そうして、二人は記月記を連れて降りていった。 「話し合いが終わったようだな」 「そのようですね、これであなたも心置きなく戦えるでしょう。以前のように逃がすような事はしませんよ、今日この場で完膚なきまでに滅ぼし尽くします」 ローゼンは二人が降りる間イリスと睨みあっていた。そのおかげで十分な会話が出来たわけだが…………………時間が来たようだ。 「孝太」 「ああ、来るな………」 シンは持った榊に手を、孝太は背中に納めた斑匡に手を添えた。 「前か、後ろか。何処から来るか当ててみな」 イリスはもう一度瓦礫に座りこの場の雰囲気を楽しむように笑った。
遠く、地平線も見えない凹凸の集まりである街並みの奥。跳び跳ねるようにビル伝いに距離を縮めてくる。ビルを踏むたびにコンクリートがつぶされる豪快な音が響く。中に居た人間は皆驚いている事だろう。ソレが目指す廃ビルはここまで足場としてきたビルよりかなり階層の差がある。見上げる光景は巨大な塔の様だ。そしてその廃ビルの真下に到着した。 「――――――――――――――――――イ、リス」 主の気配を感じたたらに似た動作で地面がへこむほど蹴りつける。 飛び上がった、弾丸のごとくその巨体は飛び上がり空へと吸い込まれていく。その途中人間の驚きの声が聞こえた気がしたが、振り返る事も無く目指す屋上まであと僅か。だがやはり巨体が飛ぶ速さは限定されているようだ、蹴り上げた勢いは徐々にその速度を落とし電車が目の前で停止するような感覚に似ている。 全ての景色が止まる寸前、力強く鉄骨の淵を掴んだ。そして腕力に任せて身体を頂上へと上げた。
何かを掴む音、空耳や風の音ではない。最大の凶暴性と力強さを感じさせるソレが勘違いのはずが無い、そしてソレは力強い腕使いで己の巨体を彼らのは左側から現した。 「っ、――――――――――」 先に反応したのは孝太だった。柄を握り締め風のごとく零モーションで走る。三歩と使わずタイラントの懐へ潜り込み握っていた手を何かの素振りのように振った。巨人の後ろは何も無い空間だ、下がったり押されたりすれば確実に落ちる。一撃に力を入れ孝太はその刃を岩肌へと叩きつける。が―――――――― 「ぬっ……………!」 硬いモノ同士がぶつかる高い音、その音に孝太の唸りは消えた。孝太の動きが瞬速ならば巨人の動きは神速か、懐に入られて刀を叩きつけられるまで一秒以下の速さだった、その僅かな時間で重い腕を動かし腕の側面に刃を出現させたならそれはコンマ以下の動きだろう。力を入れ孝太はその刃を斬ろうとしているのだろうか、僅かにキリキリと刃が擦れ震える音がする。だというのに巨人は微塵も動いてはいない。 目の前に振り子がやってきただけのように孝太を何の障害とも思っていないように見下ろした。 「…………だめ、か」 僅かに舌打ちをしシンの所まで戻った。 「ちぇ、何か以前より硬いぞあいつ」 何が不満なのか孝太は足元の砂利を蹴った。 「でしょうね、あれは今まで戦っていたタイラントとは違いますし」 何を、言っているのだろうローゼンは、こちらは刃こぼれ覚悟で飛び込んだというのにあちらの凶器には傷一つついていないじゃないか。息を吐いて口元をゆがめる。 「どういうことだ、ローゼン」 「あのタイラントは以前お二人が戦っていたタイラントを食べたようです」 「なっ!と、共食い!」 孝太は背中で驚いた、共食いなんて言葉今まで使った経験が無い。だと言うのに目の前の不吉はそれを実行した結果だと言う。 「タイラント、かける二倍、ですね」 「冗談言える状況かよ!」 「答えは後だ、今はあいつに一撃くれてやるのが先だろう」 シンは孝太のように突撃タイプではない、慎重に相手を観察するのは隙を見つけるためだ。その結果タイラントの大きな違いを見つけることが出来た、コアの色、以前の色は赤かった気がする。ソレが今身体の中心で光っている宝石にも似た命はその実、宝石だった。青みがかった無色透明に似た不思議な色はアレだけ取り外せば一世一代の宝石として相当な価値がつけられそうに思える。だが、ソレは一つの宝石としての事でありあのような怪物に価値をつける物好きは居ないだろう。 「いくぞ!」 走り出したときシンは気づいた。そうだ、答えは見つけたじゃないか、傷がつかないのならば弱い部分を叩けばいい、と。 「倒す………」 言葉らしい言葉がタイラントから漏れた。珍しい現象だ、タイラントは暴君と言うからには主人以外の声は聞き入れない存在のはず。それが自分の感情を剥き出しにして言葉を発したのだ。自分よりも劣ると思っていた存在に攻撃された事が癇に障ったのだろうか。 「覚悟しろ、狙うは一点――――見極められるかな」 更に足に力を込め速度を増す、それをなぎ払うように刃の生えた二の腕をシン目掛けて振り下ろした。 腕の勢いでその場にだけ風が舞った、直撃ならばシンはグロいオヴジェに変わっていただろう。だが、そんな過ちを犯すほどシンは孝太のように突撃タイプでも無鉄砲でもない。 一瞬だがタイラントが顔をしかめた、なぜか懐にはたった今肉片に変えたはずの敵がいたのだから。いや、暴君自身手ごたえが無い事に違和感を感られる生き物だ。 自分が打ち損じた事ぐらい理解できる。 「そこだ、一番もろい所!」 そして、見極めた場所目掛けて刃を突き出す。瞬間的に刃を横に倒す、狙うは唯一つ核とそれを形成している肉体の隙間。 そう、傷が附けられないのであれば意思を固定している部分を意図的にくり抜いてしまえば良い、当然それがたやすくない事ぐらいタイラントの防御力を知っているシンには判った。だからこそ、今試すのだ。 ガギッ―――
狙いは完璧、一瞬で見極め大きく開いた隙間に刃が入り込んだ。 「 っ! ッ! !!」 断末魔、そう言えば伝わるか、タイラントの叫び声は台風のような轟音。いや実際の台風だった。 「ヒットアンドアウェー」 冗談交じりに言いながら逃げるように孝太の横へと着いた。 「よく判ったな、あそこが弱いって」 「ゆで卵の黄身だって葵が教えてくれたんだ」 得意げにシンは榊を構えて言う、この非常時に聞きなれない言葉を聞いて二人が首をかしげた。 「はい?中心が弱いってか」 「そんなところだ」 二人がたわいも無い会話をしている間も攻撃を受けたタイラントは片手で腹を押さえながら暴れていた。造りの弱いこのビル、ただでさえタイラントの重みで穴が開きそうなのにばたばたと暴れられては本当に穴が開きかねない、下で待っている二人に当たっては大変だと攻撃の二手目を考える。 「で、あの部分が弱いのは理解したけどよ、もう一度当てられるのか?」 孝太は暴れ回っているタイラントを指差した。一度振れば台風で更に何度も振られてはハリケーンのように舞う風の中突撃すれば八分割ぐらいになってしまうだろう。 「忍耐で頑張れ、振っている腕は一本なんだから必ず入れる隙はある。そのときが勝負だ」 攻撃方法を孝太に伝える、けれど否定の言葉もあった。 「そんないい加減な戦い方通用するとでも思うのか」 「え?―――――」 聞きなれない女性の声、はっきりとした物言いは全ての男を罵倒するような冷めた声であり自分を常とする自身の表れでもあった。 「なぜ、ここに………」 先に振り返ったのはローゼンだった。 建設途中になっている給水塔の上、翳りを失い煌々と輝く月を背に一人の女性が全てを観ていた、ローゼンも手を出さないのであれば最初は無視をしていたようだがそうも言っていられなくなった。彼女は生粋の戦闘員、目の前で怪物が戦っていれば闘争心に火が点くと言うものだ、だが彼女は冷静なままローゼンの元へ飛び降りる。 「なんだ、また下等生物が増えやがった」 悪態はイリスの声だった、だがいつも冷静で笑顔のローゼンがこのときばかりはイリスの間違いを苦笑で流した。 ジュンッ、ビュンッ、バシンッ、金髪の女性が一瞬手を振り何かを投げる真似をした、いや風がなっているのであればそれは何かを投げた証拠に他ならない、ただその動きが見えなかっただけで。 「っ――わっ!」 次の瞬間、イリスは尻餅をついていた。長いズボンの裾には三本の矢のようなものが刺さっておりそれに足を取られたようだ。 「餓鬼の分際で目上をなめるな」 イメージどおり金髪の彼女は端整な声をしていた。 ワイツ・ローネ―――ローゼンと同じくしてHVDの破壊を目的にしている女性だがローゼン自身彼女のほとんどを知らない。 「くそっ、なんだこれ、外れないっ!」 「当たり前だ、人に創られた者が人を創る者の力を行使できるはずが無いでしょう」 棘のある声は自分の行った事を悔やんでいるように聞こえた。私は何を馬鹿な事を、と。 「ローゼン、誰だ」 と、ここまで黙っていたシン、孝太も一緒に同じ質問をした。 「彼女は……ワイツ、ワイツ・ローネ。私の元同僚ですけど、はっきり言って拒絶反応の対象です」 目を向けるのも厭なのか、ローゼンは不機嫌だった。 ここまでローゼンを不機嫌にするワイツと言う女性、その格好からも二人は少なからず興味を持った。 「ふ〜ん、元同僚ねえ…………突付き難そうな女だな」 「下手な事を言いますと、イリスに刺さっている矢が心臓に来ますよ」 その言葉が冗談ではないと言う事を悟ったか、孝太は背筋が寒くなった。 「お〜、怖い怖い」 それでも口だけはいつもの強気なままでいた。 「それにしても、何故に出てきたのですか。アレを倒したとて目的は果たせないでしょう」 ローゼンは畑違いの戦闘に参加するかもしれないワイツに言った。目的が一緒でもワイツが無駄な争いをするほど酔狂ではない事ぐらい知っていた。 「だが、アレを倒さないとこの街の被害も拡大する事ぐらい知っているでしょう。だったら早いところ終わらせようと思ってね」 「ふん、勝手な」 会話では何も無いように聞こえる内容も心の内では一触即発の状態であった。 「ここで三つ巴は止めてくれよ」 シンはこれ以上のいざこざはごめんとローゼンに訴えた。 「判っています、戦った所で彼女に勝てる自信はありません」 弱気な発言、ローゼンが下手に出るほど彼女は脅威なのだろうか。シンは判らなかった。 「威勢のいい坊やね、そう言う子好きかも」 言って敵意にも似た笑顔を向けてきた。悪寒、寒気、脂汗、いずれも誘うほど誘惑に満ちていた。
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