「おい、まさかビビッた訳じゃないよな。頼むぜ、さっきの威勢がそんな簡単に無くなるなんて嘘だろ?」 明は孝太を心配しているわけじゃない、ただ此れしきの事で自分の気分を害されるのが厭なだけだ、死ぬのなら最後まで戦って死んでみろ、そう言いたいのだ。 「聞いてんのかよおい!こっちを見ろ、見て俺と戦え、ただ単にお前と同じ片腕になっただけだろうがっ」 孝太は動かない、絶望のためかそれとも何かを考えているためか、だが明に言わせればアレは何も考えていないのだ。だから彼は心から思った。 ――――詰まらない、と。 「そうかい、そうかい。だったらもういい、お前は威勢が良いからもっと楽しめると思ったんだがな。どうやら見込み違いだ」 悪態をつき、動こうとしない孝太へと一歩近づいた。 「何なんだよお前、知っているか。いや、知るはず無いよな。俺がさっき殺した奴らさ、本能の塊で正直知能なんてからっきしだった。けどな最後まで戦うことを止めなかった。人間はそう言ったところがなっていない。お前も、つまりはそこまでだったってことだな」 更に一歩近づいた。既に孝太に警戒を持っていない。今、明の前に居るのはただの試合放棄をした人間だ。藤原孝太と言う人間など明の頭の中には存在しない。 足は止まらない、二歩進んで孝太との距離は一歩手前。顔を上げれば互いの顔が覗える距離だ。それでも孝太は顔を上げようとしない。 「何か言うことがあるか、ん?」 情けのためか明は孝太に聞いた。 「……………………………」 だが返事は無い、変わりに どさり、と地面に膝が着く音が聞こえてきた。そして手を着いて土下座に似た格好を取る。 「そうかい、じゃあ首取りで勘弁してやるよ。本当は肉片も残したくは無いんだがな」 最後にじゃあな、と腕を振り上げる。 「―――――――――――――――――――――――ク」 その笑い、明は一瞬にして解いていた警戒が本能的に蘇った。すぐに避けろ、そこを退け、そいつは自分を騙した。さまざまな言葉が思い浮かぶ。だというのに、時間だけは待ってくれなかった。 「ギっ!―――――――――――――」 振り返り、その姿だけを受け止めようとした、流れる風は感じた覚えがあり紙一重で腕を払った記憶もある。 解っていた、だというのにそれだは時間だけは止められない。振り返る明の首を裏・刃迅が通過した。しゃがんだ孝太、頭の上を通過した刃迅はまた空高く舞い上がり二度と戻ってくることは無かった。沈黙が訪れる。が、それも数秒のこと。 立ち上がり孝太は明を見る。 「どうだった、今のは?」 先ほどの愕然とした感情など微塵も無い。孝太はただ戦闘を終わらしただけだ。 「ああ、十分だ。よく出来ましたって判を押してやるよ」 明は振り返らない、いや振り返れない。首を動かせば最後の会話が出来なくなるから。 「正直、お前があそこまで避けれるとは思っていなかったぜ。一応最後の切る札だったんだ、あれ」 「ふん、それがどうした。工程や感想など要らん。必要なのは結果だけだろう、片腕になっても弱みを見せない我とわざと逃げたお前。策略にはまっただけのことだ」 明はどこか嬉しそうにそう言った。 「これで俺も兄貴のところへ逝ける。楽しかったぜ餓鬼」 「勘違いだ」 御礼を耳にした瞬間、孝太の目が感情を失う、そんなもの必要ない。お前がそれを言う資格など無い、と。 「勘違いだ、明。お前たちは生まれてきてはいけないんだよ。だから結果を元に戻しただけの話だ。礼なんか言うな、俺は何もしていない」 「――――――――――――――――――――くく、それでこそお前だ。ああ、そうだな俺が礼を言うのはお門違いだな。よし解った。ここでお別れだ」 喉で笑って、更に笑う。明は首が落ちる瞬間最後に
お前と戦えて満足だ、孝太
と、一言残して砂と還った。 「…………………………」 苛立ちは不思議と無い。何故だろうと考えることも無く自然と口元は笑顔だった。 「これで、十体。止まってなんか――――――――――――」 居られない、孝太は踵を返し、廃ビルの屋上を目指した。 「っと、忘れ物、忘れ物」 歩こうとした瞬間孝太は後ろを振り返って地面を見渡す。右から左へ流す中にボロ雑巾みたいにへたれている記月記の姿があった。そこへ歩み寄り無言で片腕を持ち上げる。ブラ〜ン、何て効果音がお似合いの記月記。よしと頷いて孝太は歩き出した。 「……………………………ゼッテーコロス」 記月記も孝太への復習を近い夜風に揺れた。 剣筋は読みきれないものではなかった。ただ筋力が違うだけで他は自分と同等かそれ以下のはず、なのにイリスのいいようにシンは四回目の剣戟をかわす。 「―――――――――」 言葉を解さぬ人形はそれでこそ不気味なのに迫る圧迫はそれに更なる拍車をかけた。五撃目の剣戟、簡単に見えてかなり力を必要とする方法で弾き返すがすぐに重なるようにもう一撃が待っている。 「しまっ―――――――――」 た、と言う間もなく力を抜いてしまった手が弾かれる。榊が中を舞い夜空を後退しながらコンクリートの屋上に刺さった。 致命傷などではない、明らかにシンは七撃目で死――――――――― ガキュンッ!何かがはじける音、そのおかげで人形は一瞬ひるんだ、足を後退させる人形を見てチャンスだと思った、が何が起きたか知る必要があり急いでその方向へ目を向ける。と、ローゼンが銃を構えていた。今のは銃声。 「何をしているんですか斑鳩君っ!急いで刀を拾いなさい。死にたいのですかあなたは!」 ローゼンの罵声が聞こえてきた。見れば葵も心配そうにこちらを見ている。気分が悪い、自分の所為で彼女にあのような顔をさせた事、今にも泣きそうな顔ローゼンの助けが無ければ数秒前に自分の人生は幕を閉じていた。人形は強いが防げないことではなかった、だと言うのに気を抜くと言う失態をした自分が許せない。自分が死ねば彼女は必ず泣いてしまう。 約束した、絶対に泣かせないと。 「負けるかよ、勝つんだ」 奥歯をかんで立ち上がる。銃撃に怯んだ人形はシンが立ち上がるのを確認すると斬りかかろうとする。それよりも早く、シンは榊へ走り出した。 カシャン、刀を石の地面から引き抜くと人形へと振り返る。 「―――――――――」 びくり、と感情の無いはずの人形が震えた。
目を見開け、感情をぶつけろ、目の前の壁を乗り越えろ、その手で勝ち取れ。
「ふっ――――」 一度だけ肺に空気を送った。それが原動力なのか吐く頃には一瞬にて孝太の人形の目の前にいた。 「は、あっ!」 バキン、ぶつかった刃はそれまで以上の音を響かせた。剣先など見ていない、敵をその眼で認識しその者の僅かな動きのみで渡り合う。力で劣るのならば技量のみで上回ってみせる。人形は榊に弾かれ大振りで刀を横へ流し後退する身体でバランスを取った。先ほどと同じ事、それを突いての一歩大きく踏み込んだ。 当たる剣の線はいくつにもなり一歩進むたびに人形はその分下がる。刀は落とさなくとも払いのけることが精一杯だった。 十回避けられたら考えてやる。 後ろで笑っていたそいつはそう言って人形を走らせた。だというのに、そんな言葉など無かったかのように八撃目を人形が出すことは無い。その逆、人形が十回の攻撃を防げたらあるいは――――――――― 「はっ、だああ!―――――――」 圧されてから二分、後退、前進は止まり屋上のギリギリの淵で刀同士をなぎ払っている二つの影。一つは強く打つように、一つは自然に流れるように、それでも優越は変わらない。彼にどれほどの集中力が在るかわからない。その一点を失えば形勢は逆転され元の黙阿弥となる、なんとしてでもこの場でこの不愉快な人形を倒す。力関係は人形が優勢だと言うのにイリスの顔は強張っていた。多分人形が圧されていると思っているのだろう、苛立たしげにその光景を見て眉を上げた。 「クソ、このままだと」 自分が楽しむ前に終わってしまう。決めたはずの十撃の攻防も既に七撃で止まり逆に人形が十撃近くをなぎ払っている状況、人形が力で押されているが決定的に殺されることは無いはず。それだけは脳裏に留まっている。だがこのままではいずれここから落とされるのが関の山。新たに出したくとも手にあるのは死んだ記憶――――――――――のみ、だというのに、冷静さだけはなぜかこと欠かなかった。だから思い出せたのか、十回防げたら考えてやるなどという自分の戯言を。そうだ、あいつは十どころかその手前で勝ちかけている、だったら最初から考えていたことを実行すれば言いだけだ。 「―――――――――戻れ」 人形にシンプルで一番困難なことを伝える。剣戟は更に増え音楽を奏でているようだ。その合間、人形は向かってくる榊の線を横に払った。 「!?―――――」 戻れ、その命令に従うのみで今までの比にならないさばき方をした。今のだったら確実に目の前の敵をしとめられた、だと言うのに人形は主のもとへ戻っていった。初めから感情など無い、実行すべき時は一番に動きその窮地をありもしない力でこじ開ける、だから最大のチャンスとて対比命令でからこそ出たモノに過ぎず人形と戦う剣士に窮地と言う瞬間は無かった。敵が居なくなった場所で剣士は敵の姿を追う。 「イリス、逃げるのか」 「はっ、冗談だろ。ただ遊びを終わらせるだけだ」 手で弄んでいた灰色のコアを握り睨みつける。と、今度は反対の手を広げる、まさかと思った時その予感は当たった。 「これで十分突き放せるだろうな」 気づいた時にはもう両手に情報(コア)が握られていた。 「ちょっとした手違いでな、この二つで打ち止めだ。それでもお前を倒すには十分だろうがな」 クク、と喉で笑い無造作に両手を人形の背中にうずめた。一度だけ、人形は死んだように肩を垂らした。その瞬間シンは動くことが出来なかった。膨らみに膨らんだ強さは死んだ人形から漏れるように流出し生き返るまでの威嚇に感じられたためだ。 「―――――――――、っ、……………………」 人形が動く、先ほどとは違う絶対的な威圧と確実に相手のみをしとめる凶暴な意志。 「あれは、かなり核に近いですね…」 論理的思考を持つローゼンでさえそんな比喩的な表現しか口にしなかった。人形の力は確か孝太の六倍ほどか、自分がどこまで渡り合えるかかなり疑問だが。 「じゃあ俺の出番まで待つとしようかな」 イリスは人形から離れ近くの平らな瓦礫に座った。人形が倒されない限りイリスも最後の砦であるタイラントも出てこない。 「――――まずいなこれは」 絶対的な力の前に追い立てられて尚、口には笑みが浮かんでいる。脳では解っている、自分では目の前の暴力には勝てない。下手に手を出せば確実に呑み込まれる。それでも希望はある、一人で駄目ならもう一人の協力を得ればいいだけの事だ。 (もうすぐ孝太が来る、それまで何とか持てば) 余裕で座っている悪戯者(こども)はこれで撃ち止めと言った、シンだってアレがまだ四つ目だと言う事はわかっている。ならば孝太は四つしか地上の駒を倒していないと言う事だ、ならば残り六つは予期せぬ出来事で消えてしまったとしか思えない。どんな事があったかなど知るよしも無いが孝太はこっちへ向かっていると言う確信がある。絶対的な絶望をも考えさせないほどに―――――――――――だというのに。 子供の思考とは相手の意思すら読めるのだろうか。沈黙は長かった、イリスは人形にまだ指示を下していない。警戒する剣士の表情を面白いように見た後。「お前ら、まさか仲間が来るとでも思っているのか」などと口にした。 「――――――――――どういうことだ」 「だってそうだろ、撃ち止めなんだぜ、もう俺の玩具(おもちゃ)にパーツを付ける事が出来ないんだ。だったらこう考えるだろう、『下で暴れていた下等生物が死んじまってもう敵が倒せない。だからパーツが集められない』だから撃ち止め」 だろ、と楽しそうに剣士を見下した。 「そんなことか、そんな回りくどくなくてもただ単に孝太が全部倒してこっちに来てるかも知れないだろう」 反論する声は怒気を含み下等生物と罵った子供を見る。 「はっ、使ったパーツが四つしかないのにか?十個のうち四個だぜ、どう考えても下で犬死したとしか思えないけどなあ」 言う声は心底楽しそうで戸惑う人間を更に見下す。 もともと、黎から始めて人形を強化したのだ、全体的に十個のパーツ(コア)を使用する事は無い。だがそれはそのことを知っている者にしか解らない事、それを利用するも破棄するも本人の考えいたるところ。 故に、子供は自分の頭を生かし大人を困らせるのだから。
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