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探求同盟 −未来編− 桐夜輝の日常 作者:光夜

第26回   26
 輝、一臣、真が公園でことの重大性を理解していたとき、この町の二ヶ所である出来事が起こっていた。
 からん、からん、と夕方の繁華街に下駄の音が響く。軽装の着物に身を包み、腕組みをしてその道を歩く一人の男がいた。背筋を伸ばし、まるで崩れることのない姿勢。ここは繁華街だというのにまるで江戸の城下町を思わせるほどに、男の身のこなしは素人のそれではなかった。
 明らかに周囲の人間たちと異なる服装だが、そんなことなど気にさせなくなるほどに男の身のこなしは完璧であり、それは通り過ぎる周囲の人間たちが感嘆する声が証明していた。
 ある者は感嘆の声を漏らし、ある者はうっとりとした視線を向け、ある者は道をゆずるなど、男はただただ歩くだけだった。そして、その足取りは徐々に人ごみから離れていく。からん、からん、と始めは車の音や町の喧騒にかき消されていた下駄の音が、徐々に目立つようになり、最後は下駄の音が静寂を支配していた。からん、からん、と人も見かけなくなった静かな住宅街、家路に向かうのか、だがその割には足取りが不自然に見えなくも無かった。
 そして、立ち止まる。まるでそれを待っていたかのように、後ろから声が響いてきた。
 「桐夜 輝君のお父様で、間違いありませんか?」
 「・・・・そうだが、誰だ」
 半身だけ振り返り後方を確認する。そこには夕暮れに紛れるように、だが紛れることも出来そうにないほどの黒い服に身を包んだ男が三人。振り返ったときの三人の立ち位置は手前に二人並んでおり、その二人が後ろの一人を守るようにしている。
サングラスに顔をつつみ、はっきりとした人相は知れない。三人とも似ていると思えるが、男は少なくとも声をかけてきたのは一番後ろの男だと確信していた。その声は、城ヶ岬の父親に呼ばれた男―――――カラスと同じ声だった。
自分と男との距離、そして聞こえてきた音の大きさと震動から、判断したが、決定的なのは勘だった。
 「通りすがりの通り魔ですよ。とりあえず、下半身不随で、いいですか?」
 と、一方的にいかれた言葉を口にして、笑いと共にナイフを取り出す。やはり、声をかけてきたのは一番後ろの男だった。と、頭の中で結論付けたとき、すでに着物の男から向かって左の男が右手に構えていたナイフは柄のところから切り落とされていた。サングラスの男の手を切り付けないギリギリのところで。
 ナイフが柄から勝手に切れることは無い。それが証拠に、サングラスの男の足元に着物の男はかがんでいたのだ。そして着物の男は最初にいたところには、当然いない。だが度やって斬ったのだろうか、見たところ着物の男は丸腰、刃物すら持っていない感じだ。
 それよりも、サングラスの男たちはそれに気づいたのもナイフが落ちた音を聞いてからだった。
 「は?」
 「え?」
 「お?」
 ナイフを落とされた男は、自分のナイフだった物を見ると顔を見る見るうちに青ざめさせて、着物の男が立ち上がったのを確認すると、完全に血の気が無かった。
 「ば、ばかなっ」
 一歩引いて、新たなナイフを取り出そうとしたとき、視線をそらした。その男の意識はそこまでだった。続きの光景は他の二人が見ていた。男がナイフを取ろうと視線をそらした瞬間、一歩引いて距離があったはずなのに、着物の男は急接近しておりその顔面をサングラスごと拳で殴りつけ地面へ叩き落した。
 ひぎゃ、と何かが潰れたような声をだして、男はピクリとも動かなくなった。完全に気を失っていた。
 「き、きさ―――――」
 「おそい」
 仲間を倒されたと認識したさらに一番後ろの男を守っていたもう一人が叫んだ瞬間、彼の意識もそこで止まった。『きさま』の『ま』を口にすることなく、倒れた男と同じようにいつの間にか接近していた着物の男の拳を顔面にくらい、倒されること無く地面よりも近い他人の家のコンクリートの塀に頭から押し付けられた。衝撃が逃げにくい攻撃、もしかすると最初に倒された男よりも起きたときは障害が残る倒され方かもしれなかった。
 「ば、ばかな、組織でも優秀なエージェントがっ!?」
 「優秀?マニュアルの特訓をこなしている程度で優秀?片腹痛いな」
 「ふ、ふざけるな!」
 想定外だった。出会いがしらに転ばす程度の仕事だと思っていた男―――――カラスは駒を二つもやられることを想定していなかったために、うろたえていた。だが気持ちはクールにと意識をしナイフを―――――投げつけた!
 「不意打ちか」
 「かかったな」
 着物の男は紙一重でひらりとそのナイフをかわす。だがそれが狙いだったカラスは出会ったときのような下卑た笑顔を浮かべ、準備していたもう一本のナイフを取り出した。そのナイフは刀よりも短く、だがナイフよりも長い。ベレッタという種類の中距離用のナイフだった。着物の男との距離はちょうどベレッタナイフの刀身よりも短い、カラスが手を伸ばせば避けたばかりで体勢の直しようの無い着物の男の腹に、確実に突き刺さる。
 くらえ、と心叫んでバレットナイフを突き出すカラス。取った!と、叫びたかったことだろう。だが、そのナイフから何かを突き刺した手ごたえが来ることは、無かった。当然だ、突き出したナイフの先には、誰もいないのだから。
 「ば、かな―――――があああ!?」
 唐突に後頭部を万力のような力で挟まれる痛みにカラスは叫んだ。
 「遅いな、遅すぎる・・・・」
 「き、きさ、ま・・・・何者だっ、がああ!?」
 勝てない、そもそも目の前にいた標的が動いたことすら認識できなかった自分がそもそもこの勝負に勝てるという可能性は万にもなかったのだ。だが、任務だと意地になってしまった。結果、後頭部が痛い。
 「何者もなにも、桐夜輝の父親だと答えたはずだ」
 「ただの父親が、こ、こんな戦闘能力があるわけが、ぎゃあああああああ!」
 カラスは否定の言葉を叫ぶ、だがそのとたんに力が強くなった。まるで、不機嫌を表現しているかのように。
 「そんな事前の調査も無くやってきたのか。母さんが聞いたら落第だと怒るだろうな」
 「は、はははは、そうだな、そういえばそうだった!」
 今度は気が狂ったように笑い出すカラス、着物の男は不可解だと顔を初めて変化させた。
 「なにがおかしい」
 「俺たちの標的はお前だけじゃない、その母さんとやらも、今頃俺の相棒がめちゃくちゃに犯して―――――ぴゃぎゃっ!?」
 それ以上の説明を必要としないのか、着物の男はそのまま手近な電信柱にカラスの顔を打ち付けた。びしゃり、と電信柱に血が飛ぶ。
 「仲間?はん、母さんがその程度でやられるか。あほらしい、あいつの運勢はいつも開運だ。それに、あの体を自由に出来るのは、俺だけだ。もっと鍛えてやり直せ。にしても輝のばかはこの程度の連中にてこずっているのか・・・・、鍛えなおしだ」
 吐き捨てるように踵を返してきた道を戻る。昨日の今日だが、また抱くか、見たいな事を呟いていたが、定かではない。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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