「うーん、さて、どうしようかなぁ」 「どうしようって、なにも、考えてないんだ・・・・」 昼休み、砂野君は大切な友達なので一人には出来ないため、僕は喜んで一緒にお昼を食べていた。砂野君も教室にいたって城ヶ岬のせいでみんなから村八分なんだから、こうしている方がいいだろう。 で、朝一番に何人か説得して、城ヶ岬にも宣戦布告したこともあり、さっさと何かしら考えないと、先手を打たれてしまうかもしれないのだけれど、怒りに任せて宣戦布告したため本当に何も考えていなかったのだ。 で、お弁当を食べながら呟いてしまい、砂野君につっこまれてしまった次第である。僕も母さんのように前後の事を考えてから相手に宣戦布告するようになれないと。まだまだ修行が足りないなぁ。 なんでも母さんは、学生のころや今の仕事を始めたころは、いろんな人に宣戦布告していたらしい。腕力も何も無いのに、口だけでヤクザを怖がらせた事もあるらしいし。 「桐夜君・・・・?」 いや、あの人の怖いところはその情報源の多さかもしれない。学生時代の後輩と同級生には今もまだ知り合いが増え続けている人がいるらしいし、同級生の女友達にいたっては人には言えない仕事をしているらしい。 「あの、桐夜君・・・・?」 情報源の多さは勝率を上げる基本だと母さんは言う。父さんのように力があるのも悪くはないが、物理的に不利になったときに活かせる情報も大切だと教えてくれた。だから母さんと父さんは息の合った夫婦なんだろうと思う。 僕もいつかはそんな息のあった伴侶を―――― 「あの、桐夜君っ!」 「えっ、あ、ああ・・・・ごめん、考えごとしてた」 まずいまずい、考え始めたら止まらないのは母さん譲りだから仕方ないが、直せる部分は直さないと。 「えっと、どうしたの?」 「あ、ううん、ありがとうって言いたくて」 「え?」 「ボク、この学校が好きで入学したんだけど、いきなりいじめられちゃって、このままどうなるのかなって思ってた。自分で何かするべきなのに、何も出来なくて。でも桐夜君が当たり前みたいに助けてくれて、本当にうれしかったんだ。久しぶりに、ありがとうって思ったんだよ」 砂野君はなんだか泣きそうな顔で笑顔を作っていた。その顔をみると、深く考えてたことなど放棄して、素直にうれしい気持ちになった。 「いいんだよ。僕はいじめが嫌いだし、いじめだけじゃなくても人の嫌がることは嫌いだもの。でも、城ヶ岬に噛み付いているのは、彼が嫌いだからじゃないんだ」 「どういう、こと・・・・?」 「罪を憎んで人を憎まず、って奴かな。今は心の底から彼を嫌っているし憎んでいるけれど、それは罪を持っているからであって、これが解決したら、出来るなら城ヶ岬とも友達にはなりたいよ。罪があるから、友達にはなれないだけで、人間的に崩壊しているわけじゃないんだからね」 城ヶ岬、もし本当に彼が友達になってくれたのなら、これほど心強い存在はない。でも、今は敵、絶対の敵。だから、全力で逆らうんだ。彼の罪に。 「ところで砂野君、君は休日は何してるのかな?」 「え、ぼ、ボク?なんで、かな」 「いや、明日は休みだし、良ければ遊ぼうかなって。それとも、用事があったかな?」 そこまで言って、砂野君は呆けたようにぽかんとして、でもすぐに慌てて言った。 「そ、そんなことないよっ。うん、遊ぼう、是非。あー、友達と遊ぶなんて久しぶりだよ、本当」 うれしそうに、興奮して僕の手をとる砂野君。そうとううれしいらしい。いや、これはとても素直な反応だと思う。入学して半年、友達すらいなかったのだから、当然といえばそうだろう。 「よかった、じゃあ場所を決めようか。繁華街は何でもあるからね、映画にショッピング、ゲームセンターにレストラン。好きなところへいこう」 「うん、うん、楽しみだよ、うれしい」 本当にうれしそうに、喜ぶ砂野君を見ていると、心の底から休まる気がする。こういう癒し系の人間をいじめるんなんて、城ヶ岬はひどい奴だな、まったく。 「よし、待ち合わせのことはまたあとで話そうか、それよりも午後の授業だけど、『課題製作』ってなに?」 午後の授業、なぜか今日の項目には課題製作とあった。意味が解らなかったので、砂野君に聞いてみた。 「あ、そっか、桐夜君は途中から参加だから、知らないよね。あのね、自分でテーマを決めて一年かけて作るんだって。別に一年間で何個でもテーマは作っていいし、一個を一年かけて作ってもいいっていう、自由研究をずっとやるような感じだよ」 「あー、なるほど。うちの母さんが得意な奴か・・・・」 あの人は、おそろいことを平然とやってのけるからなぁ、学生時代の個人製作のレポートを見せてもらったら、さすがの子供である僕も考えてしまった。 「へぇ、桐夜君のお母さんってそういうの得意なんだ?」 「根っからの文系だからね。ただ、物事の着目点は人とかけ離れてるよ。代表的なのが高校卒業のときにやったっていう個人製作。文章でも物でもいいから、テーマを作って完成させるって言う、まあ卒業までの時間を稼ぐ授業科目があってね」 「課題製作と似てるね」 「期間と名前が違うだけで中身は同じだろうね。で、何を思ったのかうちの母さんは、一番初めに提出するテーマに『自由研究を研究する』って書いたらしい。なんでも小学校のころから自由研究に関して思った事を学生時代の最後に調べたかったらしいんだ」 「自由研究を研究・・・・え、でも自由研究ってそれ自体が自分の好きな何かを研究することじゃ・・・・」 「そう、その部分が母さんの疑問の網に引っかかったらしい。自由になんでも研究してどうぞっていわれても、その自由の限度はどのくらいかとか、自由に研究する意味合いはなにかとか、ともかく自由という範囲の広すぎる単語に対して、思った疑問を調べようとしたらしい。それこそ、クラスメイトや友人のやった自由研究を聞いたり、見たり、統計を取ったり。それはそれは恐ろしい膨大な調査内容になったらしい」 「うわぁ、時間がかかったんだろうね、それ」 「まあね。現役で自由研究をしていたころじゃ、夏休みの宿題をやりながらなんて無理だっただろうから、卒業間際の三ヶ月を使い続けたらしい。やり始めたら、止まらないのが癖だからね。だから母さんの研究発表だけ当然最後に回されて、しかも午後いっぱい授業がつぶれたらしい」 「・・・・すごいお母さんだね。っていうか、よくそんなに長々と聞いたね、クラスの人たち」 もっともだった。しかし、この話にはさらに凄い内容があった。 「ちなみに父さんは――――あ、父さんも母さんも同じ高校の同級生なんだけど、母さんとは対照的に父さんも凄かったらしい」 「対照的なのに、凄かったの?」 「うん、父さんはお寺の子で、別に仏道には入ってなかったから今も昔もそういうことに関わりは無いんだけど、なぜかその自分のお寺をテーマにしたんだ」 「へぇ、お母さんと同様に発表は長かったの?」 「いや、そこが対照的なんだ。父さんの発表時間は実質十秒もかからなかったらしい」 「・・・・へ?」 「たぶんそれを見越してお寺なんてテーマにしたんだ。『こんなものは人の気持ち次第だから、研究など一生終わらない』って言ってしめたらしいんだ。母さんの話によれば。母さんは別なクラスだったから、現場にはいなかったけれど、本人からそう聞いたらしい」 「凄いね、君の両親は・・・・」 「僕もそう思うよ。あの二人は、多分どんな他人の攻撃も受け付けないんだと思う。だから、城ヶ岬と戦うには、うってつけなのかもしれない」 「え・・・・?いま、なんて・・・・」 聞こえないように言ったつもりだったけれど、距離が近いから、やっぱり聞こえてしまったかもしれない。 「ううん、なんでもないよ。よし、戻ろうか、城ヶ岬のこともかんがえなといけ――――あ」 「え?」 弁当箱を片付けて、教室へ戻ろうと立ち上がる。で、出口に向いて、僕は固まった。いるはずのない人間が、そこに立っていた。 赤と茶色の中間色の髪の毛を後ろで固め、ボタンをひとつも外すことも無く制服を着用し、でも、その制服はこの学校のものとはまったく違うものだった。そして、その顔に、僕は見覚えがあった。覚えがある、なんてものではない、彼は―――― 「一臣さん」 「一臣君」 僕と砂野君は同時に彼の名前を口にした。彼――――国立国際総合学院中学部生徒会会長――――戦国一臣(センゴク カズオミ)さん(ひとつ上の人だから)が建物に背中を預けて腕を組み、こちらを笑顔で見ていた。 いや、今は高等部へ進学しているから元中学部生徒会会長か。いや、それよりも、だ。なんで砂野君が彼の名前を知っているんだ? 「うっす、元気だったか輝ぁ。それに、真もよ。いやぁ、うちとおなじでここも相変わらず広いなぁおい。迷子になるっつーの」 しゃははは、とかすれたような笑い。間違いない、一臣さんだ。質問したい事がたくさん浮かんでくる。というよりも砂野君とはどういう関係なのだろうか。しかも、砂野君は一臣さんを君付けって・・・・。 「あ、はい、お久しぶりです」 「おいおいおい、一個違いの俺に敬語は止めろって前にも言ったろ?友達じゃないか、って言ってもそういうのを正しく使うお前に言っても無駄なんだろうけどな。だが安心しろ、お前が俺を呼び捨てにするまで言い続けるからな」 しゃははは、と笑う一臣。それ、安心するところじゃない、じゃなくて。 「あの元会長――――」 「今も会長だよ。高等部になっても責任感は変わるものじゃないからな。そのまま継続中だ。ただ、高等部の生徒会長になるってことは、下の学年全部を管理するってことなんだよなぁ。さすが国際学校、仕事が多い多い、しゃははは」 「そんな事はどうでもいいですけど、砂野君とはどういう関係なんですか?僕も砂野君も一臣さんのこと知ってるんですから」 「あ、一臣君とは、その小さいときからの友達なんだ・・・・」 「なるほど」 「今日はな、学院の生徒会長として挨拶しにきたんだよ。同じ地域に巨大な学校が二つもあるんだ、関係が無いわけがないだろう?っていうか、言い方だけ丁寧で、中身は攻撃的なのもかわらねぇな輝。そんな事ってことはないだろう、俺が生徒会長だってことがよ」 「いや、砂野君が一臣さんを知ってる事の方がびっくりです。あなたが生徒会長続けるなんて予想の範囲内って言うか、生徒会長にさせなかったせいで学校を壊しかねないんですから、大学行っても責任のある仕事をして下さい。で、砂野君とは友達なんですね」 まいったなと笑っていた一臣さん。だけど、瞬間的に表所は消え去り真剣なそれに変化した。この人の切り替えの速さは、本当にすばらしいよ。 「・・・・砂野の、今の現状は知ってるんだな。で、俺が友達だってことも今知った。でも、俺が砂野を助けてやれ、とかって言わないんだな?」 「それ、僕一臣さんを知ってるのを前提で話してます?」 「冗談だよ。ああ、俺は砂野を助けるつもりはないな。学校が違うからじゃない、友達だからだ。俺は、自分で打開策を考えて必死にならない奴とは友達にならない。お前と同じだよ。信念のない人間に、興味はない。砂野を助けるのなら、命に関わる手前にまで迫ったときだけだ。砂野、弱い人間に見えるか?」 それは、揺るぎのない言葉だった。戦国一臣は、僕が請け負い屋として前回潜入した学校にいた人間で、友達だ。だから、僕が僕の信念にのっとってこの人と友達になったように、一臣さんにも自分の友達になる人間を決めている。自分に責任が持てない人間など、興味がない。それが、基準だった。 「いいえ、僕は砂野君の友達ですからね。彼の心の強さは、良く知ってますよ。目を覆うようないじめでさえも、砂野君は打開策を考えていたし、自殺なんて考え、微塵も思っていやしません。だからこそ、僕はそれを感じて友達になったんですから」 「なら信じろ、俺なんかいなくたって砂野は立派に生きてるだろうが」 「あ、あの、そんなに本人の目の前で評価を話されると、恥ずかしいというか、手に余るというか・・・・」 「あ、ごめんごめん、じゃあ僕らは教室に戻るから。また連絡するよ」 「ああ、それなら気にするな。今日は一緒に帰るぞ、このあとずっとここの会長と会議だからな。授業が終わるころまた顔を出してやるよ」 「いや、ちょっとそれは・・・・」 「じゃあなぁ、しゃはははは」 そういって自分勝手に屋上を後にする一臣さん。まずいな、面倒な事になる。 「国際学院の生徒会長が個人的に教室になんてきたら、大変なんじゃ・・・・」 「まあ、そうなんだろうけど、言って止まる人じゃないしね」 仕方がない、と僕らは諦めて同じように屋上を出た。うーん、なんだか大変な事になったなぁ。
|
|