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探求同盟 −未来編− 桐夜輝の日常 作者:光夜

第27回   27
 「よし、今日は肉じゃが〜」
 夕暮れの繁華街、着物の男とおなじように一人の主婦が買い物袋片手に陽気に歩いていた。少なくとも、先ほどの着物の男のように身のこなしが良いわけでもなく、人を寄せ付けがたい雰囲気も無い、なにより、どこからどう見ても若い主婦にしか見えなかった。
 だから、後ろから数人が尾行してきてることにも、気づくことは無い。
 「結界を張れ」
 「はっ」
 一人が小声で指示を出すと同行していた二人が頷き、早足でその主婦の前を通過し、上空から見れば男三人三角の頂点となり、その主婦を囲うように同じ速度で歩いていた。
 「ん、あれ?」
そして数十歩、繁華街を歩く中で主婦は気づいた。これだけ人がいながら、自分の周りを人が通過しない、まるで何かの形に添うように歩いている。そう、例えば前方を歩く二人組みの外側から内側へ入りながら通り過ぎていく。自分の左右はひとり分ずつ、人が通っていない。
そしてようやく、立ち止まった。
「んー、もしかして、尾行されてた?」
「ようやく気づいたか、奥さん」
くぐもった声が投げかけられ、主婦は振り向いた。そこには、カラスと同じ黒いサングラスに黒い服で身を包んだ男が一人、そして今では後ろになってしまった二人も同じ格好をしていた。
 「普通の人、ですよね?あれ、なんで結界なんか作れるのかしら?」
 「―――――」
 結界を見破られた、ばかな。と男は少しばかり目を見開いた。この男はカラスが口にしていた相棒のコンドル。カラスと同じ、戦闘のエキスパートエージェント。だが疑問には思っていた。いくら自分が人妻好きだからといって、普通の人妻相手に借り出されるというのはつまり、この人妻が普通とは少し違うということだかららしい。
 「結界・・・・というよりも、人の視覚の隙を利用しているって感じかしら?でも慣れてるわね、周囲の音が電車の音くらいしか聞こえないって言うことは、私が周囲に気づいてもらうには拳銃を発砲させないと無理ね。それに、範囲も広い。これが最大とは思えないな」
 と、主婦は見事にこの三人が作り出した結界といわれるものを分析し始めた。そしてコンドルは顔には出していないが、まさにそのとおりだった。これは、主婦が言うとおりの原理と原則で作られている。
 「きさま、まさか格闘も出来るのか?」
 「まさか、ただの主婦ですよ。人を殴ったこともないんだから、自慢じゃないけど」
 「確かに、自慢じゃないな、それは」
 と、コンドルが淡白に言い返すと、主婦はむっとなり口を開いた。
 「自慢じゃないって言うのは謙遜で、本当は自慢なんだからね。人を殴ったことが無いんだよ。それは周囲の人間と巧くいっていた証拠だし、なによりも平和であることの証なんだから。一人が平和であるならそれを波紋的に広げれば世界が平和になるのよ。これが自慢じゃなくてなんだって言うんですか」
 「口が達者な女だ。気に入った、ひいひい言わせて俺なしじゃいられなくしてやる」
 「なんですか、それ」
 コンドルはいやらしく舌なめずりをするとじり、と近づいてきた。後ろの二人もそれにあわせて結界を小さくさせるように近づいてきた。こうして近づいて、気絶させて運ぶそうすれば大衆の面前でも誘拐が可能になる。なるのだが、着物の男―――――主婦の夫が呟いていたとおり、この主婦には開運が付いている。それも、強力な。
 「あれ、アッキーじゃないの?」
 「え?あ、ハルちゃん。久しぶりー」
 結界の中に主婦はいる、コンドルの言うとおりならば外からこの光景は無視されてるはずなのに、結界の中に外から別な人間が声をかけてきたのだ。その人物は赤茶けたロングヘアーを振って嬉しそうに笑顔で主婦のところへと寄ってきたのだ。
 「んなっ!?」
 「どうしたのこんなところで」
 「うん、夕飯の買い物。元気だった?」
 と、コンドルたち三人を無視して二人は世間話を始めたのだ。なんだ、この緊張感の無さは・・・・。
 「へー。お、この中身は肉じゃがと見た」
 「正解、いい洞察力だね。相変わらず」
 「当然。ウチのだんなにみっちりしごかれたからね、仕事も順調だし。ウチも肉じゃがにしようかな〜」
 わいわい、きゃあきゃあ、と本当に街中の世間話がそこでは繰り広げられていた。そして完全に自分たちは無視されているのだ。その事実が、コンドルの冷静さを欠いた。結果として―――――
 「きさまら、いい加減にしろおおおおおおおおお!」
 と、叫んでしまった。その大声は、電車の音に届かなくとも、周囲を通り過ぎる人間に多少の違和感を与えるには十分な音量だった。周囲の人間たちは何か聞こえなかったかと、口々に首をかしげながらも、結界の中には気づかず通り過ぎていた。
 「び、びっくりしたー」
 「もう、なによあんたら?こっちは話してるって言うのに!」
 「ふざけるな、ふざけるな!人を無視しやがって、丁重に連れて行こうと思ったがプラン変更だ!ちょっと痛い目にあわせて二人とも昏倒さ、せ―――――けひっ?」
 叫びあげて、さあ攻撃だというとき、コンドルは唐突に息苦しさを感じた。のどに手をやるが、何もない、首には何もない。だが知っている、コンドルはこの感覚を。これは、首を絞められて脳が酸欠になり気絶しかけている感覚だ。それが証拠に、自分の視界はかすんできている。風景が二重になったり三重になったり、戻ったり。そしてそれは自分だけではなく、向こうで立っていた二人もそうだった。苦しそうに、不可思議そうに、首の周りを苦しさに耐えながら調べている。
 「まったく。アッキーなんなのこいつら?」
 「あ、そうだった。なんかしらないけれど、悪の秘密結社のエージェントに囲まれてたんだ。なんか結界が張られちゃって助けが呼べなくて」
 「結界ぃ〜?この程度の囲いがぁ?ばっかみたい、ただの子供だましじゃないの」
 ハルちゃんと、主婦に呼ばれた女性は呆れた声で言い放った。そう、この不可思議な苦しみはこの人物が原因だった。ぼう、とハルという人物の瞳が人魂のように光が浮かび上がっていた。それは夕闇に染まりかけている風景と重なり、神秘的な光となってコンドルの瞳に焼きついた。
 「ま、まさか、まじゅ―――――け、はっ」
 最後まで言葉を口にすることもなく、コンドルは膝をつき、その眼球がぐるんと回転し白目となったとき、ばたんと路上に倒れた。他の二人も後追うように倒れ続けた。
 「きゃあああああああ!ひ、人が倒れてる!」
 「うを、まじかよ!?救急車、救急車ああああああ!」
 と、結界がなくなった今周囲の視線は内側に向けられ、そして騒ぎが起こった。
 「いきましょ。後は他の人が何とかしてくれるわよ」
 「そうだね。それにしてもまた腕あがったね。今のってあれでしょ、血中の酸素濃度を下げて落としたんだよね?」
 「そんなもんね。まあ本人たちは見えない相手にくびしめを食らったとしか思えてなかったでしょうけど」
 余裕綽々と、そんなふうに主婦二人は喧騒の仲を歩く。格闘の最優秀エージェント二人のグループが、いち民間人の夫婦によって倒された。これは、後にも先にも語られることの無い日常の一こまである。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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