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探求同盟−死体探し編− 作者:光夜

第4回   4
 「なあ、桐嶋」
 「ふぇ?」
 いざ寝ようとしたとき、聞きなれた声に呼ばれて顔を上げた。そこにはついこの間までこのクラスで苛められていた・・・・
 「ああ、大塚君。なに?」
 周囲が先生の脱走と、信用のない僕に話しかける大塚君の異常な事象に落ち着きをなくしていた。自分で言うのもなんだけれど、このクラスの人間は未だに自分を持っていないと思う。それはさておき。
 「さっきの話ってどこで覚えたんだ、結構専門的だろ?」
 「ああ、あれ?専門分野の内容も有名すぎると一般用に解釈されちゃうからね。そこら辺の医学書でも漁れば出てくるよ。読んだのは小学校のときだけどね」
 あの程度のことを自慢げに語ると、たぶん医師を目指している人たちから闇討ちになると思うけどね。
 「でさ。さっきのフィアネスなんとかって、なんだ?人か?」
 「うん、人の名前。1840年代の人間でね、工事用のダイナマイトが暴発して火薬充填用の太さ三センチ、長さ一メートルの鉄の棒が顎の下から前頭葉を突き破った事件があってね。通院後、優しく懸命で他人を第一に思うフィアネスさんは暴力的で下品で、欲求のまま動く人間に変貌したんだ。後からの事実として、その鉄の棒は彼の前頭葉を突き破っていたんだ。このことから、前頭葉はもしかしたら重要な部分なのかもしれないって思われ始めたんだ」
 「へぇー、そりゃあまた酷いな。事故前は信頼のある人間だったんだろうなぁ、変わった自分におかしいとは思わなかったのか?」
 「もちろん、彼にも少しは物事を考えられる部分が残っていたからね。後悔の念に駆られたさ、奥さんまで逃げていったからね。罪滅ぼしのつもりだったんだろうけど、彼はそのあと国中を歩き回って自分を壊した棒と自分の頭を見せて回ったらしいよ」
 「なるほどね。でもそんなことして余計に自分を苦しめるんじゃないのか?死んでも死に切れないだろう」
 かわいそうに、と大塚君は顔も知らない人間に対してそう言った。こう言う甘いところが苛められる原因だと、彼はまだ自覚していない。知らない人間、それも死んだ人間に慈悲を与えるのは無意味だ。
 「死んだ人間のことは知らないよ。生きていれば人間、死んだらただの自然物質の塊だよ」
 「ははは、相変わらずだな」
 そのとき、丁度チャイムが鳴り響く。大塚君はまだ何か言いたかったらしいけれど、軽く挨拶をして離れていった。どうやら友達と待ち合わせていたらしく、顔も名前も知らないクラスメイトと共に廊下へと消えていってしまった。さて、どうせ次も教室での授業だし、このまま持ってきた小説でも読んで時間を潰そう―――――っと、思ったけれど、どうやらそれは無理らしい。
 「―――――ね、でも・・・・」
 「じゃない、でさ―――――」
 「えー、だって―――――・・・・」
 見れば、廊下で三人ほど見知ったようなそうでないような、クラスメイトと思しき女子が三人ヒソヒソとなにやら話していた。そんな事を気にするほど僕
周囲を気にする素行はない。普段なら何のこともなく本を読んでいたところである。が、その三人組は時折チラチラと僕のことを伺っては会話を再開している。陰口、悪口、噂、僕の存在が疎ましいという話が出ても珍しくはない。こっちは解っていて他人との交流を無下にしているのだからね。とは言えこれじゃあ落ち着いて本も読めやしないや。
 「でさ―――――あ、あれ?」
 話を続け、再び僕のほうへ視線を送る女子の一人。しかし、次に見たときには僕の姿がなく困惑の顔を見せた。他の二人も同様に教室内を見渡すが僕の姿がなく、眉をひそめる。
 「ねえ」
 「―――――っ」
 びくりと、僕の声に三人が体を驚かせる。殆ど条件反射並みの速度で一斉に振返られた。そんなに驚くことかな?と、見れば三人は気まずそうな顔で僕から視線をそらしていた。別にまだ僕の悪口を咎めているわけでもないのに、それじゃあバレバレだ。
 「な、何よ・・・・」
 一人の女子が意を決して僕に聞いてくる。うん、僕が呼び止めたんだからこの流れは正解だね。
 「あ、ごめんね話している最中に、なんだかたまに僕のほうを見ていたから用事でもあるのかと思って。何か用?」
 僕は一般的な声のトーンと雰囲気で彼女らに問いかける。しかしながらに作られた雰囲気も言葉も普通の人には違和感だらけで、彼女らのように警戒は中々に解いてはくれないだろう。うーん、このいい加減なコミュニケーションは何とかしたいんだよねぇ。
 「べ、別になんでもないわよ」
 「そうよ、私達ただおしゃべりしていただけよ」
 「あなたこそ、何か用なの?」
 一人目よりも二人目の方が臆する事無く言葉を口にした。どうやら精神的に他の二人よりも自分を持っているらしい。でも、三人目の女子はちょっと的外れな言葉だった。
僕がこの三人に用があるのか?
この意味は少しずれている。先の通り、僕はこの三人が僕のほうを気にしながら会話をしているのが気になったから声をかけただけに過ぎない。それはもう彼女らに言っている。だというのにまた聞くのは二度手間どころか堂々巡りもいいところだ。
「あ、いや、用は用事がないか聞くことであって、そういう意味ではもう僕の用事は終わっているよ。それで、僕に用事がないのか聞いたらなんでもないって言われた」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三人は僕が何を言っているのかあまり理解できていないみたいだった。別に今のところを理解してもらう必要はない。ただ、僕が言いたいことは一つだけある。
「なんでもない。って今僕は言われたけれど、僕のほうを気にして何度も見ていたのに、何でもないって言う言葉は絶対にありえないよ。何かしらの考えと言い分があるから僕を何度も見て、その都度会話を繰り返したんでしょ?ならやっぱり、用事ではないにしろ、何がしかの言い分は君達にはあるはずだよ。それを聞かせてもらいたいな。駄目?」
三人は気まずい顔やいたたまれない顔のまま黙ってしまう。うーん、残念ながら会話の内容は僕には言えない内容らしい。ちょっと気になったけれどそれじゃあ仕方がない。僕は当事者だけれど、無理に他人の会話の内容を吐かせる権利も権限も持ち得ないただの人間だ。だから、まあ忘れろというのは無理だけれど、聞かなかったことにしよう、そう思った。
「話せないんだね」
「・・・・・・・」
相変わらずのだんまり、このままだと僕もこの場からはなれら無いのでこの会話を終わらせることにした。
「じゃあ、いいや。聞かないよ」
「―――――なっ」
「言えないなら聞くことは出来ないよ。でもそんな会話をしないといけないような状況だったんでしょ?なら君達には意味があって、それは特定の人間、つまりは僕にだけはいってはいけない内容なんだね。なら、そんな聞かせたくない話を無理に聞こうとはしないよ。お邪魔しちゃったね」
そう言って教室に戻ろうと踵を返す。三人はその場で気まずく立ちすましたまま何かを言いたそうにしていた。一人は手を震わせていたようだけれど、そこまで言いたいことなのだろうか?そんな三人を尻目に、僕は教室へ入ろうとした。
「あ、あなた―――――っ」
「ん?」
呼び止められた。まさか、呼び止められるとは思っても見なかった。三人の中で一番意志の強そうな女子の声だった。他の二人はまさか彼女が喋るとは思ってもいなかったらしく、驚いた顔で声を殺していた。僕は殆ど教室に入っている状態で、体をのけぞらせて彼女達を見ていた。
「あなた、気味が悪いのよ・・・・っ。いつも澄ました当たり前みたいな顔をして、周囲のことなんて気にもしないで、一緒に過ごす教室の人間のことなんて考えたことあるの?ちょっと顔が良くて、八神君の後ろ盾があるからって調子に乗るんじゃないわよっ!?」
関を切ったようにあふれ出る言葉。それはとても周囲の人間の的を射ていて、大声で言ったがために回りの注目を浴びてしまった。でも、その言葉の内容は誰もが思っていたことであり、僕自身がとっくに理解している言葉だった。彼女は、彼女なりの決心と勇気を振り絞っての言葉だったらしく言い終えた彼女は呼吸が荒かった。その努力は認めるけれど、今更という感じがしてしまい、僕は彼女達の心情を感情的に理解することが出来なかった。
 「・・・・ああ、そっか、そうだよね。確かにそう言われても仕方がないかなぁ。確かに、僕は今まで他の人のことなんて考えないで過ごしてきたから、そのせいで周囲が不快感を抱いていたことは理解していたよ。みんなもクラスの一員って言うだけでここまで何も言わないでいてくれたんだろうって事もね。でもどうしようも出来ないよ、僕はこう言う人間なんだもの。小さい頃から、人とのコミュニケーションを取るのが下手でね。本だけ読んでいたら、いつの間にかどこに行っても村八分。その時に言われるのは大体同じだったよ、気味が悪いとか、暗いとか、目障りとか、ね。ここでもそうなるだろうって言うのは目に見えていたことだし、だから気にはしていないからね。僕が疎ましいなら無視していいよ。そうされるだけの事はしてきたもの。
 ただ、ね、影でこそこそ言われるのが厭だっただけだから。ちゃんと言われてほっとした。ああ、でも光夜の悪口はやめて欲しいかな。彼を後ろ盾にしているつもりはないし、彼自身も僕を守るつもりはないからさ。それだけは勘違いしないでね」
 「あ、あなた・・・・・」
 僕は呆然とする女子を今度こそ興味の外へと移し、教室へ戻った。僕の知りたいことは全部知った。けれど、残念ながら本を読む時間が無くなってしまったのが悔しかった。
 「おーい、始業チャイムは鳴ったぞー、教室に戻れー」
 いつの間にかチャイムは鳴ってしまっていた。さて、次は何の授業だったかな?

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Novel Editor by BS CGI Rental
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