「おいし〜ぱんを〜つくろー」 校庭の隅、水道のある所で陽気な歌を歌いながら洗濯をする葵がいた。だが何故にパンのヒーローを作りながらぬいぐるみを洗っているのだろうか。 「よし、できたー」 パン、と生きているであろうその彼を横にひっぱりながら空に掲げる。その勢いで彼の顔は横に伸びでしまっている。 (あ〜さっぱりした〜) が、そんな扱いもなんのその。晴れた気分で背中に太陽光を浴びる彼は顔には分からなくとも穏やかに笑っていたと思う。 「綺麗になったね、この陽気だと一時間ぐらいで乾くと思うからちょっと我慢ね」 (はい、そりゃあいつでも待ちます。これでさっさと乾くなんていったら隕石が俺の上から落ちて来ますよ) 口が利けないので大きく頷いて肯定を示すと葵も嬉しそうに笑い返した。丁度そのとき後ろから誰かが歩いてくる足音が聞こえ振り返る。 「シン君、お帰り」 「ああ、ただいま?葵、ここを出よう」 どこか居づらいような表情でシンは言った、どうしたのだろうと立ち上がり覗き見る。 「何かあったの?コアは?」 「何かあったのかは事実だし思い出したくないんだ、ごめん。それとコアも見つけられなかった」 申し訳なさそうにシンは目を逸らした、葵は一度首を傾げたがすぐに笑顔を見せて一歩近寄った。 「謝る事無いよ、シン君は頑張ったんだから。それにここで見ていても何も無かったみたいだからコアはどこかに移動したんだよ」 咎めることなく、いやそのような必要も無く葵は言った。その言葉がどこか嬉しくもありシンは暗い表情をやめた。 「でもおかしいよね、何処にいるんだろう」 「…………そうだな」 だが、それとこれとは別問題だ。必ず孝太たちが相手をしているのと別にもう一体敵がいるのだ。鼓動は感じる、確実に自分の近くにいると言うのにその姿は確認できない。逃げているわけでもなさそうなのに何故見えないのか。校庭を見回すシンにまた葵の声が聞こえてきた。 「そうそう、それとは別に人形拾っちゃった」 ほら、と差し出す。いまだ濡れている人形をシンは興味半分な声で見た。口が無い所をみると拾い物と言う感じがする。 「で、何処で拾ったんだ?これ」 「えっとね、校舎に入った時に。歩いていたの」 「……………え」 何か今、とてつもない事を聞いた気がしたシン。そんなこととは知らない葵は話し続ける。 「テチテチ歩いていてねとっても可愛かったから拾っちゃった。でも汚れていたからここで洗っていたの。綺麗なって良かったね」 と、シンに抱えられている熊は頷いた。 「……………」 ああ、そう言うことかと全てを理解したシンは黙ってその熊である何かを地面に下ろす。体が自由になる事には意義の無い熊は大人しく地面に下りてシンを見上げた。その行動に無駄が無さ過ぎたのか葵はまたも首をかしげた。 「どうしたのシン君?」 「斬る………」 唐突過ぎるその返事に葵はえっと声を上げる暇が無く、見ている間にシンは榊を抜いた。いよいよもって熊は目を見開いた。この後自分がどうなるかぐらい当然理解している。 「だ、駄目!」 がば、と葵は熊を抱き上げる。そしてシンから少しばかり距離をとった。 「葵、そいつが俺たちの探しているコアだ」 「え―――」 思わず抱いている熊をまじまじと見る、どう見ても熊だ。今まで見てきたコアと言えば人型で歪な体で物凄く凶暴なイメージしか葵は持ち合わせていない、そのコアが今抱いている熊のぬいぐるみとは到底思えない。同時に葵はあることに気づいた。そうして熊の色々な所を見た。 「違うよ、この仔はコアじゃないよシン君」 「え―――」 先ほどと同じように今度はシンの方が面を食らった顔になる、一体何を見てそう判断したのか甚く気になった。 「だって、この仔にはコアが付いていないよ。これじゃあコアとは言わないんじゃないの?」 ほら、と熊をあらゆる角度から見せる葵。確かに特徴であるガラス玉は見受けられない。いや、再確認する必要はシンには無かった、何せこの熊はかなりの特異な者のようだから。 「葵、ぬいぐるみが歩くのか」 「はうっ!?」 余りにも当たり前すぎる質問に葵は声を引きつらせた。その様子を仕方なしげに見るシンは溜息も出した。 「それにな、布の塊でしかないぬいぐるみがそんなに重い分けないだろう。どう考えたって布以外の何かが混ざっているぞ」 熊の、それも腹部あたりを指差してシンは言った。それは葵も思っていた事だ、出来れば気づきたくは無かっただろうけどもこの重さだけは知らぬ顔を出来るものではない。そっと熊の腹に指をそえて押してみた。普通のぬいぐるみなら深くまで潜る指が何か、硬い物に当たって二センチと沈まなかった。その感触、ガラスと似ていた。 「な、だからそれはコアなんだ。今すぐに消さないと」 全てをわかってもらった上でシンはもう一度葵に熊を渡すように言った、けれどそんな声も葵には否定の対象でしかない。 「―――――もん」 「はい?」 今、はっきりと葵の口から聞こえてきた。どう返事を返して良いやらシンは困ったような目で熊を抱きかかえる葵を見た。 「違うもん!」 もう一度大声で言って葵は脱兎の如く走り出した、唐突の出来事にシンは判断を一瞬遅らせてしまい葵に先を越されてしまった。 「あ、葵待てっ!」 当然放って置いたらどうなるか判らないのでシンは葵の後を追うため走り出した。 「絶対違うもーん!」 未だ叫び続けながら走る葵、何をそんなに否定するのかいまいち分っていないシンはともかく追いついて話し合うしかなかった。 「だから、待てって言っているだろーっ」 校門を出て二人はもと来た道を追いかけっこをしながら走っていく、その光景はたから見たら危ない追いかけっこにも見えるだろう。 「なんだ、あれ?」 授業が再開された教室からそんな二人を見る目が一つ、興味深そうに目で追っていた。彼が最初に見たのはやはり少年が持っている長い刀だった。 「銃刀法―――――――でも何でうちなんだ?」 二人が見えなくなっても彼はしばしその道を眺めていた、何かを思案するようなそれでいてどうでもよさそうな態度で。 「こらー、姫宮黒板を見んか!」 「あ、はい!」 だがその興味も教師の声に隠れて消えてしまったようだ。彼はこれから先も彼らを思い出す事は無いと思う。
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