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探求同盟−死体探し編− 作者:光夜

第30回   30
 「なんだね、行き成りやってきてその態度は」
 職員室では、やはり僕の想像していた空間が出来上がっていた。部屋の中央、体育の担当教師と、光夜がなぜか睨み合っている。ああもう、どうしていつもこうなるんだろう。
 「別に面倒なことは聞いていない。さっき部活中に怪我をして病院に運ばれた生徒の、搬送先の病院はどこだと聞いている。それ以上でも以下でもない」
 それ以上だよ、光夜。急いでいるのはわかるけど、思いっきり先生を挑発しているから。それじゃあ、聞きたいことも聞けないよ。
 「君は、前からそうだが、その大きな態度を改めようとは思わないのかっ。君と三年が騒動を起こして、それに巻き込まれた生徒もいるんだぞ」
 「話の論点がずれている。俺の素行はどうでもいいんだよ、搬送先の病院を教えろ、急いでるんだ」
 「それこそ、君にはどうでもいいことだろう。君は彼女の部活のメンバーでもないし、身内でもないだろう。教える必要はない」
 「なんだと―――――」
 光夜は、事件に関わっているとはいえない。余計な問題を起こせないのは僕に言われたことが、前にもあるからだ。けれど、その代わりに苛立ちはどんどん溜まっている。今まさに、光夜は先生に実力行使で挑もうとしている寸前だった。もう、僕が出るしかないよね。
 「はい、ストップ、友達が心配なのは解るけど、先生に食って掛かるのはお門違いだよ。先生、すいません、ちょっと慌てていたんです、僕たち」
 「むっ、桐嶋か・・・・。まったく、よくこんな男と同好会なんて出来るものだな。いいから、下がりなさい」
 先生は早々に話を切り上げたいのか、僕らに退室を命じた。でも残念だけど、それは出来ない。
 「すいません先生、さっきも言いましたけれど、怪我をした横山さんは僕たちの友達なんです。帰りにお見舞いに行きたいので、搬送先の病院を教えていただきたいのですが・・・・ダメですか?」
 「・・・・・そうか、なら、仕方がないな」
 そういうと、光夜の顔をちらと見やる。む、これは謝罪を要求していると僕は見た。僕は、光夜に目配せする。
 「・・・・・すいませんでした。慌てていたようです」
 光夜が素直に謝った。喧嘩ばかりの印象が強い彼の行動としては、意外だったのか、他の先生たちがざわめいていた。ちょっと失礼ですよ?
 「うむ、今度からは落ち着いて行動するように。これが、搬送先の病院と入院している部屋の番号だ。と言っても、今は面会謝絶かもしれんがな」
 「ありがとうございます、行こうか、光夜」
 「ああ」
 光夜は早々に、僕は騒いだ迷惑とお礼を言いながら退室した。部屋の扉を閉めて深呼吸を一つ、そして、いつもの会話をする。
 「だめだよ、光夜。『太陽と北風』の話の通り、力業だけじゃ不可能なことは多いんだから。ああ言う時は、柔らかく言うのがいいんだよ、問題も起きないし、向こうも悪い気はしないしね」
 「・・・・お前、コミュニケーションが足りないくせに人を騙すのが巧くなってどうする」
 「騙してないよっ、失礼だね。お見舞いには行くよ、調査と並行してね」
 そして、放課後ではなく、今すぐに行くよ。騙してはいない、ただ必要な情報を過不足なく確実に手に入れる手段でしかないんだよ。光夜、こんな僕を最低とか思ってもいいけど、自分を下げることだけはしないでね。君には本質だけが足りないだけで、あとは普通の人間なんだから、君は。
 「じゃあ、行こうか、横山さんのところに」
 午前もまだ終わらない時間、僕らは学校を抜け出して街の中央にある病院に向かった。

 「603号室だね」
 先生に渡されたメモの通り、603号室には先ほど学校で怪我をした女の子が運ばれたと言う。その子は、確かに横山咲という名前だった。幸いにも打った頭は怪我こそしたものの、酷い状態ではなく、軽い脳震盪だそうだ。酷いのは腕の骨折だけで、見事に腕を構成する二本の骨が折れてしまっていたそうだ。
 その痛みと頭への衝撃で気絶したらしい。今は、親御さんも一息ついて自宅に帰ったそうで、面会謝絶ではないらしく、検診までの間、面会出来るそうだ。
 僕は控えめに、扉をノックする。
 「失礼します」
 どうぞ、と少し元気のない声が聞こえてきた。それだけで彼女の身に起こったことを心配になるが、自分たちが神妙な顔をしても余計に彼女を心配させるだけなので、出来るだけいつもの感じで接するように、少し息を整えたあと、入室した。
 「横山さん、体は大丈夫」
 「あ・・・桐嶋さんと、八神君」
 まさか、という顔だった。それは、僕もよく判る。部活の仲間や、家族ではなく、まさか事件の依頼をお願いした僕らが来たのだから、予想外もいいところだろう。とりあえず、僕は話しをするにあたって、光夜には少し黙っていてもらうことにした。
 「頭のほうは、かすり傷らしいね」
 「ええ、でも腕がね。しばらくはバーを飛べないわ」
 彼女は、古西さんと同じ陸上部のメンバーで、走り高跳びの選手なんだそうだ。故にしばらくはバーを飛べない、ということ。しかし、いや、本題に入る前に彼女と会話をしよう。行き成り聞くのは、相手に失礼かな。
 「全治三ヶ月だって聞いたよ、でも三ヶ月なんて短いものだから、そんなに心配する事じゃないよ」
 「そうね、大きな大会があるわけでもないし、不幸中の幸いだったわ。えっと、それで、なんで『探求同盟』の二人が私のところに?」
 「ああ、うーん、一応、お見舞い。だって、関係者だからね、僕たちは」
 「そう、ね。ありがとう」
 気の無いながらも、何となく納得してくれたようで、柔らかく横山さんは笑ってくれた。うん、精神、身体、共に大丈夫だね。よかった。一応と銘打ったのは、やっぱりお見舞いがメインではないから。
 ちょっと、いやな事を思い出させるかもしれないから、彼女の状態を確認する必要があった。とりあえず、本題に入ろうかな。
 「でも、走り高跳びって、そこまで大怪我するスポーツなの?」
 「・・・・・遠まわしすぎだ」
 ぼそり、と光夜が呟いた。あのね、さすがにストレートに聞いたら彼女が可哀想でしょう。道すがら、光夜の考えは教えてもらったよ。確かに骨が関係しているなら、無きにしも非ずだけど、だからこそ、ゆっくりと聞かないとダメなんでしょう。
 「そうね・・・・。私としては、こんな怪我をするほど危険だとは思っていなかったわ。そもそも、落ちても大丈夫なように大きなクッションみたいなマットが敷いてあるもの、普通は、擦り傷くらいしか出来ないわよ」
 やっぱり、そうなんだろうね。何となく、ルールや道具は僕にも分る。だからこそ聞いた。彼女は一年生の頃から陸上部の、それも走り高跳び一本でやって来ていたらしい。なら、それこそ大怪我をしないようにする体の動きだって、それこそ日常生活をするだけで精一杯の僕よりも、彼女は回避力があるはずだ。
 けれど、頭にかすり傷、腕は折損。不自然すぎる状態だった。だからこそそこには、何かがあるはずだった。その『何か』に光夜は気づき、僕にさっき教えてくれた。それが、光夜の気づいたことが事実なら、彼女は『それを』見たか、あるいは感じたはずだ。
 「怪我をした時は、どんな状況だったの?マットが敷いてあったんでしょ?」
 聞いているだけ、でもそれは調査、彼女には極力そうだと悟られないように尋ねた。彼女も、あまり思い出したくないのか、少し苦笑して言い始めた。
 「状況・・・・?そうねぇ、しいて言うなら、妙な感じだったかしら。いつも使っている道具でいつものコンディション、でも今日は特に調子が良かったかしら。いつもよりも、いい記録を平均で出せたわ」
 それは、誰しにも稀にあることだ。体調や精神、環境のバランスが巧い事重なると、何となく体調が良い時があって、そういう時は運動も勉強も何となく出来がいいもの。彼女も、そんな稀に気持ちのいい日だったと思っていたらしい
 「体も軽く感じたし、何となく自己ベストが出せそうかなって・・・」
 「それで、自己ベストに挑戦したの?」
 「ええ、まあ」
 どうやら、そのときに怪我をしたらしい。調子に乗りすぎた、というわけでもなさそうだ。話の続きを聞こう。
 「自己ベストが出せそうだから、挑戦したんだけど。おかしいのよ、すごく、跳んだの」
 「跳んだ、だと」
 「ええ、普通助走をつけて高く前方に、背面で飛ぶのだけど・・・・なんだかトランポリンで勢いを付けたみたいに、よく跳んだのよ。おかげで、マットよりも向こうに、腕を下敷きにして落ちたわ。酷い痛みだったのは一瞬で、その後は私の電源が落ちたわ」
 それは、気絶したということらしい。
なるほど、確かにそれは、妙だね。走り高跳びは上に高く跳んで、バーが超えられる程度に前に跳ぶ競技。マットの向こうまで跳べたのなら、それは走り高飛びをしようとする行為とは違うものだ。
 跳びすぎである。僕は、そこを重点的に聞くことにした。
 「さっき、トランポリンで勢いをつけたみたいって言っていたけど、飛ぶ瞬間がって言うことかな?」
 「いいえ、どちらかというと跳んでいる最中だったわ。行き成り加速がついた感じだったかしら、たぶん錯覚だと思うけど。トランポリンでっていうのは、あくまで勢いの感じ方を私なりに表しただけよ」
 そういうと、またおかしな感じだったと、繰り返した。ああ、もうおかしすぎるよそれ。僕は頬をかき、光夜は苛立ち紛れに床を踏んだ。彼女に悟られないように僕は光夜の後ろに移動するように動く。
 「なにか、見える?」
 「さっきから、妙なモノが漂っている。本体じゃない、残留した気配だと思う。特に、足によく絡まっている」
 移動する最中、小声で訊ね、光夜は答えた。
 光夜には、僕とは違い妙な特技と言うか、とにかくちょっとした事が出来るのだ。それは、物事の記憶と記録を見て感じること、稀にそれを使用できるという、本質が外れた故に可能な、光夜の嫌いな力だ。
 僕独自の言い方だけど、幽霊とか、心霊とか、ともかく何か外力的な出来事を『不定期現象』と名づけている。ほら、全部が全部決まって起こるような出来事じゃないから、不定期、ね。
 それで、もう一つ、光夜が独自に名づけたのはその幽霊や心霊やそれら外力の出来事を『記憶』と、『記録』と、それぞれ名づけている。
 そして、それら『記憶』という名の幽霊が何かをした時、その残留が見えるらしい。要約すると、僕は幽霊とか悪魔の知識に飛んで、その知識のない光夜は、それでもそう言うのが見える人間である。
 その光夜が、彼女の足にその『記憶』の『残留した気配』が絡んでいると言った。とうとう、僕らの被害者が出てしまった。これで、大塚君に次いで二人目だ。お父さんの骨が盗られただけではなく、頼みの綱の僕らにまで被害を受けてしまった。
 「ごめんなさい」
 「・・・・え?」
 僕の謝罪が何を意味するのか、彼女は解らない。それでいい、僕は全てを語れないのだから、せめて、謝罪をさせて欲しい。それしか、出来ない。
 「明、とりあえず、言いたいことは言えたか」
 「うん、言えた。ごめんね横山さん、療養中なのに行き成り来ちゃって」
 「え?いいえ、そんな事ないわ。話せて楽しかったもの、お父さんの捜索のほう、お願いね」
 彼女は、最後にそれだけ言って笑ってくれた。なんとなく、僕のほうがいたたまれなくなってしまい、軽く笑って病室を後にした。しばらくの間、言葉が出なかった。
 「結局、お前が必要なことは言ってくれたわけだが、答えは出たか?」
 「うん、不本意だけど、本当に『探求同盟』の出番みたい・・・。また僕らの所為で、人に嫌な思いをさせちゃった」
 「だが、怒ったことは必然でしかない。横山が俺たちに依頼を持ってきたのも、某かに関係したのも、全部必然だ。必要なのは、横山の依頼を遂行させるのと、横山がどうして『不定期現象』の標的になったのか、それを調べる事だ。一々嘆いている暇はない」
 そういうと、光夜は軽く肩を叩いてくれた。それは、僕からすればとても珍しい行為。光夜はいつも言うだけで、触れてくるようなことはなかったのに、そこまで僕は意気消沈していただろうか。
 「うん、そうだね。横山さんの為に頑張らないと」
 僕は気を入れなおすと、二人して病院を後にした。けれど、入れなおしたとたんに気になることも出てきてしまった。古西さんである。うう、怒ってないといいけど。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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