下された爆弾に動揺を隠し切れなかった。唯一落ち着いているのは城ヶ岬だけだった。インパクトが強すぎて、周囲も僕らを無視するというしがらみがゆるくなってしまっているようだった。
 「授業はじめるぞー。ん、お、なんだ砂野、女子の格好に戻ったのか」
 教室に入ってきた先生が真の姿を見て感心したような顔をしていた。そうか、教師陣は個人のプロフィールを知ってる、真がそもそも女だって言うのは知られていたんだね。それならそれで、やりやすかった。
 「よーし授業を始めるぞー」
 とりあえずインパクトの面では僕らは一歩進んだのかもしれない。みんなが動揺する中で、それでも僕は確かに見てしまった。この動揺の中でも表情を変えず、いや、さらにもっと邪悪に瞳を濁らせ、僕とも真ともわからない方向を見据えている城ヶ岬の顔を。
 「なんだ、佐々木は遅刻か?」
 まだ来ていない佐々木を気にする先生、だがそのことについては、誰も触れることは無かった。




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Novel Editor by BS CGI Rental
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