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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第43回   第四週9
 記月記の自己紹介が終わった日の日付が変わり夜中の十二時ローゼンは夕方頃から前回イリスを尋ねた廃墟街から少し離れた所に位置する建設途中のビルの前にいた。すでに外側も出来ているここは朝になれば内装工事をする業者が来るだろう。だが調べの完璧なローゼンはここに一夜限りイリスが潜伏している事を知っている。今回は何の用でイリスを尋ねるのだろう、敵でありながら多くの会話を交わすローゼンはまだ謎だらけだった。
 「よお、こんな所でどうしたんだ」
 ローゼンが二階へ上がったとき暗闇からそう言う声が聞こえて来た。イリスだ、ローゼンに近づいてもう一度聞いた。
 「どうしたんだ、随分虚を疲れた顔だな」
 イリスは何も言わないローゼンを笑った。
 「あなたがあまりに無警戒だからです、何かあったんですか」
 はっきりしたものの言い方、いつものローゼンに戻ったと判りイリスは言った。「いや、俺なりに考えただけだ。どうせお前には戦う気が無いみたいだからな、ピリピリしても仕方が無いだろう」
 イリスはそう言って未曾有さに置かれているパイプ椅子に座った。多分工事現場の人たちのだろう。
 「なるほど、私との会話の繰り返しでそれなりの話し方がわかった、そう言うことですか?」
 ローゼンは何が気に食わないのか声を強めた。そう言うことだ、肯定の後ローゼンに椅子に座るよう言ったが断わられてしまった。
 「このままで結構です、今日は知りたい事が在って来ました」
 気を取り直しローゼンは一拍置くといった。
 「今日、いえ日付は変わっているので昨日ですが」
 どちらでもいいとイリスは肩をすくめるポーズをとった。
 「昨日はHVDを二つよこしましたね」
 公園での会話を思い出したのかイリスは表情を固めた。
 「片方はいつも通りのHVDでした、強暴で本能の塊、まるで獣のよう」
 皮肉をこめて言うがイリスは頷くだけだった。
 「水溶液からから生まれたのですからいくら精製しようと物が変わるとは思えませんけど」
 そうだな、イリスの声は感情が欠落しているように聞こえる、ローゼンは人形と会話しているように錯覚した。
 「……………それは置いておきましょう、私が聞きたいのは失敗作のほうです」
 失敗作、その響きにイリスは首をかしげる。
 「何が失敗だって?」
 イリスは立ち上がり聞き返した。
 「ですから、あの出来そこないの事ですよ、熊のぬいぐるみに生成しておいてなぜ知能部分のみしか発達していないのですか、ミュータントにしてはいささか疑問が残ります。そう言った理由からあれは失敗作ですね」
 すると、イリスはまた椅子に座り今度は考え込んでしまった。その時間が惜しいのかローゼンは睨み続けている。
 「あれが失敗、そうか」
 イリスがポツリともらした。どう言うことかとローゼンが一歩出る。今の言動は何かおかしい。
 「そうか・・・って、あなたはアレが失敗かどうかも判断できなかったんですか。あそこまで何も出来ないHVDはおかしすぎるのですよ」
 ローゼンがけしかけるとイリスが片眉を上げた。
 「どうしたんだ、いつものお前らしくも無いな・・・・俺にだって判る事と判らない事ぐらいはある、核だって寄生して見なければ本来の能力を見出す事は難しい」
 「じゃあ、なぜ彼には名前があるんですか」
 「は?・・・・」
 ローゼンの言葉に今度こそイリスは訳が解らないと言う顔をした。ローゼンが懐から取り出したのはテープレコーダー、よく報道で使われる物だ。スイッチを入れた。中のテープが規則正しく回転を始める。しばらくしてから声が流れた。
 『へえ、じゃあこの子は力が無いんだ』
 唯のものだった、二人はそのまま耳を傾ける。
 『はい、そうなんです。ちなみに名前は記月記です』
 今度は記月記の自己紹介の声だった。そこでローゼンは停止のボタンを押した。「今のが失敗作の声です。名前の理由を聞きたい。彼らには製造番号しか無いはずです」
 ローゼンは命令の口調でイリスに迫った。だがイリスは冷静だった。
 「知らない」
 一言告げるとローゼンが怒鳴った。
 「ふざけないで下さいっ、あなたの下僕なんですよ、その下僕の名前があること事態が可笑しいといっているんです、今まで僕等は姿形をみてそれに似合った名前を勝手に付けた憶えはあります。けれどタイラント以外で名前をもつHVDは存在しなかったのになんだってあの出来そこないに名前があるんですか!」
 ローゼンがたたみ掛けるとイリスは怒気を殺していった。
 「おい、さっきから下僕だとか出来そこないとか言っているがな、俺はあいつらを一つの生物として使役しているだけに過ぎないんだよ、それにあいつは出来そこないなんかじゃあない、立派な高等生物と化しているじゃないか、他の生き物とコミュニケーションが取れているのが証拠だ。試験管の輩と同等に扱うな」
 「そうですか、ではそこは訂正します、でも私が聞きたいのはそんなことじゃない、彼が生まれた理由と名前の事です。それさえ判れば今日は引き下がりましょう」まるで自分は強いと言っているように聞こえたのかイリスは失笑した。
 「ははは、それこそ滑稽な事だ。俺たちHVDは番号しかない事ぐらいお前は知っているだろうが。だったらHVD以外の奴の事なんて俺が知るかよ」
 楽しそうにローゼンを嘲笑う声。ローゼンは笑われた事よりも別な事にそれも驚いていた。
 「何ですって、待ってください。あの出来損ないはHVDではないんですか!?」
 話が先ほどから噛み合わなかった。どこからと言えば名前の辺りからだろうか、だとするとその謎もすぐに解ける。
 「何を今更。当たり前だろうが、あれはコアだぞ。俺たちの親みたいなものだ、さっきも言っただろうが寄生してみなければどんなものかも判らないしどんな感覚を持っているのかも俺には皆無だ。たまたま名前と言う概念があっただけだろう」
 軽く、本当に軽い物言いでローゼンにとって驚くべき事柄を口にした。
 「そんな、マスター以外にアレが居たのですか。はじめて見ました」
 感心するような声でローゼンは目の前の敵のことも警戒し忘れていた。そんな隙だらけ彼をイリスは見たことがあるだろうか――――
 「おまえ、今のそんなにすごい事なのか?」
 「当たり前です!私はコアをベースにしたHVDと言う非現実的なあなた方を消滅させるために今まで仕事をしてきたと言うのに―――――――」
 悔しそうに奥歯を噛む、本当に範囲外のものまでも入ってきて完全に動揺している。
 「それなのに、大本であるコアまでもが出てくるなんて。彼らにどう説明すればよいか――――」
 「お前の事など俺は知らない。あいつはお前らの方に付いたんだろう?だったらせいぜい面倒を見ることだな。記月記ていったな、俺たち以外の知性態がどう動くか見ものだ」
 そう言って、踵を返した。
 「……………そうですね、私も彼の生態には興味があります。せいぜい研究対象にしますよ」
  そうか、と肯定を口にするイリス。
 「解りました、後はこちらでかれを調べさせていただきます。気にすることはありません別段解剖なんてことをするわけではないので、高等生物への罵倒ですからそれは」
 もう一度、ローゼンは新たに行わなければならないことを口にする。
 別れの挨拶も無く踵を返し階段を下りようとする。一段目を降りたときイリスの声が聞こえてきた。
 「なあ、一ついいか」
 「なんですか、まだなにか?」
 「自分以外を判断するときお前等高等生物は何をする」
 イリスの突飛な質問にローゼンは鼻で笑った。
 「何を解りきった事を・・・・名前ですよ、自分以外のものを判断するには自分と違う所が無ければならないんですから、名称や特徴を単語にするしか無いでしょう」
 ローゼンが簡潔の答えるとイリスがじゃあそうなんだろうと言った。
 「訳が解りません、何が聞きたいんです」
 イリスは自分でも理解できないのか上を向いていった。
 「そう言うことなんだろう記月記の名前は、自分が自分であると認識している以上、物扱いはされたくない。話せる、動ける、理解できる。三拍子揃った記月記は自分と言う存在を保持するために名前を選んだんだよ。これなら俺が理解できない理由になるだろう」
 「つまり、知能があるが故の必然、そう言いたいのですか」
 「そう言うことだ、お前の聞きたいことはこれで全部だろう。早く帰れよ、お前が怒鳴ったりするから上で寝ていたあいつが苛立ってんだ」
 そう言うと軽く建物が揺れた、多分上ではタイラントが寝ているのだろう。
 「そうですね、これで失礼しますよ。もう聞きたいことは揃ったようですし、今度からは目が合った瞬間に――――――」
 「お前を切り刻むさ」
 無言の挨拶を交わし、ローゼンは降りていった。窓側へ移動したイリスは外を見て帰ってゆくローゼンの背中を見た。
 「(慌てていたな、本当にいつものあいつらしくなかった。たった一つでも理解の及ばない事があるとああも人は変わるのだろうか・・・・・ヒトで無い俺には理解が出来ないな、今は・・・・・)」
 見上げれば空には月が浮いている。
 「(ああ・・・早く、早く戦いたい、まともに相手が出来るのはあいつらしかいない、人間を、ただの人間を殺しも虚しいだけだ。早く・・・・)」
 月に願うようにイリスは感情の無い笑いをこぼした。
 朝が来てすぐにイリスとタイラントは建設途中のビルを後にした。自分でもわかっているのだろう、後一日と持たず自分は彼等と戦う事を予感していた。
 感情を押さえるためイリスはその日暗い穴で休んだ。コアの奇襲は無く文化祭の準備は着々と進む。あと、二日。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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