みんなで夕飯を食べて午後九時。そろそろ帰らねばということで、僕は一臣さんと真と一緒に夜の道を歩いていた。 「なんか、俺は今日城ヶ岬について話すつもりだったのに、いつのまにか俺んとこの問題まで任せちまったな。悪い」 「ん?ああ、あれ?いいの、いいの。実を言うと父さんと母さん、最近派手な仕事かしてなかったから、調子が狂ってたんだよ。このあたりでこういう悪意が裏で動くような事件を相手にしたくなってるんだと思うよ」 「ご両親も、請負屋さんなの?」 と、夕飯前、改めて彼女と紹介されたことで一気に真っ赤になって気絶しかけた真がまだ頬が少し赤い顔で聞いてきた。気の弱さが目立つというよりも、遠慮がちなんだろうね真は。僕は思う、違う意味で真を虐めてみたい気持ちが生まれていたりする。というか可愛がりたい。 「請負屋じゃないよ、それは僕だけのカテゴリーだし。両親は、ちょっと別な名義で仕事をしてるんだ」 「濁すんだな、そこは」 「教えると、ちょっと引いちゃうからね。それに、あまり広めたくないんだよ。こういうのは秘密主義が基本だから」 両親の本当のことは言えない、でもいえないということだけははっきりといえる。二人をだますことはしたくないからいえることは言わないといけないんだもの。とはいえ、実は既に一つ嘘をついているんだけどね。 「そうなんだ。大変なんだね」 「そう見えるけど、結構楽しくやってるみたいだよ、着の身着のままだから。漫画に出てくる警察が贔屓にしてる探偵さん。って言えば、同じような物だから、そういうことにしておいて」 「ま、なんでもいいや。俺は俺で親父に話すよ。どうせ、親父にはもう話し行ってるかもしれないけどな。お前の両親、要領がよさそうだし」 「あはは、そうだね」 僕が笑い終わると待っていたかのように一臣さんが立ち止まった。そして分かれ道を指差した。 「んじゃ、俺はこっち。真の家までの道はもうチョイ向こうだ。ちゃんと送ってやれよな。彼氏君」 ぽん、と肩を叩いて笑顔で言う一臣さん。あれ、もしかして――――― 「うん、大切にする。だって、一臣さんが本当は」 「おっとまった。勘違いするなよ、輝。確かに、一度は俺が狙った女だ、そして幼馴染であることは今も変わりはしない。でもな、真はお前を選んだんだよ。それは俺が幼馴染だって自惚れてたこともあるが、真にアピール仕切れなかったこともあるんだ。俺に申し訳ないとか考えるな。輝、お前がするべきことは決まってるだろ」 言ってみろ、一臣さんは僕の心のうちをさらけ出すように促した。僕は、僕が信じてる言葉を口にした。 「城ヶ岬を、倒すこと」 「五十点だな。違うだろうが、城ヶ岬をぶち倒すのは前提だし、だがメインじゃない。城ヶ岬ぶったおして、真といちゃいちゃしろ、それがお前の今やるべきことだ」 「か、一臣君っ!?」 「はははは、じゃあな」 そういって手を振って、一臣さんは帰路へと別れてしまった。一臣さん、ちょっと引きずってるんだろうな。だって、好きだったなんて過去形にしても、好きだったことがあるならその気持ちは消えないんだ。割り切れても、思い出してしまう事だってあるだろう。 「さすが、年上だね」 僕は真を促して夜の道を歩き続けた。街灯が夜道を照らして、僕らを明かりと暗闇へ交互に誘い込む。しばらくすると分かれ道、ここで真とはお別れだった。 「ちょっと、不思議な気分」 立ち止まってまた明日といおうとしたら、真が口を開いた。なにが、と聞いてみると真は僕へ振り向いた。 「ついこの間会ったばかりで、出会いもそんなに綺麗じゃなかったけど、こうして一緒にいるのがなんだか、不思議」 「まあ、ドラマや漫画みたいに、綺麗な出会いなんて早々ないからね」 「でも、ボクはイヤじゃなかったよ。輝君にあえて、すごく驚いた。高校に入ってからは城ヶ岬君のいいようになってたから。だからっていうことはないんだけど、その・・・・」 ちら、ちら、となんだか言いにくい言葉を用意しているのか僕から視線が時折外れる真の姿。なんだい、と問いかけてみた。 「えっと、ね。ひ、一目惚れ、だったの・・・・輝君。だから、いつもは気落ちいしていた学校でも、なんだか楽しかった」 分かれ道は街灯から少し離れている。僕は残念だと思った。明かりの下なら真が真っ赤になってる様子が見れたのに。 「僕も、一目惚れだった。真が最初男だと思い込んでいたから、すごく微妙な気持ちだったけれど、今はすごく満たされてるよ」 「あ、ん・・・・」 そのまま躊躇無く真を引き寄せて唇を重ねた。抵抗は無かった、むしろ真も僕を求めるように腕を回してくる。こればかりは、暗がりでよかったかもしれないと思いつつも、真の唇の感触を感じ、そのまま下を滑り込ませて口腔内を味わう。真も負けじと僕の舌を絡めるように自分の舌を、遠慮がちにだが絡めてきた。 心地のいい甘さが脳を刺激する。そのまま数分間、気づけば本能の赴くまま獣のように僕らは口を絡めあっていた。それが五分くらいで終わったのは、疲れたからか、もっと味わうためにお預けをするためだったか、わからない。 「あ、ふ・・・・輝、君。好き」 「僕も、大好きだよ真」 真の顔をうずめるように抱き合って僕らはぬくもりを感じあった。それからま、五分くらいが過ぎた頃、真が顔を上げた。 「ボク、もう逃げないよ。輝君と一緒に、戦う」 「それは、心強いな。なら、僕は全力で君を守るよ。絶対に」 「うん、信じる」 そのまま自然と体は離れて距離をとる。 「じゃあ、また明日」 「うん、また明日」 分かれるときはとても簡単に、僕らは互いに背を向けてその日を終わらせた。父さんと母さんが襲われた。状況証拠だけでも城ヶ岬がけしかけたことは明白だ。大人の領域は父さんと母さんに任せるとして、僕は城ヶ岬本人と話しをしないと駄目だろう。明日は一臣さんもいない、真を守りながら動かないと。 「大丈夫、何とでもなるさ」 僕はやる気を震わせて大きく頷いた。 「何かわかったか?」 その頃、家では父さんが母さんの調子を確認していた。母さんはパソコンと携帯電話を操作しながら先ほど受け取ったカードを傍らいにおいて机に向かっていた。 「ええ、もちろん。ハルちゃんにも頼んでおいたから、情報は明日にでも結構集まると思うわ」 「・・・・そうか」 それを聞いて父さんは何ともなさそうに返事をした。 「それよりも、驚いたわね、あの子には」 「何の話だ?」 「あら、しらばくれちゃって。私とお父さんはこうして一緒にいられるけれど、そんな私たちから生まれたあの子は、一人ぼっちでいないか心配だったのは、お父さんもでしょ?お父さんには私がいたし、私にはお父さんがいた。でもそれは偶然の出会いだったから子供がそうなるなんてこと、ないと思っていた」 「だが、杞憂だったな」 「そうね。でも、やっぱり私たちの子供ではあるのよね」 母さんは手を止めて、くるりと椅子を回転させて父さんに振り返った。 「私たちとおなじで、普通の恋人に出会わないんだもの」 「・・・・ふん」 それは同意の返答だった。母さんはくすり、と笑うとパソコンに向き直る。そして仕事の話をし始めた。 「城ヶ岬グループって、以前から法律ギリギリの内容で手広く儲けてるのは、世間でも一般的だけど、自分たちに不利な情報は圧力をかけてるみたいね。『僕』が調べられるだけでもかなり危ない橋を渡ってるよ」 「・・・・その口癖、まだ治らないのか?」 父さんは母さんが仕事のときに口にする一人称を指摘した。母さんがくすり、と笑って首だけで振り返った。 「治して欲しいの?お父さんとの思い出を過ごした証でもあるんだけど」 「勝手にしろ。本当に、お前は・・・・」 母さんはそれを確認すると、すっと立ち上がって父さんのところへ移動した。んー、と父さんを観察するとにこりと笑う。 「仕方がない。お父さん、みんなの手前だったから遠慮してたんでしょ。好きなようにしていいよ、昨日は大人しいお父さんだったけれど、今日は彼が相手してくれるのかしら?」 「輝が戻ってからのほうがいいんじゃないのか?」 冷静に父さんは口にする。でも母さんは意地悪そうな目で父さんに迫った。 「我慢、出来ないんじゃない?なんだったら、事務所に移動する?」 「・・・・」 父さんはその言葉に目を細めて口元をゆがめた。そして、普段とは違う口調で言葉を発した。 「遠慮、しねぇからな」 「うふふ、久しぶりねあなたが出てくるのも。それじゃあ、行きましょうか」 くくく、とのどで笑って父さんは母さんの肩を抱いて部屋を出て行った。そのあとの二人は知らない。僕が家に戻っても二人の姿は無かったけれど、朝食の時には普通にいたのは事実なんだけれど。親だけども、まだまだ僕が教えられていないことが沢山あるらしい。
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