「今、何か聞こえたかな?」  静かになった部屋、飲みかけのカフェオレを空にして一息ついた。今人の叫びみたいなものが聞こえたけれど、そんな事よりも光夜のことが気になってしまった。随分と苦しそうだったけれど、本当に大丈夫なのかな。心配だった。  光夜のさっきの発作は、たぶん一年ぶりの本質が再来したんだと思う。あの時は、まだ僕も光夜があんな隠し球を持っているとは思っても居なかったけれど、けど、不思議じゃなかった。はじめて会ったときから、光夜には何かが欠落しているように、僕には見えていたから。  あの時は、本質だと理解できたのは、まるで知性的な行動を光夜が取れなくなっていたから。だから、本質の光夜には考えるだけの思考回路が備わっていなかった。あるのは、欲望への蓄積物と、科学的に考えられない本能全て・・・・  「だから、大塚君を助けるついでに、本質にも治まってもらったんだよね」  だとしても、治めただけで、消えたわけではない。再来はいつか来ると思っていたけれど、一年か・・・・・、早かったね、ずいぶん。僕無しで大丈夫かな、本当に。  「でも、今からじゃ追いつけないし、追いついても、光夜はきっと僕を帰すだろうね」  本当に、優しすぎるよ、光夜。  「だから、光夜のことは光夜に任せるしかないから、僕は僕の出来ることをしないと」  机から引っ張り出したパソコンをネットワークに繋げて、僕は光夜が置いていったキーホルダーの正体を探した。表にケツアルコアトルらしき羽の生えた蛇のイラストが彫られている、なおかつ裏には小惑星『ケツアルコアトル』の番号である『1915』が彫られているキーホルダー、けれども、どこをどう検索しても、それらしき情報は見当たらなかった。  「どこにでもありそうな普通のキーホルダーなんだけどなぁ。なんでどこにも情報がないんだろう」  カタカタ、とキーボードを叩く手が不意に止まる。かれこれ三十分かかってもそれらしいものが見つからなかった所為か、疲れてしまったのかもしれなかった。  「なんだろう、頭がすっきりしない・・・・」  頭の上で何かが邪魔してる感じがする、ちゃんとひとつのことを考えられないというか、違う思考が出入りしているというか。それはなぜか、光夜のことだって言うのが、とても不思議だった。  「心配なのは心配だけど・・・・・でも、僕にはどうにも出来ないのはよく解ってるのに」  解ってるくせに、未練たらしく帰った人間のことを考えてる自分がいるのが不思議だ。以前の僕は、自分のすること以外、考える必要がなかったはずなのに。  「光夜と同好会を始めて一年、か・・・・、なにか、変わったのかな」  僕自身は、そんなに変わっていないと思っている。だって、確かに光夜と話す機会は多いけれど、それでも昼間はそんなに会っていない。夕方の同好会で顔を合わせる程度、事件だって、確かに小さいものは一週間に何度もあったこともある。そのたびに、それなりに協力してはいた。  でも、それだけだ。それだけの、はずなのに―――――光夜の存在が、希薄すぎて、僕にはとても目が離せなかった。よくよく考えれば、誰かのことを気にしたことも、光夜が初めてなのかもしれない。  だから、なんのだろう?  「よく解らないよ」  呟いて、パソコンの電源を落とした。調べる気力が、なくなったというかなんと言うか、ともかく電源は落としてしまった。ともかく、今日はここまでにしよう。一日寝れば何とかなるはずだよね、きっと。
 
 
  
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