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探求同盟−死体探し編− 作者:光夜

第36回   36
 「八神、今なんて・・・・」
 「悪いが、早退させてもらう。急用だ」
 「いや、急用なぞ私は知らないぞ」
 午前最後の授業の頭、一つの教室で妙なやり取りが始まっていた。鞄を片手に一人立ち上がっているのは八神 光夜だった。担当の教師は来て行き成り光夜から『早退する』と聞かされて、寝耳に水の状態だった。
 「今教えた。ともかく、悪いが帰らせてもらう」
 「待ちなさい、英語担当の私がそんな事を言われても、担任の先生はなんと言っていた」
 「あんたにしか言っていない、あとで伝えておいてくれ」
 そう言って当たり前のように鞄を持って教室の後ろから出て行こうとするのを、教師は止めた。
 「待ちなさいっ、どういう理由で早退するんだ。体調不良というわけでもないだろう」
 「早退の理由に体調不良はありきたりだな。だとしても、そんな事を理由に挙げるつもりはない。急用だ、学業を放置しても、必要なことだ」
 「それを言いなさい、担任には言っておくから、さあ」
 「・・・・あんたには、理解できないことだ」
 それだけいうと、一瞥もくれず光夜は教室を出て行った。彼のする行動は誰からも理解はされない、それは自分だけが理解できることだ。だが彼の行動は全体が見えないだけで、結果としては間違ったことはしていない。だがそれは全体が見えなければいけないのだ。誰も彼も、思惑を知らずに判断は出来ない。相手が理解してこその許可、だが光夜はそれを無理矢理に実行するしかない。
 だが、それでいいと、彼は思う。必要ない、そんな細かいことばかりを気にする人間などと、会話する時間が勿体ない。彼は、彼を普段見ている人間からは想像できないが、これから彼は人を助けにいく。だがそれを説明する時間が不必要、だから彼は理解されない孤独の人間なのだ。
 彼は授業の最中、静かな廊下を階段に向かって歩みを進めた。途中、一つの教室を通り過ぎたとき、彼は聞きなれた声に名前を呼ばれた。
 「光夜っ」
 彼女も、まさか自分が声をかけるとは思っていなかった。けれども、死地へ向かうような表情で歩いている彼を、偶然とは言え視界に入れてしまった以上、声をかけずにはいられなかった。そんな声をかけられては、光夜とて無視するわけにはいかなかった。足を止め、声の方へと向き直った。
 「光夜・・・・」
 「声をかけるな、お前は授業を受けていろ。明、お前はお前が出来ることだけをするんだ、俺に関わるな、俺に興味を持つな、俺に深入りするな。お前は、人間だ。俺は・・・・・・いや、ともかく、あまり関わるな」
 それだけいうと、彼はその教室の前から姿を消した。一瞬のざわめきだったが、教室は光夜が現れる前と同じ、静寂を取り戻した。明は、頭を振って光夜を信じることにした。
 大丈夫、大丈夫と、彼女は自分に言い聞かせていた。

 「爺さん、今帰った」
 「なんじゃ、まだ昼過ぎじゃぞ、学校はどうした」
 「やることが出来た。椅子に座って黒板を睨んでいる暇はない」
 鞄を置き、俺はとりあえず爺さんと話しをするため居間の向かいに座る。爺さんは落ち着いた顔で、番茶を啜っていた。
 「まあ、小さい頃から休学だけはしなかったお前のこと、必要なことなんじゃろうて。詮索はせんが、明ちゃんはどうした。なんぞ、いつもよりもやられた顔をしているようだが」
 「・・・・・あいつは、俺に深入りしすぎた。俺は俺だ、利用される程度で丁度いい、あいつは俺を利用する程度でちょうどいい。その均衡が崩れたみたいだからな、今回は俺一人だ。俺一人で、やる」
 「ほおう、お前のような人間にも好意を見せる者がおったか。ほっほっほ、明ちゃんは健気よのう」
 そういいながら番茶をすする爺。はったおすぞ・・・・
 「昨日、校内でけが人が出た。普通なら気にかける必要もない骨折だったんだが、その日の夜に意識不目の重体になった。俺たちの依頼人だ、変な輩が近づかないように、監視してくる。明日には帰る」
 「そうか、なるほどな。せいぜい気をつけるんじゃな、この季節は災厄と厄蔡の混合期じゃて。悪い者がちかづくかもの」
 「なら、せいぜい読経でもして孫の安否でも気遣ってろ。爺」
 「ほっほっほ、まあ多少の心配はつきもじゃて、ほれ」
 「・・・・・」
 爺さんが差し出したのは、一枚の札だった。
 「結界用じゃ、使い方は自分で考えい」
 「・・・・貰っておく」
 記憶も見えない、日々読経だけする爺さんが作ったこの札、本当に効果があるのかは、眉唾レベルだったが、気休めにはなるだろう―――――ん?」
 そんな二人の会話に、光夜の足元で僅かに動く影。昨夜から良く見かける黒い猫だった。光夜はその猫が記憶であると知っている。記憶は、光夜にしか見えない存在だ。そんな猫を、老人は見えているかのような視線で光夜の足元を見つめた。
 「爺さん、足元に何かあるのか?」
 「いんや、わしの落とした豆が落ちていた」
 「・・・・・」
 下らない、と光夜は頭をかいて踵を返した。猫も、今日は必要以上に光夜に近づいたりはしなかった。ただ、光夜が出て行った後、猫は老人を見上げ、老人は、やはり猫を見ていたように見える。事実、食べこぼしの豆など、どこにも転がってなどいないのだから。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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