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奇妙戦歴〜文化祭〜最終版 作者:光夜

第5回   最終週12
 「ふん、あの莫迦が。餓鬼との会話など無駄なことを」
 イリスは下界を見下ろすようにぼ。そりと呟いた誰に向けられた言葉かは一目瞭然と言えるだろう。
 「何か言いましたか?」
 イリスの独り言が存外大きかったのかローゼンが問い掛ける。
 「何も無い。まあそれより俺はそこの野郎の答えが聞きたいな。それでどうなんだ、片腕の剣士をここで待つのか?」
 向けあれた視線はシンへのものだった。問い掛けられたシンは肩を震わせて踏ん張りを利かせる。HVDは、いや既にそれとは違う者だろう、言うなればコアと同等かそれ以上。やられるごとに倒した相手の行動を理解し、次への糧とする。つまり一度使った攻撃法は二度目も通じないと言うことになる。片腕の孝太に、いや両腕だったとしても孝太には技の量など少ないことはシンが一番良く知っている。助けに行ってやりたい気持ちが大きくなる、けれど。
 「必ず追いつく」
 そう言って孝太は笑い走る背中を見送ってくれたのだ。そんな孝太の手助けなど邪魔と同等だと歯止めをかけて蓋を閉じているのだ。
 「………」
 イリスの問いには答えない。それは動かないことを意味している。
 「なんだ、案外薄情だなお前は。仲間が死ぬほうを取るのか、まったく人間は滑稽な生き物だ。仲間を犠牲にして自分は小さなハンデを負うことで解決するなんて、他の生き物と変わりが無い」
 精一杯の侮辱をイリスはシンへ投げる。だが終始無言のシンはそんなことは耳に入っていないかのように憮然としている。
 そうだ、孝太は必ず追いつくといって自分を見送った。なら追いつくのだろう、それ無くしてあの会話は成立など仕様が無いのだから。孝太は必ず来る、ならなにを心配する必要がある?何も無いじゃないか、来るんだから自分はここで待っていればいい。そうしたら二人で目の前のいい加減な倫理を叩き壊せば全て済むじゃないか。
 答えは頭と心でたたき出した。残ったことと言えばただ口元を歪めて笑うだけがシンにできるこの場での行動だった。
 「くっく、ははは、あはははは!」
 「な、何だ突然。言われすぎて気が触れたか?!」
 イリスは突然の笑い声に逆に引いてしまった。何が悔しいのかその笑いを止めろと何度か叫んだようだ。
 「ははははは………俺は動かない、だってそうだろう。あいつは必ず来るって言ったんだからその通りに俺はここでお前を観察していればいいんだよ、死に逝く蟲の慣れの果てを」
 「―――――何だと………蟲、そう言ったか」
 「ああ、言ったがどうした。第一昔からおかしかったんだ。何だって普通の高校生が危険を顧みないでこんな危ないことをしないといけないのかってさ。こんなのただの過程に過ぎないんだよ、俺はちゃんとした生き方があるんだからこんなただの通過点で終わるわけが無い。だから、お前はただの踏み台だ」
 イリスへの罵倒の意味は率直に言って、役立たずであり、そこいらに落ちている落ち葉となんら代わり無いという意味だ。
 「俺が、踏み台、だと……ふざけるな、下等生物の分際で無駄なことを言うなっ!不満だ、不服だ、不条理だ!納得がいかない」
 「イリス、怒鳴っていても何も始まりませんよ。それなら解決方法は二つでしょう、あなたが戦うか、何かを呼ぶか、どうします」
 つまり、この場で一つやりあえということだ。
 「そうかよ、だったら、余ったこいつで十分だ!」
 言って、イリスは十一個目のコアを取り出し、目の前へと投げた。
 「そうか、それがお前の答えか」
 いつのまにか、シンは問われるほうから問いただす方へと役代わりをしていた。
 だがその答えはやはり闘争以外の何者でもなかった。シンは榊へ手を伸ばす。
 「さあ、始めようか」





 「ああああああああああああああああああああああ」
 開口一番、相手の懐へ孝太は飛び込んだ、左肩を庇った状態だがこのまま胴と離せば一撃で加太がつくのは明白。踏み込みの一歩は五メートルなど言うに及ばず。互いの一歩で完全なゼロと化した。
 斑匡がなぎ払うように黎の胴を狩ろうとする。が
 「ふん」
 黎は何事も無いように左手の腕でそれを止めた、一瞬の驚きは確信を破られた孝太のものだ。
 その隙を逃すほど黎も情に厚くは無い、彼は両刀だ。ならば残った右手は優位に孝太の胴を切り離しに来るだろう。
 「やば――――」
 デジャヴュの様にわき腹を通過しようとする一閃が迫る。孝太はもう一つの確信を信じ肩を静めた。
 かつっ、と言う音が聞こえた。
 「ほう、また珍しい。そのようなもので防ぐとは」黎が関心を示したのは孝太がしていたギプスだ。知能が高いのなら多分攻撃力はやや劣るだろうと孝太は初撃で見抜きギプスを盾にしたのだ。
 「その判断力は才域のものだな。だがそれでどうする」
 確かに、今現在の状況で判ることは三つ。
 黎は―――――
 力、中
 速、小
 知、大
 それのみだ。
 剣の師匠のような口ぶりで次の孝太を待つ、だが挑発などに乗ってたまるかと孝太は冷静に左右を見た。右、剣と剣の押し合い。左、剣と盾の押し合い。この状況から見出される答えは―――――――
 「遅い!」黎は孝太が動くよりも早く身体を移動させた。それはたった今孝太が考えた行動そのものだ。
 「なっ――――――」
 黎から見て左の剣同士の押し合い、彼は孝太よりも早く判断し左手を引いた、体を崩した孝太は重心を前へ落としてしまい思考がとまる。
 それだけに留まらず、黎は続いて左脚を基点に身体を時計方向へまわし孝太の背中へ一撃食らわせるようだ。
 「く、そ、おおおおおおおおおおお」
 そんなこと在ってたまるかと二撃めが来る前にいつぞや同様斑匡を縦の動きで背中へ持ってくる。身体を使った黎の技は時間がやや遅れるため刃は斑匡とあたる、が
 「のわああああああああああああああ」
 背中への一撃は力の入らない防御をはじき孝太を前方へ飛ばした。
 軽く十メートルは飛ばされただろうか、地面と身体をこすらせて車道でとまる。
 「ててて、これじゃあ治る怪我も、時間が掛かりそうだな」
 軽口をたたいて自分はまだやれることをアピールする。だが、こんなところで黎のように強いやつと戦うのはまず過ぎる。残りは五つも居るのに体力を使うわけにはいかない。それに走ってばかりの身体は少しでもいいからと休憩を求める。このままなら背中を向けても逃げられるのではないのかと悪魔がささやいた。
 「―――――――――」そうだ、少し休んでからでも遅くは無いだろう、悪魔の言葉が孝太の言葉に変わった。目の前の殺気から逃げるように一歩脚を引いた。
 から、と後ろに地面は無かった。振り向くのは命取りだと顔を動かさず頑丈を把握した。
 性分からか、どんなに不利でもその場の状況を把握するよう脳が働きかける孝太の思考回路が全てを理解した。
 (なんだ、クレーターか)
 それは黎が鎮座していたクレーターだった。
 (そうか、そうだよな、これ見ながら戦っていたんだから前へ飛ばされりゃあ後ろにこいつがあるのは当然―――――――――――――――あ……)
 これまた性分か孝太はこの場での起死回生を思い立った。
 悪魔のささやきなど何処へ行ったのか、今目の前の敵をこの考えで倒すこと以外何も考えられない自分が居たことを理解している。
 なら、もうこれしかない。
 「どれほど粋がっていようと、超えられぬ者はあるものだ。コウタ、お前は今それを目の前にして何を考える、我としては逃げる方法を考えているように思える。あたっているであろう、未だ我らが主は健在において主の味方は己のみ。ならば手っ取り早く逃げて試案したほうが賢明と才知ある主ならわかるはずだ。まあ、そうはさせんがな、ここで我の錆となるかコウタ。
 いや、錆にも劣るその身体はただの人でしかない。下等生物という言葉がある、それは何も知性が無いと言うわけではない、力が無いと言うだけではない。下等生物は、生を放棄した者に当てはまる言葉だ。
 では問おう、我らは下等生物か?」
 黎はこれ見よがしに何か言い始めている、自身の勝ちを悟っての長話だろうが孝太が逃げるとは一言も言ってはいないことを省いてしまっている。それほどの時間なら孝太の思考は十分な活動が許されている。
 「ん―――――――――」
 黎は話に夢中だったか孝太の行動を一つ見逃していた、見れば片手で刀を伸ばしていた。
 「逃げないことは褒めよう、だがなそれでどうする。これほどの慈悲と武士の情けをもってしてでもここで死にたいと言うのか?まあ良い、それで、どうする」
 孝太は無言だ、ここに来て黎が良く喋ることが厭なのか考えがまとまって次が見えてきたことが黎明なのか、黎を見据える孝太は一度呼吸をしたように見えた。
 そして、勝ちへの一歩を踏み出す。
 「表・刃迅!」
 片手の起動は綺麗に円を描くように動き己の目の前に白き刃が現れる。
 その勢いは言葉どおりの風、黎目掛けて絞首台の刃は飛ぶ。が
 「そのような、大振りで我が斬れるか!虚けがあああああああああああああ」
 白き刃が迫る、同時に奥の孝太は下がるように一歩後退する。それを逃げと勘違いした黎は叫ぶ。
 「目眩ますためにこのようなものを使うとは、見下げ果てたぞ!そのような距離など一歩で十分だ!」
 黎は上空へ飛び上がる、同時に孝太を上から仕留めるために前方への跳躍を入れる、放物線を描く黎の飛躍は確実に重力と共に孝太を斬れる位置は落ちてくる。
 が、最上位へついたと同時に黎が下降する所を狙い孝太は一歩前へ出た。
 「血迷ったか、そのような行動など地に足がついて瞬間に縮めるわ!」
 空中での身体は回転が不可能だ、ならば着地と同時に身体を回転させれば孝太を一掃できる。はずだった。
 だが孝太は何も言わない。落ちてくる黎はまるでスローモーションのように見えただろう。
 地面が近づくに連れて黎は何か間違った考えをしたのでは、と今更ながら心に揺らぎができた。地は孝太と同じ場所にある、その考えが浅はかだっただけで。
 「しま―――――――――」
 もう遅い、孝太が下がったのはクレーターへ黎を着地させるため、上へ飛ばすためには前方に行動を無くせば言いだけで解は甚く簡単だった。クレーターへの着地が確実ならば孝太はクレーターから出ればいいだけの話だ。
 孝太と黎の地面は段差が生まれ、黎の行動を遅くさせる。
 ゆっくりと降りてくる黎はそれでも着地を早めようと足を伸ばす、だがそれも無駄だった。
 孝太は、落ちてくる黎に振り返りそして黎を視界に捕らえる。
 しゃ、と簡単に身体は貫通した。
 たん、とクレーターへ着地する黎。その身体に一本の線が走り、そして上半身がどさり、と落ちた。
 「ふ、不覚。まさか、これほど容易に決着がつくとは」
 あまり悔しくなさそうに夜空を視界に捕らえた黎は言った。
 と、足音と共に孝太が見える。
 「主の勝ちだ、さあ、次へ行け」
 死にぞこないに付き合うほどお前も暇ではなかろう、と共に語る口調で言った。そんな彼を孝太は見下げるように言う。
 「お前さ、最初は人間みたいでいいやつかな、なんて思ったんだ。でもな、結局お前ら全員食うか食われるかしかない野生動物と一緒じゃないか、そんなヤツに会話を求めた自分が莫迦みたいだ」
 感情を押し殺し、完全に黎を圧する孝太は死神に見えたかもしれない、黎は唸るように答えるしかできなかった。
 「喋りや行動から、武士みたいだなんて思った事だってさっき在った。でもあんたお喋りが過ぎるよ、本当に確信を持って戦うのなら口は閉じで目を開かないと」
 吐き捨てるように投げかけて更に近づいた。
 「このまま消えていいぞ、何か言うことはあるか黎」
 「ほう、名で呼んでくれるのかコウタ。ならば星を眺めながら答えを聞こう、我らは何だ」
 黎の請うような声は生を破棄した言い方だ。
 「おまえ、自分で言ったじゃないか、下等生物って」
 「それは、我の言葉だ。主の答えが聞きたい。答えろ、何だ我らは」
 孝太は斑匡を黎のコアへ突き立て最後に――――――――
 「存在不適合者、だろ」
 黎はそのまま砂のように消えていった。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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