「あれ、大塚君は?」 「八神君に連れて行かれてから戻ってないわよ」 教えてくれたのは先ほど友達になった女生徒だった。そしてそこで僕は気づいた、彼女の名前は何だろう、かと。 「うーん、と」 「な、なに、どうかしたの・・・・?」 「あ、ううん。ただ、こう言うのも悪いんだけど、君の名前を思い出せないんだ。ごめん」 そういうと、彼女はきょとんとした顔で僕を見た。あ、もしかして怒らせてしまったのだろうか。と、彼女は咳払いをして言いなおした。 「そ、そうね。今までクラスでの交流もなかったでしょうし、そういう事には無頓着って言っていたくらいだしね。いい、覚えておいて、私の名前は古西 春香(こにし はるか)よ。友達なんだから忘れないでよ」 「うん、判った。覚えておく」 なんだろう、こういう会話をしたことがないからなのかな、妙に気分が浮いていると言うか落ち着かない。楽しい、というのかもしれない。こんな何でもない会話なのに。 「それにしても、ほとほと大塚も災難ね。だいぶ前にも八神君に連れて行かれたばかりなのに、帰ってきたときボロ雑巾だったわよ」 「彼の場合は、悪意のない悪気だからね。止めてもらいたくても善意が大きいからこっちも困ってるんだよねぇ」 依頼を持ってくるなとはいわないけれど、どうしてか大塚君の持ってくる依頼が一番時間の掛かるものばかり。どうしてだろう? 「兎、なのかしらね」 「兎?兎って・・・・、物覚えが悪いってこと?」 「そうね、全部が全部じゃないでしょうけど、ちょっとした事を全然覚えられないって所かしら。だから八神君に追いかけられているんでしょうけど」 なるほど、確かにそうかもしれない。大塚君の僕らに対するもの覚えが悪いのは兎のそれ、わざとなのか本気なのか、僕には想像出来なかった。まあそれはいいとして、僕にはすることがあった。今朝の依頼の事だ。 「うーん・・・・」 「何、悩み事?」 古西さんが悩める僕に声をかけてきた。あ、そうか、友達は相手の悩みも聞いてくれるとかなんとか。 「悩みというか、困りごとというか、さっき大塚君の紹介で依頼を持ってきた同級生がいてね」 「ああ、それで追いかけられているのね大塚のバカ、ってことは毎回追いかけられる理由も同じなのね。 っで、一体その依頼の何で困ってるのよ」 「いや、単純に受けようか辞めようかって事。依頼自体、僕らが受けるなんて決まりはないもの、大塚君が言いふらすから何度も人の頼み事を聞く事になっているし・・・・・、正直どうしようかなって」 事情を説明し終えてまた唸りなおす。本当にどうしよう、内容が内容だけに、良いとは言い難い・・・・。かといって大塚君の『被害者』だから無碍にすることも・・・・。 「うーん・・・う〜・・・」 「あなた、人に相談するって事はしないの?」 「・・・・・・え?」 人に相談する・・・?え、相談って、誰が―――――って僕だよね。あれでもこれって誰かに言うことでもないような、いやそれ以前に人に相談って言う行為自体が僕には未経験にも近いというか、したことがない・・・・。 「相談・・・・してもよかったの?」 僕が遠慮がちに聞くと小さくため息を古西さんは吐いた。それくらい僕の言葉は常識はずれだったようだ。 「あまり周囲とコミュニケーションがなさ過ぎるというのも、考え物かもしれないわね。この際だから言うわ、さっきの今で図々しいけど私はあなたの友達なの、困ったことがあれば相談に乗るし、暇なときは話し相手にもなるし、下らない話に花だって咲かせるわ。友達の意味はわかるでしょうけど、実際にそれがどういうものか知らない、そうね」 「う、うん・・・そう」 「そんなのは一週間もすれば慣れるわ、今言いたいのは、困りごとがあるならわたしに相談してってことよ」 古西さんは怒っているようでも、呆れているようでもなかった。一生懸命僕にそれを教えてくれた。なんだろう、今更になって人間として当たり前なことを学んだ気がする。あれ、なんか視界が霞んできた・・・・ 「ちょ、ちょっと何で泣くのよ、言い方きつかった?・・・」 「あ・・いや、そうじゃないよ。ちょっと、嬉しかったのと・・・・そんな当たり前こと、今更知ったことがちょっとね・・・」 あはは、と笑いながら涙をごまかす。行き成り泣いたからだろうか、古西さんもちょっとうろたえていた。 「そ、そんな感動するようなことを言ったつもりはないわよ・・・もう、あなたって本当によく判らない人ね」 「えへへへ、ごめんね。ありがとう」 何を泣いているのか、自分はまだまだ何でも受け入れられるほど者を収めたわけでもない。この程度で弱気になるな。指で涙をぬぐって笑いかける。大丈夫、まだ僕は壊れていない。 「え、ええ・・・まあ、役に立てたのなら、それでいいわ」 くるっと、彼女は背を向けてしまう。あれ、どうしたんだろう。 「(この子、天然かしら・・・。顔が良いだけあってあんな笑顔されたら私だってドキッとするわよ。まずっ、変な気分になる前に話を戻さないと)」 しばらくすると、またくるっと振返った。 「こほん、とりあえず依頼に来ちゃったなら受けなさいな。困ってる相手だったんでしょ、ワラをもすがる思いできたんだから、受けてあげれば」 「そう、だよね・・・・うん、やっぱり断るのは可哀想だよね。せっかく頼ってきてくれているんだし」 誰かに言われるというのがこれほど気楽とは思わなかった。思ったよりも僕の考えも安易なのかもしれない。うん、一人で考えるのもいいけど誰かに聞くのも大切なんだね。 「ねえ、そういう悩みって八神君は聞いてくれないの?」 「光夜が?なんで?」 「何でって、同じ同好会のメンバーの上に一緒に事件を追っている仲間なんでしょ。そういう事件を受けるとか断るって、仲間内で相談することがまず第一でしょ。相談しないの?」 「相談・・・・、しないよ、基本的に僕だけが考えて決めてる」 改めて聞かれても、確かにそう言う決め事は僕だけがやっている。光夜の理由としては僕が同好会の責任者だから、そういう重要な事は僕が決めていいと言っている。そのことを古西さんに話すと、呆れたようなため息を出されてしまった。 「何よ、それ。じゃあ八神君が嫌がってもあなたの考えに従うって事?それじゃあただの主従関係でしょ、全然互いの意見がないじゃないの」 「主従・・・関係」 そんな事はない、はず。僕は光夜の意見も取り入れている、必要なことはしているし嫌なことも言ってくれればさせない。 「八神君にとって、本当に同好会以外の仕事を請け負うことを受け入れてくれているのかしら」 「それって、嫌々僕に付き合っているって事?」 かもしれない、古西さんはそう返答した。そんな、それじゃあ僕が光夜に無理強いさせていたって事になる。僕は、そんなつもりはないのに・・・。 「気にすることないわよ。嫌だってはっきり言ってこないって事は、あなたが決めた方針に背いて嫌われるのが・・・・って、桐嶋さん聞いてるの?」 「僕が光夜に、無理強いを・・・・僕が・・・・僕が・・・・?」 そんなはずはない、はずはないのに、考えれば考えるほどそうなのではないかと思えてきた。光夜は僕が決めたことに嫌々ながらに賛同しているのかもしれない、良いように扱って、僕は優越感に浸っていたのか?違う、違うはずだ・・・でも・・・・、だめだ、ちょっと考えよう。 「ちょっと、もう授業よ。どこに行くの?」 「ごめん、ちょっと考え事してくる・・・・」 力なく教室の扉を閉める。ふらふらと、当てもなく僕は校舎を歩き回り始めた。 「・・・・変に抜けているというか、一途というか。なんで八神君が嫌だって口にしないのか、考えないのね。まあ、そう言う感じだから彼も放れないのね」 最後に古西は鴛鴦(おしどり)云々と言って席に戻っていった。
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