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奇妙戦歴〜文化祭〜 作者:光夜

第40回   第四週6
 「はあ――――はあ、はあ。疲れた〜」
 見た目より重い熊を抱えながら駅まで走った葵、だったが体力もつき肩で息をしている所だった。後ろからもう一つの足音が聞こえてきた。
 「大丈夫か葵?普段走り慣れてないから疲れただろ――――」
 こちらは流石と言うしかないシンが呼吸も乱さず葵の傍に立っていた。
 「だってシン君、この仔を斬ろうとするから」
 葵は一歩引いて熊を匿う格好になった、それを見てシンはう〜んと唸った後頭を掻いた。
 「分った、とりあえず斬るのは後回しにする。葵の気持ちも考えないで悪かったよ、誤る」
 これで良いかと葵に目で確認するシン、とたん葵は笑顔になり今度は近づいてきた。
 「うん、だからシン君大好き」
 で、目の前でそんなことを言われた。こう葵には準備と言うものが無いのでいつも唐突に言うのでほとんどが不意打ちとなる。今もその状況の一つ、シンは戸惑ったように頬を赤らめて唸った。
 「…………」
 「良かったねお咎め無しで」
 そんなシンの事など構うことなく葵は熊に吉報を伝えている。そんな光景を疲れた目で見るシンはどうしようもなかった。
 「はあ―――それで、どうするんだそれ?」
 「う〜ん、とりあえず口を作ってあげないと」
 は?とシンは熊を取り上げてその熊を葵に向けて指差した。
 「こいつの?」
 「うん、だって何か言いたそうにしているし、口を作ってあげたら何か喋れるかも」
 そう言ってポケットの中を探し始める葵、その間シンは熊を自分に向けて不信な目を向ける。
 「こいつの口、また豪勢な。そんなことしなくてもいいのに」
 悪態をつくシン、それがくまにも伝わったのか怒ったような顔をして熊はシンの顔にポンとパンチらしきものを食らわした。
 「……………ほ〜う」
 シンは腕の届かない位置まで熊を離すと確認するような目を向ける。その異様な雰囲気に熊も動揺し暴れ出す。
 「いい度胸だ、斬られたいみたいだな」
 「(フルフルフル!)」
 物凄く怖がった顔で首を猛烈に横に振る、どうやら身の危険を感じたらしい。と、そのとき葵がポケットから何かを見つけたらしくあった、と声を出した。
 「じゃあ始めるね、シン君貸して」
 次の瞬間葵は熊をシンの手から奪い取りポケットから取り出した何か――ソーイングセットで熊になにやら手を施している。斬り損ねたシンは仕方なくベンチに葵も座らせて時間が立つのを待つことにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――五分経った、終わったの一言で葵は熊をベンチに座らせた。葵が片付けている間に完成した熊を見た。
 「お、ちゃんと熊の口になっているな」
 見事な出来栄えにシンは感心した。
 「もう喋っていいぞ、喋れるんだろう熊」
 そう言うと熊はシンを睨みつけ
 「おりゃあああ」
 と声を出してパンチした。だが、ぱすっと言う音がしただけだった。自分の手を見ながら
 「やっぱり無理か、口がついたら強くなると思ったのに」
 なんて感想をもらしている。
 「・・・お前、俺を馬鹿にしているのか?」
 ひょいと持ち上げると熊と目線を合わせた。
 「は、放せ!放しやがれこの野朗!」
 シンに持ち上げられたのが気に入らないのかバタバタと暴れた。
 「こら、暴れちゃ駄目でしょう、今度は足が取れちゃうよ」
 そう言ってシンから熊を取り上げる葵、とたん熊は大人しくなった。
 「ああ、姐さんさっきはどうも、洗ってもらった上に口までつけてもらって」
 なんて畏まって言った。シンの時とはえらい違いだ。
 「どういたしまして、それで熊さんはコアなの」
 シンに変わって葵が尋ねる。熊は首をかしげた後言った。
 「コア、ですか?それは俺らの事を言っているのでしたらそうです、それと俺は熊じゃあありませんよ記月記(きげつき)っていう立派な名前があります」
 そう言うとシンが口を挟んだ。
 「たいそうな名前だな。で、何で熊なんだ」
 「あんたは好かん」
 そう言ってぷいと横を向いた記月記。
 「・・・・・斬る」
 榊を構えるシンに葵が止めに入った。
 「まあまあ抑えてシン君、それでキックンどうして熊になったの?」
 「キッ・・・・」
 「クン・・・?」
 シンと記月記は葵の発した言葉に首をかしげた。
 「そう、記月記だからキックン、カワイイでしょ」
 ねっ、と首をかしげて聞いて来た。葵らしい素直なネーミングだがシンは頷くしかなかった。
 「はあ、キックンですか。姐さんが付けてくれたのならありがたく頂戴します。それでこの姿になった理由ですね」
 うんと葵は頷いた。
 「実態の失敗、変化の失敗。色々理由はありますけど、単に固定に失敗しただけです。それでも命令は絶対です。俺はあの学校から始めて全てを壊すつもりでした。けれど力はないし歩き難し」
 だんだんと声のトーンが小さくなる記月記、何だか様子がおかしい。
 「だからこんな格好で何かしら出来るのかと考え、その途中に姐さんに拾われました。で、思ったんですどうせこのまま途方に暮れるくらいなら」
 「くらいなら・・・?」
 「このまま姐さんについていきます」
 けろっと言って笑うキックン。
 「また落胆的な、コアであるお前がそんなことで良いのか?」
 「構わん、構わん。どうせ戦ってあんたに負けるくらいなら人生長いんだし気楽に行こうと言うのが生き物の正しい生き方だ。それに当分俺は死なないし」
 「あっそ」
 どうでもよさそうにシンは息を吐いた。
 それならこのコアから凶暴性の欠片も感じない事が理解できる。本人は戦う意志さえ持っていないんだから。
 「そういうことか、でき損ないが改心したと」
 さらりと流すように言ったシン、だがその言葉が記月記には聞き流せるようなものではなかった。
 「で、でき損ないっ!?今、でき損ないと言ったか」
 「ん?ああ言った、間違いは無いだろう。取り込みに失敗するような奴のでき損ないでなくて何と言う?」
 「取り込みじゃなく取り憑きだ。第一これは不本意の取り憑きだ、本当だったら月の輪熊くらいに成ってやろうと思っていたんだ!」
 記月記は悔しそうにベンチを叩いた。
 「で、失敗したと」
 「だから失敗じゃ―――」
 キックンが怒鳴ろうとした時シンがそれはおかしいなと呟いた。
 「え―――?」
 「どんなコアでも生まれた事には変わりは無い、ならそれ相応の能力を持っていると言うことだ。まさか喋れるからといって取り込み能力を外されたなんて事は無いはず、そうだろ」
 シンはキックンを見た。だが返事は無い。キックンは驚いたような感心したような顔でシンを見ている。そして
 「それだ!」
 と、大声で叫んだ。
 「うわ、いきなりなんだ熊?!」
 「キックンだ!お前頭良いんだな」
 褒められたことも嬉しいと感じる暇なくシンは疑問をもった。
 「え?何だそれは?お前、HVDじゃないのか」
 シンはキックンの言いたい事がよく解らなかった。だが力いっぱいキックンは説明しはじめる。
 「は?HVD?何だそれ。まあいいや。お前の言う通り自然から生まれた俺たちは一定の能力を貰えるんだよ、でもそれにも限界があって力と取り憑きが同等として知能はそれを上回るんだな、そうだろ」
 シンにびしっと言ってのけた。呆然と見ているシン。だがようやく理解が届いたのか。
 「あ、ああそうだな」
 と、空返事するしかなかった。
 「え、え、あれ?どう言うこと?」
 葵は二人の会話が全く飲み込めておらず一人蚊帳の外だった。
 「ああ、すいません姐さん。順を追って説明しますから」
 記月記は申し訳なさそうに葵に振り向いた。
 「つまり、俺たちは生まれた瞬間に一つ一つに限度があるんです。たとえば普通の奴が力八割と言う具合に」
 「ふんふん…」
 葵も理解できるかどうか不明だがとりあえず頷いている。
 「それで、残りの二割が頭です、つまりは知能。でも二割の知能は相当頭悪いですよ、本能しかありません。でも俺のようにその逆で知能が八割方あるとこれだけ楽しい会話ができるんです、人間と同じように。代わりに残りの二割が力や取り憑きという方に回っているんです。ほとんどこれは突然変異ですね俺は、だからぬいぐるみに取り憑いたらぬいぐるみのままで・・・・わ〜ん」
 と、いきなり語尾が小さくなり泣き出した、もちろんぬいぐるみに涙腺は無いので泣けるはずも無い。
 「?」
 理解できているかと言うとそうでない葵はとりあえず記月記を抱き上げる。
 「よしよし、かわいそうに」
 記月記の頭を撫でる葵。何だこいつ、という風に見ていたシン。だが――――
 「・・・・へっ」
 記月記は少し振り向いてシンに羨ましいだろうと言うニュアンスで笑った。
 「・・・・・(プチ)」
 シンの何かが切れた音がした。
 「ああ、そうか…………」
 全てを理解したシン。つまり彼は自分に挑戦しているわけだ。場の雰囲気が変わり葵が反応した。
 「ん?どうしたのシン君?」
 葵は立ち上がるとシンに近づこうとした。その時唐突に商店街の方から轟音が轟いて来た。
 「あ、忘れてた、孝太たち。あ、シン君!?」
 葵が言うが早いかシンは無言で商店街へ走りだす。
 「どうしたんだろう?」
 葵は首を傾げたが記月記は不適に笑っていた。ざまあみろ、と言った感じに。
 「姐さん、もしかしてもう一ついるんですか俺の仲間が?」
 「うん、そうなのキックンより強暴なコアなの」
 そう言うと葵は記月記が落ち込んでいる事に気づいた。
 「一応俺もそうなる予定だったんですよ、何の手違いかこうなりましたけど」
 そう言って肩を落とした。
 「あ、ごめんねキックン元気出してよ」
 葵が申し訳なさそうに言うとキックンはしめたと目を光らせた。
 「姐さんが頭を撫でてくれたら元気になります」
 そう言うとうんわかったと素直に記月記の頭を葵は撫でた。こいつぬいぐるみを利用してえらく前向きに生きていやがる。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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