夏の朝は割と涼しいと言うがそれは日の出から二時間ぐらいの間、その時間が過ぎれば夏の蒸し暑い空気だけが目立つ朝になる。 こんなに暑いと、特に汗かきの人には体を動かすのも一苦労だ・・・・・がそんな暑い中でも元気な人はいるものだ、この目覚し時計の音が響く家にも。
ピピピピピピピピピピ
目覚ましの音がせわしなく鳴り響いている。 「ん、う〜ん」 半分夢の中にいる状態で手を伸ばす。
カチ
伸ばした手で時計を止め時間を見た。 「・・・・・ん、八時・・・・・・・え?八時!?大変!」 認識した時間があまりにも予想と外れたもので何が起こったのかわからず一瞬目の前が白くなった気がした。 「きゃーーーー!大変大変たいへーーーーん!」 ベッドから飛び起きる。 そのまま慌てて階段を下り洗面台のある脱衣所へ駆け込む、歯を磨いて顔を洗い、黒髪を梳いて学校の制服に着替えた短い袖が特徴的な夏服だ。 行動や服装を見ればわかるが女性、もとい女の子だ。長いストレートな髪と濁りの無い澄んだ大きな瞳が印象的だ。 彼女の名前は坂本 葵(さかもと あおい)この街にある『田町第三高等学校』に通う高校二年生だ。 葵は時間が絶望的に迫っている事を確認して食堂へ入るなり朝食もとらずバランス栄養食で有名なクッキーを口に含みカバンを持ち玄関で靴を履き一気に駆け出した。 「いってきまーす」 玄関を出た所で気づいたように口からクッキーを離し振り返って挨拶をまだ食堂に居る母親に言った。 葵の家はこの街の憩いの場とも言える商店街の坂を下ったところにある。急いでいけばここから二十分弱で校門に滑り込める距離だった。 「はぁ、はぁ、はぁ」 坂を上がった商店街の大通りで葵は息を切らせていた、ここまで来れば後は真っ直ぐ進めば彼女の通う高校が見えてくる。 チラリと後ろを振り向くと商店街の看板が見えた『田町ニコニコ商店街』と書いてある、流石にこの早い時間では水を撒いているお婆ちゃんしか見当たらない。 息を整えながら葵は歩き始めた、ここまで来ると自分と同じ制服が見えてくる、どうやら同じクラスの人間は居ないようだ。 「よし、ギリギリセーフかな」
キーンコーンカーン
ガラー
ホームルームが始まる前の予鈴のチャイムで葵は二年A組の教室のドアを開けた。時間は八時二十五分、セーフだ。 「おはよう」 「おはよう葵」 挨拶を振りまきながら自分の席まで歩く、と、聞き慣れた声が隣から聞こえて来た、その声に振り返りながら鞄を置き席に座る。 「おはよう葵、今朝はギリギリだね」 「うん、おはよう唯、ちょっと時計の設定間違えちゃった」 失敗失敗といった仕草でコツンと頭を叩く。 葵に話し掛けてきたのは水野 唯(みずの ゆい)と言うこれまた女の子だった。 小学校のころから中学校、そして今の高校と言う感じに葵とはいつも一緒にいる幼馴染だ。彼女は特徴的な青い色の髪をポニーテールにしていて背丈は葵よりも少し低かった。 「今日ね、このクラスに男の子の転校生が来るんだって」 「え、本当どんな人、どんな人?」 さっきの落ち着き様は何処へやら葵は身を乗り出し目を輝かせて唯に迫る。だからといって驚く事は無い、昔から葵は新しい物や人に対して他人が見ていて引くくらいに興味を持つ女の子だった。 そのテンションの高さには初対面の人は葵のこう言った裏の行動には正直驚くだろうがそこは幼馴染と言うか唯は動じることなく答える。 「それはねぇ」 「うんうん!」 「分かんない」 一瞬時が止まる。 分からないと言われて何だぁと不満そうな顔で葵はがっくりと肩を落とした。 「でもわからない方が楽しいものね、よし、来たら色々と質問をしてみよう」 拳を握り大きな目標を立てる葵。 「でも俺は納得できないな」 と、唯の一つとなりから声が聞こえた、今度は男のようだ。 「どうしてよ、孝太?」 振り向く唯の先には、顎を肘で支えて面白くなさそうな顔で黒板を見ている。 彼の名前は藤原 孝太(ふじわら こうた)この学校に葵が入ってきた時始めに声をかけてきたのがきっかけで友達になったのだ。がこれには少々食い違いがある。 実は孝太は唯との間には面識があるのだ、幼少のころ唯が通っていた幼稚園にいた乱暴者が孝太だ、何かと衝突していた幼いころの二人だったがそれなりに仲も良かったらしい孝太が小学校に上がった時に唯とは離れたのだが、先日孝太が葵と声をかけている所を目撃、孝太と判るや否やドロップキックをかましたのだった。 話を戻そう。孝太は手を前に握り語り始めた。 「転校生はやっぱ女子がいいよな、長い髪、細い体、透き通るような声いいなあ」 遠い眼をする孝太、意識は既に飛んで行きかけていた、それを見て唯はストレートの鉄拳をかます。 「うごっ!?」 「バカ!」 「何だよ一体、俺が何を・・・」 とそのとき教室のドアが開き担任が入ってきた、生徒達は足早に自分の席に戻り教室が静かになる。 「まあ騒ぐ気持ちもわかるが、落ち着け、今日は―――」 言いかけて静かになった教室を見渡すとキラキラと目を輝かす生徒が一人、葵だ。 「ゴホン、皆も知っているように今日このクラスの人数が増える事になった」 その言葉を聞くと静かだった教室がざわつき始めた。 回りくどいようだがつまり転校生の事だ。教室中から教師に質問の嵐が飛ぶ、外国人か、背はどのくらいか、など。 「大人気だね先生」 唯は皮肉を言うと葵を見たがすぐにはあと溜め息が出た。 「フン、フン、フフフフン――――(おんぷ)」 鼻歌交じりにメモ帳を取り出し聞こうとする事を全て書き出していたからだ。 「ほら静かにしないか!・・・・・・・よし、斑鳩君入りなさい」 担任が呼ぶと少年が入ってきた、その瞬間教室中の視線が集中する。 目鼻立ちは整っており黒い髪は癖がついておらずなかなかの美少年だ・・・・がひとつだけ普通の生徒とは違うところがあった、鞄と一緒に長い何かを入れた袋だった。 彼に視線が行った後、自然とその袋にも視線が集まる。そしてまたざわめきが起こる。 「大きい袋・・・」 それは葵も同じだった、いったい何をそんなに丁寧に袋に入れて持ち歩いているのだろうか非常に興味を引かれていた。 葵はメモ帳の項目欄の最後に。
『袋の中身は・・・・』
と、書き足した。 少年は教室の声や視線にも動じずまるで聞こえてはいないかのような表情で黒板に名前を書き始めた、ご丁寧にも読み仮名付きで。
斑鳩 進 いかるが すすむ
「えっと・・いかるが すすむ・・・斑鳩 進君か、いい名前。あ!メモメモ」 葵は手帳の最初の欄の項目を埋めた。 「じゃあ自己紹介を・・・・って斑鳩君!?」 メモを書き終えた葵が向き直ると進は喋りもせずただ無言のまま窓際の一番後ろの空いている席に座った。 「緊張してるのかな?・・・・・それじゃあ教科書の続きから始めるぞ」 まだざわめく生徒を気にせず担任は授業を始めた。そんな登場のされ方をされれば視線は小声と共に進に集中する、授業にならない。 「ねえ葵、斑鳩君だっけ?・・・ちょっと暗いね」 と、葵を見た唯、だが葵の眼はいっそう輝きを増して黒板を・・・・見えてないな。ともかく葵は謎の転校生という設定を頭で作って自分なりにワクワクしていた。 「孝太〜葵が〜」 小声で隣の席の孝太に唯が話し掛けた。唯一黒板を見ていた生徒である孝太が呼ばれて振り向く。 「どうし・・・・何だ、また始まったのか葵の奴、珍しい物には目が無いのはいつもの事だ、気にしても仕方ねえよ」 呆れた調子で孝太はいった。 そうだねと唯もノートを取ろうと。 「ねぇ唯、唯!」 振り向くと物凄い勢いで唯に迫る葵が居た、そのテンションの高さに流石の唯も少し驚いて引いた。 「な、何?葵・・・」 唯は作り笑いで答えた。 「あとでさ、斑鳩君にいろいろ聞いてみようよ!住所とか電話番号とか。あ、それは連絡網で分かるから趣味とか好きな物とか・・・・」 「ごほん!」 担任のわざとらしい注意に葵は「あ、あはははは・・・・」なんて笑いでごまかした。
キーンコーンカーンコーン
一時間目が終了、葵はこの休みを利用して進にコンタクトを取るつもりだった。 だったが、振り向いた時にはもう進の姿は無くなっていた、机を見る、どうやらあの長い袋を持って行ったらしい。 「あれ?どこに行ったのかな?」 キョロキョロと辺りを見回すが姿は無い、はてと首をかしげていると。 「屋上だよ、さっきすれ違った」 親切にも孝太が教えてくれた。 「ありがとう孝太」 お礼を言って葵は廊下に出る、角を曲がった所にある階段を上り屋上へとダッシュする。 孝太の言ったとおり進は屋上にいた、あの長い袋を持って。 何をするでもなくフェンス越しに街を見回していた、ただ見渡すだけなら大まかに見るはずだが、ちょっと違う、学校からの帰り道からたどり、その近くにある路地や商店街の隅の方まで細かく何か探すように見ている。 丁度そのとき葵が屋上へ来たがただ突っ立っている進を見て少し隠れて様子を見ていた。 (何してるんだろう?) 片手でメモを取りながら一身に進を観察していた、知らずの内に葵はその様子に興奮していた。 (・・・・気配、後か) 進は葵の気配に気づいたが振り向こうとはしない、害が無いと察知したためだ。当の本人はそうとも知らず観察を続けている、そりゃあそんだけオーラを出していれば気づかれるわな。 「商店街か、それとも駅の反対側か・・・」 葵を無視して進は目線を駅へ移す、実はこの町は駅を挟んで二つの町から成っているのが特徴で駅の向こうには大きな公園がある。 そこに何かあるのか進はじっと公園を見る。 「うう〜〜〜・・・・よし!」 何事かブツブツ言っている進、それを見ていた葵はとうとう隠れて観察するのに絶えられなくなり隠れていた場所から飛び出す。もっとも進はそれすらもわかっていたことだが。 「そこの青年!独り言は体に悪いぞ」 なんのこっちゃ・・・・よく分からない第一声と共に葵は声をかけた。 「・・・・・」 呼ばれたから振り向いたのか誰が隠れていたか興味を持って振り向いたのかは分からないが進の口から溜め息が漏れた。 そろそろ時間も押していることを確認して葵には目もくれず横を通り過ぎて階段を下りていく。 「ちょ、ちょっと待ってよ〜」 無視をされた事も気にとめず葵は進の後を追って階段を下りる。 教室のある廊下に出た二人、葵はマイペースにも進の背中に向かって喋り始める。 「ねぇ斑鳩君、とりあえず二つ三つ質問するね。趣味は?好きな食べ物は?家族構成は?朝は何時起き?苦手な物は?それと――――」 二つ三つどころか出るわ、出るわ質問の嵐、そんな質問にも進は何も答えなかったが。 「その袋の中身は?」
ピタ
最後の質問に進は反応しその場に立ち止まった。 「ねぇねぇ、その袋・・・・」 「・・・・・・」 葵に振り返らずため息だけついて進は教室に入っていった。 席まで移動する進を目で追っていると唯が声をかけてきた。 「ねえ葵、どうだった?何か聞けた?」 「駄目だった、失敗」 ちょっと悔しがりながら首を横に振った。 「でも、次の休み時間には必ず」 拳を握りリベンジを誓う葵だった。 だが、休み時間のたびに進は屋上に上がる、それを追って葵も屋上に行き質問をするがことごとく失敗、一言言われてあしらわれただけだった。進がコミュニケーションを取ったのも葵ただ一人だった。 そんな訳で四時間目の授業が始まった、葵は次こそはと心に近い進を見た、と進はなにやらノートとは別の紙に何かを書いていた。
キーンコーンカーンコーン
四時間目が終わると昼休みが始まる、弁当片手に走って出て行く生徒、ゆっくりと食堂に行く生徒、グループを作って食べる生徒、様々だが。 「よーし今度こそ斑鳩君と会話を成立させて見せる!」 三度の失敗にもめげない葵を見る関心の眼が二つ、唯と孝太だった。 「よくがんばるよねー葵も」 「ホントホント、すげ―根性だな、俺なら殴り飛ばしてでも吐かせるけど」 なにやら物騒な事を言う孝太。 そんな声も消し飛ぶ勢いで葵は屋上に上がって行った。 勢い良く屋上のドアを開けると壁に寄りかかっている影がひとつ、進だった。 「ん?」 葵に気がついた進はため息をついた。 「・・・・・・」 「まぁいいからいいからため息は体に悪いよ」 そう言いながら進に近づき隣に座る。葵はいきなり質問をするのを止めて普通の会話から入る事にした。 「どうして誰とも話さないの?」 質問には答えようとはせず一枚の紙を胸のポケットから取り出して葵に渡した。 「何?」 紙を受け取って開く、と、紙には葵がしたいくつもの質問の答えが書いてあった。授業中に書いていたのはこれだったのだ。それを見てえらく喜ぶ葵がいた。 「わぁ、ありがとう。あ、でも袋の中身は書いてないね」 答えの欄にあの袋の事が書いてないとわかり葵は進を見る。 「知る必要は無い」 それが答えなのか前を向いたままそう言って進は階段へと歩く。 「言いたくないならいいよ、これだけでも嬉しいもん」 そう言って進を追いかけようと歩く葵、と急に足元が暗くなった。あれと思い立ち止まる。
ドサ!
すぐに明るくなったと同時に後から音が。 「え?」 振り向くと見た事の無い黒い塊が、みるみる内に固まりは人の形を模していきまるでサルのような格好になったその体は岩のようにごつごつしている。 「きゃーー!ば、化け物!」 その悲鳴を聞きつけた進が屋上に戻ってきた。 「出たな、覚悟!」 進が立ちはだかり袋の口に手をかけた、それを見た化け物は屋上から飛び降り他の家の屋根づたいに商店街の方へ飛んでいった。 「待て!」 慌てて進は化け物の後を追った、一人残された葵も慌てていた。 「い、今の何?・・・・・・・あ!追いかけなくっちゃ」 なぜ追いかける・・・・・・まぁいいか 一階の下駄箱で靴を履き替える葵を唯が見つけた。 「どこ行くの?葵」 「ごめん早退するからそう言っといて」 そう言うと走って進の後を追っていった。 「え、ちょっとどう言うことよ〜!」 教室に戻った唯は孝太に葵の事を話した。 「何だそりゃ?」 「いいから私たちも行こうよ!」 突然の提案に孝太は呆然となった。 「授業はどうすんだよ!」 「いいから行くの!」 半ば強引に孝太を連れて行き二人はあおいの後を追った。
葵は商店街に位置する田町病院の前に来た所で進を見失ってしまった、しばらく辺りを探していると・・・・・・。 「お〜い葵〜!」 後ろから唯と孝太が追いかけてきた。 「どうしたの二人とも?」 肩で息をしながら孝太が言った。 「はぁ、はぁそれはこっちのセリフだ!いきなり学校飛び出してどうしたんだ?」 葵は屋上での出来事を話した。 「で追いかけていったら見失っていたと」 「うん」 ため息をつく孝太そんな孝太の横から唯が言った。 「でもこの辺りで見失ったのならこの近くを探そうよ」 「うん」 で、重点的に病院の辺りを探した。 「おい!」 突然孝太が二人を呼んだ。 「どうしたの孝太」 「何か聞こえるぞ、打撃音?」
ドゴ、ガシ、バシ、
孝太の言う通り裏路地で何かと何かがぶつかる音がする。 「行ってみよう!」 そう言って裏路地に葵が走って行った、その後に唯と孝太が付いて走った。 裏路地は表の商店街と違って人気がなくどこかのスラム街のようだ、そんなスラム街にも奥には結構ひろい空き地があった物音はそこから聞こえてきた。 「あ!」 そこでは葵が見たあの化け物と長い袋を持って応戦する進が居た。 「どうなってるの?何あの化け物!」 「俺が知るかよ!ああー一体何がどうなってんだ?」 混乱する孝太とは逆に葵は進の戦いを冷静に見守っていた。 (あ!そこ右!危ない下がって!今だキック!) 頭の中で進の戦いを応援していた、握った手にはいつのまにか汗がにじんでいた。 「あ!危ない避けて」 進が声のほうを向いた次の瞬間。 「グァアアアアア!」 葵達に気づいた化け物が向かって来た。 「きゃあああああああ!」 「わああああああああ!」 孝太と唯は悲鳴を上げた。 「クソ!またか世話が焼ける」 そう言って進は持っていた袋の口を緩め中に手を入れ化け物に向かって何かを投げた。
カチン
鉄辺だ投げつけた鉄辺が化け物に当たり動きを止めた、標的を進に戻した化け物は駆け出した。 「これで終わりだ!散り花の壱・『桜』!」 進は化け物に何かを素早く振りぬいた。
ガシュウ!
進と化け物が交差した、進が手に持っているのは日本刀だ。
ブワー!
止まっていた化け物の体が桜の花びらの様に粉々に舞い散った。 「綺麗・・・・」 葵は進の手に持っている刀に見とれていた、刀は硬そうな化け物を斬ったのに刃はしっかりと一直線を描き光を不思議に反射した。 手元の唾には見事なまでの『桜』の彫り物が彫られていた。 「ふう」 肩で息をした進が葵達に近づいてきた。 「なぜついて来た?」 「なぜって・・・・・あれ?何でだろう」 軽くため息をつき歩き出した進を葵が呼び止めた。 「待って」 振り返って葵を見た。 「何だ」 逆光で見えない進に笑顔で葵は言った。 「綺麗な刀だったんだね、袋の中」 「ああ」 えへへ、と葵はメモの欄の最後の質問を埋めた。 そのまま進は立ち去った、一瞬彼が逆光の中で笑ったように見えたのは葵の幻覚だったのだろうか・・・・。 「ん?・・・やばい!もう授業終わってるよ!」 突然孝太が叫んだ。 「あ!ホントだ、急いで学校に戻らないと!」 そう言って三人は学校まで走り出した。
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