午後十一時半 「さて、そろそろ行こうか」 唐突にまるで休日に友達と出かけるような口調でそう言った。覚悟は決めているのだ、別段今から慌てる必要は無かろうがあまりにも感嘆としすぎていてまるでこのまま解散するのではという錯覚に襲われる孝太。 「はは、そうだな。終電まで間に合わなさそうだし」 孝太は斑匡を右手に立ち上がる。と、いまだ座っている葵と唯が首をかしげる。 「え、終電て。電車に乗るの?」 葵の口からものすごく疑問な言葉が出る。 「ああ」 それをさも当然のようにシンは返した。 「だってタイラントは多分隣町に居るんだろうからな」 苦も無く当たり前の口調でそう答える。先ほどまで何処に居るのか判らないと自分で言っていた本人の言葉とは思えない言動だ。いや、実際それは葵の指摘で解決したのだから考える事ではないのかもしれないが、だが隣町とはかなり遠いのだがそんなところに居るタイラントの気配が判るのだろうか……… 「言っておくけれど、隣町というのは俺の推理から出た答えだから」 「え、じゃあ何処に居るか判らないの」 「まあな、でもローゼンの今週の行動を振り返ると結構簡単だ」 シンは人差し指を立ててない時間を使おうとしたが。 「それは移動しながら出良いだろう!」 玄関から孝太の声が聞こえてきた、見れば唯も居ない。どうやらすでに出かける準備は万全らしい。そうだな、とシンは榊を持って葵と玄関に向かう。 「うん、大丈夫。鍵もかけたしガスも閉めた」 最後の点検をした二人は孝太と唯が待つ外へと出た。終電まで時間がないと孝太がせかした。移動はやや小走りということになるかもしれない。その間シンは自分の推理を話した。 「えっとだな。ローゼンはイリスと会っていたって言うがその話なら前から聞いていたんだ。」 「え!」 葵はもとより孝太と唯までこの初めての情報に耳を疑った。 「あ、まあ驚くのも無理は無いんだが、一応ローゼンを見かけるたびにたずねていたんだ。なんでも数日前はどこぞの廃墟に居たらしいけれど場所は教えてくれなかったんだ。聞いたらすぐにでも戦闘を仕掛けそうだからって」 聞きたいことは三人ともたくさんあるが話を聞くため口を閉じた。 「それでも、それ以前からあいつがイリスと会っていたなんてことはさっき聞いたけど。それで思ったんだ。まず廃墟なんだが、廃墟なんてこの町には無いだろ。それにあいつ多分人ごみが嫌いだと思うんだ、俺とあったときもわざわざ歩道橋を使って移動していたし。で、交渉が面倒になって挑発した結果イリスが最終手段に出たんだろうな。もうHVDのことは判っていたし」 これが俺の見解、そういい終えて黙る。あまりの的当てに出かけていた質問が喉に戻る孝太。だが…… 「でも、それが隣町に居るって根拠にはならないと思う」 葵は信憑性の少ないこの見解に声を濁す。 「そうだろうな、俺の見解であくまで予想。それに根拠はないしローゼンも居ない。ハズレたら相当やばいことが起きるだろうな」 自分の言っていることは的外れでこれっぽっちも信用できないというのに声は自信に満ちていた。なにがそこまで自信を持たせているのか本人だって判らないのに、足は駅へ行くことを止めない。こうなれば一か八かの大勝負だとばかりに歩く速度を速めるほど。 電車は本当に終電ぎりぎりに乗った。実際終電一つ前だったのだが時間まで残りは少ない。見上げれば空には雲ひとつ無い夜空、あるのはあさってに文化祭を控えた学生四人を見下ろす月が煌々と輝いている。満月と言えないまでも新円に近い形は心を満たしてくれる。電車の中から流れる風景を見つめる。座っているのは会社帰りの父親か、これから仕事の人か、なぜか座る気になれず外を見る。隣には同じく代わらぬ笑顔の葵が居る。 時間にして五分と経っていない。だが目的の駅までもうすぐだ。外の景色は都会じみたネオンが光る町。手前に繁華街、奥へ行けば住宅街とそれを見下ろす寂れた廃墟(過去)、時が止まって久しいこの場所に本当に居るのだろうか。知らず、以前上った廃ビルを探す。 (あった……) 死んだ町のやや奥に夏の戦場が見えた。なぜか心臓の速度が上がる、伝わる鼓動は榊からだ。力をこめて握り返す。ビルの屋上、駅からかなり離れた場所、常人なら窓一つ見るのでも目を細める。なのに――――――――― 「…………………クク」 見えた、屋上の縁に立ったその姿はまぎれも無い適。こちらの視線に気づいて口元を歪める。どくん、と一期は高鳴る心臓は されど、これで全てが終わると知った瞬間自分の口元が表し様も無く引きつったことを知る。電車が止まる、何時までも見て入られない。数分後に自分はあそこに立っているのだ。 「斑鳩、着いたぞ」 孝太の声が聞こえた。頷き踵を返すシンの表情は戦う顔と化している。見た瞬間孝太は予想的中と口元を緩めた。なら自分も気を引き締めねば、と気合を入れた。 駅を出ると誰も居ないことがわかる。繁華街はどうか知らないが駅周辺は終電を逃した人たちがちらほら見える程度、まあ自分たちにとってはどうでもいいことこの上ない。どの道朝になっても帰れる保障は無いのだから。 「廃ビルのほうだ」 一人何処にも視線を向けなかったシンはそう一言伝えて歩き出した。直線ルートで行った方が早い、だが時間は五分を切っている。このまま走るか? 「そうだな、走るか」 孝太はシンの考えを察知し言った。 「だが孝太は…」 立ち止まり様子を覗う。 「心配すんなよ、あとで追いつくさ」そう言って不器用なウィンクをした。 「すまない孝太、葵」 「うん、私も後で追いつくから」 頷いて道の先を見る。 「じゃあ、後で」 言うが早いかシンはそのまま闇の中へ溶けて行った。さて、行きますかと三人は再び歩き出す。終幕の夜は明けるのだろうか。
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