俺は寺に、明は自宅に、今日のところは帰ろうということになり歩き出したのだが―――――俺が気まずかった。ここまで十分、いまだ無言を俺は固持していた。当たり前だ、事件が終わりを見せて、ようやくまとめというときに、なんだあのセリフは、第二の事件と言っても過言じゃねぇぞ。  「壺も見つかったし、横山さんへの危険もなくなったし、よかったよね」  「・・・・・ああ、そうだな」  明るい態度で歩く明と、疑念だらけの気持ちで歩く俺。この対照的な状況を、早く終わらせたかった。  だいたいにして、明は何であんなことを言った。俺は、明がこれ以上俺に深入りしないように、強制的に個人行動をたらせた。その最低の装備としてお守りを持たせたに過ぎない。  俺が望んでいたのは、明が自身への制御を去年同様に無感情的なものへと移行させるのが目的だった。あいつは、今は友達やらなんやらと、多感情な状況にあって、だがそれでもコミュニケーションが足りない不完全な状態だ。  だから、せめて同盟としての行動のときは去年のように周囲を省みない無感情なものを望んだ。だが結果はどうだ。行って帰ってきて、俺に好きだと告白したこの馬鹿は!  規格外だ、規格外すぎる!  「ねぇ、光夜」  「―――――な、んだ」  「怒ってる?」  質問の意味が解らなかった。一体、俺が何に対して怒らなければならないというのだろうか。  「いや、だが理解に苦しんでいる」  「なんで?」  「俺は、お前に深く関わって欲しくないと思っている。俺は、人間としては余りに人間らしくない。必要な物は足りない、もっているものを持っていない。だが、お前は少し補えばすぐに周囲と同じになれる。そんな奴が俺と関わっていいはずがない。だから、今回をきりに、俺はお前を突き放す気でいた。今も、そうだ」  ああ、そうだ。人間が好きあうのは人間同士だ。俺は、人間ではない、人間に好かれる必要も権利もない。だから、明は俺を人間ではない何かとして扱えばいいだけの話しだった。なのに―――――  「うん、でもそれは光夜の考えでしょ。僕を含んだ」  こいつは、こう言い返した。それは、果たしてどういう意味だろうか。  「僕もね、今まではそうだったよ。他人に感情を向けるとき、どうしても向こう側の気持ちを考えちゃうんだ。でも、僕は人の感情を読み取れるなんて事はできないんだから、今まで考えるだけ無駄だったんだよ。  だからね、他人がどう思っているかって言うのは無視して、僕は僕だけの感情に忠実になろうと思ったんだ。だって、僕が他人をどう思うのかは僕の自由だし、向こうがそうされる権利がなくても、そうする権利を持っている僕からすれば、他愛もない事だものね」  いや、それは―――――  「だから、僕は光夜が何を考えても気にしない。無償の感情を、僕は光夜に与えるんだ。そこから出た答えが、『僕は光夜が好き』って言う感情。  言ったよね、光夜。去年の僕のように、僕は僕を活用しろって、だから僕は自分のためだけに自分を活用したんだ。だから、僕は光夜の自由意志は無視して、光夜を好きなることにしたんだ」  違う、食い違っている、そんな理屈俺は認めない、認めたくもない。だが反論する材料が、皆無だった。  「怒っても良いよ。光夜にはいい迷惑だもの、でも僕は自分の考えは曲げないからね」  「・・・・・・この、偏屈女が」  俺が悪態を付こうとも、明の勝ち誇った笑顔は崩れなかった。完全に俺の負けだ。  「勝手にしろ」  「うん、勝手にする」  明はそういうと、ぴたりと足を止めた。ああ、分かれ道か。  「それじゃあ、僕はこっちだから。あした、それを横山さんに返しに行こうね」  「ああ、当然だ」  俺は、それが別れの挨拶だと思い踵を返した。だが、足音は一つだけだった。明は、まだそこに立っていると確信し、もう一度振り返った。  「明?」  俺が問いかけても、明はそのまま立っていて、そして重く口を開いた。  「光夜は、光夜は迷惑かもしれないけれど、僕は本気だからね。この気持ちは、絶対に変わらない。光夜にだって、いつかは答えを出してもらうって思っているんだから。だから、だから―――――」  「なら、そのうち出してやる。お前がそうなったのは、俺の責任だからな」  だが、責任を取るつもりはない。明の気持ちが明の勝手なものだとしたらば、俺の気持ちも同じだ。例え俺が出す答えが破滅だろうと、明はそれを甘んじて受け入れるだろう。だから、こうして俺に向かって笑っていられるに違いない。  「ん、わかった。じゃあ、また明日ね」  「ああ」  今度こそ、俺たちは自分たちの道へと歩き出した。少しばかりのイレギュラーを抱いて。
 
  
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