「ただいまぁ」 「はーい、おかえりさない。今日も無事に帰ってこれた?」 「うん、特に問題はないかな。ただちょっと相談があるんだ。あとで聞いてもらっていい?」 「もちろんよ。じゃあお父さんにも教えあげてね。今日はカレーよ」 僕は返事をして父さんの待つ部屋へ向かった。 「父さん、ただいま」 「ん、良く戻った」 「ははは、戦に行ったわけじゃないんだからさ。ああ、そうだ、今日学校に一臣さんがきてね。びっくりしたよ」 「戦国の、か。久しぶりに聞いた名前だな。だが、予想の範囲内だ」 「あ、やっぱり?まあどっちも大きな学校だからね。僕は砂野君の事で頭いっぱいだったから失念してたけどさ。ただ、どうも今回の相手である城ヶ岬の父親の会社は、一臣さんの国際学院のスポンサーが一人らしいよ」 「そうか、それに関して何か言っていたか?」 「ううん、いつもどおり笑ってた。一臣さんにとってそういうのはどうでもいいらしいよ」 そうか、父さんは短く答えた。質問はけっこうしてくるけれど、結局のところ納得できれば話はそれまでというのが父さんのスタイルだった。それはそれでいい、その分、母さんが深いところまで探りを入れる。この夫婦はまさに互いが互いの半身ずつという存在なのだ。 「あ、それと夕飯の後にちょっと話があるんだ」 「・・・・手に負えなくなったのか」 「ううん、極力僕が解決する。でも、手の届かないところでも何かが起こると思うんだ。それを考えないといけない。じゃあ、またあとで」
食後、父さんと母さんの前で僕は城ヶ岬へ宣戦布告したことを告げた。それに伴う家族への被害も含めて。本当にごめん、と僕は二人に深く頭を下げた。僕が請け負った仕事なのに、二人へ迷惑がかかる結果なんて、それは父さんや母さんに言わせれば三流のそれだろうし、結果としてよろしくない。 「・・・・そうか」 「そう。でも、問題は無いわね」 でも、二人は特に困った風でもなくそれもそうか、といった風に何のことでもない口調で頷いていた。 「・・・・怒らないの?」 「必要はない」 「お母さんたちもね、あなたに仕事を任せる前にその人のこと色々と調べていたの。だから、こうなることは薄々考えていたから、驚くようなことじゃないのだけれど、ある意味予想通り、ということなのに」 「そっか、さすが僕の両親。なんでもお見通しなんだね」 僕はほっとして軽く笑った。でも、それならそれで心配事はある。 「でも、そうなると城ヶ岬は何かを仕掛けてくるかもしれないよ。父さんは心配なとしても、母さんが襲われたりしたら、誰も助けられないかもしれないよ・・・・」 「それについては大丈夫よ。こう見えても、母さんって強いのよ」 ぐっ、と力瘤を作るように腕を曲げて見せる母さん。ごめん、多く見積もってもそんな風にはまったく見えないです。なので、父さんをうかがってみた。 「・・・・問題ない。母さんには母さんのやり方がある」 「そ、そう?なら、もう何も言わないけれど」 家族ではある、でも父さんと母さんは男と女の関係でもあるのだ。少なくとも、互いが互いを長く知っている。そんな父さんが言うのだから、母さんの心配はいらないというのは本当かもしれない。 「いいねぇ。僕も父さんと母さんみたいな関係を持てる人と出会いたいよ」 あはは、と軽く笑ってみせる。けれど、なんだか二人ともきょとんとした顔で僕の事を見ていた。あれ、なんだか変なこと言っただろうか? 「(・・・・気づいていないようだな)」 「(鋭いのはお父さんに似てるのに、のんきなのは誰に似たのかしら?)」 「(お前以外、誰がいる)」 「(あら酷い。こんなに愛してるのに)」 「(・・・・ふん)」 というアイコンタクトの会話があったことは、当然僕には伝わっておらずとリア図なぜか二人が頷いている光景があった。だから、なんなんだろう。 「えっと、僕何か変なこと言った?」 「いや、とりあえずやはりお前は俺と母さんの子供だということを再確認した」 「そうね、間違いなく」 「だから、そういう言葉が出るって事は何か考えてたんでしょ」 言ってはみたが、まあ二人が口にしてくれることは無いので、この話はこれでいったん止めることにした。 「あ、そうだ。明日は僕、出かけるから」 「あら珍しい。買い物?」 「うーん、似たようなものかな。砂野君と、待ち合わせしてるし」 「・・・・」 「・・・・」 あれ、なにその『いよいよもって―――――』みたいな雰囲気。何か言うでもなく、父さんは黙って立ち上がった。 「それじゃあ、今日は早く寝ないとね」 「あ、うん。そうだね」 おやすみ、と僕はなんだか腑に落ちないような気分で二人に挨拶して部屋に戻った。なんだかよくわからないけれど、とりあえず明日の準備をしよう。 就寝時間。明日の準備を終わらせて、床に付いた僕は既に夢の中。さてさて、ここからは僕の両親の会話をお見せしましょう。僕の話を聞いて二人はどういう会話を繰り広げるのか。 「・・・・」 「お父さん、言いたいことは口にしたほうがいいわよ」 布団の上に胡坐をかいて、父さんは何か考えている。考え事なんて、この人が一番やりそうに無いことなのに、なにを考えているんだろう。 「・・・・」 「昔から―――――といっても高校生の頃からだけど、お父さんは黙ってしまうことがあったから、私もちょっと対応に困ったことがあったわね。卒業間際になって、ちょっとは変わったかもしれないけれど、それでも本質はそのままだったわね」 母さんは懐かしむように昔を思い出し、そして笑った。僕の年齢がすでに十七であるというのに、この二人は、特に母さんは衰えを見せない。子供の僕から見ても本当に綺麗だと思う。 でも、それは見た目の綺麗ではない、と同じ事を本人の目の前で言ったときに言われたのを覚えている。綺麗だと思うのは、その人にはっきりとした自覚があるから。自分が自分であると認識している人間は、自然と気持ちが外へと反映し、綺麗であるという感情を煽るらしい。 そういわれても、母さんは綺麗なのだから綺麗なのだ。うーん、いくら同級生だからといって、どうして二人は結婚したのだろうか・・・・。不思議だ。 「あの頃から、だいぶ経つな」 「そうね。まるで昨日のことのように思うわ」 「俺もお前も、変わったな」 「そうかしら?ううん、そうかもしれないわね。日々変化する自分を認識するのは難しいのだから。誰か知り合いにあえば、変わったとはっきり言われるかもしれないわね」 楽しそうな口調だった。 「あいつに仕事を任せて、何回目だったか」 父さんは、話の内容を僕へと変えた。 「四回目ね。一度目は公立の学校で心霊現象の解決、二度目は私立の学校で教員の不正行為の解決、三度目は国営学園の生徒間の派閥争いの解決、そして四度目は今、校内で権力を振るう生徒の鎮圧。まだ手伝ってもらって二年目なのに、三回とも自分で何とかしてるわね」 「そうか、だが、ようやくそれがもつれ始めたようだな」 「ええ、私たちに言い出したとき、すごく嬉しかった」 自分たちに災いの波が来るかもしれないと、僕から聞かされておいて、二人は楽しそうだった。母さんはまるで晴れの日に出かけるように、父さんは何かを待ちわびたものが来たときのように、楽しげだった。 「それで、お前はもし何かあったとき、迎え撃つ準備は―――――いや、杞憂か」 「もう、昔のようにお父さんに守られてばかりじゃないのよ、『僕』は」 「すこし、それも物足りないな」 「なら、満たしてあげる」 そういって母さんはそれまでの笑みを妖艶のそれに変えて、父さんへと近づいた。父さんも拒むことも無く母さんの肩を抱き――――― はい、終了。 これ以上はちょっと込み入った内容なのでおみせできません。子供の僕には刺激が強すぎます。っていうことで、次の日。ちなみに、この日僕は城ヶ岬について調べ物をしていたんだけど、夜中に大きな音を出してしまい、両親に心配をかけました。
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