「ん・・・・・んん」  目を開けたとき、蛍光灯の細長い光が目に入ってきた。まぶしい、その感想が始めだった。そして、自分の意識が少しだけ緩慢だと認識する。けれどそうなったら後は早かった。何故自分が寝起きなのか、なぜ横たわっているのか、前後の記憶を呼び覚ましたとき、ばっと上半身を勢いよく起こした。  「えっと、確か部室にいて・・・・誰かに眠らされて、その後は覚えてないんだよね。―――――って当たり前か」  「よお、起きたか」  「え?」  おもむろに後ろから呼ぶ声、そのまま振り返った。すると、髪型つんつんで、だらしなくブレザーを開け放ち、下からシャツをはみ出させ、顔にピアスなんかをしている。明らかに不良ですよー、的な四人の男子がいた。座ってたり、立ってたり、様々だけど、とりあえず四人とも僕のことをニヤニヤと眺めていた。はて、これは一体・・・・というか、ここどこの教室?  「えっと、何か用ですか?三年の先輩ですよね?」  「はっ、お姫さんは随分と混乱中らしいな。誰か説明してやれよ」  一人が意気揚々とそういうと、三人とも笑っていた。別に、混乱はしていないし、単純に質問しただけなんだけど。格好と頭が比例している人間って一番格好悪いんだけど、気づいているのかな?  「二年の桐嶋だよな、八神の女の」  「二年の桐嶋ですけど、光夜の女ではないです」  「いいんだよ、んなこたぁ。とりあえず八神の関係者だろうがっ」  僕が彼の言葉を否定すると、少し苛立った顔で睨み付けてきた。違うところを訂正しただけで何を怒っているのだろう。だったら始めから光夜の関係者だけでいいじゃないか。  「とりあえず、お前は人質だ」  「意味がわかりませんけど、なんの人質ですか?」  「もちろん、八神を油断させるためのに決まってんだろうが」  決めたのはそっちで僕は知らない。というか、ああ、そう言う事。なんと言うか、彼らの少ない会話だけで、何となくしたいことが理解できた。彼らは僕が寝起きだから、まだちゃんと思考が働いていないなんて、浅い予想を立てているんだろうけど、その考え、浅いというよりもゴミだね。考えにもなってないよ。  ようは、光夜に仕返しするために僕を盾にして、好き放題しようって言う考えらしい。小さい人間だね。  「八神の関係者なら知ってんだろう、あいつが毎日のように俺らとケンカしてんのは」  「はい、よく聞きますね。そのたびに先輩たちは返り討ちにあっているとか」  「・・・・・口の聞き方には気をつけろよ。自分の立場、解ってんだろう」  「後ろ手に縛られてますね、腕は動かせない。バランスも取れないので立ち上がれない、それが今の状況ですね」  「じゃあ、大人しくしてろ」  「別に、暴れてませんよ。会話してるだけです」  「いいから黙ってろっっ!」  がんっ、と苛立たしげに一人が怒鳴り散らして壁を蹴った。流石に、僕もそこまでされたら黙るしかない。ちょっとだけね。それにしても、理不尽だと思う。僕に質問しておいて、答えたら黙れ。黙って喋れといわれているようなものだ。  足りない、この人たち、威勢ばかりで頭は空っぽもいいところだ。しかもただ悪ぶっているだけで、粋がっている。小さい生き物だ。全然、恐怖の対象とは程遠い。なんだか、暴力が嫌いだから黙っているけど、いくら僕でもこれ以上脳のない会話を続けられたら、黙れないかも。  「とりあえず、お前を連れてきたとき、部屋に手紙を置いてきた。当然八神はそれを見て、血相を変えて飛んでくる。んで、人質のお前を助けるために俺たちの言う事を聞くしかないってわけだ。  そうなると、もう八神はただの人形だな。殴られ放題蹴り放題だ。まあそれだけじゃねえがな」  そういうと、小さいナイフをちらつかせた。ああ、あわよくば殺傷沙汰も起こそうとするんだ。でも、この人たちって、もしかして本当に馬鹿なんじゃないのかな?  「この状況、なにか意味あるんですか?」  「あ?どういうことだそれ?」  「じゃあ聞きますけど、僕がここに連れてこられてどのくらい経ちますか?」  一人が腕時計を見て時間を計算した。  「・・・・・四十分くらいだ」  人の記憶は曖昧だ。今の計算に誤算は十分くらいはあると思う。  「おきてからの時間も入れれば大体一時間近いですね。普段の光夜ならとっくに部室に来ているはず。でも一向に来る気配がないって言うことは、手紙、読まれていない可能性があります」  「んな馬鹿なことあるかよっ。ちゃんと手紙は置いてきた、間違いねぇ」  それは信じる。だって光夜ありきのこの作戦なんだから、手紙を置いてくることを忘れなんてことはない、これで本当に忘れていたら、僕は大笑いしているかもしれない。まあ、部屋の状況を考えれば、予想はついた。  「僕らの部室は、書類が多いですから、混ざって気づかなかったのかもしれませんよ?」  「んな―――――」  僕の一言に、四人が表情を険しくする。あーあ、もうどうしてここまで馬鹿なんだろう。  「扉に張ってくるとか、その方が確実だったと思いますよ」  「―――――っざっけんなっ!?」  があああああん、と机が激しく転がる。いや、物に当たるのは違うと思うけど、まあいいや。それより、時間が勿体ない。せっかく最近は図書室の処分本も少ないから一気に終わらせられるかもしれないなのに、これじゃあまた作業が進まないじゃないか。光夜も来ないなら僕のいる意味はない。元々これは不条理な拉致だ、僕は帰る。  「すいません、これ解いてもらえますか。同好会に戻ります」  「あ?お前何言ってんだ?」  「だって、光夜も来ないみたいですし、僕がいる意味もないじゃないですか。だから、帰ります。大丈夫ですよ、このことは言いません。どうせ苦し紛れの作戦だったんですから、ちょっとした遊びと考えてあげます」  だから、さっさと解いて欲しいなぁ。もう四時過ぎ、本当に時間が無駄になってしまう。  「出来るわけねえだろうが、ぜってーおまえチクんだろう!?」  ままならなぇ、そういって一人が怒鳴り散らしていた。いや、だからそんな事はしないって言っているのに。じゃあ最終的に、僕はどうされてしまうのだろう。  「おい、八神呼んで来い。こうなったら意地でもこの状況を成功させてやらねぇと気がすまねぇっ!?」  「つーか、八神ってどこにいんだよ」  「知るかよ、ともかく探せ!」  しかし、僕はそこでその行動の無意味さを教えるしかなかった。  「たぶん、無駄だと思いますよ」  「―――――あ?」  うわぁ、それはもう不機嫌な顔で見てくれました。もう最初に見た原形なんか、あんまりないよ。  「だって、いつもケンカしているんでしょ。そんな相手が僕を拉致したなんて言っても、信用されるわけもないですし、たぶんその場で叩き潰されますよ」  第一にして、光夜と僕の関係は助け合う同士じゃない。面倒ごとを引き受ける側と、とばっちりを受ける側だ。だから、どちらかがキケンになっても元から助ける道理がない。  「ああくそっ、てめぇがこんなこと考えるからこんな事になっちまったじゃねぇかよ!?」  「んだとゴラァっ!?だったら始めから止めとけってんだよっ、どこのどいつだよいい案だって笑ってたのはっ!?」  「あ?やんのかゴラァ」  「上等だ、コイヨ!」  なぜか、作戦の実行不可能が目前になったとたん、仲間同士で言い争い始めてしまった。いや、そんなの後にして僕を解放してほしいんだけど。  「おい、ちょっとまてよ。いい事思いついたぜっ」  「あ?」  「んだよ、とめんなよ」  「いいから耳貸せよ」  そういうと何かを思いついた一人が三人に耳打ちをし始めた。そして話し終わった後、四人揃って僕を嫌な笑顔で見始めた。わぁ、嫌な予感。そう感じながらも、四人はこちらにやってきて、そして僕のことを取り囲んだ。  「けっ、始めからこうすりゃいかったんだよ。拉致監禁の時点でこの方が手っ取り早いじゃねぇか、なぁ」  「ああ全くだ、それによくみりゃ結構顔もいいしな、相手にとって不足はねぇ」  いや、それ使い方間違えてるし。っていうか、それってもしかして。  「お前を犯して、その写真を見せつけりゃ、それでいいじゃねぇか。こっちも役得があってなぁ」  「いや、それ役得と違う―――――なっ!?」  「いいから、剥いちまえよ。んでマワすぞ」  彼らは暴れる僕を取り押さえようと腕を取り、足を取り、そして服に手をかけてきた。動いたら危ないぞとばかりに、先ほどのナイフも見せつけながら、そしてそのナイフで僕の服も破ろうと手が伸びてくる。  「ちょっ、や、やめ―――――やめて!」  「いいから黙ってろっ!?」  一人が怒鳴り散らして、言う。僕はそれに一瞬怯えてしまった。何故だか声が出ない、いやだ、そんなのは、嫌だ―――――。  「騒がしい、おちおち寝かせてもくれねぇのかよ」  バゴンッ、と扉の、いやあれは殆ど壊す気だったに近い音で入り口が開かれて、そんな声が室内に響いた。あまりの唐突な部外者の登場に、四人はもとより、僕も思考が停止してしまった。でも、でも間違いない、光夜が来てくれた。 
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