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探求同盟 −未来編− 桐夜輝の日常 作者:光夜

第10回   10
「まあ、簡潔にしちゃ完結してるよね。本当に終わってるよ。城ヶ岬って、調べれば調べるほど中身の無いことが判明するね」
城ヶ岬修一郎。国内トップの電気製品メーカーの会長の息子。会長である城ヶ岬盾彦は幼い頃の貧しい生活をバネに独学で経済を勉強し、高度経済成長期に電化製品に目をつけそれらを突き詰めることで電化製品に関してのプロフェッショナルとして君臨し、その手腕と積み重ねた商才で一代で年収五千億の国内トップという偉業を成し遂げた。確かにそこまでの実力者が権力を持っていないということは無い。周囲の人間はそれが怖いのだ、故にその息子である彼に意見が出来ない。
まったくもって最低な人間である。城ヶ岬は気づいているのだろうか、自分がそういう行いをすると城ヶ岬を知る人間はその会長も最低の人間だと関連付ける、ということに。
「僕には関係ないけどね。必要なのは、城ヶ岬の馬鹿な考え方を改めさせること、だね」
そんな計画、今のところの僕にはまったく無い。必要だったのは、そこで一番の迷惑を被っていた砂野君をガードすることだったから。もちろん、最初の計画から砂野君や城ヶ岬のことが入っていたわけではない。
僕がこの学校出に来たのは、『あるクラスで問題があるかもしれない』というとてもアバウトな依頼だったのだ。両親はちょっと珍しい仕事をしていて、そのサイドビジネス的な位置に『請負』を行っている。今回は、先生たちが解決できない問題を僕が請け負うというビジネスなのだ。
 でも、そこで出会った人間たちの友好関係はビジネスではなく、本気なんだけどね。そして露見した城ヶ岬という問題因子と砂野君という救援希望者の存在。砂野君は救援希望者でもあるけれど、僕が認めた僕の友達たる資格のある人間でもあったわけで、これはとても好都合だった。
 僕の友達になれる人間は少ないからねぇ。
 「さて、考え事はこのくらいにして、いい加減教室に戻らないとね」
 僕は昼休みの時間を利用して屋上で考え事をしていたわけだ。でも、午後の授業がそろそろ始まりそうだったから、立ち上がることにした。屋上の綺麗な床は、ここがどれだけ大切に使われているか良くわかる。だから、こんな素晴らしい環境の場所で、そういうくらいものが見え隠れしているのは、よろしくない。僕は、それを解決しないと駄目なんだ。
 「とはいうものの、方針ばかりで具体性はなし、と。世も末だねぇ。あはは〜」
 とお気楽に笑って廊下を歩く。さて、教室ではまた城ヶ岬と顔を合わせるんだろうね。まったく、自分の言うことを聞かない人間がそんなに憎らしいかね?一体何様だって言うんだか、君に従うと不治の病も完治するのかい?どんなお得なことが起こるんだい?一度聞いてみたい物だ。
 いや、近いうちに聞かせてもらうことになるだろうけどね。それにしても、本当に砂野君はいい子だよ。確かに積極性や発言力は足りない部分もあるけれど、根はいい奴って砂野君のような人のことを言うんじゃないだろうか。
 「今日も砂野君と一緒に帰ろうっと―――――あ?」
 ふと、僕は自分でもバカをしているんじゃないか、と思考してしまった。砂野君、僕は考え事があるからトイレのついでに一人で屋上に来てしまった。でも、砂野君、少なくとも彼を知っている人間に彼の味方は―――――存在しない。僕という反乱因子が紛れ込みより城ヶ岬の攻撃が活発化した今、彼を一人にしてしまったのは、まずかったのではないだろうか?
 「やばっ、早く戻らないとっ!」
 僕はあと百メートルはある教室まで、急いで戻るため走り出した。けれど、ぴちゃん、という音にすぐに立ち止まる。
 ぴちゃん、ぴちゃん、とその音は僕の耳に鮮明に聞こえてきた。水の滴るような、ではなく滴っている音が聞こえてくる。振り返ると、何のことはない男子トイレの扉があっただけだ。じっと、その男子トイレと書かれた札を眺める、ぴちゃん、ぴちゃんと視線の札と音は交わり、はて、普通トイレからそんな音がするのだろうか、と考えたところで思考は答えに至り、僕は扉を勢いよく開けた。
 ぴちゃん、ぴちゃん、と水は滴っている。もちろん、蛇口を閉め忘れたわけではないし水も洗面台に滴っているわけではない。
 「う、ぐすっ、うぅ・・・・」
 泣き声だった。水は滴る、彼の髪の毛の先、あごの先端、袖の端、そこから床へ規則正しくぴちゃん、ぴちゃん、と水分が絶えるまで、滴り続けるだろう。水浸しの砂野君の姿が、そこにはあった。
 「誰に、やられたんだい?」
 「う、うぅ、ぐすん、うぅ・・・・」
 泣くことに能力を奪われ、砂野君は答えられないでいた。必要はない、形式上聞いただけだから。
 「城ヶ岬、もしくはその取り巻きか、指示を受けたクラスメイト。そんなところだろうね。低俗な連中だ」
 僕は完全にトイレの中に入って、砂野君の傍にかがんだ。床に片膝を着いて服が濡れたけれど、構っている暇は無い。近づくことで、砂野君は震えているということもわかった。悲しくて、悔しくて、でも何も出来ない自分が苛立たしくて、また悲しい。それが延々と繰り返されて、永遠と廻って、どこにもたどり着けないでいた。
 「とりあえず、浴びせられたのは水道水だね。汚くはないし、汚いとも思わないよ、汚いのは、連中の中身だから」
 清掃用の洗面台の蛇口にホース、あれを使って砂野君をずぶ濡れにしたのだろう。想像しただけで、僕の頭の中と腹の底は南極のように冷めていた。連中が、今のところゴミにしか見えなかった。資源として回ることのない、埋め立て用のゴミにしか。まさに夢の島だね、ここは。
 「とりあえず、服を乾かせる場所と君が休める場所へ行こう。つまりは保健室だね。立てるかい?」
 「あ、あぁぁぁ、うぅぅ・・・・」
 「ああ、いいよ泣いても。それで少しはスッキリするだろうからね。僕は君の味方だから、ちゃんとここにいるよ。大丈夫、大丈夫だよ」
 そこから数分間、僕は砂野君が落ち着くまで待った。そして、彼を支えるようにトイレを出ると、担任の先生と鉢合わせた。
 「桐夜君と―――――す、砂野君、どうしたんだその格好はっ」
 さすがに平常を欠いた声で先生は言葉を発した。僕は手のひらを先生に向けることで一時停止させた。
 「城ヶ岬関係です。先生は判断がつかないと言ってましたが、少なくともイジメという物は確かにありましたよ、あのクラスには。これが証拠ですけれど、彼らがやった証拠ではないので、しらばっくれるでしょうね」
 「だ、だがこれは明らかにイジメ、黙ってるわけには」
 「いえ、僕が何とかします。厳しいでしょうが、ルールの中で動く先生たちにはこの問題は解決しにくいかと・・・・。城ヶ岬は、ちょっと度が過ぎますね。入学して半年もない程度でここまでさせるなんて、砂野君に罪は無いというのに」
 「ど、どうするんだい、授業はまだあるんだろう?」
 「入学して半年ですから、中間試験は終わっているという話ですから、午後は休みます。砂野君にはあのクラスに今戻る精神力はないですし、僕もついていたいので。すみません」
 「い、いや、助かるよ。申し訳ない」
 「では、ホームルームで」
 僕は会釈して、先生と別れた。その後に訪れたのは保健室、ノックをして中へ入るとさすがは一流の学校、サボっているような生徒の気配はなく先生が一人いるだけだった。
 「ど、どうしたの、その子・・・・」
 「ちょっとしたトラブルですよ。心配ありません。服を乾かすのと、少し休憩をさせたいのですが、いいですか?」
 保険の先生は緊急性を理解してくれベッドへ案内してくれた。
 「砂野君、さすがに僕にはそういう趣味も無いので、服は自分で脱いでくれないかな?」
 「・・・・うん」
 そういって砂野君は自分の制服に手をかけるが、何かに気づいたようにその手を止めた。そして僕の顔をうかがった。
 「・・・・ごめん、あんまり見られたくないから」
 「あ、ああ、そうだね、普通はそうだ」
 僕の視線から逃れるように、砂野君はベッドを囲うカーテンを伸ばしてその中で服を脱ぎ始めた。数分して、保険の先生が貸してくれた白衣に身を包み、砂野君はベッドで横になった。
 僕は、濡れた服を一枚一枚ハンガーにかけて窓辺に干した。快晴の今日は選択にはうってつけの日だ。それだけが、救いのようでならない。
 「あの、もしかし、イジメ?」
 と、そんな様子を見ていた保険の先生が聞いてきた。
 「ええ、城ヶ岬って奴が原因でして、ちょっと困ってます」
 「あ、そう・・・・」
 聞いてはいけなかった。そんな風に表情を一転させて保険の先生は視線をそらす。どうも城ヶ岬という名前は禁句らしかった。関わりたくない、そんなオーラが見えてくる。まあ、それはそれでいいとしよう。問題は、砂野君がどのくらいダメージを蓄積しているか、である。
 ちょっとでも自殺なんて言葉をちらつかせようものなら、相当に疲れているはずだ。
 すぐに話しかけることは出来ず、五時間目が終わるまで、僕はポケットに入れていた文庫本を読んで時間を潰すことにした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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