「が、ごっほ………ああ、っ、がは……………」 自らの心臓を加減も無く、まさに止める勢いで殴り鼓動を正した。 「何やってんだよ孝太、戦う前から死ぬ気かよっ」 「黙っていろ、ここからは俺が加勢しないといけないんだよ。だったらコンディションは俺が整えるんだよ。口出しすんな」 「…………………」 言うとおりにするつもりは無い、ただ孝太の迫力と決意に押されただけ。もし記月記が同じ人間だったらこの会話に終わりはこなかっただろう。 「解ったら、上に着くまで黙っていてくれ。そうした葵も居るからよ」 「解った」 「はやっ!」 はあ、と息を吐いて完全に自分の呼吸を制した。これならいける、あがりながらそう思い残り数段を数えるところに来た。剣戟は尚強く尚狂人に思えるさばき方。 覗いてなんか居られない、呼吸正常、心拍正常、なら後は――――――――――
「 !」
何か叫んだ、斑鳩の叫びで孝太は飛び出した。
「よお、待たせたな。生きてるか斑鳩」 この場にそぐわない声、その場に居た全員が振り返る。 「孝太!?」
自分は何をしている。 「くっ、はあ!」 繰り出す剣戟は迷いが混ざり人形がかわせない事は無い。孝太の六倍なら尚更だ。 「はあ!―――――――――たあああっ!」 バキン、かわされ人形の流れのままに身体がつまずく。 何をしている。 「……………」彼か出る声は無く、ただひたすら強くなった身体を行使し言われたままに剣を振り目の前の敵と言われる彼を倒す。その目は既に死に体だ、無駄に考えることなく無駄に動く事も無い。それ故に純粋の凶器であり狂気である。 喜怒哀楽、いずれも解さぬ人形の前で彼の攻撃は道端の石と同等。ならば――――― 何をしている。 戦う意味はあるのか、放って置いても害にはならない。なのに主は倒せと言う。それは何故だろう。 「だあっ!はあっ!せいっ!…………」 抗う声は目の前から聞こえてくる。ああ、そうか石とて躓けば災害の引き金になる、ならそうなる前に砕いておけばそれも無い。 石橋を叩いて渡る。疑問は出て消えて、やはり純粋。目の前の石を叩く。
(なんて、ことだ) 出す剣は弾かれる。一撃ごとにそれは自分を上回る。 (おかしい………くっ) また一撃の下に流された、今度は横を通り過ぎてつまずきかける。何て無様。 「はあっ!」もう一度榊を振る。一部の狂いも無く駿足の速さで人形の目の前に落とす、距離にして数センチ。避けられない、だというのに。 (なっ!――――――――――) どんな動きなのか、消えるように残像を残し榊の目の前から消失。出たのは自分の。 「右か!」 そのまま横一線、片手の力で弧を描いてなぎる。それも無駄。ガキン、と夜の空気に剣戟が響いた。 (くそ、自分は何をしているんだ。こんな人形に圧されて刀が鈍っている) 解っている、何かに圧されて気を揺らげて刀に集中が行っていない。こんな戦い方彼が見ればなんと言うか。奥では葵がやはり心配そうな顔をしている。不甲斐ない、自分に力が無いことなど先刻承知、だったら、その何かを見つけて。目の前の死体を斬ってみろ! 「はああああああああ!」 繰り出された力は無我夢中から出た一撃、その純粋な力はただの一度だけ人形と同等になる可能性だった。 「――――――――――!」 出たのは人形の驚きか、石が隕石となった瞬間の光景は眩しいほど力強く、自分をも凌駕する。 オリジナルと同等?冗談、彼は孝太以上だ。 (じゃあ、俺は何を怖がっている。何でこんな人形に煩わされている。何をされた、何を行った、何を―――――――) 謂われた………………… 「死んでいるかもな」 誰が―――――――――― 「あの餓鬼、もう死んでいるかもな」 餓鬼。ああ、孝太の事か?死んでいるのか、ならもうここには来ないだろうな。 何せ死んでいる―――――――――――――? (はっ?何を言っている、何を戯言) じゃあ何故情報と言うコアは四つ、残り六つは何処へ行った。四つで死んだんじゃないのか?だったらここには来ないぞ。 (だから、何を 戯言、孝太は来る) じゃあ、剣戟が鈍る理由は……… (それは……) 「―――――ぐあっ!」 またやられた、何だってこう何度も止めを許すチャンスなんか与えているんだ。なんて不条理、こんな結果彼だって望んでいない。 だから、彼は来ない。 だから、彼は来る。 おかしい、誰の声だこれは。俺の声じゃない。自身以外の声は誰からだ。確信があるのに何故刀が鈍る。 「孝太は―――――――――来る」 だったら、何故こんな事に。 「あの餓鬼、もう死んでいるかもな」 (ああ、そうか、そんな下らない事か) 要するに、自分は踊らされていただけ。今の声は自分であって自分ではない、無意識の声だった。榊の威力が落ちたわけじゃない。ただ単に自分が考えすぎていただけか。 (孝太は来る。それだけなのに―――――――――) 自分を見失うとは、情けない。 それさえ信じれば、なにも無いじゃないか。 「切れ味の悪さは、気持ちの揺らぎ。はっ、江戸の武士じゃあるまい」 莫迦は自分で馬鹿はイリスか、そんな些細な事で自分は惑わされていた。 「―――――――――」 身の危険を感じたか、人形は慌てたように斑匡(複製品)を振りかざしてきた。だが―――――――― バキン、という一際高い音が響いた。月はいつの間に出ていたのだろうか、見下ろす姿は誰かの勝利に微笑んでいるのか。 「孝太は必ずくる!」 力いっぱい、自分の弱さを吹き飛ばすほどの大声で叫んだ、誰もが息を飲み音源を凝視する。賛同する目は喜びに、不快に思う目はより凶悪に。その中で人形だけ純粋な目だで死んでいた。 じゃり、と砂を踏む音が聞こえた。一人の気配が増えた。解っている、口元は笑みを浮かべているのが自分にもわかる。
「よお、待たせたな。生きているか斑鳩」
振り返れば場にそぐわない笑みがある。 「孝太!?」 嬉々としてその場の誰もが受け入れた存在、藤原孝太の姿だった。 「ったくよ、何力いっぱい叫んでんだよ。聞いてるこっちが恥ずかしいだろうが斑鳩」 叱る声は嬉しく、生きていた事に感謝しているように聞こえる。 「孝太――――――来てくれたんだな」 今更ながらシンはそんな言葉をもらす。 「当たり前だ。ああ、それとこいつもいるぞ」 くるりと向ける背中に記月記がぶら下がっていた。 「あ、キックンだ」 離れたところで葵の声が届いてきた。ビクン、と耳を動かして記月記が振り向く。自分が目的とした彼女を捕らえると。 「降ろせコラ!」 背中にパンと蹴りを入れて刀の鞘から降りた。孝太もご苦労だな、とシンは息を吐く。 「おや、ずいぶんと遅刻ですね藤原君」 その光景を無視してローゼンは言いたい事だけを言った。孝太はイリスを挑発したローゼンを未だに許していない。だからこの言葉だって自分にとっていい物ではないと思っている。だから。 「…………何だ、居たのか」 と、文句の一つでもつけようと思ったのだがローゼンの後ろに居る二人を見ると庇っていた事が予想できたのでそれも失せた。 「……………遅れて悪かったな、唯と葵を守ってくれてサンキュウなローゼン」 なんて、ふてくされながらもお礼を言うあたり孝太らしい。そんなぶっきらぼうな言葉にも 「いえいえ」 なんて笑顔で返すあたりローゼンも寛大だ。 「で、アレは何の冗談だ。俺のそっくりさんか?」 孝太は今まで無視を決めていた自分の模造品を見た。 「ああ、アレですか?子供の遊びで作られた人形ですよ。地上のコアの継承能力を絶ってアレにあなたの行動と力を記録させていたんです」 ん?と機微をかしげる孝太。ともかく難しい事からかたそう。 「継承能力って、なんだ?」 「何でも地上に居たコアは一体倒されるごとに自分を倒した相手の力を次の生き残りに伝えて敵を凌駕するらしいですが、イリスがその能力を絶って能力の把握のみを優先し短です。ですから弱くありませんでした?」 なんて軽い口で聞いてきた。ああ、そう言うことかなんて笑ってみる。記月記の言ったとおり自分は何だって苛立っていたのだろうか。こんな、下らない事で…………… で、そのあたりの会話は結構長かったようにも思えたのだが孝太の足元から十数センチはなれた所では。
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