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奇妙戦歴〜文化祭〜最終版 作者:光夜

第16回   最終週23
 「………いけすかねえ、さっさと倒すぞ斑鳩」
 「………右に同じく」
 二人は刀を構え直した。弱い部分は見極めた、後は巧く立ち回って何度も攻撃を与えるだけだ。言うは易し行うは難し――――ハリケーンに近づく事と同等のことを今から行うのだ、身の危険を感じないわけがない。
 「ローゼン、後は頼むぞ」
 「俺たちだけじゃ駄目だ、援護射撃を―――」
 頼む、言い残して二人はハリケーンに向かって走っていった。
 「弱点を見極める目と度胸はあるみたいね、あの子達」
 いやらしく唇をなめた。
 「あなたに褒められても二人は嬉しくないと思いますよ」
 横で言葉を返すローゼンは悪態にも似た言葉で作業を続ける。かちり、撃鉄を上げる音が彼女の隣から響いた。
 「いきますよ!」
 パシュン、とサイレンサー並の控えめな音を立てて弾丸が飛ぶ。
 「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
 台風のような音はあの口から、台風のような暴風はあの腕から。
 右、左、腕のギロチンをかいくぐりながら数ミリ、数センチの割合で二人は近づく、急げば首を跳ねられ、遅れればミンチになる。
 これが両出で行われれば手は無かっただろう。
 「孝太、間を―――」
 ローゼンの弾丸を予測してかシンは孝太に指示を出した。言わずもがな、孝太は既に一定の感覚の元に移動していた。
 「気をつけてくださいね、それは――――――」
 弾丸が孝太とシンの間を通る、この暴風の中スローモーションに見えただろう。
 暴風の中を衰えることなく突き進む。狙った場所は核の真上。
 ドォォォォォォォォォォォンッ、と爆風が舞う。一般の大きさをした弾丸が爆発する事さえないと言うのに、あまつさえミサイルのようにも感じられた。
 「――――これは、ローゼンッ!」
 「強すぎだ!」
 タイラントの叫び声、たぶんイリスも叫んでいるだろう。吹き飛ばされそうな灰色の風の中、二人は跳躍した。
 「タイラントォォォォォ!」
 向かい風が吹いた、タイラントの背中から煙が――――晴れた。
 「ゴォォォォォ!」
 それは驚愕の暴風か、腕は止まり声も短い。目前には凶器を向けた二人の下等生物、いな生を放棄していない時点で二人は生きている。

 「は、あああああああああああああ!」

 「だああああああああああああああ!」

 叫ぶ声は渾身の一撃を持って、振り下ろす刀はこれ以上の攻撃を出さない為に向けられる。
 ザクリ、ドス、岩肌のもろい場所、まるで生身の感触が刃を通して感じ取れた。核の両端に刃が刺さった。
「――――――――――ッ!  !?  っ、!   !?  ??!!――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
 叫び、風、暴風、阿鼻叫喚の断末魔が近距離から聞こえてきた。
 「へえ、やるじゃない」
 ワイツの関心の声、この非常時に笑えるほど彼女の神経は戦いにおぼれているかのようだった。
 「ぐッ――――クソお……!」
 「はあ、あ、あああああ………!」
 キリキリと肉体と言う音。
 二人は肉体と核を離そうと刀を内側へ力を込める、だがその無謀な挑戦は死を早めるだけだった。
 「ゴ、ォォォ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 痛みで気が触れそうになったか、触れそうになって痛みで気が付いたか、腕がゆっくりと上がる。
 「あと、少し……」
 違う、まだ遠い、外せる訳がない。だというのに時間があるように錯覚した二人はいつまでも腕には気づかない。このままでは――――――――
 「死にたいのか餓鬼共っ!」
 聞いたことの無い怒鳴り声、肩が震えた。
 「え――――」
 振り返る、立っているのはローゼンと、ワイツだけ、まさかワイツに怒鳴られた。
 「下らない正義感で死ぬのかい、生きる事を放棄するのか」
 呪詛のような言葉は二人の耳に綺麗に響いた、欲を出しすぎてここで死ぬか、押さえつけながら生き延びるか、武器を捨てるか、身を捨てるか―――――――
 「死んで――――――
 ――――たまるか!」
 二人は岩に足を向け蹴った、刀を抜く時間は無い、腕は既に頂上から降り始めていた。
 「ゴォォォォォォォォォォォォォン!!」
 風を被った石斧が二人の居なくなった空間を横切る、ぐにゃりと斑匡がその餌食になった。
 ズシャリ、ドサリ、二人は仰向けでコンクリートに落ちた。
 「いたたたた、クソ斑匡が!」
 立ち上がる孝太、最初に見たのは核の横に突き刺さる二本の刀、内一本は石斧によってだらしなくひしゃげてしまった。
 だが―――――――
 「―――――――――」
 ガキン、と曲がった刀はまるでゴム棒のようにもとの形へと戻ってしまった。
 「何て丈夫な刀、アレが刀匠斑鳩の作品ですか」
 驚きはローゼンのものだった、どんなに焼きが強かろうと曲がれば戻る刀など存在しない、一体あれは何で出来ているのだろうか。
 「タイラント、期を逃すな!武器の無い下等生物だ、お前なら潰せる!」
 イリスの声、タイラントは痛みも省みず動き出す。

 「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン」

 「ローゼン、さっきのヤツもう一回だ」
 シンは振り返って先ほどと同じ弾丸を頼んだ、しかし―――――
 「撃ち止めです、もうありません」
 「なんだって!」
 もっと作っておけ、なんて孝太は心の内で叫んだ。
 「はははは、おしまいだな下等生物っ!」
 般若の如く、イリスはタイラントを動かした。
 「潰れろォォォォォォ!」
 両腕が上がる、右に孝太、左にシン―――――――――ミンチ。
 走馬灯、という言葉がある。
 人は死ぬとき全ての動きが遅く見えてくるという、そうしてこれまで見てきたことしてきた事を振り返る映像が流れてくるという、死を覚悟した人間に対しての神が最後に用意した思い出の映画館とでも言おうか。全てを振り返り自分の行いとこれからを知り、そうしてこの世から消える。理化したとき人はこの世には居ない。
 「――――――――!!!」
 目を瞑る、映画館ならば暗闇で見るのがマナーだろう、これで終わりかと思えばそこまで。だが、言える事がある。
 死ぬときに観るのが走馬灯ならば、死ぬ寸前に居る自分が走馬灯を見ていないのはどういうことだろうか。
 おかしい、考えてみればアレから一分弱いつまで経っても衝撃はない。
 (―――――――――)
 ゆっくりと、恐る恐る目を開けた。
 そして見開いた。

 矢、矢、矢、矢矢矢矢矢矢矢矢矢矢矢――――――――

 タイラントが串刺しになっている、赤い矢、白い矢、青い矢、どれもこれも光を放っている。人間の技ではない。
 「タイラント!」
 イリスの声で我に還った、隣では孝太も同じ状況だった。タイラントに刺さった矢は三十本あまり、まるで夜のネオンのように輝いている。
 「お前らは生きる事を選んだ――――――」
 後ろから近づく足音、何か言っている。
 「だから、死にたく無いと思うのなら助ける」
 ワイツ、彼女の矢。
 「立ちなさい、死ぬわよ。助けるといってもお前らが立ち回れなければどの道死期が早いか遅いかの違いしかない」
 そう言うと今度はイリスに向いた。
 「お前の技術は褒めてやろう、だが外で作ったものがどれほど硬かろうと『脆い』と言う言葉はついて回るものだ。肝に銘じておけ」
 ワイツが刺した矢は核の周りから始まって間接や首周り、指の関節までもがある。
 「体の、脆い部分を狙った、のか」
 「察しがいいのね、だったら立ちなさい。死にたいの」
 喉で笑ってワイツは言った。
 体力残っている、ただ精神が唐突過ぎる現状に追いついていないだけで。
 「このアマがァァァァァァァァァ!!」
 「餓鬼の遠吠えなぞ、聞く耳もたないわ」
 「キサマ、何者だ!」
 座ったまま動けないイリスは指を指すことでワイツと体等になろうとしていた。
 「ローゼン・フェルドの元同僚、と言っても私のほうが強いけどね」
 それは判っている、あの硬い岩に矢を刺した時点で力量など見極められる。
 イリスが言いたいのは根本的なこと、もしかして論理では説明がつかないことかもしれないがそれでも聞かずに入られなかった。
 「馬鹿ね、アレを目の辺りにしても判らないなんて、本当の莫迦?」
 「―――――――――!」
 「あれは、炎と水と空気の矢。五大元素と三大空素の具現物よ、わかった」
 言い捨てるように言うとワイツはタイラントへ振り返る。だがイリスは――――
 「ふざけるな、五大元素だとっ!そんなものを具現物に出来る人間が居るものか!それでは神の力ではないか!」
 「なんだ、判っているじゃない、餓鬼」
 一際、殺気を大きくしてイリスを睨んだ。ゾクリとイリスの背筋が凍る。
 「そうよ、私は特務局第十七課・聖イスカリオテ機関所属ワイツ・ローネ。神の力を唯一行使する事を許された外れた人類、目的としてはあなた方の生みの親を殺すこと、だから死んで」
 まるで、朗読のような言葉、イスカリオテ、それはたしか外れた者を処分する役割を居った裏機関、ローゼンすら知らない、道の機関では―――――
 「それにね、IADはこんな雑魚を相手にしているほど暇じゃないのよ、あいつらNヴァージョンまで作ったらしいじゃない。そうなると餓鬼、あんたも対象外なんだよ」
 「Nヴァージョン、NHVDですか」
 「お前のところでどういうかは知らないけれどそう言う事でしょ」
 興味があるのか無いのかワイツの口ぶりからは判らない、けれどNHVDというものが危険だと言う事は二人にもわかった。
 「ワ、ワイツ、さん。タイラントをどうするんだ」
 「ワイツさん?丁寧な坊やね、これはこの場で倒すわ、あなた方もこんな通過点で死ぬわけにもいかないでしょう」
 「そうしてくれるとありがたいね」
 不貞腐れたように孝太は言った。
 「でもあいつから聞いたけど――――」
 ワイツはつい、とローゼンを見た。
 「これは坊やたちの戦いでしょう、全てを終わらせるのは私の役目じゃないわ」
 パチン、とワイツが指を鳴らす。

 ドサリ、ぼとり、

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン
 叫びは本当の風となり全てを吹き飛ばしそうになった、ワイツによって斬られてしまった自分自身の両腕とともに。
 「すご、い……………」
 一瞬だった、両肩に刺さった赤い矢、根元から膨張したと思ったらすぐに収縮し両肩が離れてしまったのだ。神の力とは一体何なのだろうか――――
 「ほら、これで刀が取れるでしょう。さっさと片付けてよ」
 「………………」
 立ち上がり、シンはタイラントへと近づいた。
 「孝太」
 振り向かず、シンは孝太の名前を呼んだ。なんだ、と疲れた声で聞き返した。まさかここまで来て下らない事を聞くことも無いだろうと。
 「斑匡、借りるぞ」
 「…………はっ、お前のだろうが」
 間違いだった、ここまで来て一々他人に気を使うのが斑鳩だったと孝太は再度認識した。
 「はっ!」
 どず、と榊と斑匡をタイラントの腹から抜き取った。腕が無く暴れらないタイラントは小さく唸っただけで往生際悪く暴れると言う事をしなかった。
 いや、腕があろうとも暴れなかったであろう、目の前には神が居るのだから。
 「やっと、全部、終わるんだな」
 「グゥゥゥゥゥゥゥゥ…………………」
 腹をくくった魔物はもう動かない、シンは一度だけ呼吸を整えると視界をアウトした。
 「散り花―――――――」
 感覚を研ぎ澄ませる、目の前にいる巨体を全て感じる。
 「最終技――――――」
 下準備は万全、最初からこの技は榊と斑匡が無ければ出来ない妙技であり最後の技だから。
 「『百花――――繚乱』!」
 感覚を全開にする、二刀流を目前にした孝太は切っ先を捕えきれては居ないだろう。
 上下左右、前後左右、三次元と呼ばれる空間全てを隙間無くその刃で埋め尽くす、高速にも似た光速、全てを切り裂いた――――――――
 「―――――あっ!はあ、はあ――――あ、はあ……っ!」
 シンが目前に現れた、けれども体力消費が激しい。それほどまでの速さと強さを誇る百花繚乱は諸刃の剣でもあった。
 「イ、リ―――――ス……………」
 タイラントは主人である者の名を呼んだ。タイラントは他のHVDとは違いイリスに生き物扱いをされていた。それは単に強いからであろうか。
 イリスの感情は欠落していたはず、その彼が一番に考えたのが感情を取り戻す事だった。それを助けたのがタイラント、のはずだった。だが今あのタイラントは居ない。結局最後にイリスは感情を捨てたのだ、だからタイラントが滅ぶ時も何も言わない。それでも優しさと言う物があるのならばイリスは強制剤を仕込んだ針を使わなかった、それは感情だろうか。
 ざらざら、とタイラントは消えていった。ただの砂と化し強風とともに空へと流れていった。
 どさり、孝太の横で誰かが倒れた。
 「斑鳩っ、大丈夫か!?」
 「…………疲れた、だけだ………すぐに、立てる」
 どう考えてもすぐには動けそうに無いと判っているのに、孝太は立ち上がり斑匡を拾い上げた。
 向ける先にはイリス―――――――
 「で、あいつ倒すのかあんた」
 「だったら?」
 孝太はイリスに向けた刃をワイツに向け直した。動けないイリスは驚きワイツは殺気を帯びる。
 「何のつもりだい餓鬼?」
 「あんたに、イリスを殺させない。フェアじゃない」
 「…………」
 「これは俺たちの戦いだった、それをあんたは介入した、助けてくれたのは嬉しいがそれだと平等じゃないだろうが。イリスは逃がす。斑鳩もそう思っているはずだ」
 自身に向けられた殺気と戦いながら孝太は口にした。どう考えても非常識相手に喧嘩を売っている状況だ。今まで喧嘩を大量にしてきた孝太でも確実に自殺に近かった。
 「………………ふ」
 ワイツは歪めた口の端から小さく笑いのようなものがこぼれた、とたん殺気が嘘のように消え失せた。
 「ふふふ、あははははは、面白いわね今日日の坊や達は、いいわ助けてあげる。あなたもあのイリスも、でも今度あったら」
 「うっ―――――――」
 ゾクリ、とワイツの淫らな目が孝太に向けられる。
 「少し、付き合ってもらおうかしら。あんたに、ね」
 「冗談…………!」
 「ふふふ、威勢はいいのね」
 くるり、と踵を返すとローゼンの元へ歩いていった。
 「本当に面白いわねあなたの仲間は、戦闘意欲をそがれちゃった」
 「何を、最初からイリスを殺す気なんて無かったくせに。あなたは無駄な戦闘はしないでしょうが、とくに他人の戦いに勝手に入った時なんかは」
 すれ違い様、二人はそんな会話をした。
 「じゃあ私は消えるわ、もう用はないし」
 しゅん、と忍者のように跡形も無くワイツは消えてしまった。最後に指を鳴らしたようだがそれも定かではない。
 本当に風のような時間だった。
 「け、動けやがる」
 悪態をつきながらイリスは立ち上がった。
 「ローゼン、俺をどうする。殺すか?」
 「はあ、あなたに力はないし、殺すことも出来ません。残念ながらまた追いかけっこですね」
 「そうかよ、逃がすって言うなら俺はそうする。でもな、早い所捕まえに来いよ、お前が死んだらつまらないからな」
 ビルの端に立っていたイリス、重力に従い笑顔を残して落ちていった、まさか地面にぶつかるような事はしまい、あれが移動方法なのだから。
 「ああー!終わったー!」
 ばたり、と背中からシンの様に倒れる孝太。
 「無茶、ばかりだな、孝太は……」
 「なんだ、喋れたのか?」
 「まあな、喋るくら、ならできる」
 それでも呼吸が大きい事に孝太は気づいた。
 「あんま、無理すんなよ。したで葵が待ってんだろうが」
 「水野も、な」
 二人で笑いあった、やはり最後は笑うのがいい。笑っていれば何でも解決できそうだから。
 「ところで」
 いつの間にか、笑顔のローゼンが居た。
 「あの報道女性が居ませんでしたね」
 そういえば、と孝太が今の今まで忘れていた天敵の事を思い出した。
 「まあ、夜も遅いし、気づかなかったんだろうな」
 よし、と体だけ上げたシンが言った。
 「ああ、いえ、間違えでした」
 ローゼンの声、今度は幾分遠くから聞こえてきた。いつの間に移動したのかビルの端に立っていた。
 「遅くなりましたけど、ロケバスみたいなのが来ましたよ」
 「は〜!?」
 「またかよ〜!」
 二人はいい加減にしてくれとばかりに月に向かって叫んだ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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